【完結】推しの子if ~あかねちゃんと一緒にアクアを救おうルート~   作:日ノ川

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前回から一夜明けたB小町メンバーの話
個人間オーディションはルビー編でもあるので登場人物もルビーとその周りの描写が多くなってます


第34話 反動

「やっぱり言い過ぎたかしら」

 

 事務所に向かう道すがら、かなちゃんが呟いた。

 珍しく事務所へ一緒に行こうと誘われたことで、何か話があるのは分かっていたが案の定だ。

 

「ルビーのこと? でもお芝居をやる上で絶対必要なことなんでしょ?」

 

「そうだけど。自分を深く知るってことは、今現在だけじゃなくて過去の自分を見つめ直すことでもあるのよ。あの子にとって、それは……」

 

「まーねぇ」

 

 言いたいことは分かる。

 ルビーとアクたんのお母さんが、B小町のアイだと知った時は驚いたが、それ以上に悲しくなった。

 

 二人はアイがストーカーに刺された際、一緒にその場に居たそうだ。

 いつだったか、ルビーがアクたんは昔もっと素直だったが色々あってねじ曲がってしまったと言っていたが、その色々は多分……いや、間違いなくこの件が原因なのだろう。

 そしてそれはルビーも同じ。

 例の芸プロ社長が刺殺された事件を知った後、自分だって殺してやりたかったと冷たく言い放っていたのもそう。

 アレだって、その男がアイの事件に関与していると分かっていたからなのだろう。

 

 一番大切な人が目の前で殺される。

 その苦しみがどれほどのものか。

 中学生の頃、お母さんが過労で倒れたと聞いた時でさえ、私と弟達の心はヒドくざわめき、無事な姿を見るまで血が凍るような寒気を抱いた。

 二人の苦しみはそれ以上に違いない。

 

 できれば忘れたいはずだ。思い出したく無いはずだ。

 しかし、ルビーが役者としてあかねと勝負するなら、その過去とも向き合わなくてはならない。

 かなちゃんはそれを理解した上で、自分自身と向き合うように言ったが、ルビーの気持ちを考えるとやはり言うべきでなかった。と後悔しているのだ。

 

 結果、ルビーがどんな結論を出したのか、一人で向き合う覚悟ができず、私に声を掛けたのだろう。

 私だって、ルビーがどんな状況なのか一人で確かめる勇気はない為、かなちゃんの申し出はありがたかった。

 

「こればっかりは私達じゃ何もしてあげられない。アクアが何とかしてくれてるといいんだけど」

 

「アクたんも忙しいらしいからねぇ。なんか監督だけじゃなくて、脚本も手がけるんだって」

 

「脚本ねぇ。ま、あの話を聞いた後だと、内容的にアイツがやるのは理に叶ってるわね」

 

 誰も知らなかったアイのプライベートを描く作品だ。

 実の息子であるアクたんなら、解析度の高い作品に仕上げられると思われての抜擢に違いない。

 

「連日監督さんの所に入り浸ってるみたい。ルビーも仕事の合間にオーディションの特訓してるしねー」

 

 おかげでアクアとぜんぜん会えてない。とルビーが不満を漏らしていたのを思い出す。

 

「でもそれじゃあ、仮にオーディションで勝てたとしても、本番まで体も心も持たないかも」

 

「そうだねぇ」

 

 私もかなちゃんも、メンタルダメージが如何に傷つきやすく治りにくいのかをよく知っている。

 

「こっちで面倒を見れれば良いんだけど……」

 

「私たちも結構忙しくなってきたからねぇ。三人一緒の仕事より個別で呼ばれることが多いし」

 

「そうなのよね。となるとやっぱりミヤコさんにお願いするのが一番かしら。私たちよりルビーの付き添いを優先してもらうとか」

 

 ルビーの事情を理解していて、精神的なケアができるとなればミヤコさんが適任には違いない。

 

「こういう時、現場に社長自ら付いてきてくれるのはありがたいよね」

 

「今日社長、事務所に居るわよね?」

 

「多分。私たちの付き添いもないし、ルビーも事務所でレッスンだったはず」

 

 接待などで飲みに行くことも多いようだが、この時間なら事務仕事をしているはずだ。

 

「取りあえずルビーの様子を見て、やばそうだったら相談しましょう」

 

「了解。あと、ルビーがどんな状態でも顔には出さないように覚悟はしておこー。こっちの動揺は相手にも伝わっちゃうから」

 

「特にあの子はその辺敏感だからね」

 

 天真爛漫で細かいことを気にしなそうなルビーだが、アレで案外人の感情を読み取ることに長けている。嘘を見抜くことに関しては特に。

 生半可な演技では直ぐにバレてしまう。

 だから取り繕うのではなく、事前に覚悟を決めておき、動揺を最小限にする必要がある。

 互いに頷き合い、私達は改めて事務所に向かって歩き出した。

 まさか今のルビーがあんな状態であるとは、思いもせずに……

 

 

