【完結】推しの子if ~あかねちゃんと一緒にアクアを救おうルート~   作:日ノ川

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大人組の話
ちなみに鏑木Pが初期のドットTV所属から映画編ではフリーとなっているのは映画編までに退社したのか、それともドットTVに所属したまま、映画プロデューサーとして配給会社には所属していないという意味なのか、どちらか分かりませんが、この話では現時点でも映画編より前の話となっているので、ドットTVに所属していることにしています


第23話 悪い大人たち

「……実際の事件をベースにした実録ドラマ、ねぇ」

 

「ああ。一人のアイドルがスターダムを登り、ドームライブ当日、ファンに殺傷された。なぜそれが起きたのか、そして裏で何が起きていたのか」

 

「……アイくんか」

 

「そう。十四年前に起きたアイドル殺傷事件をベースにした実録ドラマ。これを今の役者を使って再現する」

 

 五反田監督を伴ってやってきたアクアくんの説明を聞きながら、企画書を読み進める。

 これが彼が狙っていた大きな企画なのだろう。

 話としては面白いが、その内容はあまりにもセンシティブ過ぎた。

 

 映画ではなくドラマとして企画を練り、地上波に比べて規制の緩いネットTV所属のプロデューサーである僕のところに話を持ってきたのもそれが理由か。

 

(僕にしか出来ない仕事っていうのはこういうことか)

 

「君が僕からアイの話を色々聞きたがっていたのは、これを書きたかったからなのかい?」

 

「……いや」

 

 言いづらそうに顔を逸らし、言葉を詰まらせる。

 

「まあ、どっちでも良いけど。結論から言おう。論外だ」

 

 パサリとテーブルの上に企画書を投げ捨てる。

 

「君は規制の緩いネットTVなら、多少過激な内容でもなんとかなると思っているんだろうが、それにしたって限度がある。仮に十四年前の事件を取り扱った内容ってだけならまだ何とかなっただろうけど。これカミキくんのことも触れてるよね?」

 

「ああ」

 

「まだ裁判も始まってない事件に関わる内容を、面白おかしく書き立ててドラマにするなんて前代未聞。だいたい、これ裏取りも出来てないだろ? いろんな所から訴えられるどころか、下手をすれば警察も動くよ?」

 

 危ない橋を渡るつもりはない。と話を切り上げようと腰を浮かせかけたところで、待ったがかかる。

 

「裏取りなら出来てる」

 

「ほう?」

 

「これを語ったのは他でも無いアイ本人だからな。そしてこの脚本を書いたのはカントクと」

 

 一度言葉を切ったアクアくんは深く息を吸い、僕をまっすぐに見て続けた。

 

「アイの息子である僕自身なんだから」

 

 ああ。

 彼の覚悟のほどが伝わって知らず息が漏れた。

 

「あんま驚かねーんだな」

 

 黙って様子を見守っていた五反田くんが口を挟む。

 そういう彼も驚いていないところを見るに、昔から知っていたのだろう。

 

「薄々とは気づいてたからね。君たちの顔立ちと、アイくんに対する執着。たぶん、僕以外にも、アイくんと仕事をしたことがある人なら、気づいて黙っている人もいるんじゃないかな?」

 

「マジで?! 俺しか知らねーと思ってたのに」

 

 なにやら一人で喚いている五反田くんに構っていたら話が進まないのでここは無視しておく。

 

「他の人はどうか知らないが、僕が黙っていた理由は、前にも言ったとおりだ。幻想なんてものは実物を知れば簡単に壊れる。死者の墓を暴くような行為をしたところで、プラスになることは一つもない。だから知らん振りをしていた。君も分かっていると思っていたんだけどね……」

 

 裏取りの証拠として自分の出生を使う以上、アクアくんはこの件を公表するつもりだ。

 僕の言葉には触れずアクアくんが口を開く。

 

「もう一つの懸念材料についても考えがある。広く公表する以上、名誉毀損で訴えられる危険があるのは分かってる」

 

