【完結】推しの子if ~あかねちゃんと一緒にアクアを救おうルート~ 作:日ノ川
「ハァ。出し切ったぁ」
自分の演技が終わった直後、まだあかねちゃんの番が残っているというのに、私はそんな言葉を吐き出していた。
もともとこの勝負は、おにいちゃんを止める為のもの。
その意識はずっとあり、演技はその手段でしかなかったのだが、朝から続くこの勝負の中で、あかねちゃんの演技を見て、それを真似しているうちに私の中に別の感情が生まれ始めていた。
それに比例して、どんどん演技が上手くなっていくのが自分でも分かった。
演じることが楽しい。
今まで、星野ルビーとしてだけでなく、天童寺さりなとしても、自分の本心を隠す為に行っていた演技とはまるで違う。
自分の為に行う演技がこんなにも楽しいなんて思わなかった。
でもそれも、これで終わり。
ああ、残念だな。
もっと続けたかった。
そんな風に思いながらぼんやりと夢うつつになっていた私の耳に、控えめな拍手が聞こえてきた。
振り返るとあかねちゃんがさっきまでとは違う、いつもの優しい笑顔を浮かべていた。
「うん。すごく良かった」
「あかねちゃん……」
「やっぱり、星野アイの気持ちが一番分かるのは、貴方とアクアくんしかいない。今のはルビーちゃんにしかできない、星野アイだったよ」
「……あ」
実感の籠もった嘘のない賞賛に、私はやっとわかった気がした。
今日の勝負。
最初から最後まで私はあかねちゃんの手のひらの上だったことに。
あかねちゃんらしくない挑発的な態度はもちろん、先行を私に譲ったのも実力を見せつける為じゃなく、むしろ逆。私にお手本を見せていたんじゃないだろうか。
競合相手である私に、わざわざそんなことをする理由はやっぱり、最初に考えた通り、あかねちゃんは初めから最終的に負けて、私にママの役を譲るつもりだったからだろう。
あかねちゃんも本当は、おにいちゃんを止めたかった。
今更、死んだあんな奴のために、おにいちゃんが犠牲になるなんて許せなくて、でもあかねちゃんには止められなかった。
何故ならママを……大切な人を殺された気持ちは、当人にしか分からないと理解していたから。
だからこそ、あかねちゃんは私に主演を譲る気になったんだ。
妹の私ならママの気持ちを理解して、その上で復讐を止めてくれるはずだと信じて。そのために私を挑発して自分がお手本を見せて、成長させてくれた。
「あかねちゃん。ありがとう」
私は本当に周りの人たちに支えられてばかりだ。
「ううん。お礼なんて」
優しい顔のまま首を横に振る姿に、余計喜びがこみ上げてきて、涙が浮かびそうになる。
「私、がん──」
涙が溢れて話せなくなる前に、頑張るから。と続けようとしたその時。
「じゃあ、次は私ね」
「え?」
あっけらかんとしたあかねちゃんの言葉で、出かけた涙が引っ込んでいく。
確かに今回も先行は私だったのだから、次はあかねちゃんの順番だが、今の雰囲気的に棄権して私の勝ちを譲る流れだと思っていたのだが。
「ルビーちゃんは本当にすごいよ。あんな解釈、本物のアイさんと接していた貴方じゃなきゃ絶対にできない。少なくとも私には無理」
「あ、うん。ありがと」
勝負を続けると言いながら、自分にはできないと敗北宣言じみたことを言う。
何がしたいのか分からず、とりあえずお礼を言う私に、あかねちゃんはにんまりと笑って続けた。
「だからね。今度は私が今のルビーちゃんの真似してみるから、見ててね」
そう言って私の返事も聞かずに立ち位置を交代し、演技を始めようとするあかねちゃんに、私も戸惑いつつも移動を始めた。
※
「はい。おしまい」
「……」
「さーて、それじゃあ時間もないし、早速勝敗を決めようか。ルビーちゃんはどっちが勝ったと思う?」
「うぅ」
「ちなみに私はねー。私が勝ったと思うなー」
ねえねえ。と急かしてくる笑顔は天使のようだが、内側にあるのは悪魔のそれだ。
今までなら悔しさを覚えつつも、自分の勝ちと嘘を吐いていたが、最後の勝負である今回はそれが許されない。
「……あかねちゃんの、勝ちだと思う」
「いぇい☆」
両手でピースの形をつくり、それを左右頭の高さまで持ち上げる。
ママがやっていそうなそのポーズは確かに可愛くはあったが、この状況でやられると煽られているようにしか見えない。
いや、間違いなく煽ってる。
「なんで急に」
ずっと手を抜かれていた。とは思いたくない。
でもそうじゃないと説明できないくらい、あかねちゃんの演技は突然すごくなった。
