【完結】推しの子if ~あかねちゃんと一緒にアクアを救おうルート~   作:日ノ川

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個人間オーディション編のラスト
今回はちょっと短めです


第39話 スケープゴート

 泣いてすっきりした。と鼻頭を赤くしたルビーちゃんは笑顔を見せた。

 宣言通り、それ以後はいつもの彼女らしい天真爛漫で明るく前向きな態度に戻っているように見えるが、無理をしているのは明白だ。

 

「カラスが鳴くからかーえろ」

 

 ご機嫌なまま、大きく手を振る。

 そんな動きからすら、無理に明るく振る舞おうとしているのが伝わってきて胸に小さな痛みが走った。

 ルビーちゃんは本当に優しくて、健気だ。

 

 本来なら星野アイ役は彼女に譲るべきだとは、分かってる。

 そもそもこのドラマは復讐だけでなく、アイの本当の願いを叶えるためのものでもある。

 勝負の最中、私が語ったように、その気持ちを理解できるのは、ルビーちゃんとアクアくんだけだ。

 外見だって、私なんかよりルビーちゃんの方が可愛いし、そもそもアイの実子で、同じアイドルでもあるのだから、彼女以上の適役は存在しない。

 

 懸念材料は演技力だが、未経験からたったひと月であそこまで成長したのだ。

 あとは撮影まで私やかなちゃんが付きっきりで稽古を付けてあげれば、全然いけるはずだ。

 理性では、それを全部分かってる。

 

 だけど、この役はアクアくんが私に演って欲しいとオファーしてくれた役だ。

 もちろんアクアくんからすれば、ルビーちゃんがアイ役をやりたがるなんて思っていなかっただろうし、そもそも大切な妹を復讐に巻き込みたくないと考えているからこそ、消去法で共犯者である私を選んだのかもしれない。

 だけど、例えどんな理由であっても、監督から直接、役名を指名してオファーがくるのは役者として光栄で名誉なことだ。

 その相手が、愛した人(アクアくん)ならなおのこと。

 だから私はなんとしてでもこの役を演りたかったし、誰が見てもはまり役だと言って貰えるくらい完璧に役作りしようと思った。

 そのためなら、ルビーちゃんを利用することさえ、厭わないくらいに。

 

 全ては私のワガママ。

 ルビーちゃんがどこまで理解しているかは分からないけど、少なくとも私が彼女を役作りに利用したことは伝えている。

 その上でルビーちゃんは私に役を譲り、おそらくは自らの恋心を封印して、アクアくんのことも私に託してくれた。

 そんな彼女に、私ができることは一つだけだ。

 

「ねえ、ルビーちゃん」

 

 念のため、周囲に人影がないことを確認してから足を止め、少し先を歩く彼女に声をかける。

 

「ん? どしたの?」

 

「アクアくんのこと、心配?」

 

 私の言葉を聞いて、浮かんでいた笑顔に翳りが差した。

 

「……うん。だって、おにいちゃんは、ママの秘密を暴露して、その責任を全部自分が被ろうとしてるんでしょ?」

 

(やっぱり、そこまで知ってるんだ)

 

 ますます誰が漏らしたのか気になるが聞いたところで教えてはくれないだろう。

 

「おにいちゃんが復讐を続けたいって気持ちは、私だって分かる。でも、そのために、おにいちゃんが傷つくのはイヤだ」

「……」

 

「だから、私がママの役を勝ち取って、二人を説得しようって思ったんだ」

 

 結局負けちゃったけど。と苦笑する様は痛々しくて、私は思わずルビーちゃんに寄り添うと、肩に手を乗せて伝える。

 

「大丈夫だよ」

 

「え?」

 

「私とルビーちゃんの気持ちは同じだから」

 

「同じって。だって復讐続けるんでしょ? そのために、おにいちゃんはいろいろ準備して、あかねちゃんも手を貸してる……」

 

 戸惑うルビーちゃんに私は一つ頷いて同意する。

 

「うん。復讐は続ける。そうじゃないとアクアくんの罪悪感は消えないから」

 

 PTSDになってしまうほどのトラウマを植え付けられたのは、なにも目の前でアイが殺されたからだけじゃない。

 

「アクアくんはね、あの時アイさんを救えなかったことをずっと後悔している。まだ子供だったんだから、救命処置なんてできなくて当然なのにね」

 

「──あ」

 

 何か思いついたように声を出してから、ルビーちゃんは唇を噛みしめた。

 思い当たることでもあるのだろうか。だがこれも、私が立ち入って良い内容ではないだろうと、指摘はせずに続ける。

 

「アイさんを救えなくて、せめて敵討ちをしようって自分を奮い立たせていたのに、それもできなかった。今の彼は復讐を続けることで、どうにか自分を保っている」

 

「……おにいちゃん。そんなに辛かったんなら。言ってくれれば良かったのに」

 

「あはは。アクアくんはシスコンだからねー」

 

 アクアくんによると、ルビーちゃんもアイの事件直後は自分以上に塞ぎ込んでいたらしいのでこれ以上妹の心の傷が深まることのないようにとあえて相談しなかったのだろう。

 これ以上この話を続けるとルビーちゃんが当時のことを思い出しかねないので話を戻す。

 

「だから、この復讐をやり遂げることが出来たら、アクアくんは罪悪感から解放されて、本来の彼になれる。私はそう思ってる」

 

「でも、そのためにおにいちゃんが傷つくのは──」

 

 ルビーちゃんは眉を寄せたまま、小さく唇を尖らせた。

 

