【完結】推しの子if ~あかねちゃんと一緒にアクアを救おうルート~ 作:日ノ川
「本気で言ってるの?」
連絡が来て用意した打ち合わせ室に入って早々、五反田くんからの唐突な提案に眉を顰める。
「ああ。アイ役に星野ルビーを推したい」
「……彼女、役者経験ないでしょ?」
「そうなんだが、これ見てくれ」
取り出したスマホを押しつけられ、画面を見る。
映っているのは暗い室内の中、一人芝居を行っている星野ルビーの姿だ。
まだまだ稚拙ながら、演技自体は出来ており、不思議と人目も引いた。
「本人が言うには、事務所から何度かレッスンを受けさせられたのと、アクアとか有馬辺りの身近にいる役者の見よう見まねらしい。それでこれだけ出来るなら、これから細かいところを教え込めば十分間に合う」
「……アイくんの娘である彼女を起用すれば、解像度も上がって作品の意義も向上するってところかい?」
彼が言いそうなことを先回りして告げると、五反田くんは嬉しそうに僕の肩を叩いた。
「そう! 分かってるじゃねーか。それに、アイツを使えば話題集めにもなるだろ?」
そんな彼に向け、これ見よがしなため息を吐く。
今回のドラマは僕の所属しているネットTVが制作費を持ってる上、映画と違って興行収入が目で見えるわけではない。
だからこそ、視聴数とリピート率、後は新規登録者数などが指数となるため、話題集めが重要なのは間違いない。
しかし。
「君が分かってないよ! 僕らが何の為にこんなことしてるか。それじゃ本末転倒だろ?」
図星を突かれたためか、閉口したもののへの字型に曲がった唇とムッとした表情で納得していないのは明白だ。
五反田くんには悪いが、ここでキチンと言って聞かせないと、後々尾を引きかねない。
「第一、アイくんの解像度なら、あかねくんだって十分できてる。君、彼女のことナメてるんじゃないの?」
「んなこたねーよ。アイツの舞台は見に行ったし、直接指導もした。最近出た映画での演技も見てる。ただ、逆に上手すぎるっつーか、アイ自身も別に演技上手い訳じゃなくて、自然体のまま妙に目を引くのが得意技だった。ルビーにはそういう力がある」
「……今ガチは見た?」
「いや? リアリティーショーに興味ねーし」
「じゃあ、今見て」
先ほどのお返しとばかりに、今度は僕のスマホを押しつける。
当然、見せるのは彼女の自殺騒動後、復帰した直後の回からだ。
未だ結婚もしていない独り身に恋愛番組は辛いのか、初めは嫌そうに顔を歪めていたものの、キャラが変わった黒川あかねが登場すると表情が一変し、食い入るように画面を見続ける。
無理もない。
アイくんのことをよく知らない若い層はもちろん、スタッフすら気づかなかったかも知れないが、あの時の彼女はアイくんの生き写しそのものだった。
普段のあかねくんの性格や態度を知っていれば、演技力だけで、アイくんを再現していることも分かるはずだ。
「役に入り込む没入型とは知ってたけど、まさかここまでとは──」
「彼女がどうやって役作りをしてるかは知らないけど、当時のアクアくんが教えたってことも無いだろうし、自分で調べられる範囲、ネットに残る映像やインタビューなんかの情報だけで役作りしてこれだ。僕や君、あとはそれこそアクアくんから生の情報を得られれば解像度はもっと向上する。ネームバリュー的にも黒川あかね以上の候補はいない」
そもそも映画ほど予算が潤沢ではない状況で、今売り出し中の黒川あかねを起用できるだけでも幸運なのだ。
わざわざ危険な橋を渡る必要はない。
「じゃあ、第二候補! 第二候補に入れといてくれ!」
「しつこいねー。事務所は色々言ってくるかもしれないけど、当人たちの間で話は付いてるんだろ? あかねくんが断るとは思えないけど。──まさか、妙なこと考えているんじゃないだろうね」
「俺が考えてんのは本物の作品を作ること。そしてそれにふさわしい役者がどっちか知りたい。それだけだ」
怪しい。
疑りの眼差しを送る僕に五反田くんは慌てて言葉を重ねる。
「本当だって! 俺だってこの業界は長いんだ。そっちに迷惑かけるようなことはしねーから」
ということは、迷惑はかけない方法で何かするつもりらしい。
