【完結】推しの子if ~あかねちゃんと一緒にアクアを救おうルート~ 作:日ノ川
第30話 相談
昼食のオニギリを頬張りながら、意識だけ隣に向ける。
今日はみなみが朝からグラビアの撮影があって登校していないため、私はルビーと二人で食事を取っているのだが、妙に彼女の口数が少ない。
そのくせ、私の方をチラチラと見てくるあたり、何か悩みがあって相談しようとしているのだろう。
なんとなく想像は付く。
学校の勉強や人間関係のことではなく、芸能活動での悩みだ。
自分で言うのも何だが、私はマルチタレントとして現在芸能界でもトップクラスの知名度と人気を誇っている。
対してルビーは、最近売れ始めたばかりで芸歴も浅く、芸能界の常識に疎いところが多々ある。
悩みも尽きないだろう。
そうした様子を見ているのも楽しかったので黙っていたが、そろそろタイムリミットだ。
「……ルビー、また何か悩んでるの?」
「え!? う、ううん。そんなこと無いよ」
ワタワタと手を振って必死に否定する。
ルビーはこういうところがある。
天真爛漫が売りの彼女は、日常生活でもグイグイと距離を詰めてくるタイプなのだが、それはあくまで無自覚に行っていることで、本人が自覚している場合は、案外人の目を気にしてしまう。
より正確に言えば、今の自分が人からどう見えているか考え、なるべく人に迷惑を掛けないように立ち回ろうとすると言うべきか。
「嘘。顔に書いてある」
「ええ!?」
顔を覆い隠すように手を広げる様を見るに、やはり察してちゃんではなく、本気で隠せていると思っていたようだ。
微笑ましいが、芸能人として生きていくには分かりやすすぎる。
「私で良ければ相談に乗るよ?」
「で、でも。こういうのは自分で考えないとダメって」
指先をもじもじ動かしつつ唇を尖らせて言っているのは、以前ルビーが番組用のキャラクターの方向性で悩んでいる時のことだろう。
私とみなみに、どうすればいいか相談してきたが、その際は、仕事用のキャラクターなら事務所と考えることとして、一度断った。
結局、ルビーが自分で考えた体にすると言い出したことで相談に乗ったが、一度でも断られたことで、仕事の相談はなるべくしてはいけないのだと、刷り込まれてしまったらしい。
あんなのは後で文句を言われないための言質取り、いやルビーが本気でそんなことをしてくると思ってないので、お約束の言葉遊び程度のつもりで、本人も分かっていると思ったのだが、本当に素直な子だ。
「もちろん強制はしないけど。私これから結構忙しくなるよ?」
今日というか、午後から仕事が入っているため、昼休みが終わったらすぐに学校を出る必要がある。
だからこそ、相談を受けるチャンスは今しかないと言外に伝える。
「うぅ……。聞いてもらっても、いいかな?」
可愛らしい上目遣いにキュンとくる。
私自身も妹だから余計そう思うのか、こうして頼られるのは嫌いじゃない。
むしろ好きだ。
「もちろん」
何でも聞いて。と続けるとルビーの顔が華やいだ。
「フリルちゃんって映画とかドラマによく出てるよね?」
「まぁね。これでもマルチタレントだから」
「それも主演として。スゴいよね」
「あー、うん」
「どうしたの?」
「んー。それはちょっと思うところあるというか。もちろん私は役者としても全力で仕事してるつもりだけど、やっぱり本職の人たちに比べると少し劣るというか、知名度とかコネで選ばれたなって感じるところはあるから。そのせいで作品の質が落ちたりすると正直ちょっと凹む」
「あう」
私に合わせるように、一緒に落ち込むルビーを見てピンときた。
「もしかして悩みってそれ?」
「うん。私が主演取るにはどうしたら良いのかなって」
「……ルビーって、今まで演技の仕事したこと無いよね?」
すべての仕事をチェックしている訳ではないが、それぐらいは知ってる。
「うん。で、でもカントクさんには褒めてもらったし、何かの役では使って貰えそうっては言われてるんだよ?」
「でもルビーは主演をやりたいと」
「う、うん。無理を言ってるのは分かってるんだけど。この仕事だけはどうしてもやりたいの」
真っ直ぐな瞳は冗談ではなく、本気で言っているのが分かる。
「ふむ」
絶対に無理とは言わない。
