【完結】推しの子if ~あかねちゃんと一緒にアクアを救おうルート~   作:日ノ川

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今回から新編に入ります


悪だくみ編
第22話 抜擢


 都内某所にあるカラオケ店。

 歌うことなく、BGM代わりに流れているおすすめの曲を聞きながら、俺は隣で項垂れるあかねに目をやった。

 

「まだ落ち込んでんの?」

 

「原因が分からないんだから当たり前だよ。何が悪かったんだろ。ああ、かなちゃん」

 

 有馬の名前を呼びながら、更に項垂れそのままテーブルに額を付ける。

 先日のライブであかねの言葉を聞いた有馬が楽屋を出て行ってからずっとこの調子だ。

 実のところ俺は理由を察しているし、フォローとしてルビーに伝言を託して送り出したりもしていたのだが、有馬の様子に動転してMEMに泣きついていたあかねは俺の行動に気付かなかったらしい。

 ある意味好都合だが、ここまで落ち込むのは流石に想定外。

 あかねにもフォローが必要のようだ。

 

「あー、あれじゃないか? ほら、お前の言葉で感動して、それを隠すためにその場を離れたってことも──」

 

 我ながらこの言い訳は無理があると思いつつ、取り合えず言ってみるが、案の定あかねは視線だけ動かして俺を睨みつける。

 

「それは絶対ないよ。分かってるでしょ?」

 

「……まぁな。でも、ルビーと一緒に戻ってきた時はいつも通りだっただろ。何かはあったんだろうけど今更聞いて教えてくれる奴でもねーし、気にし過ぎるなよ」

 

 言葉によるフォローは諦め、未だ項垂れたままのあかねの頭をポンポンと軽く撫でる。

 

「うん。でも、次のライブの時はどうしよう。凄い気まずいよね」

 

「次も行くのか?」

 

 今回のライブはルビーから誘われたと言っていたし、無理をして毎回参加する必要は無いと思うのだが。と思っての問いに、あかねは急に身を起こすと俺ににじり寄り興奮した面持ちで告げた。

 

「当たり前だよ! 私本当に感動したもん!」

 

「そ、そうか」

 

「ルビーちゃんもメムちゃんも良かったけど、いつも仏頂面のかなちゃんが凄い笑顔で可愛くて。私、最低三回は目が合ったよ!」

 

 俺たちの席は後方だったし、絶対気のせいだと思うが、言わないでおく。

 その感覚には覚えがあったからだ。

 かつてアイのライブに行った時は、俺も似たようなことを思ったものだとしみじみしてしまう。

 

「それにね。私、今でも役者としてのかなちゃんはライバルだと思ってるから。そのせいでかなちゃんの出てる映画とか舞台見ても、純粋に楽しめないっていうか、役者目線で見ちゃうところあるんだ」

 

「まあ、俺もそういうところあるけど」

 

 その悩みは俺にもよく理解できる、一種の職業病の様なものだ。

 俺の場合はそれに加えて、カントクの下で裏方としての仕事を手伝っていたこともあって、映像そのものや演出の意図などを考えてしまうため、余計にその傾向が強い。

 

「だけど、アイドルやってるかなちゃんのことは、一人のファンとして純粋に応援できたし、楽しめたんだ。小さい頃、かなちゃんの出てるドラマを初めて見た時みたいに」

 

 それが嬉しい。と言いながら、あかねは合わせた両手で口元を隠した。

 

「そうか」

 

「だからこそ。なんであんな風になったのか分かんなくて。次の時はこっち見てくれないかも。あぁ」

 

「喜んだり悲しんだり、忙しいな」

 

「そう言うアクアくんは? 楽しかった?」

 

「俺は──」

 

 あかねに言われてなるべく素直に見ようと思っていたが、さっきの職業病の話ではないが、どうしても復讐を始めるのに必要な、B小町の人気が確保できているのかを確かめようという意識が拭えなかった。

 ただしそれは初めだけだ。後半は──

 

「ああ、楽しめたよ」

 

「そっか、良かった。……ちなみにもう一つの方は?」

 

 そちらの方も気にしているのは、気づかれていたらしい。と苦笑して一つ頷く。

 

「そっちが問題ないから、純粋に楽しめたんだよ」

 

「それなら」

 

「ああ。今のルビーとB小町なら、売名行為なんて言われない」

 

 ライブでの熱狂に加え、有料配信数もアンケートの結果も想定以上だった。

 B小町のライブパフォーマンスが、それだけの数のファンを満足させた証明だ。

 まだカミキ殺しの裁判が始まるという話も聞かない。

 これで下地は整った。

 今からすぐ準備に掛かれば、間に合いそうだ。

 

「これで、ようやく始められる」

 

「……分かった。私も準備しておくね」

 

「ホント悪いな。これからって時に」

 

 芸能界の移り変わりは早い。

 チャンスが来たら躊躇わず取りに行くのは、この世界を生きる者にとって当然のこと。

 主役を演じた映画が公開され、人気を博しているあかねは今まさにそのチャンスが来ている状況だ。

 

