【完結】推しの子if ~あかねちゃんと一緒にアクアを救おうルート~   作:日ノ川

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第3話 再会

 そのままルビーは俺の上に覆いかぶさってきた。

 肩口に頭を突っ込んだまま動かないが、体は小刻みに震え、時折嗚咽も混じってる。

 

「おい。ルビー、とりあえず一回起きろ。このままじゃ話もできない」

 

「む゙り゙!」

 

「いや、無理って」

 

「だっでぇ。わたし、今すっごくブスになってるもん! せっかくせんせに会えたのに。こんな顔見せられない」

 

 頭に回されている手の力が強くなる。

 覆いかぶさっている重さと合わせて、かなり苦しくなってきたため、落ち着かせようと頭に手を乗せる。

 

「ルビーはいつでも可愛いよ」

 

「もぉー! せんせはいつもそうやってー! ホスト! 女たらし! 初恋ハンター!」

 

「ひでー言われよう。ほら。もう良いだろ」

 

 ルビーを引き剥がすついでに、俺も身を起こして改めて見つめ合う。

 なるほど、涙でグチャグチャになった顔は確かに酷いものではあったが、泣き笑いを浮かべている表情は、例のMVで見せていた何かを訴え掛けてくるような憂いを帯びた美しいアイドルとしての顔よりよほどルビーらしく、かつてのさりなちゃんと重なって見えた。

 

「ほんとに。ゴローせんせ、なんだよね?」

 

「……ああ」

 

「ぜんぜん気付かなかった。せんせが失踪したのは知ってたけど、ずっと生きてるって思ってたし」

 

「調べたのか?」

 

「うん。子供の頃、病院に電話してみた。そしたら突然失踪したって言われて。だから私てっきり、女とトラブル起こしてトンズラこいたのかと」

 

「お前は俺をどんな奴だと思ってたんだ」

 

 そういえば雨宮吾郎時代にも似たようなことを言われたことがあった。

 

「看護師さんから聞いたもん。それにせんせー、私がアプローチしてもかわしてたじゃん。何度も好き! 結婚しよう! って言ったのに」

 

「それを本気にする奴の方がヤバいだろ」

 

「だから。私がママの夢を引き継いでB小町として活動してたら絶対せんせーにも届くって、いつか会いに来てくれるって、そう思ったのに」

 

 感極まったのか、再びルビーの瞳に涙が浮かぶ。

 

「なのに。せんせはずっと前に死んじゃってて。私が死体見つけちゃって。もう訳分かんなくて。まさか、私と同じで転生してて、それがアクアだなんて」

 

「まあ、正直俺も驚いたよ。ルビーの前世がさりなちゃんとは」

 

 言った途端、ルビーは涙を袖で拭いこちらを指さした。

 

「そうだよ! せんせの方から気付いてくれるべきでしょ! 私、顔はともかく性格は前世から変わってないし」

 

 明らかに照れ隠しだが、確かに子供時代のアイに対するオタクっぷりや熱量がかつてのさりなちゃんそっくりだと思ったことは一度や二度ではない。

 とはいえ、そんな雰囲気を感じるたびに自分が都合の良い妄想をしていると自己嫌悪に陥って、考えないようにしていた。

 それを正直に言うのもなんなので適当に誤魔化す。

 

「仕方ないだろ。俺が転生したのは死んだ直後だったんだ。てっきりルビーも同じかと思ったんだよ」

 

 適当とはいえ、これも本心だ。

 今死んだら推しの子供に転生できるのではないか?

 アイドルや女優の妊娠が発覚した際、ファンの間で定型になっているブラックジョークだが、実際体験したことで、死んだ直後に生まれる命に転生するものだと勝手に思いこんでいた。

 さりなちゃんが亡くなったのはそれより四年前だ。

 

「そこはこう。理屈じゃなくて愛の力で分かって欲しかったなー」

 

「無茶言うな」

 

「ぶー」

 

 頬を膨らませて不満を露わにするが、それも僅かな間。

 ルビーはすぐに表情を戻すとベッドから起きあがった。

 

「ね。せんせ、もうちょっと端寄って」

 

 枕側を指しながら言う。

 

「……何で?」

 

「良いから! ほらほら」

 

「押すな」

 

