【完結】推しの子if ~あかねちゃんと一緒にアクアを救おうルート~   作:日ノ川

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前話後のB小町側は別の場面に出したかったので、前回から少し時間を飛ばして特訓終盤の話
今回は感情メインの話なのでちょっと書き方を変えてみました


第33話 母の愛

『アンタはまだ自分自身を理解してない』

 

 約束の一ヶ月が近づいたある日の練習後、先輩に言われた台詞を思い出す。

 

 先輩だけでなく、フリルちゃんにも時間を作って貰って特訓を繰り返したことで、声の出し方や感情を乗せた体の動き、いわゆる技術的な面での及第点を貰うことはできた。

 

 ただ役者にとって基本中の基本であり、最も重要な役作りに必要不可欠なものが出来ていない。

 それが出来なければ、これ以上先には進めない。

 先輩にそう言われてから、ずっと考えている。

 

 私がどんな人間なのか。

 星野ルビーとしての私、天童寺さりなとしての私。

 今の私はそのどちらも持っている。

 特にせんせと再会(実際はずっと昔から一緒だったのだが、個人的にはつい先日改めて再会した気分だ)したことで、さりなとしての自分が強くなったように感じている。

 

 それが良いことなのか悪いことなのか、私には分からない。

 ただ、自分自身を理解しなくてはならない現状では、星野ルビーと天童寺さりなの間で自己意識が揺れ動いている今の精神状態は、足を引っ張っているような気がしている。

 ママのことを思い出して演技をしようとする度に、自分自身を理解しようとする度に、私の中にノイズが走る。

 その正体がなんなのかは分からないが、それを取り除く方法は理解していた。

 

 

   ※

 

 

 都内某所にある住宅地の一角。

 記憶していた通りの住所にその家はある。

 時間経過のせいか少しくすんで見える一軒家。前世の私にとっての実家がそこにはあった。

 

 実は、ここには何度か来たことがある。

 つらいことがあった時、苦しいことがあった時、縋りつくものが欲しくて、この家の前までやってきた。

 ただそのいずれでも、両親の姿を確認出来たことはない。そのことに残念に思いつつもどこかほっとしている自分もいた。

 

 そもそも会えたとしてなんと言えばいいのか。

 生まれ変わりなどと言っても信じてもらえるかどうか。

 そんな思いが、チャイムに伸ばした手を止めさせていた。

 でも、先輩が言っていた役作りの基本。

 自分を知るために、これは絶対に必要なことだ。

 

(それに、今日は……)

 

 覚悟を決めてチャイムを押し込もうとした瞬間、玄関が開く音がして、私は慌ててその場から離れた。

 通行人を装いつつ、出てきたのが誰なのか確認する。

 

「あ」

 

 瞼の裏の姿よりずいぶんと年を重ねた女性。

 当たり前だ。

 私が最後に見てから二十年以上の時が経っているのだから。

 でも一目で分かった。

 私のお母さんだと。

 

 心臓が高鳴る。

 今まで一度も会えなかった人と、今日このタイミングで会えるなんて。

 チャンスだ。

 戻って声をかけよう。

 お母さん、私だよって。

 大丈夫。きっと信じてくれる。

 

 だって。

 

『お母さんは私のこと愛してる?』

 

 前世の記憶がフラッシュバックする。

 

 だって。

 

『ええ、愛してる』

 

 あの言葉が嘘なはずがないんだから……

 

 足を止めて、振り返る。

 

「おか──」

「ママー」

 

 私の声に被せるように、女の人の声が聞こえた。

 後を追うように出てきたのは髪の長い、私より少し年上くらいの女性と、彼女と同年代くらいの男性。

 再び、足が止まった。

 

 二人とも今の年齢は私より上だが、さりなが生きていれば三十歳を超えている。

 つまりあの人たちは、さりなの弟妹。

 二人の年齢から推察するに、どちらも私が死んで直ぐの頃に生まれたことになる。

 

 私の代わり?

 

 そんな思考がチラと頭を掠めた。

 失礼な考えだ。

 お母さんにとっても、あの人たちにとっても、もちろん(さりな)にとっても。

 でも──

 

「じゃあ、約束ね。ママ」

 

 女の人の声で、思考が遮られる。

 いつの間にか話は終わったらしい。

 

「ええ。休日出勤だし、定時で帰らせて貰うから」

 

「そんなこと言って、またベロベロになって帰ってこないでよ」

 

「大丈夫よー。せっかく貴方たちが誕生日を祝ってくれるんだから。楽しみにしてる」

 

 カラカラと楽しそうな口調で言ったお母さんは、最後にもう一度手を振って、門の外に出た。

 そうだ。今日はお母さんの誕生日だ。

 

 少し離れた位置で呆然と立ち尽くす私の視界に、前を向き直ったお母さんの顔が写る。

 とても嬉しそうに、楽しそうに、心の底から笑っていた。

 私の知らない、お母さんの笑顔。

 

