【完結】推しの子if ~あかねちゃんと一緒にアクアを救おうルート~ 作:日ノ川
「ずいぶんあっさり受けてくれたな」
鏑木Pとの交渉から一夜開け、別のプロデューサーを捜すため、カントクの家に出向いた俺を待っていたのは、非常にムカつくドヤ顔だった。
どうやら昨夜のうちに再度交渉し、企画のゴーサインを貰ってきたらしい。
「そりゃお前。俺の巧みな交渉術って奴よ」
あれほど頑なだった態度が一夜にして逆転。
そんな芸当がこの映画が撮れるだけのでかい子供にできるはずがない。
なにか裏がある。
訝しむ俺の視線を理解したのか、少しの間気まずそうに顔を逸らしていたカントクもやがて大きくため息を吐き、しぶしぶといった様子で語りだした。
「結局、あいつは最初から断る気無かったんだよ」
「俺もそう思ったから最初に声を掛けたつもりだったんだけど。駆け引きのために一度断った振りしたとか?」
「つーか時間稼ぎだな」
「時間稼ぎ?」
「……この企画の肝は、お前が子供だてらに全ての責任を負う覚悟があるってことだ」
「ああ」
本来企画の責任を取るのはプロデューサーの仕事だが、今回のような業界のルールどころか、法律違反で最悪社会的な破滅に至ることにすらなりかねないような危険な企画は誰だって責任を取りたがらない。
だが、そうした企画だからこそ、注目度が上がり面白くなるのも事実。
地上波で放送できないギリギリを攻めることで有名な、深ワンの業界視聴率が高いことからも察せられる。
しかし、それもあくまでギリギリまで。完全にラインを超えた企画は当然誰も立ち上げようとしない。
今回は俺が、どんな形であってもその責任部分を負うと約束することで、ラインを超えた内容の企画を実現させようとしていた。
鏑木Pならそれも分かった上で了承してくれると思い、一番最初に話を持っていったので、すげなく断られた時は驚いたのだが、やはり何か理由があったらしい。
「だが、問題が一つある。お前みたいなガキが責任を取ると言ったところで、それを信じてくれるのは俺や鏑木みたいにお前の性格をよく知っている奴じゃないとダメだってことだ」
「それはそうだけど、そんなの時間をかけて証拠を見せれば。……ああ」
さっきカントクが言っていたことを思い出し、納得した。
「そうだ。あの野郎、俺たちが帰ったあとすぐに目ぼしいプロデューサーに連絡を入れやがった。俺がガキを連れて怪しい企画を売り込んでるってな。今から他の連中に話を持ってって責任取るつったところで、狼少年扱いされるのがオチだ」
「ドヤ顔で語ってるところ悪いけど、粘ろうとした俺を無視して切り上げたのアンタだからな?」
「しょうがねーだろ! あんなセコい手使うと思ってなかったんだよ。第一こんな連絡した後で自分が企画ゲットしたら立場悪くなるのはあいつの方だ。良くやるよホント」
「そうまでして今回の企画を自分の物にしたかったのなら、ありがたい話だけど、何もしなくても最初に持っていった話をわざわざ一度断ったってことは、自分に有利な条件を出してきたんだよな?」
「おう。俺が呼び出されたのもそれを伝えるためだ」
「ハア。面倒なことするよな。どうせこれで芸能界も引退するんだ。ミヤコさんやルビー達にまで迷惑がかかるようなものでもない限りはどんな条件でも飲むのにな」
ため息を吐きつつ、聞く姿勢を取るとカントクも向かい合って話し出す。
「一つ目はキャスティング権を自分に渡すこと」
「キャスティングは元々あっちの仕事だろ?」
「これも前に話したろ。この業界でキャスティング権を持つ監督は超大物監督か、超低予算でやる小規模映画の監督くらい。今回は映画じゃねぇが、予算的には小規模映画並しか使えん」