 グイグイと押され、仕方なく枕の側まで移動すると、ルビーは再びベッドの上に座り、そのまま横に倒れてくる。

 目標は俺の膝の上。いわゆる膝枕を狙っているらしい。

 一瞬避けてやろうかとも思ったが、そうすると先ほど以上にウルサくなるのは分かりきっていたため、諦めてされるがままにルビーの頭を受け入れる。

 

「えへへー。さりなのときはやってくれなかったよねー」

 

「流石にな」

 

 主治医ではなく、単なる研修医で、部屋に会いに行っていたのも仕事ではなくサボり目的の体だったとはいえ、医者と患者の立場でそこまですることはできない。

 逆にルビーがまだまだ小さい頃は、兄としてこうしたことをしていた時期もあったが、それもずいぶん昔の話だ。

 

「でもそっかー。アクアがせんせかー。前々からちょっとおっさん臭いとは思ってたけど」

 

「ぐっ」

 

 アクアとして十六年生きてきた現在も、若者の感性には付いていけず、ジェネレーションギャップに悩むことのある俺にとっては厳しい指摘だ。

 

「でも。せんせらしいところも残ってて嬉しい。ねー、もう一回頭撫でて」

 

「お前な。いい加減に」

 

「良いでしょー! やってやってやって」

 

 完全に幼児返りを果たしてしまった。今のルビーになにを言っても無駄だ。

 せめてもの抵抗に盛大なため息を吐いてから、頭を撫でる。

 ツヤツヤの金髪は手触りもよく、指を入れると一切の抵抗なく滑っていく。

 

「んふふ」

 

 口元をだらしなく緩ませ、くすぐったそうに身を捩りながらもいやがる様子はなく、むしろもっともっとと言うように頭を擦りつけてくる。

 本当に幸せそうだ。

 

 さりなちゃんの時は、両親ともに危篤状態ですら会いに来ず、最愛の母であるアイは幼い頃に殺された。

 ミヤコさんも十分な愛情を注いでくれているが、それでもすべての事情を知っているからこそ、自分を母親とは名乗らず、あくまで里親としての立場を崩していない。

 そんなルビーにとって、俺は唯一血の繋がった手放しで甘えられる相手になったのだ。

 だからこそ、きちんと言わなくてはならない。

 

「ルビー」

 

「んー?」

 

「言っておくけど、こうしてやるのは今だけだからな」

 

「え?」

 

「当たり前だろ。前世がどうであれ、今の俺たちは双子の兄妹なんだからな」

 

「なんで!? せっかく会えたんだよ。私はせんせのことずっと──」

 

 上を向いたルビーの言葉を遮る。

 

「確かに。雨宮吾郎にとって、さりなちゃんはただの患者以上に思い入れのある子だった。だけどな、俺たちが兄妹として一緒にいた時間はそれよりずっと長いんだ。俺は、さりなちゃんとルビー。どっちが大切かって言われたら。……ルビーを選ぶよ」

 

 さりなちゃんの存在は、雨宮吾郎の生き方に大きな影響を与えた。

 アイを推すようになったのも彼女のおかげだし、宮崎の病院に残ったのもそうだ。

 あの病院に残らなければ、アイと出会うことすらできなかった。

 ルビーにさりなちゃんの面影を重ねていたもの事実。

 

 だが同時に、星野アクアにとってはルビーも大切な妹。

 だから、今更ルビーの前世が誰であったとしても、大きな違いはない。

 ルビーにもそう思っていて欲しい。

 

「ズルいよ。そんなこと言われたら、なにも言えないじゃん」

 

「……」

 

 無言で頭を撫で続けると、ルビーは一度目を伏せ、長い葛藤の後しぶしぶといった様子で一度頷いた。

 

「分かった。でも、今だけ。今だけは、さりなで居させて。お兄ちゃんもゴローせんせで居てよ」

 

「……分かったよ。さりなちゃん」

 

「ん」

 

 そのまましばらく、俺たちはアクアとルビーとしてではなく、天童寺さりなと雨宮吾郎として思い出を語り合った。

 

 だが、二人が一緒に過ごした時間は長くない。

 共有していた思い出も多くはなく、少しずつ会話は減り、やがてどちらともなく無言になった。

 ルビーはまだ話し足りないようで色々と頭を悩ませていたが、不意にポケットからなにかを取り出した。

 

「これ。ずっと持っててくれたんだね」

 

 見せてきたのは、古ぼけたキーホルダー。

 デフォルメされたアイと無限恒久永遠推しの文字が乗っている。

 かつて、さりなちゃんが持っていたものを雨宮吾郎が貰ったものだ。

 

