【完結】推しの子if ~あかねちゃんと一緒にアクアを救おうルート~ 作:日ノ川
今更ですが、この編は基本的にこれから先の展開に必要な伏線を張り巡らせる話なので、これ単体では話として完結はしません
「そっか。じゃあ、記者会見は先延ばしになったんだ」
ベッドの上に寝ころびながら、私は枕元に置いたスマホ越しに、アクアくんに話しかける。
『ああ。確かにドラマの方を宣伝するには時期尚早だったからちょうど良かった。まだ裁判も始まりそうにないしな』
スマホから聞こえる彼の声自体はいつもと特に変わりは無い。ただ、いつもこうやって話す時と違って今日はスピーカーモードにしていないみたいだ。
声の聞こえ方が違うのですぐ分かった。
「うん。そうだね」
訝しみつつ返事をして、私は同時平行で、別のことを考えていた。
現在時刻は夜の十一時。
付き合っている高校生が通話してもおかしくない時間ではあるが、気になるのはこれがアクアくんの方から掛かってきた点だ。
「ふぁ……」
口に手を当て、あくびをかみ殺す。
初主演映画が公開され、宣伝活動も一段落した今、私はいくつかのドラマに出演させて貰っており、現在その撮影に追われていた。
かなりタイトなスケジュールが組まれているのだが、これは私が売れっ子になったからではなく、五反田監督とアクアくんが撮るドラマに注力するため社長とマネージャーに頼み込んでスケジュール調整を行ってもらった結果だ。
アクアくんもそれを十分承知しているから、最近電話で連絡してくることは少なく、用事があっても全てラインで済ませようとする。
あまり気を使われすぎるのもなんだか寂しいし、私自身アクアくんの声が聞きたいこともあって自分から連絡することはあったのだが、その時だって何度も私の体調の心配をしていた。
それが今日は自分から連絡してきた。一応の先にラインで電話していいかの確認はあったものの、こんな事は初めてだった。
何か緊急事態かと思って慌てて了承し、電話に出たのだが、元の予定が変更した件は、確かに必要な報告だが、特別急ぐような内容ではない。
ただ、先のスピーカーモードにしていないことも併せて、何か別に本題があると思うのだが、なかなか切り出してこない。
それからしばらく、私は世間話を装いながら、自分の愚痴を聞いて貰うことにした。
「でね。音響の人が監督より怒鳴ってて、怖かったなぁ」
『まあ、音の人って結構細かいからな』
(そろそろかな)
「はー。ありがとね。こうやって愚痴聞いて貰うと気が楽になるよ」
電話を貰えて嬉しいことを伝えてから、そろりと本題に入る。
「アクアくんもこれから大変になるんだから。愚痴りたいことがあったらいつでも連絡してね」
『……』
スマホの向こうで、アクアくんが黙り込んだ。
少し露骨だったか。と思いつつ今更訂正もできず黙っていると、向こうで息を呑む音が聞こえた。
『あかね』
「んー?」
『俺がやろうとしてること。間違ってるのかな』
感情を無理やり絞り出したかのような小さくも重い声に、私はベッドから起き上がりスマホを持って、いつも役作りをする時に使用する作業用チェアに腰を下ろすと、こちらもスピーカーモードを解除してスマホを耳に当て、なるべく優しく問いかける。
「急にどうしたの?」
『昨日、アイツと俺のDNA鑑定の結果が出た』
少し前、斉藤さんは約束通りカミキヒカルが愛用していた帽子を入手した。
付いていた髪の中に毛根が残っている物があったため、アクアくんの髪と一緒にDNA鑑定に出したとは聞いていたが、その結果が届いたらしい。
そこで一度言葉を切り、深呼吸をしてから続ける。
『やっぱりアイツが俺たちの血縁上の父親だった。俺がずっと復讐したかった奴はもう死んでるんだ』
「──うん」
『俺は、アイツが死んだくらいじゃ許せないって思った。だから復讐を続ける道を選択した。でも、その結果あかねやルビー、ミヤコさん、有馬にMEM。他にもこの企画に関わる人たちみんなの将来や夢を、犠牲にすることになってまで、続ける必要があるのか?』
血を吐くような叫びに、思わず目を伏せる。
やっぱり、アクアくんは復讐に向いてない。
彼はいつだって、自分の為じゃなくて他人のために動いてる。
今も傷つけてしまう犠牲者の中に、自分を勘定していないのがその証拠だ。
自分の復讐は他の大事な人を傷つける。
そうなることは、以前から分かっていたはずだが、もしかしたら実際に傷つけてしまうようなことがあったのだろうか。
だから、共犯者である私に後押しをして欲しくて連絡してきたのか、もしくは──
『もういっそのこと、ドラマは普通にアイの半生を描いたものにして──』
やっぱり。
アクアくんは復讐を止めたがっている。
止めてほしくて、私に電話してきたのだ。
でも、それは。
「ダメだよ。アクアくん」
『え?』
予想外の返答に戸惑い、言葉を失ったアクアくんを前に、私はゆっくりと息を吸う。
これは本来、悪手だ。
だいたいにして、私は自分のことを他人に決めて貰おうとするやり方は好きではない。
他人の意見に盲目的に従うのはただの依存。
それは自立した個人同士が支え合うことに意味があると考えている私の恋愛観から大きく外れている。
それは分かっている。
