【完結】推しの子if ~あかねちゃんと一緒にアクアを救おうルート~   作:日ノ川

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久しぶりにあかねとアクアの話です


第35話 共犯者たちの夜

 明かりを消した真っ暗な室内で、唯一の光源であるパソコンのモニターを見つめる。

 B小町のアイ。

 何年経っても色褪せない、完璧なアイドル。

 でも、幼い頃から役者として公私を分ける経験を培ってきた私には彼女のアイドルとしての才能は天性のものだけではなく、必死の努力によって形作られたもののように感じてしまう。

 この笑顔もそう。

 カメラに向かってどんな表情をすれば、完璧に写るのかをきっちり計算している。

 

「鏑木さんに感謝だなぁ」

 

 図書館やネットに集まる情報だけでは、ここまでアイを理解することは出来なかった。

 アクアくんに直接聞くのも憚られるため、ドラマの役作りをどうしたものかと思っていたが、先日急に鏑木さんから連絡をもらい、アイに関する裏話をいくつも聞かせて貰った。

 それらの情報を基に思考パターンを再構築したことで、よりアイに対する理解が深まったように感じる。

 

「あとは、ルビーちゃんの出来次第、かな」

 

 一ヶ月前、突然掛かってきた電話を思い出す。

 役者同士でオーディションを行って役を決めようという宣戦布告。

 業界のタブーを無視したやり方だが、ルビーちゃんの気持ちは分かる。

 主役が星野アイであり、大好きなお兄ちゃんのアクアくんが監督を勤める作品だ。

 競い合うこともせず、役を取られるのは良い気はしないだろう。

 

 いくら私がアクアくんの共犯者とはいえ、彼女の母親であるアイ役に自分の方が相応しいと言えるほど、メンタルも太くない。

 だから、彼女の提案に乗った。

 言葉で伝えられないなら、実力を見せつけて諦めて貰おう。

 

 尤も、演技の実力だけでは納得させるのは難しいが、今の私ならアイに対する理解度でもルビーちゃんに負けない自信がある。

 個人間オーディションということで、一応周りには内緒で行われるはずだが、勝負の台本となる寸劇を用意した五反田監督(尺の都合で没になった話を稽古用に使えと言っていたが、こんな短い脚本で練習になるはずもない)だけでなく、鏑木さんもこの勝負のことを知っているはずだ。

 

 アイの情報を伝えてきたのは、彼の立場的に私が勝った方が都合が良いからだろう。

 その気遣いはありがたく頂戴し、結果で恩返しするとしよう。

 椅子から立ち上がった私は、部屋の明かりを付けて鏡の前に立つ。

 

 一度目を伏せ、意識を切り替えてから先ほどまで見ていたアイと同じポーズを取って表情を作り目を開けた。

 

 そこには、B小町のアイが立っている。

 顔の作りや体型も違うが、最近髪を伸ばしていることもあって、雰囲気はそっくりそのままコピーできている自信がある。

 だが、演技未経験とはいえ、ルビーちゃんは本職のアイドルだ。これくらいは彼女も出来るだろうし、何よりアイの血を引いている彼女は髪色と身長以外はアイの生き写しとも言えるくらい姿形はそっくりという点で私より優位な立ち位置にいる。

 そこに歌やダンスも加われば、演技以外は全くダメな自覚がある私ではまず勝ち目はなかったかもしれない。

 

 だけど、このドラマはB小町のアイを描いたものではない。

 星野アイという一人の少女の生涯を描いた作品なのだ。

 

 もう一度目を閉じ、再び意識を切り替え、ゆっくりと瞼を開く。

 鏡に写っているのは、自嘲気味な形だけの笑みを浮かべた女の子。

 子供の頃から母親に捨てられて施設で育ち、アイドルになった後も、世の中の不条理さに揉まれ続けた。

 それは彼女にとって数少ない心の支えとなった最愛の子供たちを産んでからもきっと、大きく変わることはなかっただろう。

 そんな中でも、いやそんな生き方をしていたからこそ、燦然と輝いていた瞳も、今は黒く落ちている。

 最近出来るようになったこの瞳は、演技をしていない時の星野アイにぴったりだ。

 