「ああ。たとえ内容が事実でも、名誉毀損にはなるからね。少なくとも彼の遺族やプロダクションからは訴えられるだろうね」

 

 彼の家族もそうだが、なにより彼は芸能プロダクションの代表だ。

 いくら本人が死亡しても、すぐに会社がなくなるわけではないのだから、会社から訴えを起こされたら確実に負ける。

 

「それを止めることは出来ない。だから、責任は全部、俺が被る」

 

 まじめ腐った顔で言われて思わず笑ってしまう。

 

「子供の君が、責任って」

 

 同意を求めるように五反田くんに目を向けると、彼は眉間に皺を寄せ、渋面を作って押し黙った。

 こちらも笑いを治め、改めてアクアくんに目線を戻すと語り始める。

 

「今回の件は全部俺の暴走だ。アイのことを公表するのも、映画を作るのも、その内容も全部俺が独断で決めたと公表する」

 

「君が?」

 

「筋書きはこう。芸能界に入ったものの思うように売れず、後から芸能界入りした妹にも追い抜かされて焦った俺が、今まで黙っていたアイの息子というニュースを使って注目を集め、その上で母のことを題材にしてドラマを作ることにした。そうすれば一気に人気が出ると勘違いして」

 

 確かにその通りにことが進めば、非難が集中するのは彼だけだろう。

 なぜなら、大衆は作られたストーリー通りに踊らされること……即ちマッチポンプというものを極端に嫌う傾向があるからだ。ステマやバラエティのヤラセに過剰な反応を示すのもそのせいだ。

 

 仮にアイの子供であることだけを公表し、母の意志を継いで頑張るというような宣言をするだけなら、美談として決着する可能性もある。

 しかし、そこでアイくんのことを題材に、自分が監督を勤めるドラマの制作発表までしてしまえば、途端に母の死を利用してまで自分の知名度を高めようとする、彼の真意を知りうる立場にない大衆からすれば自己顕示欲の塊としか見られなくなる。

 彼は敢えてそうした態度を見せることで、自分だけが罪を被ろうというのだ。

 

「そんなことをすれば、間違いなく君は炎上する。今ガチの時のあかねくんを忘れたのか? 自分の母親、アイくんの名前を食い物にしたって汚名が一生付きまとう。下手すれば芸能界引退に追い込まれかねないんだよ?」

 

「覚悟は出来てる。そもそも俺が芸能界に入ったのはこの時の為だ。これが公開できたら、もう後悔はない。だから、頼みます。俺に力を貸してくれ」

 

 頭を下げる彼とは対称的に、僕は天を仰いだ。

 ダメだ。

 ここまで覚悟を決められたら止められない。

 

 人が成長するに従って冒険出来なくなるのは、守るものや立場が増えていくからだ。

 最近ニュースでよく聞くもう失うものがないと開き直って暴走する無敵の人ではないが、手にしたもの全てを失う覚悟を持っていれば、どんな無茶でも関係ない。

 訴えられたとしても、名誉毀損だけなら賠償金額もそこまで高くは付かない。

 とはいえ相手が芸能事務所で、その損害賠償も掛かった場合は話が別だが、仮に高額になったとしても、頭の切れるアクアくんなら、時間を掛けて賠償を完遂しそうではあるが。

 

 どちらにせよ、責任を取るという彼の言葉に偽りはなさそうだ。

 

「ハァ」

 

 ため息と共に顔を戻し、脇に置いていたタバコに火を付ける。

 アクアくんの視線はずっと僕を捉えたまま動かない。

 ここで僕が断っても別のプロデューサーを捜すだけだろう。

 

 危険な企画ではあるが、今彼が言ったように責任を本人が取るのなら手を挙げる者も出てくる。

 だけどそれでは、彼に投資してきた意味がなくなってしまう。

 いや、そうじゃない。

 

 投資に対するリターンは常に約束されているわけではない。むしろ失敗する方が多い。

 投資とはそういうものだ。

 気になっているのは別のこと。

 彼の才能が、輝きが、芸能界から消えることを見過ごしていいのか。

 

