【完結】推しの子if ~あかねちゃんと一緒にアクアを救おうルート~ 作:日ノ川
「なん、で。そんなこと……」
長い沈黙の後、震えた声でルビーが言う。
「理由はお前だって分かってるだろ」
「裁判で言われちゃうかも知れないから?」
「ああ」
「でも、そもそもあの人が私たちのこと知っているかなんて分からないじゃん。裁判が始まるまで待っても──」
「俺はずっと考えてた。あの人はなんでカミキヒカルを殺したんだろうって」
十数年経って今更とは思わない。
ずっと復讐の機会を狙っていたのかもしれないし、俺と同じように最近までカミキの存在を知らなかっただけかも知れない。
分からなかったのは復讐に至った動機だ。
「だって。ママが、同じグループのメンバーが殺されたんだから」
「アイとB小町のメンバーはプライベートでの付き合いは殆ど無かった。少なくとも、自分の今の生活すべてをなげうってまで殺すほど強い友情があったとは思えない」
ルビーの視線が泳ぐ。
否定したいが、実際俺たちがアイに育てられた数年間、アイがプライベートでメンバーと遊んだり、相手の家に行ったりする事はなかったことを思い出しているのだろう。
「ミヤコさんはアイの復讐より、そのせいでドームでのライブが中止になって、B小町の解散に繋がったことを恨んでるんじゃないかっていってたけど……」
「そんなことない! ママの、アイのことを深く知っていれば誰だって憧れる! 少なくとも私が復讐を選んだのは──!」
強い口調と共に吐き出された言葉も、けれど最後まで言い切ることはなかった。
だけど、俺にはルビーが何を言いたかったのか直ぐ分かった。
大好きな母親を殺された恨みがあるのは大前提として、前世で苦しい病院生活を過ごしていたさりなちゃんにとって、生きる希望そのものだったアイは、特別な存在だった。
いや、そうでなくてはならない。そんな風に思っている。
だから、そんなアイを殺した奴は許せないし、その復讐を果たした相手や動機も、特別なもののはずだと無意識のうちに考えているのだ。
「俺もそう思うよ」
「え?」
「アイの近くに居続けたらズレずにいられない」
あまりに強い光に吸い寄せられて、ただ焦がれてしまう。
「それはあの人も同じだった」
ただ一つ違ったのは、少女としてのアイを知っている壱護さんとミヤコさん、母親としてのアイを知っている俺たちと違って、彼女はアイのアイドルとしての側面しか知らなかったこと。
完璧なアイドルであるアイに焦がれたが故に、汚されたことが許せなかった。
多くのアイドルファンがそうであるように。
その怒りが、子供を孕ませた父親であるカミキヒカルに向かい、凶行に走らせた。
それこそ、俺たちの存在を知ってアイを殺したあの大学生と同じように。
「だから、あの人はカミキを殺した」
これが、十数年間復讐者として生きてきた、僕の見解だ。
「……そっか。そう、だよね。ママは、アイは私なんかよりずっとキラキラしてて輝いてた」
(違う)
「アイはおにいちゃん。ううん、せんせの推しの子だもんね」
(そうじゃない)
確かにアイは輝いていた。
眩しすぎるほどに。
でも、俺は知っている。
そんなアイよりも輝いていた少女のことを。
不治の病にかかり、親からも見放されて、病室の中で苦しみもがきながらも、目をキラキラさせながらまっすぐに夢を見ていたあの子を。
あの時のさりなちゃんは、アイよりずっと眩しかった。
そう伝えたかった。
でも、それは出来ない。
俺には、資格が無い。
これからルビーに嘘を吐き、欺こうとしている今の俺には。
「でも。それがどうしてママのことを公表することに繋がるの? ファンならママの名誉を守ることを第一に考えてくれるんじゃないの?」
少しの間俯いていたルビーは、迷いを振り切るように頭を振ってから言う。
「ファンだからこそだ。裏切られたと勝手に勘違いした奴がどんな行動取るか、俺たちが一番分かってるだろ。あの人にとって俺たちは、アイの汚された証みたいなもんだ。下手すると、カミキより恨まれている可能性だってある」
恨まれてると言われたところで、俺の腕を掴んでいたルビーの手が震える。