   ※

 

 

「えへへー。おかーさーん」

 

「なぁに。もー」

 

「なんでもなーい」

 

「まったく。有馬さんとMEMさんも来たんだから。甘えないの」

 

「えー」

 

 事務所に入ってまず飛び込んできたのは、予想通りにいつもの席で事務仕事をしているミヤコさんと、その後ろに立って首に手を回し、抱き付いているルビーの姿だった。

 蕩けた口調も相まって、幼子が母親に甘えているような光景に、思わずフリーズする。

 

「何があった!?」

 

 私より一足先に再起動したかなちゃんの叫び声で私も意識を取り戻した。

 

「そ、そうだよルビー。いや二人が仲良いのは知っているけど、そんな急に──」

 

 私たちの追求に、ミヤコさんはどこか困ったような微苦笑を浮かべたが、ルビーは特に気にした様子もなく、ミヤコさんの真横に自分の顔を置くと、見せつけるように頬を寄せた。

 

「この間二人にもママの話したでしょ?」

 

「あー、アイのことね」

 

 アイの話をした際はママと呼んでいたが、さっきミヤコさんのことはおかーさんと呼んでいた。

 呼び方を使い分けているらしい。

 

「ちょっと。二人にも話したの?」

 

 ミヤコさんの瞳に鋭さが戻り、母親から事務所社長としての顔になる。

 

(過去のこととはいえ、事務所にとっちゃ特大スキャンダルだもんね)

 

 できれば墓まで持っていきたかったに違いない。

 

「うん。どうせそのうち週刊誌に載るんだから、先に知っておいてほしくて。……ダメだった?」

 

 そんなミヤコさんの意図を敏感に感じ取ったらしいルビーが途端に泣きそうな顔に変わると、今度はミヤコさんが慌て出す。

 

「……そんなことないわよ。ただ掲載されるの、いつになるか分からないから」

 

「大丈夫ですよ。載る前にリークとかしませんから」

 

「え? ああ、いえ。二人を疑ってるとかじゃなくてね」

 

 慌てて取り繕う姿に、本当にそう思っていたのだと分かって、少しだけ悲しくなる。

 実際、スキャンダルに於いて身内リークがよくある話だと聞いたことがある。

 自分たちが疑われたことに思うところが無いと言えば嘘になるが、ある意味当然の心配だ。

 

(ヤな話だけど、社長としては当たり前か)

 

 既に週刊誌が情報を掴んでいるらしいが、事務所として交渉して記事を独占させる代わりに、此方のタイミングで発表させる手筈を整えているらしいので、その前に他のマスコミにリークされたら、それこそ大問題だ。

 

「で!? それがなんで急にこんな感じになるわけ?」

 

 かなちゃんもその辺りは分かっているだろうに、いや分かっているからあえてなのか、更に追求する姿勢を見せるとルビーは改めてミヤコさんに抱きついた。

 

「先輩が言ったんじゃん。自分を見つめなおせって。それで私にはママと同じくらい私を愛してくれている人がいるって分かったの」

 

「ルビー……」

 

 感極まった涙声と共にミヤコさんは首もとに回ったルビーの手に自分の手を重ねる。

 

「で。それを自覚した途端、ずぅーっと甘えてなかった分の、反動が今きてる」

 

 反動。とは、なかなか的を射ている表現だ。

 

「そうね。公私の区別さえ付けてくれれば私は別に──」

 

「付いてないですよね!? 今仕事中でしょ?」

 

「そんなことないよー。ちゃんと仕事の邪魔にならないようにくっついてるでしょ?」

 

「……ええ。パソコンの操作には支障ないし」

 

 ミヤコさんもルビーに同意するが、明らかに本音とは思えない。

 あの体勢では電話一本掛けられないだろう。

 

「絶対邪魔でしょ!? 甘すぎますよ社長!」

 

 案の定かなちゃんが突っかかるがミヤコさんは、フイと視線を逸らした。

 

「もう良いわ! 心配して損した。自分を見つめなおしたっていうんなら、役作りだって出来てるんでしょ!? 見極めてやるから上に来なさい」

 

「えー。まあ、頼んだのはこっちだしね」

 

 やれやれとでも言いたげに小さく首を振った後、ルビーは仕方なさそうに身を起こして離れるが、ぎりぎりまでミヤコさんはルビーの手を握っていた。

 

(あ)

 

 その仕草で、何となく気付く。

 ずっと抑圧されていた母親への愛が一気に解放された結果が今のルビーだというのなら、同じように甘えてこなかった子供を素直に甘やかすことができるようになったミヤコさんも同じく反動が来ているのではないか、と。

 

「じゃー、上のレッスン室使いますね」

 

「行ってきまーす。おかーさん」

 

「ええ」

 

 二人はそんなミヤコさんの様子に気づくことなく、三階にあるレッスン室に向かっていく。

 

「じゃー私も」

 

 わざわざ指摘する必要もないので、一声掛けて後に続こうとしたが。

 