 芸能界には才能が集まってくる。

 彼のタレントとしての才能自体はそう際立ったものではない。

 少なくとも彼の母親であるアイのような、誰も彼も引きつけるスター性を持った『本物』ではない。

 それでもなお、彼が惜しいと思うのはその対応力だ。

 

 僕の投資対象の多くは若者。

 未完成であるが故に伸びしろも多く、どう化けるか分からないという楽しさはあるが、同時にトラブルを起こしがちだ。

 そうした部分をフォローするのが僕らの仕事だが、彼と一緒に仕事をした時は大人顔負けの立ち回りの上手さを披露してくれたおかげでずいぶん楽が出来た。

 

 今日あまのドラマでは、主演のメルトを奮起させて、演技の質向上に貢献した。

 ドラマ自体の収益はともかく、これまでどこか仕事を嘗めている節があったメルトの意識改革まで起こしてくれて、役者としても余所に紹介できるくらいまで成長した。

 

 今ガチでは言うまでもなく、炎上して自殺未遂を行ったあかねくんの命を救い、黒川あかねという希有な才能を持つ役者が消えるのを防いだ。

 彼らが自分で作った動画の内容は多少問題になったが、それもキチンと番組の公式SNSにアップすることで、訴えられ無いように立ち回り、番組自体にも注目を集めて成功に導いた。

 

 東ブレの舞台は雷田くんの案件なので詳しくは知らないが、原作者のNGによって舞台が滅茶苦茶になりそうなところに、上手く手を回して崩壊を防いだと聞いている。

 

 その不測の事態に対する状況対応力は、地上波で放送できないぎりぎりを攻める深ワンの番組でも役立っている。

 言うなれば彼は、現場に置いておけばそれだけで成功に一役かってくれる便利な札。

 現時点でさえそうなのだ。

 

 今後、芸能人として成長を遂げればどうなるか。

 実際彼は一つの仕事を終える度目に見えて成長している。

 それも役者だけでなく、モデルやコメンテーターも含めたマルチタレントとして。

 アイの血を引いている以上、今はまだ欠けているスター性をいつか身につける可能性だって十分にある。

 

 誰も彼もを虜にする説得力を持ちながら、仕事の質と成功にも貢献するマルチタレント。

 母親とは方向性は違えど、まさしく金の卵を生む鶏だ。

 それが、こんな収益もさほど見込めない小さな企画で消える?

 冗談じゃない。

 結論が出ると同時に、タバコを乱暴に押しつけた。

 

「結論は変わらない。こんな仕事、僕は受けない」

 

「でも──」

 

「もう良い。こいつじゃ話にならん」

 

 食い下がろうとするアクアくんを制し声を張り上げたのは、これまで交渉には関わらず成り行きを見守っていた五反田くんだった。

 

「カントク?」

 

「コイツみてーな、作品の質より金を大事にする拝金主義者じゃダメだ。いざって時ケツまかれちまう」

 

「ヒドい言われようだねぇ。別に拝金主義者ってのを否定する気はないけど」

 

「もっと話の分かるプロデューサーはいくらでもいる。次行くぞ次」

 

「待ってくれ。この企画は」

 

「良いから」

 

 渋るアクアくんを無理矢理立たせ、そのまま出口に向かって引きずっていく。

 

(まったく熱くなっちゃって。弟子の為かなんか知らないけど)

 

 弟子が暴走している場合、師匠なら心を鬼にして諫めるべきところだが、彼は感性が子供なのか、一緒になって参加しようとしている。その様には呆れを通り越して怒りすら覚える。

 出る直前、こちらを振り返ったため、ジロリと睨み付けると、彼は思い切り分かりやすく目を開き、合図を出し始めた。

 何度も繰り返される合図に流石に言いたいことは分かったが、その雑さに辟易する。

 

「カントク?」

 

「ああ、いや。何でもない。行くぞ、仕切直しだ」

 