「ルビーは気づくかなぁ。本当の私に」

 

 気づかなければ勝負はついたも同然だが、気づいたとしても負けるつもりはない。

 むしろ。

 

「私が胸を貸してあげる」

 

 鏡の中で自信満々に笑うアイ。

 勝負は明日。

 ギリギリではあるが、B小町のアイとしても、星野アイとしても、両方とも役作りは終了した。

 

 ただ、どうしてだろう。

 何となく、後一つ、何かのピースが欠けているような気がするのは。

 鏡に写った私の表情をより深く観察しようとして、その後ろになにやら楽しげに笑っている見知った人物の姿を見つけ、背筋が凍った。

 

「あら。今度は悪女の役なの?」

 

「お母さん! 稽古中は入らないでって言ってるのに!」

 

「だって、何回呼んでも降りてこないから。ご飯出来てるわよ」

 

 いつも通りのノンビリとした態度に、私は何度も何度も頷きつつ、母を部屋から押し出そうとする。

 

「分かった。分かったから、すぐ行くから」

 

「はいはい。あ。そうだ、あかね」

 

「なに?」

 

「お仕事も良いけど、アクアくんとの仲も大事にね。今の感じでギャップを狙うのも良いんじゃないかしら」

 

「もー、良いから! 忘れてよー」

 

 顔が真っ赤になっていくのを感じつつ、必死になってお母さんを部屋から追い出す。

 ドアを閉めてから、そのままベッドに倒れ込んだ。

 絶対揶揄われる。そう思うと下に降りるのが億劫だ。

 

「監督の気持ち、分かったかも」

 

 私とアクアくんが感情演技を教わりに通った五反田監督は実家住みなので、稽古中時々監督のお母さんが入ってくることがあった。

 大抵は今のお母さん同様、ご飯が出来たと呼びに来ただけだったが、その度に監督はさっきの私同様必死に部屋から追い出そうとしていた。

 当時はそこまで邪険にしなくても。と思っていたのだが、今、この瞬間。はっきりと気持ちが理解できた。

 仕事ならまだしも、稽古しているところを身内に見られると凄く恥ずかしい。

 

 でも同時に、お母さんの気持ちも何となく分かっている。

 子役時代から芸能界で仕事をしてきて、こんな風に熱中して食事を忘れることは多々あったが、勝手に部屋の中まで入ってくることはなかった。

 こうなったのは最近、いいや。ここ一年のことだ。

 

 一年前。

 今ガチに参加していた私が自殺未遂を起こしてからお父さんとお母さんは心配性になった。

 仕事もプライベートも順調そのものの私がそんなことをするはずはないと思いつつも、もしかしたら。という気持ちが拭いきれず、心配になって姿を確認してしまうのだろう。

 

「私、悪い娘だなぁ」

 

 アイがそうだとは言わないが、少なくとも今の私はお母さんが言っていた通り悪女そのものかもしれない。

 親に心配をかけることもさることながら、故人に復讐しようとしている恋人を手伝い、あまつさえ、そんな兄を心配している妹を演技で叩き潰そうとしているのだから。

 

「……アクアくん。なにしてるかな」

 

 私の仕事が忙しく、アクアくんの方も脚本や事務所を移籍する準備で慌ただしいこともあって、最近会えていない恋人の顔を思い浮かべる。

 

「後でラインしてみようかな」

 

 そう思ってようやく、食事にも行く気が湧き上がってきた。

 

「よし」

 

 気合を入れ直す声とともにスマホを手に取り、私はベッドから起き上がった。

 

 

   ★

 

 

「もう九時か」

 