「ん?」

 

 不意に視線が動き、こちらに向かう。

 立ち止まっている私の存在に気づいたのだ。

 子供たちも家に戻って、他の通行人もいない。

 今ならきっと、私だよって言えば分かってくれる。

 そして、あの笑顔を私にも──

 

 

   ※

 

 

 そこから後は、記憶が曖昧で。

 気がつくと私は自宅の直ぐ近くを歩いていた。

 ただ、お母さんに声を掛けられなかったのは間違いない。

 それどころか私はあの後直ぐ走ってその場から逃げ出した。

 

 そうだ。

 私は逃げたんだ。

 あの笑顔が私に向けられるはずがないと、分かっていたから。

 

 だって、私はあんな笑顔を知らない。

 私の知っているお母さんの笑顔は、唇を無理矢理持ち上げたまま固定した、仮面のような笑顔だけなんだから。

 

「お母さん。あんな顔で笑うんだ」

 

 かつて笑顔は子供の私でも作りものと分かるようなものだったが、子供たち全員に同じように接していたのならまだ救いはあった。

 それならまだ単純に笑うことが苦手なんだと、無理やり自分を納得させることが出来るのだから。

 

 でも、同じ子供でありながら、こんなにはっきりと差を見せつけられたことでようやく理解した。

 いや、本当はずっと前から気づいていたことを、認めるしかなくなった。

 

 私は、お母さんから愛されていなかった。

 その事実を。

 

「ハァ」

 

 思わず息が漏れる。

 ショックだ。とんでもなくショックだ。

 それは間違いない。

 

 ただ、一番ショックだったのは、そのこと自体より、むしろ思ったほど傷ついていない私自身のことだ。

 もっと、それこそ先日宮崎でせんせの死体を見つけた後、女の子から犯人の片割れが生きていると聞かされた時のように、ドス黒く醜い感情に支配されてしまうのではないかと思っていた。

 

 なによりも私を自己嫌悪に陥らせているのは、もしかしたらこれで宮崎のMV撮影の時のようにスゴい演技が出来るようになるのでは。とわずかに期待している自分に気づいたからだ。

 

「私って薄情なのかな」

 

 さりなとして生きていた頃に自覚してしまったのなら、もっと大きなショックを受けたいたはずだ。

 そうなっていないのは、生まれ変わっただけでなく、単純に時間が経ったせいなのか、それともさりなの時から大好きだったせんせと一緒に過ごせているからなのか。

 

 どちらにしても、こんな私が今更お母さんを責める資格などあるはずもないし、愛されていないのも私がお母さんの嘘の笑顔を見透かしていたように、お母さんからもそんな私の性根を見透かされていたからなのかも知れない。

 

「ハァ」

 

 もう一度、今度はさっきより深くため息を吐く。

 

「ルビー。何してるの?」

 

 突如、後ろから声を掛けられて、ビクリと体が跳ねた。

 恐る恐る振り返ると私を怪訝そうに見ているミヤコさんの姿があった。

 買い物をしてきたらしく、両手に大きめのビニール袋を下げている。

 

「み、ミヤコさん。もう仕事終わったの? 早いね」

 

 私は今日オフだが、ミヤコさんは打ち合わせが入っていたはず。

 しかもその帰りに買い物までしてきたとなれば、ずいぶん早く仕事を終わらせてきたことになる。

 

「これから忙しくなるから、食材買いためしておかないとって色々選んでたらこの様よ」

 

「珍しー。あ、私持つよ」

 

 もちろんミヤコさんだって買い物はするが、買いだめをすることは少ない。

 出来る女社長としての外聞もあるためか、足りなくなった分を足すか、まとめ買いするにしてもネット通販で済ませる方が多いのだ。

 

「大丈夫よ。それより玄関の鍵、開けてきて」

 

「分かったー」

 

 落ち込んだ気分を意図的に変えて、普段通りの演技をしながら、玄関に向かって歩き出す。

 最近演技の特訓をしているのが関係しているのか、我ながら完璧な演技が出来たと思うが、こんな簡単に隠せるくらいにしかショックを受けていないことを改めて自覚して、また自己嫌悪に陥りそうになった。

 

「それにほら。今日は日曜日でしょ。アクアも夜には帰ってくるって言うし、久しぶりにみんなでご飯食べようと思って」

 

「あ、そっか。うわー、みんな揃うの久しぶりだねー。なに作るの?」

 

「んー。良いお肉が安かったから、ビーフストロガノフ。時間もあるし」

 

「やったー。私アレ好きー」

 

 ビーフシチューではなくストロガノフという辺りがミヤコさんらしいが、偶に作ってくれるミヤコさんの料理は絶品なので、素直に喜んだ。

 

「外で大きな声出さないの。近所迷惑でしょ」

 

 注意しながらも、その声はとても優しくて。

 思わず後ろを振り返ってしまう。

 案の定ミヤコさんは怒っている様子はなく、それどころか薄く微笑んでいた。

 

(あ、れ?)

