【完結】推しの子if ~あかねちゃんと一緒にアクアを救おうルート~ 作:日ノ川
私は、おにいちゃん──星野アクアこと雨宮吾郎にとって特別な存在だ。
互いの前世での繋がりを確信した時点で、相手が誰であっても勝てると思っていた。
だって、せんせは約束してくれたんだから。
十六歳になったら結婚してくれるって。
そして、私はもう十六歳になった。
今は法律が変わって結婚できるのは十八歳からだけど、そもそも今の私たちは兄妹で、法律的に結婚は出来ないんだから関係ない。
ただ、ずっと一緒にいてくれればそれで良かった。
そうなれると思ってた。
でも、違った。
確かに私がアクア……せんせにとって大事な人なのは事実だと思うが、一番かと言われると、今となっては分からない。
それは私の優先度が下がった訳じゃなくて、他の人たちが上がってきたからだ。
恋人のあかねちゃんだけじゃなくて、先輩やMEMちょもそうだろうし、ミヤコさんだって、カントクさんもそう。
当然ママも含まれているのだろう。
せんせとしてじゃなく、星野アクアとして十数年間過ごしてきたことで、いろんな出会いがあって、その分大切な人も増えた。
私だって、天童寺さりなじゃなく星野ルビーとして生きて大切な人は何人もできた。
ただ、私にとって今の人生は、結局大人になることもできず、生涯の多くを病院の中で過ごした、さりなの人生の延長戦のような気持ちが強かった。
だから。いつだって私の中には、せんせとアイの二人が居る。
でも、そのせんせが、アクアに転生してずっと傍にいてくれた。
運命だと思った。
私たちは結ばれる運命なんだって。
おにいちゃんだって、そう思ってるはずだと浮かれていた。
それなのに……
「ねーねー。私の演技どうだった? カントクさん驚いてたし、きっと使ってもらえるよね?」
カントクの自宅件スタジオを出て直ぐに聞く。
自分なりに上手くできたと思うし、カントクも褒めてくれていたが、おにいちゃんは何も言ってくれなかったので確認したかったのだ。
「ん。ああ。主演級は無理だけど、わき役なら使ってくれるんじゃないか?」
「えー。わき役ー?」
「贅沢言うな。そもそも今回のドラマのキャスティングは鏑木Pが主導で行う。カントクや俺が決められることじゃないよ」
「え? じゃあ、鏑木さんに直接交渉した方良いかな? 深ワンの収録の時とか」
「……そういう裏技あんまり使いすぎるなよ? 貸しを作り過ぎると面倒に巻き込まれるぞ」
「分かってるよー。でも、絶対出たいもん。おにいちゃんも昔言ってくれたでしょ? 私に才能あるから、将来は女優かなって」
育児疲れで暴走しかけていたミヤコさんを止めるため、神様のフリをした時のことだ。
「言ったか?」
「えぇー? ヒドい! 覚えてないの? あれがあったから私の中で、アイドルをやり切った後の候補に女優も入れてたのに」
「むしろお前がよく覚えてたな」
「……ううん。最近頑張って思い出したんだよ。おにいちゃんとの会話。ぜーんぶ」
世界一大好きなママとの会話は殆ど全部覚えているが、幼少時はママのファン同士という繋がり以上の感情を持っていなかったアクアとの思い出に関しては、正直色々と忘れていることが多い。
しかし、そのアクアがママと同じく世界一大好きなせんせの生まれ変わりだと分かった以上、昔の会話も全部大切な思い出に早変わりした。
「……あっそ」
「素っ気なさすぎない?!」
「他に何言えってんだよ」
「そりゃー、こう。俺も大好きなルビーとの会話は一言一句逃さず覚えているよ。とか?」
「はいはい」
「もー! 相変わらずつれないなぁ」
リュックの紐を握っていたアクアの手がピクリと動いた。
相変わらず。に掛かっているのは、ゴローせんせとさりなの時に交わした会話だ。
本当の意味で互いの前世について確認し合った日に宣言したように、おにいちゃんは前世での関係について全くと言っていいほど話さなくなっていた。
不満もあったが、それ以上に怖くなった。
私にとってせんせは、世界一大好きで、生きる意味をくれた大切な人。
でもせんせにとっては?