「それを逆手に取って好き勝手キャスティングされると困るってことか。つまり鏑木Pの方で使いたい役者がいる?」
「あるいは自分のお気にに危ない橋を渡らせたくないのか」
そっちの可能性も十分にある。
鏑木Pが目を掛けている役者連中は、俺の知り合いも多いため、それが使えないとなると人集めも難しくなる。
なにより。
「主演は」
「わーってるよ。主演級に関しては相談して決めさせろって言っといた」
「それなら後は何でも良い」
ほっと胸をなで下ろす。
俺が犯人役、そして主役のアイ役にあかねがキャスティングできるのなら問題は無い。
「言っておくが、総監督は俺だ。いくらお前が推しても、俺が認めなけりゃ使わねぇからな」
「分かっているよ。ただ、あかね以上にアイ役を上手く演じられる奴を俺は他に知らない」
「ふーん? 息子のお前がそこまで言うとはな。話した感じキャラは似ても似つかねぇが……」
「ま、楽しみにしてなよ。それで、条件はそれだけ?」
「いや、もう一つ。つーか、多分こっちが本命だな。お前に苺プロを辞めて欲しいとさ」
にやりと笑うカントクの言葉を租借し、意味を理解する。
「そうか」
「なんだよつまんねぇ、もっと驚けよ」
「訴える時にやりやすくするためだろ?」
「そういうこと。神木プロだけじゃなく、いざってとき鏑木は自分も騙された側だってお前を訴えるかもしれない。そん時に無実に等しい苺プロを訴えるわけにもいかないからな。独立して会社作るか、フリーのまま制作会社から委託の形を取るか。それは任せるとよ」
「分かった。考えとく」
「条件はこの二つだけど、どっちも問題ないなら、このまま鏑木に任せることになるが良いんだな?」
「ああ、細かい条件はそっちに任せるから……」
そこまで話したところで、スマホが鳴った。
一言断ってから確認するとルビーからだった。
「なんだ。デートか?」
「ルビーから。買い物に付き合えとさ、ライブ終わったばかりのせいか時間余ってるみたいだ」
小中学生の時はともかく、高校生になってからは一緒に買い物に出ることなどほとんどなくなっていたが、俺の前世が雨宮吾郎だと知って以後、こうして甘えてくるようになった。
合間に好き好き言ってくるのは正直どう対応していいか悩むところだが、かつてのさりなちゃんのように結婚しようとまでは言い出さないだけ多少は成長している気もするが、その分直接的な接触が増えたので、なんとも言えない。
「ほーん。あの妹か……。そうだ! ちょっとここに呼べよ」
不意に思いついたように告げるカントクに、思わず顔が歪む。
「は? なんで?」
「うちのかーちゃんが一回会ってみてぇってウルセーんだよ。」
「あー」
仕事でここを訪れるようになって随分経ち、カントクの母親とも長い付き合いになる。
こちらのパーソナルスペースを無視してグイグイ距離を詰めてくる強引さに最初は戸惑ったものの、今ではもう慣れた。
有馬は一度、あかねはカントクに感情演技を教えてもらうために何度か一緒に来ているが、ルビーを連れてきたことはなかったはずだ。
「なー、頼むよー。会わせるまでずっとグチグチ言われたら、仕事になんねーからよー」
「……スポンサーの機嫌取りしなきゃいけないなんて大変だな」
「おまっ! 言っとくけどな。俺は実家住みだがちゃんと金は入れてっから! ご機嫌取りとか必要ねーから!」
「はいはい」
(子供部屋おじさんって謎にプライド高けーんだよな)
ギャーギャー喚き続けるカントクを後目に、とりあえずルビーに連絡を取ることにした。
☆
「わー。おいしー!」
アクアの妹、星野ルビーが大口を開けてかーちゃんの料理を食べている。