「元々注目度の高い事件だ。裁判の内容は間違いなく全国ニュースに報道される。そこで下手なことを語られたらもう終わり。後から訂正したところで、言い訳扱いを受けるだけだ」
「うん。それは、分かる」
一度事実として広まった内容を塗り変えるのは容易なことではない。
最初のニュースがセンセーショナルであればあるほど、その傾向は強くなる。
そもそも、俺たちは実際にアイとカミキがどんな関係だったのかすら知らない以上、どんな内容であろうと否定するのは難しい。
「安心しろ。段取りは済ませてある。お前は本当のことを、アイとの思い出とか、夢を語るだけで良い」
「…………分かった。おにいちゃんが言うなら大丈夫だよね」
長い沈黙の後、覚悟して顔を持ち上げたルビーはまっすぐ俺を見つめたまま頷いた。
「……ああ」
前世のこともあって、俺に全幅の信頼を寄せているルビーは、内容の是非はともかく、俺が嘘を吐くとは全く考えない。
だからこそ。
裏切られた時の失望は、きっと大きな物になるだろう。
これから先のことを考えると、俺への依存や執着を断ち切ってもらわなくてはならない。
後はこの情報を出版社辺りにリークし、記事にして貰って注目を集めた後、会見を開く。
ルビーには明るく、まっすぐに夢を語ってもらい、その後俺は段取りを無視して、その場でアイに関するドラマを公開することを語る。
それで終わりだ。
いや、俺の復讐の始まりというべきだろうか。
どちらにせよ、ルビー……さりなちゃんに復讐は似合わないし、何よりさりなちゃんにまで今の俺みたいになってほしくない。
後のことは全部俺が──
ヴー。ヴー。ヴー。
突如、テーブルの上に置いていたスマホが震える。
バイブレーションの音がテーブルを伝って大きな音を立て、思わず驚いてスマホを持ち上げて確認すると、ミヤコさんからの電話着信だった。
「電話なんて珍しいな」
ミヤコさんからの連絡は大抵がラインで、電話してくるのは俺の方が立て込んでたり等で何時まで経ってもラインに何の返事を送れなかった時か緊急を要するような余程のことがあった時だけだ。
嫌な予感がした。
「おにいちゃん」
「ん」
ルビーも同じ気持ちらしく、先ほどよりさらに体を密着させてくる。
そんなルビーを安心させるよう肩に手を置きながら、もう片方の手で通話ボタンを押した。
「もしもし?」
『アクア! 今どこにいるの?』
前置きのないせっぱ詰まった声にやはり何かが起こったのだと確信し、意識的に呼吸をして自分を落ち着かせる。
「ルビーの買い物に付き合って渋谷に来てる。今は二人でカラオケに居るけど」
一応ルビーが一緒にいることを伝えておく。
ミヤコさんはルビーに過保護なところがあるので、聞かせたくない話なら一度ルビーだけ遠ざけるように言ってくるかも知れないと考えたのだが、電話の向こうでミヤコさんはほっとした息を漏らした。
『ルビーも一緒にいるのね? ちょうど良かった。ちょっとスピーカーにして』
「……」
嫌な予感が強くなる。
言われるがまま、スマホをスピーカーに設定してテーブルの上に戻すと、ミヤコさんは語り出す。
『さっき、事務所のアドレスに週刊誌からメールが届いたの』
「週刊誌って、なんかスキャンダル?! もしかして私とお兄ちゃんのデートがバレた?」
「アホなこと言うな。デートじゃねーし、そもそもさっきの今で取材申し込みなんか来るかよ」
『貴方たち今日一日何してたの? いや、そんなことはいいわ。落ち着いて聞いて。貴方たちの母親のことよ』
一瞬呆れたようなため息を吐いた後、直ぐに声が真剣なものに戻る。
ミヤコさんの言葉を聞いた瞬間、俺たちは顔を見合わせた。
「おにいちゃん?」
「いや、俺はまだ」
『どういうこと?』
もう誤魔化しきれそうにない。
とはいえ、ミヤコさんにもアイとの親子関係を公表する計画は話してある。
ドラマのことさえ言わなければ問題はないだろう。とルビーに話した内容をふまえてもう一度語る。
『……はぁ。それなら、まず私に話してからにして欲しかったわ』
話を聞き終えた後、深いため息とともに苦言を呈されて気付いた。
何か勘違いされている。
「ちょっと待った。今回の件は俺の仕業じゃない。こっちも驚いている」
『本当に? だって貴方前科あるし』