売り出し中のアイドルが話題づくりも兼ねて、映画やドラマの主演に初挑戦するのは割とよくある話だ。
もちろん、私以上に本職と比べられるため、大抵は酷評されて終わるが、どうもルビーにとってはその仕事を受けることが重要らしい。
と、そこまで考えて、ふと頭の中で繋がる物があった。
先日送られてきた業界人からのメッセージだ。
「それってもしかして、五反田監督の新作ドラマ?」
「何で知ってるの!? もしかして、フリルちゃんにもオファー来た?」
「ううん。小耳に挟んだだけ。この業界ヨソの内部事情にやたら詳しい人がいるからね」
それを話のタネにタレントと繋がりを保とうとしている人も多いため、私のような立場になると聞きたくなくても勝手に情報が集まってくる。
「そっか」
「うん。だから、ルビーが主演やりたいって気持ちも分かるよ。お兄さんが監督だもんね」
「そこまで知ってるんだ!」
「まーね」
今回の話は、業界の常識を無視した刺激的なものだった為か、複数人から我先にと知らせてきたことで、図らずも確度の高い情報を手に入れてしまった。
その中の一つが、五反田監督が自分の弟子である高校生を監督に据えるというもの。
アクアさんが元々は裏方志望で、昔から五反田監督の弟子をしていたのはルビーから聞いていたので、この情報が事実だとすぐ分かった。
「うん、それもある。だからどうしても、私がやりたいんだ。そもそもさ、主演ってどうやって決まるのかな」
「んー。作品の規模と内容によって決め方はぜんぜん違うんだけど。ルビーの他に候補はいるの?」
始めからキャストありきで話が進む場合はどうしようもないが、今回の作品は映画ではなくドラマ、それもネットTVが出資して作る単発作品と聞いている。
キャスティングに関しては、プロデューサーや監督の裁量が大きくなるはずだ。
アクアさんはかなり妹を溺愛しているようだし、五反田監督から褒められたのが本当なら、今から主演の座を取ることは決して不可能ではない。とはいえ、それも他候補が誰かによって話がまったく変わってくる。
ルビーと同じように役者として経験の浅い人や、有名人でも別畑ならばまだ何とかなりそうだ。
「うん。黒川あかねちゃん」
「あー」
思わず顔をしかめてしまった。
これはかなり厳しい。
「やっぱり無理かな? でもね! 確かにあかねちゃんはスゴい女優なんだろうけど、私にもアドバンテージはあるんだよ? その役は私にピッタリっていうか、気持ちが分かるのは私以外いないっていうか。今からすっごい練習してオーディションみたいなのをしてもらえばきっと──」
「それはムリだよ」
「え?」
「ルビーは勘違いしているね。黒川さんは最近公開された主演映画の人気も高くて、実力も評価されて次の新人俳優賞も確実って言われてる。今まさに旬を迎えている女優。彼女はもう選ばれる側じゃなくて選ぶ側の人なんだよ」
「どういうこと?」
「日本の芸能界ではね、絶対に失敗が許されないプロジェクトとか一部の例外の件を除いてトップタレントにオーディションなんてかけないのが不文律なの。主演級なら同時平行で声かけなんて出来ない。つまり、黒川さんが第一候補なら、オファーが行って本人が了承した時点で確定しちゃう」
「それってつまり、私がいくら頑張っても、競い合うことも出来ないってこと?」
「そういうこと。黒川さんが断って初めて、第二候補との交渉に入る。ルビーがそこに滑り込んでおけば可能性はあるけど……」
流石に詳細な内容までは聞いていないが、かなり過激な作品だからこそ、地上波ではなくネットTVに企画を持ち込んだらしいので、理不尽な誹謗中傷に晒されないように、タレントイメージを守りたい事務所側からNGが出るかも知れない。
「それは無理。あかねちゃんは断らないよ」
黒川さんはアクアさんの恋人だ。
その辺の話は事前に伝えてあるのだろう。
「そっか。……ちなみに黒川さんって。演技に対するスタンスはどういう感じなの?」
「うーん。すっごい役者の仕事好きみたいだよ。私がアイドルをやり切った後の進路の一つとして役者に興味あるって言った時も嬉しそうに教えてあげるって言ってくれたし」
「そっか。じゃあ役者としてのプライドも高いんだろうね」
「……多分。かな先輩は自分以上の役者バカだって言ってた」