「確かに私はアイさんのことはよく知らない。子供の頃からあんまりアイドルに興味なかったし、それに子役の仕事でいっぱいいっぱいだったから。ましてアイの私生活での解釈に関しては実子であるルビーちゃんには絶対に勝てないのは分かってた。だから、ルビーちゃんから教えて貰うことにしたんだよ」
「私から?」
そう言えば、勝負前に私の真似をすると言っていたが、どうしてそれでママを上手く演じられるようになるのか。
「アイのキャラクターを完璧に掴んだルビーちゃんを通して、私もアイのことを知ることができた。後はその感情を自分なりに解釈して出力することで、私なりの星野アイが作れるってわけ」
私の疑問の答え合わせと言わんばかりに、ほら。と魅力的な笑顔でウインクを一つするだけで、胸に星が突き刺さる。
それもアイドルとして若干作り物めいていた笑顔でなく、幼少時私たちに笑いかけてくれていた頃のママそのものだ。
「じゃ、じゃあ。最初からそうしなかったのは?」
「いやほら、最初の方のルビーちゃんはやる気がから回ってて、それ以前の問題だったから」
私の疑問をあかねちゃんは無慈悲に斬って捨てた。
「ぐふぅ! あ、あかねちゃん、性格悪くなってない? アクアに悪影響受けてるんじゃないの?」
「えー、そんなこと無いよー」
何とか絞り出した皮肉も、苦笑で軽く流される。
「じゃあ先輩の方だ!」
「え? そ、そうかな?」
「なんで嬉しそうなの!? うぅ。今の絶対私が勝つ流れだったじゃん! みんなの力を借りて成長した私が最後の最後で勝って、主演の座とついでにおにいちゃんのことも譲ってくれる流れだったでしょ!?」
「前半はともかく、後半は絶対あり得ないよ」
きっぱりと告げられる。
もちろん、そんな都合の良いことを本気で考えていたわけではないが、言い切られるとちょっとショックだ。
「やっと自分の演技ができたと思ったのに」
私もあかねちゃんの真似をした以上、自分の真似をされて怒るのは筋違いなのだが、あそこまで完璧に真似られる。いや、それ以上のモノを見せつけられると、僅かに芽生えていた自信も木っ端みじんになってしまう。
「ルビーちゃんは本当にすごいしびっくりしたよ。最後、順番が逆だったら、私の負けだったかもしれない」
「だ、だったらもう一回。もう一回だけ」
「残念だけどもう閉館時間だよ。ほら、とりあえず外出ないと」
「うぅー」
背後に回り込んだあかねちゃんに背中を押されながら、私たちは荷物の回収に向かった。
※
どうにかこうにか、閉館時間ぎりぎりで外に出た私たちは二人並んで歩いていた。
疲れた体は休息を欲していたが、ここでさよならしてはもうチャンスは巡ってこない。
あかねちゃんの休日である今日のうちに、なんとしてももう一度勝負して貰わなければ。
(でも──)
正直、今のあかねちゃんに勝てる自信はない。
順番が逆ならと言ってくれていたが、それだって本当かどうか。
その上、あかねちゃんは私を通してママとしてのアイを知り、さらに演技の質を向上させている。
(それでも。私は諦める訳にはいかない)
このままおにいちゃんたちを放置しては、きっと大変なことになる。
だから、絶対に私が──
「ねぇ。あかねちゃん!」
「ごめんね。ルビーちゃん」
「え?」
「私、ルビーちゃんにたくさん酷いことしたでしょ? わざと煽って怒らせたり、先行を押し付けて演技を真似したり」
「それは別に、勝負だし──」
少し思わないでも無かったが、真正面から謝られると強く言えない。
あかねちゃんが本当は優しくて良い人だと分かっているから。
「うん。勝負だから、私は絶対に負けたくなかった」
(私だって)
声には出さず、唇を噛みしめる。
そんな私を見ながら、あかねちゃんは小さく息を吐いた。
「アクアくんは、もう限界なんだよ」
「え?」
「ずっと、復讐のために生きてきて。でも復讐する前に他の人に殺された。その時点で今のアクアくんはもう生きる意味を見失ってる」
「そんなこと──」
ない。と言い切れるほど、私は前世のせんせのことはもちろん、現世でのおにいちゃんのこともよく知らないと、今更気づく。
だって私は、おにいちゃんが……せんせが復讐の為に生きていたことさえ、あの女の子に聞かされるまで想像もしていなかったくらいなのだから。
気付くヒントはたくさんあったはずなのに、私はアイドルの夢や前世のせんせとの約束と思い出といった自分のことばかりに囚われて現世のおにいちゃんにちゃんと目を向けようともせず、そのせいでおにいちゃんがせんせの生まれ変わりであることにも気付けなかった。