 事務員も帰宅し、俺以外誰もいなくなった事務所内で、カントクから押しつけられた宿題という名の雑用をこなしていた手を止め、背後のホワイトボードに目を向けた。

 

 B小町の三人は今日朝から、有名ユーチューバーとのコラボ撮影が入っていたため、朝早く出かけたが、今日の予定ではその後、次のライブに向けて全体練習となっていた。

 以前は三階にあるレッスン場を使っていたが、最近ではもっと設備が整った場所を見つけたとかで頻繁に出かけている。

 

 加えて壱護さんが制作会社設立に向けて動き出したことで、任せきりにしていた接待や営業を引き継ぐことになったミヤコさんも深夜まで帰ってこないことも多く、俺は一人でいることも増えた。

 とはいえ、ルビーとミヤコさんに関しては正直助かっている。

 

「最近二人の圧、やべーからな」

 

 詳しい事情は知らないが、ここ最近のあの二人、特にルビー側の距離感は俺が雨宮吾郎だと知った直後、何かとくっつきたがっていたルビーと同じかそれ以上だ。

 呼び方も改めたこともあって、ルビーの態度はそれこそ幼子が母に甘える時のそれだ。

 

 俺はともかく、ルビーがミヤコさんを母と呼ばないのは前世の母親との確執が関係していると考えていたのであまり触れずにいたが、俺の知らないところで過去を吹っ切る何かがあったのかもしれない。

 

 それならそれで良い。

 というより今後を考えると、ルビーの支えとなる人が居るのはありがたい。

 

 問題なのはその仲良し家族の輪に、無理やり俺を入れようとしてくることだ。

 特にルビーは俺にもミヤコさんを母と呼ばせたいらしく、あの手この手と仕掛けてくる。

 ミヤコさんも困った顔をしつつも積極的に止めない辺り、内心では期待しているのかもしれない。

 

 だが、俺には出来ない。

 アイのことはもちろん、前世でも紛いなりにも母親がいたルビーと違って、俺はアイのことすら、最後まで母親として見ることは出来なかった。このことについては現在でもアイに申し訳なく思っているくらいに。

 それは俺の前世、雨宮吾郎の家族構成が大いに関係している。

 

 誰の子かも分からない子を孕んだ母親は、出産の際、大量出血により命を落とした。

 その後、育ててくれた祖父母は悪い人ではなかったが、俺自身の負い目もあって、親としては見られなかったのだ。

 

 つまり俺は、前世も含めて親という存在を知らない。

 そんな俺が今更ミヤコさんを母親と呼ぶのは違和感しかない。

 

 だが、一番の理由はそこではない。

 俺はこれから復讐をしようとしている。

 苺プロを移籍する件も含めて、出来る限り責任は自分だけで負うように行動するつもりだが、世間の目は厳しい。

 ミヤコさんが里親だと知られたら、育て方が悪かっただの、社長として所属タレントの暴走を防げなかったのか。など謂われのない誹謗中傷を受けるに決まっている。

 もちろんそちらへの対策も講じるつもりではあるが、そうなることを理解した上で、復讐を止めようとしない親不孝な俺が、あの人を母親と呼んで良いはずがない。

 

 そんなことを正直に説明できるはずもないことも含めて、二人の不在はありがたい。

 

「ルビーのモチベも上がったしな」

 

 元々注目され始めていたとはいえ、ここ最近は、出る仕事出る仕事目覚ましい活躍を見せ、それを知った業界関係者から新しく仕事が入る好循環が起こっている。

 このまま行けば、いずれは壱護さんの後方支援すら不要となる。

 まさに飛ぶ鳥を落とす勢いだ。

 

 それに反比例して、これまでは双子タレントとして一緒に呼ばれていた俺にはとんと声がかからなくなった。

 本来の予定では、俺は移籍の準備やドラマ脚本作業を理由に仕事を断るつもりだったが、その場合、世間は騙せても業界関係者からは疑われてしまい、そこまで含めて苺プロの策略だ。と思われる可能性もある。