もしかしたら、沢山いる患者の一人でしか無かったのだろうか。
実際私以外の患者のところにも顔を出していると聞いた覚えがあった。
それなら、私たちの再会は運命なんかじゃなくて。
前世の関係も、大したアドバンテージにはならないのではないか。
そんなことを考えてしまったからこそ、確認したくて出た言葉だ。
「……」
こちらを見るおにいちゃんの目は、どこか醒めているように見えた。
前世のことは口にしないという約束を破ったことを、怒っているのだろうか。
それともやっぱりせんせにとって私はただの一患者で、どんな会話をしたか覚えていないから、なんのことを言っているのか分からないとか。
楽しかった気分が一気に萎み、顔を伏せる。
直後、頭に柔らかな気配を感じ、そのまま頭が撫でられた。
「わっ。おにいちゃん?」
視線を上げると、そこにはいつもの、いや。いつも以上に柔らかく微笑んでいるおにいちゃんの顔があった。
「ちょっと遅くなったけど、買い物行くか。池袋で良い?」
「池袋?」
買い物は元々私がお願いしていたので分からないでもないが、何故池袋。と考えた直後、記憶の蓋が開く。
天童寺さりなと雨宮吾郎が交わした雑談。
東京に憧れを持っていた私が、池袋や原宿に行きたいと言った時、せんせは病気が治ったら案内してくれると約束してくれた。
もちろん、その時点でもう私の病気が治る見込みがないことに気づいていたので、単なる口約束でしかない。
同じような約束は他にもたくさんしている。
結婚して欲しいと言ったのもその一つだ。
せんせはアクアになってもそれをちゃんと覚えていてくれたんだ。
「うん!」
思わず、私の頭を撫でているおにいちゃんの腕に抱きつくように体を寄せる。
「お、おい」
「その代わり、私がスカウトされたらちゃんと守ってね?」
戸惑うおにいちゃんを無視して告げたのは、雑談の続きを私もちゃんと覚えているよ。と示すためのもの。
もし私がアイドルにスカウトされたら守ってくれる。これも約束の一つだ。
「いや、アイドルスカウトがB小町を知らないってことはないだろ」
「分かんないじゃん。もしかしたら、超大手事務所が私を引き抜きしようとしてくるかも!」
「ねーよ。第一、俺は信用のおけないスカウトだったら断らせるって言ったんだ。超大手は範疇外だ」
「そんなことないよ。ミヤコさんがいる苺プロ以上に信用できるところなんてないもん」
これも本心。
ミヤコさんは、アイが亡くなり、壱護社長がいなくなってから、ずっと私たちを支えてくれた人。
私にとってはおにいちゃんと同じくらい信用できる大切な人だ。
それはおにいちゃんも同じはず。
そんな気持ちを込めて言った台詞に、しかし、答えは返らない。
不思議に思って改めて顔を見るが、おにいちゃんは変わらぬ微笑を浮かべたままだった。
※
「なんでカラオケ?」
残念ながらスカウトされることはなかった池袋での買い物と言う名のデート後、まだ時間があるからと連れてこられたのはカラオケだった。
「別に。そういえばお前の生歌ちゃんと聞いたこと無かったなと思って」
「やだなー。この間ライブでタップリ聞いたでしょ?」
「あれ口パクじゃないけど補正かけまくってただろ」
「あはは。気づいた?」
「これでも裏方経験長いんでな。」
「ダンスとかは得意なんだけど、何故か歌だけはどれだけ練習しても思うように上手くならないんだよね。いやー、それでも最初よりはずいぶん良くなったとは思うんだけどさ」
「あー、MEMが言ってたな。音痴すぎてやばいかったとか何とか」
「MEMちょめー。自分だってヘタウマの癖に」
とはいえ、MEMちょもかなり練習しているので、まだ上手いとまでは言えないが、ヘタウマとは言えない段階になっている。
先輩は言うまでもない。
このままでは、B小町の中で一人だけ音痴の烙印を押されかねない。
「どっちみち本当にカントクの作品に出るなら歌は練習しておいた方が良いぞ。ルビーが出られる役だと練習で歌うシーンとかあるからな」
「え? 歌ってことはアイドルものなの? それとも歌手? どっちにしても私にピッタリ!」
自分から言い出しておいてなんだが、正直演技にはあまり自信は無かったのだが、元の私と似たような役柄ならなんとかなりそうだ。
「音痴を自覚してるくせによく言えるな」