第二候補にねじ込もうとしているところや、今の発言から考えるに、既に事は動いている。
その上で、業界のタブーには触れない形で決着させるから見逃してくれ。と言いたいのだろう。
正直気は進まないが、元々星野ルビーには元祖B小町役での出演の打診をするつもりだったから、仮に彼女を主演に据えるとしても、あかねくんと役を入れ替える形にすれば面倒は少ない。
彼のような職人気質のタイプは良くも悪くも自分の納得を最優先するため、不満を抱えたまま撮影に入れば、作品の質に影響してしまう。
ネームバリューが落ち込むのは困るが、最悪の場合でもダメージが最小限で済むと考えれば、ここは下手に止めずに静観するべきかもしれない。
どんなやり方で、アイ役を決めるつもりなのかは不明だが、彼の言い方的に既に決まっている訳では無いはずだ。
黒川あかねが勝利すれば何の問題もない。
後は彼女に賭けるしかなさそうだ。
「……分かった。そっちは君に任せる」
「ホントか!? 恩に着る!」
「ただし、好き勝手するのは主演だけだ。元々キャスティング権を僕が握るのは方便だったけど、嘘を誠にしてもらう」
一度断った理由付けとして、アクアくんには僕が有利な条件で契約を結ぼうとしていることにした。
その条件の一つがキャスティング権を僕が握ることだ。
実際は五反田くんと相談しながら決めるつもりだったのだが、万が一星野ルビーが主演になったときのことを考えると、客寄せパンダが彼女だけでは足りない。
もう何人か必要となる。
「わぁーったよ。モデル上がりでも、役者未経験でも好きに選べ。ただし、俺は演技で妥協は許さねーからな」
「心配しなくても、今回は役者として売れている人を選ぶよ」
それ以前の問題として名が売れている者たちはスケジュールを確保するのが難しい。
今のうちから最悪を想定して動くべきだ。
「あっそ。ま、そっちはよろしく頼むわ」
主演の件が了承されたからか、安堵して適当な返事をする五反田くんを後目に、コーヒーを啜る振りをして笑みを覆い隠す。
別にこの作品でやる意味は無いのだが、以前から考えていたキャスティングを使わせてもらうとしよう。
状況や作品内容も含めて、上手くいけば一石二鳥どころか三鳥四鳥まで狙える。
(そっちがそのつもりなら、僕も好き勝手にさせてもらおう)
☆
「お願い、手伝って! 時間が無いの!」
「ふーん。黒川あかねとスペシャルドラマの主演の座を賭けた個人間オーディションね」
両手を合わせて深く頭を下げるルビーの後頭部を睨みながら唇を尖らせる。
「演技未経験のアンタが、私を差し置いてねー」
「あう」
ばつ悪そうに身を竦ませるルビーに、小さくため息を吐く。
これでも芸歴は長い。
キャスティングに於いて演技力や経験より、知名度や事務所間での政治力が重要になることもわかっている。
その結果、今回のルビーのように演技未経験者が主演に抜擢されることがあることも。
まして今回主演の座を競う相手は黒川あかねだ。
私とは外見も性格も演じ方にいたるまで、何から何まで正反対である以上、対抗馬に私が選ばれることはあり得ない。
とはいえ業界のルールを無視した、純粋な演技の実力を個人間で競いあって決着を付けるとなれば正直、私も参加したい。
どんな役を争っているのかは知らないが、私も出演経験のある五反田監督の作品にして、アクアも一部の場面で監督を勤めるらしい。
そう考えると、公私に渡りライバルだと自認している黒川あかねと決着をつけるには絶好の機会だ。
いくらルビー相手とはいえ、それを奪われるのはいい気はしない。
「アイドル活動の合間にも、ずっと演技の稽古してる先輩をさしおいて悪いとは思ってるよ」
私の沈黙をどう解釈したのか、顔を持ち上げたルビーが口を開く。
最初は気まずそうに、しかし徐々に声に熱が籠もる。その熱を掴むように拳を握りしめたルビーは正面から私を見据えて続けた。
「でも、この役だけは私がやらないといけないの」
言葉の中に、気になるところがあった。
「アクアが監督だからじゃなくて、役自体をしたいってこと?」
アクアを兄として以上に好いていると宣言しているルビーのこと。