 そんな時にあかねは、敢えて仕事をセーブしている。

 理由はもちろん、俺の復讐に付き合う為。

 いざという時、別の仕事が入っていてはこちらの仕事が受けられなくなるからだ。

 旬を迎えている今こそ売り出したい事務所からも色々言われているはずだが、俺にはそんな素振りは微塵も見せない。

 だからこその謝罪だったのだが、そんな俺に向かってあかねは頬を膨らませ、いかにも不満ですという顔を向けた。

 

「アクアくん?」

 

 拗ねているようにも聞こえる低い声。

 いや、実際拗ねているのだろう。

 以前自分が言ったことを忘れられていると思って。

 

「こういう時は悪いじゃなくて、ありがとう。だよな?」

 

「うん!」

 

 相変わらず、コロコロと変わる表情は見ていて飽きないし、心が休まる気がした。

 

「それで、最初は何をするの?」

 

「まずはカントクを説得する。あの人が動いてくれなきゃ、何も始まらない」

 

 企画や脚本が出来たところで、それを撮ってくれる監督が居なければ作品にはならない。

 

「五反田監督、だよね?」

 

「ああ。この後、時間取ってもらえるように言ってある」

 

「……そっか。私も一緒に説得行きたいけど」

 

 ちらりと時計を見る。

 元から今日は夕方から映画の宣伝を兼ねて雑誌の取材が入っているため、あまり時間が無いと聞いていた。

 その時間が迫っているのだろう。

 

「大丈夫だ。あのオッサンとの付き合いは長い。扱い方は心得てるよ」

 

 不敵な笑みを浮かべてみせるが、それは表面上のもの。

 実際のところ、説得は簡単ではないと思っていた。

 

 仮にもあの人は映画賞に何度もノミネートするような実力派の映画監督であり、映画愛も強い。

 それを復讐に利用することを、認めてくれるかどうか。

 それでも僕は、この作品をあの人に撮って欲しい。

 

 

   ☆

 

 

 暗がりの自室。

 久しぶりにやってきた早熟──星野アクアを招き入れた俺は、たばこを吹かしながら黙って話し出すのを待っていた。

 いつもなら、いい加減面倒になって話を促すところだが、今日は別だ。

 

 何か重要な話があるのだろう。

 目を見れば分かる。

 ずっと昔、アイの葬式で俺に弟子入りを申し込んできた時にも見た、復讐に燃える瞳。

 

(今更、何をしようっていうんだか)

 

 こいつとルビーがアイの隠し子であることも、何のために芸能界に入ったのかも、俺は知っている。

 その復讐対象が既に死亡していることも。

 

 ここ最近、アクアが役者にバラエティのレギュラーにモデルにと、精力的に芸能活動しているとは聞いていた。

 復讐を遂げることが出来なかった自分が許せず、仕事に没頭することで忘れようとしているのだろうと思っていたが、どうやら違ったらしい。

 

「……カントク」

 

「おう」

 

「あんたに頼みがある」

 

 意を決して、ようやく話し出したアクアはバックからA4サイズの書類、企画書を取り出して俺に差し出した。

 タイトルを見て眉を顰めつつも、取り敢えずざっと確認する。

 その間アクアは一言も口を開かなかった。

 

 

   ※

 

 

「……映画じゃなくてドラマなんだな」

 

 企画書を見て、まず気になったことを確認する。

 

「実際の事件、それもまだ裁判も始まってない内容をやるんだ。映画じゃ資金が集まらない」

 

「それだけじゃねぇだろ。今の状況でこいつを表に出すのは、相当ハードルが高い。大前提として、完璧な裏取りが必須だぞ?」

 

 説得力のある脚本をどうやって書こうとしているのかは何となく、想像がつく。

 かつて俺がアイから預かり、十五の時、アクアに託した二枚のDVD。

 中身に関しては、決して見るなと言われていたので知らないが、そこに入ってたのがこのドラマを撮るにあたって必要なアイの本心だったのだろう。

 だがそれを証拠として扱う以上、なぜアクアがそれを持っているのかも証明しなくてはならない。

 それはつまり──

 

「分かってる。俺とルビーの出生についても、一緒に公開するつもりだ。その上で息子である俺自身がアイが語った事実を元に脚本を書く」

 

「……そこまで覚悟してんなら、まあ何とかなるか」

 

 問題はまだ色々あるが、それはこの企画を担当してくれるプロデューサーを見つけることが出来れば、どうにか出来そうなものばかりだ。

 そしてこんな面倒な企画でも、リターンがあるのなら手を挙げるプロデューサーにも心当たりはある。アクアも同じだろう。

 だから、問題はそこではない。

 この内容は明らかに半年前刺殺された芸プロ社長にして、アクアたちの父親であろう男を断罪するためのものだ。

 そのためにずっと秘密にしていたアイとの関係まで公表するつもりなら、やはりアクアの中で復讐はまだ終わっていないのか、それとも公表しなくてはならない理由でもあるのか。