「もー。だから音痴じゃないってば。見てろよー!」
フリルちゃん曰く、良い感じに傷を抉るアクアのクールなツッコミも、せんせが言っていると思うと、どうしてか優しく聞こえる。
これがいわゆる、惚れた弱みという奴だろうか。
マイクを手に取ると、リモコンを操作してある曲を選ぶ。
かつて、私とせんせが病院でライブごっこを開いた時に歌った思い出の曲。
『初恋☆メモリー』
※
「はー、歌った歌った」
その後、タップリ二時間。
私だけでなく、おにいちゃんにも歌わせながらカラオケで二人だけの時間を楽しんだ。
意外というか、見た目通りというべきか、おにいちゃんはかなり歌が上手かった。
「おにいちゃんいつ歌の練習してたの? ビックリした。私より上手いじゃん」
「お前より上手いは褒め言葉じゃないけどな。MEMの言ってたのが嘘じゃないって分かったよ」
「ヒドい!」
「第一、俺は歌が上手いんじゃなくてカラオケが得意なだけだ。高得点出すのは歌の上手さとはあんまり関係ないからな」
「おにいちゃんカラオケなんて行ってたの? 知らなかった」
ママが死んでからつい先日、アイツが殺されるまでの間、おにいちゃんの性格が暗くなっていたのは復讐のために生きていたからだと知った。
当然、他人とも必要以上に関わることはなく、遊びに行ったりもしていなかったはずだが、いったいいつ行っていたのだろう。
「……昔はカラオケが娯楽の中心だったからな」
おにいちゃんが言う昔がいつのことなのか、考えるまでもない。
私たちが生まれてからの十数年間、インターネットの急速な発展に伴いスマホやタブレットの普及もあってサブスクを始めとするお金の掛からない娯楽が一気に増えたことで、カラオケの人気は下がる一方。
少なくとも娯楽の中心とは言えない。
そう言えるのは私たちが生まれるずっと前。
おにいちゃんの前世であるせんせーが、学生だった頃まで遡らなくてはならないだろう。
実際ライブごっこの時は一緒に歌ってくれたっけ。
今まで頑なに前世のことを話さなかったおにいちゃんが、自分から昔話をしてくれたことが嬉しくて、私は意図的に距離を詰めて座り直した。
「えへへー」
そのまま肩に頭を乗せるように寄りかかる。
軽く息を吐いたものの邪険にしたりはしない。
「じゃー次はデュエットしよーよ。動画撮って後でインスタに上げるから。こういう時、相手がおにいちゃんだと変に疑われなくていいよねー」
「絶対やめろ」
「えー。じゃー撮るだけにしとくー。せめてママにはこーんなに仲良くなったんだよーって報告したいし」
その体勢のままリモコンを操作して、ムードタップリのデュエット曲を選ぼうとした瞬間、おにいちゃんの肩がピクリと震えたのが分かった。
しまった。
おにいちゃん、というよりせんせーにとってママのことは禁句だ。
あかねちゃんがそれっぽいことを言っていたが、元お医者さんだったおにいちゃんにとって、ママを助けられなかったのはきっと私のソレよりも辛いことだったはずだから。
今ならおにいちゃんが……せんせが笑えなくなっちゃったのも、よくわかる。
ただ、その辺りの話は私も気になっている。
宮崎で会ったあの不思議な子供曰く、せんせはママ──アイの担当医だったそうだ。
転生前から知り合いだったとすれば、二人の間には私も知らない特別な絆があったのかもしれない。
それこそ、もしかしたらせんせはアイのことを、単なるファンや患者以上に見ていた。
だからこそ、復讐に走ったんじゃないだろうか。
(ママがライバル……)
そうだとしたら、恋敵としてあかねちゃん以上の強敵だ。
「ルビー。ちょっと話がある。アイのことだ」
真剣な声に、リモコンをテーブルに置いてそちらを見ると、声と同じほど真剣な表情でこちらを見ていた。
私の手は知らないうちに、救いを求めるようにおにいちゃんの服を掴んでいた。
その手におにいちゃんの手が重なる。
「近いうち、俺たちがアイの子供だって話を公表しようと思ってる」
「……え?」
意味が理解できず、問い返す私の手を、おにいちゃんは強く握って続けた。
「お前のこれからにとっても必要なことなんだ」
指先が冷たくなっていくのは、自分の血の気が引いているからなのか、それともおにいちゃんの指が冷たいからなのか、私には分からなかった。