不味くはないが、特別美味しいとも思わない家庭料理に大袈裟だが、これが演技だとすればなかなかのものだ。
「まー、嬉しいわ~。泰志もアクアくんもそういうことさっぱり言ってくれないんだから」
「そうなの? ダメだよおにいちゃん。ちゃんと言葉にしないと伝わらないことってあるんだから」
ニヤニヤと笑ってアクアに絡むルビーから、イヤそうに顔を逸らす。
「そうよ~。私がしてあげないと料理も、部屋の片づけもできないくせに、体ばっかりおっきくって中身は子供のままなんだから」
こっちにまで飛び火した。
余計なこと言いやがって。
「いや。美味しいですよ。いつも俺の分も用意してもらって感謝してます」
「あら~。じゃあアクアくんもお代わりいる?」
「戴きます」
相手が良い気分になっている時は水を差さず、言われるままに行動するのは処世術の一つではあるが、相変わらず子供らしくない早熟さだ。
「泰志は!!?」
「俺はいらん」
そして俺はそんな空気は読まない。
アクアの視線がそんなんだからいつまで経っても大人になれないんだよ。と言っていたとしてもだ。
※
「あー美味しかった」
食事後、俺の作業部屋に移動してからもルビーは笑顔のまま、満足げに腹に手を当てていた。
「言うほどか? 普通の家庭料理だろ」
双子の裏切りによって、食事の間中かーちゃんにぐちぐち言われて辟易した恨みも込めて吐き捨てるとルビーは即座に否定した。
「そんなことないよ。ああいう料理って普段あんまり食べないもん」
「そーいや有馬も似たようなこと言ってたな。でもお前らは実家だろ?」
有馬は親が二人ともちょっとアレなので、今は一人暮らしをしているらしいが、双子はアイ亡き後、苺プロの社長が我が子同然で育てて、一緒に暮らしているはずだ。
そんなルビーに、アクアが呆れ顔でツッコミを入れた。
「ミヤコさんが聞いたら泣くぞ。忙しい中ちゃんと作ってくれてるだろ」
「確かにミヤコさんの料理は美味しいけど、ちゃんと作る時はなんかこう、すっごいお洒落っていうかお店の料理みたいなんだもん。朝食でマフィンとか木のボールに入ったサラダとか出てくるし。お兄ちゃんの料理は一人暮らしの男の料理って感じで雑だし」
「じゃー自分で作れよ。お前も料理くらいできるだろ」
「えへへ。まあ、それはそうなんだけど、料理はちょっと苦手。なんか面倒くさくて」
「分かる! あんなチマチマしたこといちいちやってらんねーよな」
「そうそう。カントクさん顔怖いけど話は分かるね」
「顔の下りいるか!? ったく最近のガキはどいつもこいつも」
有馬かなを彷彿とさせる。
あちらは更に切れ味が鋭かったので、一緒のグループで活動するうちに口の悪さが移ったのかもしれない。
「あはは。というか、なんでこの部屋真っ暗なの? 電気点けよーよ」
「露骨に話変えやがって。……映像編集の仕事する時は、色を正確に確認するために、外から余計な光を入れないようにするんだよ」
「今してないじゃん。点けるね」
「止めろ。今から俺が仕事するんだ」
「あれ? 珍しいー。最近カントクのお手伝いしなくなってたのに。お小遣い足りないの?」
無駄遣いしてるんじゃないの? と続けてアクアを小突くルビーを見ておやと思う。
「なんだ早熟。お前妹にまだ話してないのか?」
「え? 何の話?」
「……」
作業用PCの前に座り込んだアクアは、仏頂面のまま黙り込む。
否定しないのを見るに、話さなくてはならないことは理解しつつ、自分からは言いづらいといったところだろう。
なら、代わりに言ってやるのが大人として、そして師匠としての役割だ。
「実は今度スペシャルドラマを撮ることになってな。主演はまだ本決まりじゃないが、黒川あかね。んで、こいつも裏方として参加させようって話が出てる」