「それなら手は一つだね」
「なになに?」
瞳を輝かせるルビーにふふん。と一つ鼻を鳴らし高らかに告げる。
「個人間オーディションを申し込む!」
「個人間オーディション? ……って、なに?」
大きな瞳を困惑で瞬かせながら、コテンと首を傾げてルビーは言う。
うん。可愛い。
「知らなくてもムリないよ。私が今命名しただけだし」
「えー」
「まあまあ。先ずは概要を聞いて」
存在しないメガネを持ち上げる振りをしながら説明する。
「さっきも言ったけどこの業界では、有名タレントに対してオーディションをかけるのは失礼って制作側も事務所側も考えてる。でも私はそうは思わない。ちゃんと実力で選んで欲しい。今聞いた感じだと黒川さんも同じタイプじゃないかな」
役者としてプライドが高い人ならば、その役柄に自分より合う人がいて、結果作品の質が向上すると確信させることが出来れば、役を譲ってくれるかもしれない。
「で、でも。大人の人たちはオーディションを開催できないんだよね?」
「大人たちは面子とそれに伴う信頼が掛かってるからね。だからこそ個人間なの。ルビーは五反田監督に話を通して、自分が主演の二番手になれるようにしておく。同時に黒川さんにも連絡して、二人だけで内密にオーディションして決着をつければいいんだよ。ルビーが勝ったら黒川さんがオファーを断る。もしくはスケジュールの都合で主演以外の役ならできるって言ってもらう。そうすれば自動的に第二候補のルビーが選ばれるでしょ?」
「な、なるほど」
「もちろん。黒川さんが了承してくれればの話だけど……」
「聞いてみる!」
言うか早いか、ルビーはスマホを取り出して操作するとそのまま耳に当てた。
電話するつもりらしい。
私たちより一つ年上の黒川さんも現役高校生。普通に考えれば私たちと同じく昼休みだろうが、人気女優の黒川さんの場合、仕事中の可能性もある。
先ずはラインなりで確認した方がいいと思うが。
「やっぱりこういうのは直接伝えないとね」
屈託無く笑うルビーはそんなことを考えてもいない様子だ。
しかし、この常識に捕らわれない行動力こそ、彼女の魅力とも言えるので黙って見守ることにした。
「あ。あかねちゃん? うん。そう、私。ちょっと話したいことあるんだけど、今学校? ……え? 仕事中、ご、ごめんね。後で掛け直──あ、お昼休憩、そっか。良かった」
案の定仕事中だったらしく慌てふためくが、すぐ安堵して息を吐き、改めて話し始める。
手持ちぶさたになった私は中断していた昼食を再開した。
ルビーの百面相をおかずにすると、実に箸が進む(おにぎりだけど)そんなことをしている間に話は本題に入ったようだ。
「うん。そうだよ、もう知ってる。カントクさんとおにいちゃんが撮ろうとしている話の内容。あかねちゃんがやる予定の役」
(さっきもそうだったけど、アクアさんが撮るからじゃなくて、ドラマの内容と役そのものに執着してるみたい)
「もちろん私は役者としての実力だとあかねちゃんの足下にも及ばない。でも、あの役をやるのは、私じゃないと駄目。理由は、わかってるでしょ?」
強い思いが込められた声に手が止まった。
最初は、ブラコンの一言で片づけるには重すぎる愛情を向けているアクアさんの初監督作品だからなのかと思ったが、それだけではなさそうだ。
残り少なくなったおにぎりを一気に頬張り、私は手帳を取り出した。
その間にも話は進む。
「分かってる。だから、勝負しよう。個人間オーディションだよ! え? うん。そうだよね、知らないよね。個人間オーディションっていうのはね──」
さっき私がした説明をそのまま繰り返すルビーを横目に、手帳で自分のスケジュールを確認し、空いている日付に印を入れる。
「いいの? 本当!? 良かったぁ」
了承してくれたらしい。
提案した私が言うのもなんだが、こんな無茶な提案よく受け入れてくれたものだ。
よほど自信があるのか、それとも彼女自身もなにか思うところでもあるのか。
「え? 日取り? えーっと……」
日程調整に入ったとみるや、私はここだ。とばかりに手帳を翻し、空きページに書いていた文書をルビーに見せた。
『出来るだけ引き延ばして』