でも、私には自分の考えを曲げてでも守らないといけないものがある。
「それじゃあ、アイが救われない」
『っ!』
「アクアくん、言ってたよね。これはカミキヒカルの断罪であると同時に、貴方のお母さん、星野アイの本当の願いを叶えるための作品だって」
彼の共犯者になった後、私はアイがアクアくんに残したDVDを見せてもらった。
そこで彼女が抱いていた思いと苦しみ、そして願いを知った。
でも、その願いはもう──
『でも、それは』
「うん。カミキヒカルが死んだ時点で、本当の意味で彼女の願いはもう叶わなくなってしまった、それはアクアくんも最初から分かってたはず。それでも君はこのやり方で復讐を続けることを選んだ。それはどうして?」
『……どうして』
私の言葉をただ繰り返すのは、自分で考えることを放棄している証拠だ。今のアクア君は今ガチで思い詰めて迷走していた時の私と同じだ。
こういう時に、外からそれらしいことを言われると人は簡単にそちらに流れてしまうことを、あの時の今ガチの件で私は思い知っている。
「例え本人にもう伝えることが出来ないとしても、彼女の思いを無かったことにしたくはないから」
違う? と続けると、アクアくんは再度黙り込んだ。
彼の思考を誘導するような真似をしていることに、私は心の中でごめんなさい。と謝りながらも更に畳み掛ける。
「それを叶えられるのはアクアくんとルビーちゃんしかいない。そして貴方はルビーちゃんにそんなことはさせられない。だったら、アクアくんがやるしかない」
『そう、だな。ああ、そうだ。その通りだ。ありがとう、あかね』
納得したというより、自分に言い聞かせているような声に、私は目を伏せ、もう一度心の中で謝罪した。
「……ううん。アクアくんのお母さんなら、私にとっても大事な人だもの」
詭弁だ。
正直に言って、私は星野アイに特別な思い入れはない。
復讐の遂行を推しているのはアイの為ではなく、あくまでアクアくんの為。
普通に考えれば、復讐を止めるのは良いことだ。
彼の言うようにこのまま復讐を続けていけば、周りの人たちに迷惑が掛かってしまう。
アクアくんが提案したように、カミキヒカルを排除してアイの半生を描くだけの普通のドラマを撮れば、これ以上誰も傷つくことはないし、アクアくんも責任を取って賠償や芸能界引退などする必要はなくなる。
結果そのドラマ自体が二人とアイの絆を象徴する物として世間に浸透すれば、裁判でどんな暴露をされようと、少なくとも二人が責められることはないだろう。
まさしく万々歳。
(でも。それじゃ、アクアくんが救われない)
子供の頃からずっと復讐に生きてきた彼のことだ。
ここで中途半端な形で復讐を断念すれば、必ず後悔が残る。
実際、上原清十郎が父親だと思いこみ、すでに死亡していたと分かった後のアクアくんは覇気が無く、言い方は悪いが抜け殻のようになっていた。
あの時もアクアくんは、復讐を止めたいと思っていたからこそ、簡単な抜け穴に気づけずに、本当の父親であるカミキヒカルにたどり着けなかった。
そのせいで、別の人に抜け駆けされる形になってしまった。
今回の復讐劇はそんなアクアくんにとっては、自分をどうにか納得させるために必要な儀式だ。
だからこそ、元から考えていたやり方を変えてでも復讐を続ける道を選んだのだろう。
それを再び、しかも前回と異なり、間違いなく自らの意志で取りやめたとあっては、彼は一生自分を責め続けてしまう。
そんなことはさせない。
私は必ず、アクアくんに復讐を完遂させる。
結果、他の誰を傷つけることになったとしても。
それが私の覚悟だ。
「もし他の人たちに何かあっても、その時は償っていけば良いよ。私も共犯者として、一緒に償うから」
三度、心の中でごめんなさいと呟く。
今度はアクアくんではなく、迷惑をかけるだろう他のみんなに向かって。
『ああ。そうだな。ありがとう、あかね』
二度目の感謝の言葉。もう迷いは消えていた。
「ううん。気にしないで」
その後、短いやりとりをして、通話を切った。
「これで大丈夫」
椅子から立ち上がり、カーテンを開ける。
未だお母さんの死に囚われているアクアくんを解放するためにも。
「誰にも邪魔はさせない」
鏡のようになった窓ガラスに映る自分に向けて宣言した。
アイの思考をトレースするようになってそれを自分の演技に吸収する形で取り入れて以降、私は色んな人から瞳が良いとか、目力があるとか言われるようになった。
それは私が、アイの思考をトレースしたことで、彼女が持っていた自分に対する強い自信からくる輝きも真似たからだろう。
曲がり形にも私が役者として飛躍できたのは、この瞳のお陰もあるのだと思う。
金田一さんも言っていた。
嘘を真実だと思わせる、人を騙す瞳は役者にとっては最高の資質だと。
同じ瞳を持ったアイが、アイドルとしてトップまで上り詰めたところをみるに、役者というより芸能人にとって重要な資質と言った方が正しいのかも知れない。
その瞳が、何故だろう。
今日は妙に黒く輝いて見えた。
推しの子の最新話を見ましたが、アイの本当の願いが予想していたものと違ったので、途中話の流れを変えました
恐らく大丈夫だと思いますがこれまでの話で矛盾になりそうな場面があるか確認してあったらそちらも後ほど訂正しておきます