「あかねちゃんに、おにいちゃんも?」
「そう。しかも監督としてな」
「監督になるの?! スゴいじゃん。おにいちゃん」
「まあ。俺が総監督だから、初監督作品とは言えねーが、重要な場面をコイツに任せるつもりだ。で。こいつ最近はタレント仕事ばっかりで裏方仕事してなかったからな。勘を取り戻させる意味で、今から仕事を振ってるって訳よ」
「よく言うよ。撮影に入る前に溜めてた仕事片づけたかっただけだろ」
アクアの小言は無視する。
実のところ、それもある。
このドラマは規模こそさほど大きな物ではないが、俺個人にとっては大事な仕事だ。
他の仕事は事前に片づけて、できる限り注力したい。
ただ、アクアに勘を取り戻させるのが狙いなのもまた事実。
いくら上に総監督がいるとはいえ、これまで何の実績もない高校生が、演出や助監督といった下積みとして務めるのに必要な過程をすっ飛ばしていきなり監督に抜擢されたのだ。
アクアの計画である、自分に批判の目を集中させるためには願ったりなのだろうが、俺たちの計画を進める上ではいただけない。
最低限、監督に抜擢されたことが間違いなかった。と思わせるような出来に仕上げてもらわなくてはならない。
その為にこれから、俺がこの何十年間培ってきた知識と技術、そして経験を伝えて行く必要がある。
今回の仕事もその一つだ。
最近ではアクアの腕を信用して、良い感じに編集しておけ。と投げやりに任せることも多かったが、監督をやらせる以上、ただ勘を取り戻させるだけじゃ正直言ってまだまだ腕前が足りない。なので、これからはハードルを上げてビシバシ添削してやろう。
「そっか。あかねちゃんとおにいちゃんが主演と監督かー。良いなぁ」
ルビーの独り言に、思考を一時中断し、目を向ける。
暗がりの中、唯一の光源であるモニターの光に照らされた姿。
明るい金髪すら見えづらくなった中で、特徴的な瞳だけが輝いて見えた。
その姿が何故か、かつての星野アイと重なった。
娘なのだから似ているのは当然なのだが、どういう訳か今までそう思えなかった。
俺にとってのアイは、テレビで見る天真爛漫な姿ではなく、例のドキュメンタリーを撮る前にみた姿の方だからなのかもしれない。
その姿と今のルビーが重なっている。
「……ねーカントク。私も出演させてよー。お願い♡」
片目を伏せたまま両手を合わせて強請ってくる。
これもいつだったかアイが俺にやってきたポーズそのままだが、不思議なことにこの姿はあまり似ているとは思えない。
そのおかげか、多少冷静になって問いかける。
「お前、演技できんの?」
「フッフッフ。実はねー。最近事務所のレッスンで何回か稽古したんだ。かな先輩も筋が良いって褒めてくれたよ?」
「ほー」
そう言えば、アイも演技自体は並だが、妙に人目を引く芝居を見せていた。
ルビーにもその血が流れているのなら……
「なら、お題出してやるから、ちょっとやって見せろよ」
「カントク。いい加減にしろよ」
これまでずっと黙っていたアクアが口を挟んでくる。
アクアにとって、このドラマはアイを殺したカミキヒカルへの復讐であり、その為にアイと自分たちの関係も暴露しようとしている。
その後、どんな流れになるかはこれから次第だが、できれば最初から妹を関わらせたくないと考えているのは分かる。
だからこそ、こいつはアクアの独断専行を止めるための重要な切り札になるかもしれない。
「うるせーな。総監督は俺だ。お題は、そうだな──」
そんな思いからアクアの制止を押し切り、試しに適当なお題を出して演技をさせてみることにしたのだが……
「よーし。じゃ行くね?」
そんな建前は、ルビーの演技を見て一瞬で吹き飛んだ。