「MEMさん」

 

「は、はい」

 

 ミヤコさんに途中で呼び止められ、思わずうわずった返事をしてしまう。

 

「さっきの話だけど……」

「え? ああ、ミヤコさんの気持ちも分かりますし、別に悪いことじゃないですよ」

 

 ミヤコさんも反動を起こしていることに気づいた私に公言しないよう釘を差そうとしているのかと思って先走るが、ミヤコさんは不思議そうに首を傾げた。

 

「何の話?」

 

「あ」

 

 そうだ。

 何故か見てはいけないものを見てしまったような気になっていたが、ミヤコさんがルビーを甘やかしたいと思っているのは悪いことでも何でもない。

 じゃあいったい何の──

 

「アイとの親子関係だけど」

 

「……そのことですか」

 

 ルビーの居ない所で、改めて口外しないように念押しするつもりだ。

 やはり信用はされていないのだな。とまた少しだけ悲しくなる。

 

「大丈夫ですよ。そんなこと誰かに言ったら一発で信用なくしちゃうことくらい分かってます。私たちはまだまだ上を目指したいんですから」

 

 だから言葉で信用を勝ち取るのではなく、そもそもリークしたところで、自分たちに利点がないことを強調する。

 身内からのリークは相手を落とす為か、グループを卒業する時などに置き土産としてリークすると聞いている。

 

 B小町のセンターはかなちゃんだし、私も卒業するつもりは毛頭ない。

 みんなでドームに立つ夢を叶えるまで。

 私たちは一つの目標に向かって走っている。

 足の引っ張り合いなんてする必要はない。

 それを分かって貰いたかった。

 

「ああ。それは大丈夫。さっきも言ったでしょ? 別に疑ってないから」

「え?」

 

 決意を込めた言葉を、あまりにもあっさりと流されて逆に心配になるが、ここ数日ルビーの演技練習を見て目が肥えているのだろうか、その言葉が嘘や誤魔化しでないのは分かった。

 だったらさっき動揺していたのはどうしてなのか。

 

「気を付けて欲しいのはむしろ身内。貴女たちがアイのことを聞いたって、アクアには気づかれないようにして」

 

「アクたんに、ですか?」

 

「そう。あの子は今とても危ないバランスの上に立ってる。一つ間違えば、目的の為に見境なくなってしまうくらい。それこそ貴方たちがそれを知っている事実すら利用しかねないわ」

 

「ルビーも同じようなこと言ってました」

 

 アクたんとあかねが間違った方に進もうとしているからこそ、自分が主演の座を手に入れて止めるのだと。

 

「やっぱり、そうなのね。あの子に任せきりにして負担を掛けるのは、情けないんだけど──」

「そんなことないです!」

 

 己の不甲斐なさを嘆くため息に、私は反論する。

 

「MEMさん?」

 

「親が子供に頼るのは情けないとか、負担を掛けたくないとか言う人いますけど、お母さんにだけ負担を掛けるようなことをするのは子供だってイヤなんです」

 

 私の夢のために頑張りすぎて倒れてしまったお母さんを思い出してしまった。

 同時に、私が夢を二の次にして働いて家計を支えたことを後悔し続け、何度も涙ながらに謝ってきた姿も。

 確かにあの時は、夢を諦めようとしたくらい大変だったが、それでもお母さんを恨んだことなんて一度もない。

 家族が助け合うのは当然のことなんだから。

 

「……そうね、ごめんなさい」

 

 そのあたりの事情を知っているミヤコさんだからこそ、私の言いたいことをすぐに察して謝罪する。

 

「いえいえ。だからミヤコさんはルビーのケアをお願いします。あ、でも本当に、周りには注意してくださいね。ルビーくらいの年齢だと変な目で見られちゃいますよ」

 

 重くなりそうな空気を払拭する為に、敢えて軽いノリで注意するとミヤコさんは唇を斜めにして不敵に笑った。

 

「大丈夫。そっちもさっき言ったでしょ、公私の区別は付けさせるって。身内の前でしかしないわよ」

 

「……ずるいなぁミヤコさんは」

 

 身内にアクセントを置く言い方で、全てを察し、苦笑する。

 

「大人だもの」

 

「じゃあ私も、身内の特訓を手伝ってきますね」

 

 同じアクセントを付けると、ミヤコさんも私と同じ苦笑を浮かべた。

 

「ルビーのこと。よろしくね」

 

「はい!」

 

 元気良く返事をして、私は改めて二人の後を追いかける。

 階段を上っている途中、ふとある人物の顔が頭を過ぎった。

 

(そう言えば、あかねは知ってるのかな?)

 

 アクたんと本気で付き合い始めているだろうあかねなら、アクたんの変化に気付いていても不思議はない。

 その上であかねが何もせずにいるとは思えない。

 近い内に連絡して探りを入れてみようか。

 そんなことを考えていたが、レッスン室に到着したので意図的に思考を切り替え、扉に手を掛けた。

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