 

 その笑顔は、別に特別なものじゃない。

 いつも見てる笑顔だ。

 ミヤコさんは厳しい時は厳しいけど、同じくらい優しい時は優しくて、いつも私に笑い掛けてくれる。

 

 ただ、どうしてか。今日はついさっき見てきたお母さんの笑顔と重なって見えた。

 本当に心の底から嬉しそうに、愛する家族に向ける顔と。

 

「ルビー? どうしたの?」

 

 心配そうな顔も。

 

「う、ううん! 何でもない楽しみだなーって」

 

「大げさね」

 

 苦笑している顔も。

 私は全部知ってる。

 ミヤコさんだけじゃない。アイも……ママもそうだった。

 

 そんなことに、今更気づくなんて。

 別の意味で自己嫌悪してしまう。

 そのせいだろうか。

 

「本当だよ。だって私、おかーさんの料理大好きだもん」

 

 ポロリと。

 本当にこぼれ落ちたように、私はそう口走っていた。

 今まで一度も、そう呼んだことはなかった。

 理由は自分でもよく分からないが、もしかするとママやお母さんに悪い気がしたからなのかもしれない。

 

「……あ」

 

「どうしたの? 早く玄関開けて」

 

「え? ああ。うん!」

(聞こえなかったのかな?)

 

 それとも元から呼び方など大して気にしてないのか。

 気にしていたのが自分だけだったとなると、少々気恥ずかしいが、取りあえず気まずいことにならずに済んだと胸をなで下ろしつつ、前を向き直り、鍵を取りだそうとして、気が付いた。

 

「……~っ」

 

 押し殺したような嗚咽と、鼻を啜る音。

 その涙が悲しみによるものじゃないことくらい、私にだって分かる。

 

 ミヤコさんが気にしていなかったはずがなかった。

 ママ(アイ)が死んでからずっと、本当の子供同然に愛情を注いで、私たちを育ててくれた大切な家族。

 引き取ってくれた時に言った、私たちの母親はママ(アイ)だけだから、自分のことは母親と思わなくて良い。という言葉に甘えていた。

 

 私が今まで母と呼べなかったのは、ママやお母さんに気を使っていたからじゃない。

 きっと私は怖かったんだ。

 

 いつかミヤコさんが、血の繋がらない私たちを重荷に思って拒絶するんじゃないかって。

 だから、あえて距離を取った。

 

 辛いことがあっても、ミヤコさんには見せないようにニコニコ笑って誤魔化していた。

 出来るだけいい子と思われるように、そして万が一の時、私自身が傷つかないように。

 

 後ろを振り返ることなく鍵を開けて、そのまま取っ手を引いて玄関を開いたまま固定する。

 ミヤコさんも私の意図を察してか、足早に玄関を潜る。

 後を追って私も家に入り、玄関の扉を閉めた瞬間。

 買い物袋が床に落ちる音がした直後、抱きしめられた。

 

 私も、我慢できなかった。

 声にならない喜びを全身で伝えるように、強く抱きしめ返す。

 

「ホントは、ね。ずっと呼び、たかったの」

 

「ええ」

 

「おかーさんって」

 

「ええ。私もよ。貴方たちのこと、大切な娘と息子だって、ずっと言いたかった」

 

 抱きしめられたまま、ゆっくりと頭を撫でられる。

 おにいちゃんに撫でられる時のそれとは似ているようで違う。

 それこそママに抱きしめられた時と同じ、心が穏やかになって落ち着く感触。

 

「おかーさん。おかーさん。おかーさん」 

 

 肩口に顔を埋めたまま、何度も何度も呼びかける。

 

「なぁに。ルビー」

 

 優しい問いかけに、私は姿勢を戻してまっすぐ顔を合わせる。

 いつもばっちり決まっているメイクが、涙で少し溶けていた。

 

 子供の頃からずっと綺麗で変わらないと思っていたけど、こうして近くで見るとやっぱり苦労をかけていたんだなって分かった。

 だから、本当はこんなこと聞いちゃいけないのかもしれないけど。

 でも、聞かずには居られなかった。

 

「おかーさんは、私のこと愛してる?」

 

 私の問いかけに、少しだけ目を見開いた後、涙でくしゃくしゃの顔に無理やり笑顔を浮かべる。

 

「バカね」

 

 そっと、優しく頬に手を添えられた。

 

「もちろん、愛してるわ」

 

 ああ。

 良かった。

 

 (さりな)は、お母さんやお父さんには愛されてなかったのかもしれない。

 でも、少なくとも(ルビー)はママとおかーさんには愛されている。

 それで十分。

 これが私、星野ルビーだ。

 

 もう我慢できず、おかーさんに抱きついたまま、子供のように大声で泣いた。




呼び方についてはちょっと考えましたが、ルビーはミヤコさんに対してはかなり子供っぽい甘え方をしているので、おかーさんにしました
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