「約束したからな」

 

 私だと思って大事にして。と言われて受け取ったそれを、雨宮吾郎はずっと、それこそ自分が死ぬ時まで身につけていた。

 それをルビーが持っているということは──

 

「つーか、それ。俺の死体がつけてた奴だろ? お前勝手に持ってきたのか」

 

「もー。せんせまでそんなこと言うー。良いでしょ。元は私のなんだから」

 

「まー、そうだけど。……ん? 俺まで?」

 

「あ」

 

 しまった。と言うように口を押さえるが、一度吐き出された言葉は元には戻らない。

 

「持ち出したこと知っている奴他にも居るのか? あかねか?」

 

「違うよ。なんか、変な女の子」

 

「女の子?」

 

「うん。宮崎で会ったんだけど、小学生くらいのちっちゃい子。なんかせんせの事件について色々知ってた」

 

(あの疫病神。ルビーにまで)

 

 内心で舌を打つ。

 時折俺の前に姿を見せる、烏を連れた幼女。

 あれが何者なのかは不明だが今はどうでも良い。

 間違いない事実として、あの疫病神をルビーを関わらせるべきではない。

 

「小学生なら、あの時まだ生まれてもないだろ。適当にほら吹いたんじゃないのか?」

 

 とりあえず、誤魔化してみる。

 

「そんなことないよ。ママがあの病院で私たちを生んだこととか、せんせが担当医だったこととか、事件の日病院の周りに大学生と中学生くらいの怪しい二人組が居たとか。色々知ってたもん」

 

「大学生と中学生?」

(俺にはそんなこと教えてこなかったくせに)

 

「うん。一人はママを殺したあのストーカー。もう一人は──」

 

「カミキヒカル、か」

 

 カミキの年齢はアイの一つ下。

 アイが俺たちを産んだのが十六歳だから、相手は当時は十五、つまり中学生だ。

 コクリと頷いてから、ルビーは唇をキツく結ぶ。

 

「それ聞いて私。ママとせんせ、大事な人を二人も奪っておいて、そいつが今ものうのうと生きているのが許せなくて、どんな手を使ってでも見つけてやるって思ったんだ」

 

「あー、そういうことか」

 

 雨宮吾郎の遺体を見つけた後のルビーの様子を思い出す。

 前世の自分にとって大事な存在だった雨宮吾郎が死んでいたというだけでなく、その犯人に対する憎しみがあの狂気じみた瞳を生み出したのだろう。

 

「だけどそいつはもう」

 

「ん。死んだん、だよねぇ」

 

 ルビーの声が急に蕩けていく。

 

「なんだ、眠いのか」

 

「ぅん。昨日、あんまり寝れなかったから」

 

 ごしごしと目をこすり始めるが、眠りたくはないらしく、うなり声をあげながら必死に目を開けようと試みている。

 

「眠って良いぞ。有馬たちが迎えに来たら起こしてやるから」

 

「やぁだ。だって、今だけって」

 

「別に俺がいなくなる訳じゃないんだ。これから先はアクアとしてずっと一緒にいるよ」

 

「あー。そっかぁ。そうだよねぇ。アクアは、おにいちゃんはずっと一緒に」

 

 いよいよ限界がやってきたのか間延びした声はもはや言葉として聞き取ることも難しい。

 そんなルビー、いや。さりなちゃんを微笑ましく思いながら、これまで以上にゆっくりと、優しく頭を撫でる。

 

「ああ。ずっと一緒だ。もう俺たちの仇はいないんだから」

 

 これから先は、普通に幸せを。

 そう続けようとした俺の言葉をルビーが遮る。

 

「うん。さき、こされちゃったね」

 

 ほとんど夢うつつのまま告げられた言葉を最後に、眠りに落ちる。

 そんなルビーを前に、俺は言葉を失った。

 

 そうだ。

 十数年追い続けてきた仇が、別の人間に殺されたのだ。

 本当なら、先を越されてしまったと悔しがり、憤り、己の無力さを嘆くべきではないか。

 だけど、その事実を理解してなお、安堵している自分に気づく。

 

「俺は──」

 

 続く言葉はどうしても出てこない。

 膝上で天使のような笑顔を浮かべて眠るルビーの頭を撫でてやることすら、もうできそうになかった。




今日はこれで最後になります
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