「?」

 

 訝しむアクアくんもこの場で追求する気はないようで、最後に一つ頭を下げて、そのまま部屋を出ていった。

 足音が十分離れてから思い切り息を吐く。

 

 先の態度を見るに、五反田くんもアクアくんの案に全面的に納得しているわけではなさそうだ。

 その上で自分に何か考えがある。と伝えたつもりなのだろうが……

 

「今時、こっそり連絡取る手段なんていくらでもあるだろうに。むしろ事前に言っておいてもらいたいね」

 

 スマホを取り出し、テーブルの上に置いて、新しいタバコを取り出して吸い始める。

 何本か吸っていると、予想通りカントクから、メールが届いた。

 そこには今日の夜、改めて話がしたい旨が記載されていた。

 

「こっちの予定も無視して。こういうところが子供っぽいって言うんだ」

 

 火を付けたばかりのタバコをもみ消し、頭の中でスケジュールを確認する。

 幸いというべきか、夜の予定は空いていた。

 

 

   ※

 

 

「ようするに、ドラマは作る。けど彼に責任を取らせないように僕らで立ち回る。そういうことで良いの?」

 

「おう」

 

「おう、じゃなくてさ。そんな都合のいい方法あるの? だいたい彼を監督に起用したの君なんだろ? それが一番問題だからね」

 

 この計画の肝は、アイの息子というスキャンダルを利用して注目を集め、ドラマの役者、脚本、監督をアクアくんが一人で担当することで、悪目立ちして批判を集めるところにある。

 他はともかく、いきなり監督として起用されるのは、様々なステップを無視しており、本来あり得ないことなのだ。

 

「いや、俺としてはあの早熟に人生の楽しさを教えてやろうと監督に起用したんだが、あのバカ。それも利用しようとしやがってな」

 

 バカは君だろ。

 ぎりぎりまで出掛かった言葉を呑み込んだ。

 

「具体案は? どんなやり方をするにしろ、この件は誰かが責任を負う必要がある。言っとくけど僕は無理だよ。これでも養わなきゃならない家族がいるんでね」

 

 話しながらふと思いつく。

 

「もしかして。君が責任取るつもりかい? 確かまだ独身だったよね?」

 

「冗談じゃねー。そんなことしたらうちのかーちゃんが泣くわ」

 

「じゃあ、一体」

 

「それも含めてもう一人呼んである。そろそろ来るはずだけど……」

 

 腕時計に目をやりながら言ったところで、見計らっていたかのように、襖向こうの店員から、連れがやってきたことを伝えられる。

 

「失礼」

 

 やや緊張した声と共に入ってきた人物には、見覚えがあった。

 

「へぇ。なるほど」

 

 ここ最近の苺プロの躍進も合わせて、ある程度の事情を理解して頷く。

 手にしていた酒を煽ったカントクは勢い任せに声を張り上げた。

 

「俺たち三人で力を合わせて、あの早熟なクソガキに、本物の大人の力を見せつけてやろうぜ」

 

「……まあ、それも内容を聞いてからだけどさ。しかし、君が大人ってなんか違和感強いね」

 

「何でだよ! 別に良いだろ。独身だって、夢追い人だって、子供部屋おじさんだって大人には違いねぇだろうが!」

 

 予想以上の反応に少し驚いた。

 実は意外と気にしていたのだろうか。

 それにしても過剰だと思うが……

 

「フフッ。あ、いや。申し訳ない」

 

 ずっと緊張した顔をしていた三人目が思わずといった様子で笑ったのを見て、五反田くんの狙いに気付いた。

 

(そういえば彼も元は役者だったな)

 

「ま。ともかく座ってください。話の内容はどうあれ、改めて悪い大人が集まったことに乾杯といきましょう」

 

 五反田くんを見習って彼の緊張を解す冗談を口にしながら酒を持ち上げ、入室を促した。




ちなみにカミキが死亡しているため、この時点でアクアの復讐計画は本編とはいくつか変更が入っています
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