ドラマで逆探知を行う刑事よろしく、手帳に書かれた文字をまじまじ見つめたルビーが、おずおずと切り出す。
「で、できるだけ後の方が良いんだけど……え? 一ヶ月が限界?」
確認するように私を見るルビーに頷き掛けると、あちらも同じように頷き返した。
「それで大丈夫。うん。じゃあ、近くなったらまた改めて連絡するね。うん。あの、本当にありがとう、あかねちゃん。うん、また」
電話を切ったルビーは安堵の息を吐きながら、額の汗を拭った。
「オッケー貰えた!」
「聞いてた。良かったねルビー、でも大変なのはここからだよ」
「え? そういえば引き延ばすってどういうこと? 稽古とか撮影の時間もあるからなるべく早い方が良いんじゃないの?」
配信予定は知らないが、キャストを決めている段階ならまだ余裕はあるはずだが、それを差し引いてもルビーの言っていることには一理ある。
とはいえ、演技に関してはいくら資質はあれど、経験値という観点において圧倒的に素人であるルビーはそれ以前の問題だから仕方ない。
「そもそも今のルビーじゃ、黒川さんには絶対勝てないからね」
「うっ!」
「これはルビーがその役にどれだけ向いていても同じこと。仮に星野ルビー役のオーディションだったとしても、黒川さんに負けるんじゃないかな」
「本人役でも!?」
「慣れない人が、カメラの前で演技するのは、それくらい大変なの。黒川さんは舞台演技の人だったけど、主演した映画ではもう完璧に出来るようになってた。ルビーも最低限それが出来るようにならないと勝ち目ゼロだよ」
演技に慣れていないタレントや芸人などが、本人役でドラマや映画に出てきても微妙な違和感があるのがそれだ。
その手の人たちもカメラには慣れているはずだが、バラエティと映像作品とでは、同じカメラでも撮り方がまるで違うものだ。
マルチタレントとしてどちらも経験している私はそれをよく分かっている。
「そんなに大変なの? でも、どうやって勉強すればいいのかな。おにいちゃんには頼れないし先輩にお願いしようかな」
「有馬さん? 彼女なら問題ないね」
伊達に芸歴が長いわけではない。カメラ演技なら私以上に経験豊富だ。
「でも大丈夫かなー。先輩って怒りっぽいし、役者としてのプライドも高いから」
「そこは頑張ってお願いするしかないよ。さっきも言ったけど私はこれからしばらく忙しいけど、三週間後なら休み取れるから、それまでにできる限り練習しておいて」
「フリルちゃんも手伝ってくれるの?」
「提案したのは私だしね。確かに私は役者としての才能は黒川さんや有馬さんには敵わないけど、いろんな分野に手を出しているマルチタレントの私にしか出せない魅力もある。外連味って奴かな。ルビーにそれを伝授してあげる」
「フリルちゃーん。ありがとー!」
感極まったのか、涙を浮かべて抱きついてくるルビーを受け止め、そのままポンポンと背中をなでる。
「おー、よしよし。でも、そんなに感謝しなくていいよ。これは私の為でもあるし」
「フリルちゃんの? どうして?」
「んー。それはまだ内緒」
「えー、教えてよ。友達でしょー」
「ふふふ」
ルビーの追求を笑顔でかわす。
そう。私とルビーは友達。
多くの芸能人が通う陽東高校に於いて、芸能界での立ち位置はあまり関係がない。
ただそんな中でも、いや、そんな中だからこそ、学校に来る日数自体が少ない私は、クラスメイトと交流を深めることができず、未だ友好関係が広がっていない。
私にとってルビーとみなみは唯一と言っていい、高校での友人。
できるだけ力になってあげたい。
もちろん、それだけが理由ではない。
単純にルビーと遊びたくなったのだ。
それぞれ仕事があり同年代の子よりお金はあっても、遊びに行く時間があまり取れない私たちだが、芸能人だからこそ出来る遊びもある。
同じ仕事を共にする、いわゆる共演。
残念ながら、まだ二人とは共演できていないが、この作品なら、それが叶うかも知れない。
(作品の規模と内容的に私にはオファーは来ないだろうけど、友情出演って形なら)
「楽しみにしてる」
「うん。頑張るからね!」
言葉の意味を勘違いしているであろう屈託なく笑うルビーに、私も笑顔で頷き返した。
ちなみにこの話では、映画でなくドラマになったことで使える予算が減り、仮想キャストも色々変わっています