おにいちゃんはママが死んじゃってから変わった。性格も暗くなって、全然楽しそうじゃなくて。
今になって思えば、子供の頃からカントクに弟子入りして色々やってたのも復讐のためだったんだろう。
私はせんせの頃も含め、一番長く傍にいたはずなのにそれに全く気付いてあげられなかった。
復讐心が芽生えた直後の私ですら、先を越されたことに憤りと喪失感を覚えたのに、そんな小さい頃から望んでいた復讐を横から奪われた気持ちを、理解できるはずがない。
「だからせめて、この復讐をやり遂げさせてあげたい。それが間違っていたとしても、私だけは隣に立ってあげたいの」
「なんで?」
声が固くなった。
私が気づけなかったことをあっさり気づき、それどころか私よりずっと近い位置から支えているあかねちゃんを理不尽と知りつつ恨めしく思ってしまったから。
「え?」
「なんで。あかねちゃんはそんなにおにいちゃんのこと」
二人が出会ってから、まだ一年くらいしか経っていないのに。いくらなんでも、覚悟が決まりすぎている。
付き合ったのだって番組上の成り行きだって聞いてる。
それなのにどうして。
私の問いにあかねちゃんは少しの間目を伏せたまま、唇だけ小さく綻ばせた。
「実はね、ずっとよく分からなかったんだ。私にとってアクアくんはどういう存在なのか。最初は私の命を救ってくれた人だからだと思ってた。だからどんなことでもしてあげたいんだって。でもいつの間にか、それだけじゃなくなってた」
「好きに、なったの?」
「それが恋愛感情なのかはあの頃はまだ分からなかった。アクアくんにも言ったんだけどね、基礎を飛ばして応用からやってるみたいな気分で」
あはは。と苦笑してから、あかねちゃんは続ける。
「でも、ようやく分かった」
少し早歩きで私の前に出た後、足を止めたあかねちゃんが振り返る。
「ルビーちゃん、私ね」
私を見つめる瞳から目が離せない。
本当に綺麗で、まっすぐで、真実に充ちた瞳から。
「アクアくんのこと、愛してる。これは絶対、嘘じゃない」
もう演技はしていないはずなのに、ママの最期と同じ言葉を紡いで、あかねちゃんは微笑んだ。
その笑顔を見た瞬間、分かった。
分かってしまった。
二人の間に、もう私が入る隙間なんて無いってことに。
視界が滲む。
涙が次から次に溢れてくる。
それはきっと、悲しみだけじゃなくて。
「ル、ルビーちゃん? ご、ごめんね、急に。おかしいよね」
慌てた声と共に、あかねちゃんが駆け寄ってきた。
早く泣きやまないと。
優しいこの人は、きっと私を傷つけてしまったと悔やんでしまうから。
服の袖で無理矢理涙を拭い、奥から新しい涙が出てくる前に、鼻を啜った私はあかねちゃんを指さすと、何も考えず思い浮かんだ言葉をそのまま宣言した。
「来世では、負けないんだからね!」
「え? 来世?」
大きな瞳をパチパチとしばたかせながら、首を傾げる。
いきなり何を言っているんだろう。と思われただろうが、私にとって、ううん。私とおにいちゃんにとっては突飛なことでも何でもない。
理由は違えど、二人とも一度は命を落とし、ママの子供として二度目の人生を生きている。
だったら、三度目があっても不思議はない。
そして、その時はきっとまた巡り会える。
私とせんせーは運命で結ばれているんだから。
今度は患者と医者でも、双子の兄妹でもなく、もっと普通の年齢的にもお似合いのただの男女として出会えるかもしれない。
そう考えると、なにも今世に固執する必要なんてないんだ。
そう。
分かってるのに……
溢れ出る涙は、止まりそうになかった。
「ルビーちゃん」
強く抱き締めてくれたあかねちゃんの胸の中は、ママやおかーさんと同じくらい暖かくて、優しくて、このまま声を上げて泣いてしまいたくなった。
でも、その前に。
後一つだけ。
「あかねちゃん」
「ん?」
「おにいちゃんのこと。よろしくね」
言葉を切り、改めてあかねちゃんを見つめる。
「お姉ちゃん!」
自分から言い出しておきながら、私のワガママで止めていた呼び方に戻して笑いかける。
それは前世から続く、長い長い初恋との決別だった。
前世のこともあってルビーがアクアを簡単に諦められるかはちょっと怪しいと思ったのですが、それはそれとしてルビーは完全に好き合っている相手がいるのに無理やり割って入ったり奪おうとするタイプではなさそうとも思います