 

 だからこそ、本当の意味でルビーの人気が爆発したことで、妹に先を越されて焦った俺が暴走してアイを利用することを思いついた。という筋書きに説得力が生まれる。

 後は壱護さんの会社設立と鏑木Pのキャスティング決めが完了するのを待つだけだ。

 その前に裁判が始まるのが唯一の懸念材料だが、今のところその予兆はない。

 全ては順調、後問題があるとすれば……

 

「あの疫病神。余計なことをしないと良いんだが」

 

 壱護さんが自宅にやってきてアイの記事をリークしたと伝えに来た日の夜。

 外にいた無数の烏たちは、あの疫病神が現れる際に伴っているものではないか。

 だとすれば、あの時の俺たちの会話を盗み聞きしていても不思議はない。

 そして、それをルビーに伝えたとすれば。

 

 当初は俺の前にしか現れなかった疫病神が、宮崎ではルビーにも接触している。

 今回も余計なことを吹き込む可能性は十分にあった。

 

 復讐のことを聞いたルビーがなにをするか。

 一番可能性があるのは、俺の復讐を止めようとすることだ。

 少し前まではルビーも復讐に賛成していたが、結果ミヤコさんに迷惑がかかると分かれば今のルビーは止めようとするだろう。

 

 カミキヒカルが既に死んでいるならなおのこと。

 もちろん、企画自体は既に鏑木Pの手によってドットTVの承認も降りて動き出している。

 ルビー一人が騒いだところで、今更ドラマ制作を止めることなどできないはずだ。

 

「っても、ルビーは何するか分かんないからな」

 

 俺も把握できていない様々な人脈を構築しつつあることもそうだが、ルビーは業界歴が長い他のメンバーや大人たち、前世で医者として培った人生経験を持ちこしていると俺と違って、病室の世界しか知らぬまま前世の人生を終えたせいでまだ精神的にも子供で、社会のルールもよく分かっていない。そんなルビーだからこそ、俺では考えつかないようなトンでもないことを仕掛けてくるかもしれない。

 そうなると、俺はルビーと対立することになるのだろうか。

 

「フッ」

 

 さっきからぶつぶつ独り言を呟いている自分の滑稽さに、思わず息が漏れる。

 いつもであればまだ作業を進めるところだが、なんだか、今日はもう作業する気が失せてしまった。

 今日は早く寝て続きは明日にしよう。

 

 開いていたパソコンをスリープモードに移行させ、代わりにスマホを手に取る。

 特に目的があったわけではないが、何となくラインを開いて、あかねとのトーク画面を見る。

 ドラマに出るため仕事を詰め込んで忙しく、直接会うどころかラインもしなくなっていたため、最後に送ったのは俺があかねに電話をして良いか聞いた時のものだった。

 我ながらあの時は情けなかった。

 復讐を続けると決めておきながら、本当にこのままで良いのか悩み、結果あかねに背中を押させてしまった。

 あれが無かったら、ルビーの猛攻とミヤコさんへの罪悪感から復讐を止めていたかもしれない。

 

 そして今再び、あかねに頼ろうとしている自分に気づき、情けなさから俺はスマホの画面を閉じた。

 だが、次の瞬間。

 突如画面が起動しラインにメッセージが届いたことが通知される。

 差出人は、あかね。

 

(まさか、発信機だけじゃなくカメラまで仕掛けられてるんじゃないだろうな)

 

 そんなはずないと知りながら周囲を見回しつつ、恐る恐るラインを起動し直す。

 届いていたのはただ一言。

 

あかね

『話したい』

 

 あかねにしては珍しい簡潔で、それでいて強い意志が込められた言葉に、自然と自分の顔が綻ぶのを感じた。

 こちらも簡潔に言葉を返す。

 

アクア

『俺も』

 

 そんなやり取りから始まった取り留めのないラインの応酬は、途中電話へと変わり、そのまま深夜にまで及んだ。

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