アクアをB小町、ひいては自分の推しにさせる計画の一環としてあかねに勝とうとしているのかと思ったが、役に執着しているのならそうではないことになるが。
「もちろんそれもあるよ。でも、おにいちゃんとあかねちゃんは今、間違った方向に進もうとしている。あかねちゃんが主演になればきっともうおにいちゃんも止まれない。だから、私が止めないといけないんだ!」
言葉に本気の意志を感じるが、言っている意味は良く分からなかった。
アクアと黒川あかねがやろうとしていることも、それを止めないとどうなってしまうのかも、ルビーがなぜそれを知っているのかも。
何もかも分からないが、ただ一つだけ。
私には、彼らと同じ舞台に上がる資格がないことだけは分かった。
もっと言うのなら、今回の件に於いて、私はメインキャストじゃない。
主演の座を競う役も、二人を止める役も、ずっと何かに苦しんでいるアクアを救う役だって、キャスティングされたのは私以外の誰か。
そんな中、私ができる役はただ一つ。
「ハァ。どんな勝負する気なの?」
「手伝ってくれるの!?」
「アクアには頼れないんでしょ? なら私しかいないじゃない。ほら、私の気が変わらないうちにさっさとしなさいよ」
大好きな人のために、無茶な勝負を挑もうとしている少女を助ける友人A。
我ながらなんとも面白味のない役柄だ。
「ありがとう先輩! えっとね、カントクさんからお題は貰ってるんだー」
にこにこ顔でバックを漁ったルビーは、A4用紙をホチキスで纏めただけの安っぽい台本を取り出した。
「カントクがねぇ」
五反田監督を巻き込んでいるのならば、あくまで芸能界のルールを守るために個人間の体を取っているだけなのだろうか。
どちらにせよ、あの映画に対しては真摯な監督が勝負を黙認している時点で、ルビーにも勝ち目はあると思われていることになる。
いつだったか、気まぐれで演技を教えた時も確かに筋は良かった。
それなら今後の特訓次第では黒川あかねにも勝ち目はある。
いや、この私がわき役に甘んじてやるのだから是非とも勝って貰わなくては。
心の中で唱え、改めてルビーを向き直る。
「そうと決まれば早速始めるわよ。私は先に行ってるから、動きやすい服に着替えてレッスン室に来なさい」
「了解です先輩、いや、師匠!」
芝居かがった私の演技に当てられてかルビーも敬礼のようなポーズを取って言い、うきうきと着替えをしに自宅に向かう。
その後ろ姿に声を掛けた。
「ルビー」
「なーに?」
「今回はあんたに譲るけど、私まだ諦めた訳じゃないからね」
私の言葉にルビーは少しの間、首をひねっていたが、直何かを思いついたように大きくうなずいた。
「うん。分かった! 先輩ならできるよ」
そう言って元気いっぱいに駆けていく。
たぶんルビーは分かっていない。
大方、東京ブレイドの初日公演後に語った、あかねを天才と認めた上でいずれ見返してやると言ったことを思い出し、いつか役者として主演の座を掴み、あかねに勝つと宣言したとでも考えているのだ。
もちろんそっち方面でも必ず見返すつもりだが、今言っているのはそうじゃない。
「アクアのこと。あかねにも、アンタにも譲らないんだから」
今度は聞こえないように小さく呟く。
きっと今回の個人間オーディションの結果と、ドラマの内容はアクアにとって重要な意味を持つ。
その中に入れなかったくせにこんなことを言っても負け惜しみでしかない。
これがドラマやマンガのキャラクターなら、間違いなく負けヒロインの台詞だ。
だが、現実はドラマやマンガではない。
案外そうやって恋敵同士が争っているうちに、予想だにしていなかったところから現れた第三者に奪われるなんて良くある話だ。
「そうだ。あいつら勝負で忙しくなるだろうし、今のうちに私がアクアのことデートにでも誘おうかしら」
これからルビーを手伝うと決めた以上、そんな暇が無いのは理解しつつ、自分に言い聞かせるように呟くと、私は三階にある事務所のレッスン室へ続く階段に足をかけた。
本人は悲観していますが、個人的にかなちゃんは復讐や前世について何も知らず、関わっていない事自体アドバンテージというかアクアにとって癒しになっている気はします