 

「妹には言ったのか?」

 

「……いや、これから説得する。ただ、事件の裁判で、あの人が話す可能性があるのはルビーだって分かってるはずだ」

 

「ああ、そういうことか。でもよ、それならただ親子関係だけ公表すれば良いんじゃねーか? 直後にこんな企画上げたら」

 

 話しながら気づく。

 それこそが、アクアの狙いだと。

 相変わらず、しんどい道ばかり選ぶ奴だ。

 

「……良いのか?」

 

「ルビーには、今度こそ幸せになってもらわなくちゃならない。そのためなら俺は何だってする」

 

「ハァ。それはお前も同じだろうが、こんなことすれば芸能生活終わっちまうぞ」

 

「良いんだよ俺は」

 

 薄く笑みを浮かべたアクアの表情は、以前一秒でも早くアイの無念を晴らすことだけが、自分の生きる意味だ。と言い切っていた時の憎悪に支配されたものとも違う、もっと別の雰囲気を纏っていた。

 対象が死んでもなお、復讐が諦めきれないからこその企画なのだと思ったが、これは。

 

「一緒に、共犯になってくれる奴も居るし」

 

 そう続けたアクアの表情でピンときた。

 

「女か?」

 

「……」

 

 無言で顔を逸らした態度がもう答えのようなものだ。

 

「あれか。この間一緒に来てた、黒川あかね。お前、あの娘にめっちゃ甘えてたもんな」

 

「うるさい」

 

「照れるなよ。ったく、それならそうとさっさと言えよ」

 

 ようやくこいつの本心が分かった。

 これは復讐のための物語じゃない。

 いや、本人はそのつもりなのだろうが、それなら映画でやらないと意味が薄い。

 ネットメディアや配信業の発達で、様々な手段で作品を公表できるようになったとはいえ、なんだかんだ未だ世間のムーブメントの中心となるのは映画だ。

 目的が犯人への断罪なら、大ヒットしないと意味がないはず。

 

 しかしアクアが語ったように、実際に起こった事件の実録作品であり、さらに作中で犯人の一人として書かれている男が死亡した直後では、配給会社や出資会社が付くことはあり得ない。

 それでもなお、映画ではなくドラマ作品としてでも世に出そうとしている以上、そこには復讐以外の意味がある。

 

「で? お前の頼みってのは、この作品の監督を頼みたいってことで良いんだよな?」

 

「ああ。後は脚本も手伝って欲しい」

 

「脚本に関しちゃ、俺も心残りがあったから構わねぇが……」

 

 かつて、アイの死によってポシャったB小町のドキュメンタリー映画。

 あれを上手く活かせば、作品により厚みを出せる。

 だが、監督に関しては少し考えてしまう。

 

「確かにこれは映画じゃないし、恐らく地上波ドラマ枠でも流せない。あんたが監督するような作品じゃないかもしれない。だけどこれが撮れるのはカントクしかいないんだ。頼む」

 

 イスから立ち上がり、頭を下げようとするアクアを制して、腕を組む。

 

「早とちりしてんじゃねぇよ。別に俺は作品の規模で受ける受けないを決める訳じゃない。いつも言ってるだろ。作品作りで大事なのは本物を撮ること。そして、こいつは本物の企画だ」

 

「だったら」

 

「ただ、これを撮れるのが俺だけってのは違う。こいつを撮れるのはこの世で二人だけ。一人はもちろん俺。で、もう一人は」

 

 丸めた企画書の先端を反対側に向けると、アクアは僅かに間を空けた後、自嘲気味の愛想笑いを浮かべた。

 

「冗談だろ? 俺は短編映画だって撮ったこと無いんだぞ」

 

「誰だって初めてはある。だいたい、お前は仮にも俺の弟子を十年以上やってきてんだぞ。作品の作り方くらい分かってんだろ」

 

「そういうことじゃない!」

 

 俺が本気で言っていると気づいたのだろう。

 愛想笑いから一転して無茶を言うなと声を荒らげ、苛立たしげに頭を掻く様は、癇癪を起こした子供のようだ。

 それも当然だ。

 こいつはまだ高校生のガキなんだから。

 

「そういうことだよ。もちろんお前には作品を作る上でのコネも人脈も無い。だから、俺も総監督として参加する。制作会社選びからカメラとか照明チームはプロデューサーの人脈を使って集めれば良い」

 

 少々乱暴なやり方なのは認めよう。

 だけど、仕方ないだろ。

 何十年もこれしかやってこなかった俺には、このやり方でしか、教えてやることが出来ないんだから。

 

「お前は監督の一人としてメガホンを取れ。それが手伝う条件だ」

 

 そう。

 このヒネた早熟のクソガキに、人生の楽しみ方ってやつを教える方法を、俺はこれしか知らないのだから。

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