通話なので顔は見えないが、疑いの眼差しを向けているのは声だけでも分かった。
ミヤコさんが言っているのは、あかねの自殺未遂を記者クラブにリークした件だろう。
「あの時はタイミング的にあそこしかなかったからそうしただけ。今回は世間の反応も含めて、適切な頃合いを見計らうつもりだった。だからルビーを説得したらミヤコさんにもちゃんと話すつもりだったよ」
『……そうだったの。でも、そうなるといったい誰が』
ミヤコさんと一緒に俺も考えてみるが、心当たりは浮かばない。
そんな中、ルビーが少し拗ねた声で聞いた。
「そもそもどういう記事が出るの?」
『流石にここでは言えないわよ。カラオケの中とはいえ万が一ってこともあるから。取りあえず二人は直ぐ戻ってちょうだい。タクシーの手配するから場所教えて』
「タクシー?」
「帰り道にマスコミが俺たちに直接取材してくるかも知れないってことだろ」
「あっ、そっか。どうしよおにいちゃん。念のため変装してく? 今日買ったの変装用の地味な服だし」
『ルビーはそうした方が良いかもね。この間のライブ以降、メディアでの露出も増えてるし』
「……じゃあ、ここで着替えとけよ。俺は外に出てる。無いとは思うけど店の中まで付いてきてる可能性だってあるからな」
スマホを手に取り、スピーカーモードを切りながら立ち上がる。
「うん。分かった。あ、おにいちゃん?」
「ん?」
「覗かないでね?」
「バカなこと言ってんな。お前こそ注意しろよ。カラオケには防犯のため、室内を覗く監視カメラがあるからな」
「え? え? そうなの!?」
買ったばかりの服が入った紙袋を胸元に抱き、キョロキョロと室内を見回すルビーをカラカラと意図的に明るく笑う。
「ここは大丈夫だよ。そんな店もあるってだけ」
実際に治安の悪い地域等にはそうした店もあるがここはプライバシーの観点からそうしたものが設置されていない。
だからこそ、ルビーを説得する場所としてここを選んだのだから。
「もー! おにいちゃんの意地悪!」
不満げな声も、どこか無理矢理テンションを上げようとしているように聞こえた。
さっきの話で俺たちの出生に付いて公表することには一応納得したが、全く関係ない誰かにばらされることに割り切れない思いと、結果自分たちがどうなるか分からない恐怖があるのだろう。
『……アクア』
扉を開ける音が聞こえたのか、外に出た直後、繋がったままのスマホからミヤコさんの声が聞こえ、耳に当てる。
「何?」
『詳しい話は戻ってからするって言ったけど、先に一つだけ。メールには一枚写真が添付されてたわ。貴方たちとアイが一緒に写った、家の玄関に飾ってあるのと同じ写真よ』
ルビーが出掛けにアイにも声を掛けたい。と言い出したことで玄関に置かれることになった俺たち三人が一緒に写った写真のことだ。
当然人に見つからないように気をつけている。
元から友人知人を招くことはほとんどなかった上、荷物が届いた時なども見つからないように伏せるのを欠かさないようにしていた。
以前あかねを招いたことはあったが、その時も彼女がアイと俺たちの関係を知っているとは思っていなかったので、初めから写真は隠していたくらいだ。
来客の誰かが偶然見て、週刊誌にリークしたとは考えづらい。
「あの写真を持っているのは俺たち以外だと……」
『まさか! ……でも、それ以外』
俺とミヤコさんは、恐らく同時に気づいた。
俺たちのことを知っていて、あの写真を持っている人物は一人しか居ないことを。
斉藤壱護。
元苺プロ社長にして、現在はルビーを初めとしたB小町の影のプロデューサーとして各方面に営業を続けている人物だ。
『とにかく、詳しい話は戻ってから。どこのカラオケに居るの?』
「あ、ああ。ここは」
説明しながらも、頭の中では混乱と思考が一緒くたになって巡り続けていた。
あの人は、あかねと共に俺の復讐に理解を示してくれた共犯者の一人。
それがどうして。
何度思考をループさせても、その答えは見つからなかった。
最近少し投稿ペースが落ちているのは、同時に投稿しているもう一つの作品の方が佳境に入っていて、そちらの推敲に時間が取られているからです
とりあえず今月中はこのままで行くつもりですが、来月からは元のペースに戻る予定です