「そうだね。それじゃあ本末転倒。だから私とルビーちゃんは同じなの」

 

 勝負の結果は覆せないが、せめてルビーちゃんの懸念だけは一刻も早く解決してあげたい。

 それが私に出来る唯一のこと。

 

「どういうこと?」

 

「復讐は続ける。だけどアクアくんを傷つけるようなことはしないってこと」

 

「そんなことできるの?!」

 

「アクアくんが責任を自分で被ろうとしていたのは、アイさんの名誉を守るためでしょ?」

 

 カミキヒカルがすでに死んでいる以上、このドラマを世に出すには、完璧な裏取りが必須。そのために二人の出生の秘密を公表し、息子として母であるアイが語った事実を下に脚本を書いたという筋書きが必要となる。

 

 ただ、この事実だけを公表すると、十六歳で妊娠し、世間に隠して出産したアイの名誉が大きく傷つき、炎上してしまうだろう。

 そうならないように、アクアくんはみんなが必死に隠してきた母の秘密を利用して、売れようとする親不孝な人間を演じることで、自分に炎上の矛先を向けようとしている。

 

「うん」

 

「でも、矛先を向けられるのは、なにもアクアくんじゃなくても良い」

 

「どういう、こと?」

 

 ルビーちゃんの質問には答えず、私はスマホを取り出して電源を入れる。

 勝負が始まる前、余計な横やりが入らないようにと、私の方から電源を切っておくように提案したのだ。

 案の定、電源を入れた私のスマホにはいろんな人から連絡が入っていた。

 

 きっとルビーちゃんも同じ、いや。当事者の一人である彼女にはもっと多くの連絡が入っていることだろう。

 電源を切るように言ったのは、それを隠すためでもあった。

 

 とりあえず連絡は無視して、事前に聞いていた週刊誌のSNSアカウントを開く。

 予定通り、既にその記事はアップされていた。

 

「アクアくんもアイさんも、もちろんルビーちゃんも。貴方たちはいろんな人に愛されてるんだよ」

 

 言いながら、私は記事のページを開いたままルビーちゃんに画面を見せた。

 

「え? これ、どういうこと?」

 

 声には侮蔑の色が含まれていた。

 やっぱり、計画のことを話したのはあの人ではないみたいだ。

 私のもう一人の共犯者である、斉藤壱護さんでは。

 

 

   ★

 

 

「編集長の許可降りました」

 

 業界人が内緒話をする際によく使われる会員制バーの中、通話を終えた顔なじみの記者が言う。

 

「もうか? 早えーな」

 

 内容の確認を終え、後は編集長の許可待ちとなって三十分も経っていない。

 

「ネットニュースは鮮度が命ですからね」

 

「ネット? 週刊誌に載せるんじゃねーのか?」

 

 その理由は分かっていたが、あえて聞くと、記者はほんの一瞬間を開けてから、穏やかに答える。

 

「今うちは最初にSNSで予告を出してから、数日後に本誌で詳細を載せるってやり方なんですよ。いつもならイニシャルとかで内容はぼかしておくんですが、今回は斉藤さんの要望通り、大まかな内容も上げることになります」

 

「ほー。流石ネット時代、色々変わるもんだな」

 

 感心したように言うと、記者は困ったように苦笑してから、表情を真面目に戻した。

 

「けど、本当にこれ載せていいんですか。斉藤さん」

 

 最終確認とでも言いたげな真剣な声に、俺はあえて軽く返す。

 

「おう」

 

「いや、おうって。内容的に確実に炎上しますよ? そうでなくても例の事件関係ってだけで注目集めるのに」

 

「いいんだよ。ほらアレだ。ネットを使った……今流行の炎上マーケティングって奴だ。まずは俺が戻ってきたってことを芸能界全体に広めねーとな」

 

「ははは」

 

 もはや死語になりつつある手法を得意げに語る俺に、乾いた愛想笑いを浮かべる。

 こいつの中では今の俺は、かつて無名アイドルだったB小町をドーム直前まで導き、芸能界関係者の間でも名の知れた元社長ではない。

 例の事件によって再びB小町にスポットが当たったことで、金に目が眩んで出戻った上、時代に取り残されていることにも気づけない哀れな中年男としか映っていないのだろう。

 

 昔、俺が世話をしていた頃を思い出したのか、一瞬男の瞳に哀れみとも違う感傷めいたものが混じるが、すぐに消え、別の感情が沸き上がる。

 それならばそれで、利用価値はある。と考えたに違いない。

 

 どうせこの会話も録音しているんだろうから、万が一この後炎上したことで、憤慨した俺が記者に詰め寄っても、俺が記事の内容を了承したと言い切ることができ、その件も記事にすればより注目が集まる。とでも考えているのだろう。

 出会った頃はまだまだ尻の青い若造だったが、今ではもう抜け目なくスクープを狙う一端の記者だ。

 これなら俺の狙い通りに動いてくれるに違いない。

 

(悪いなミヤコ。俺にはこんなやり方しか出来ねぇ)

 

 アイの親代わりを自認しながら、凶行を止めるどころか、アイの悩みにすら気づけず、敵討ちの機会すら永遠に奪われた無能な男にできる唯一の償い。

 巻き込んでしまったミヤコには申し訳なさを感じるが、きっとアイツは笑い飛ばすに決まっている。

 

『アンタの為じゃなく、子供たちのためにやるのよ』

 

 そう言って、腕を組んだまま眉をつり上げて、フイと顔を逸らす。

 いくつになっても若々しく、ともすれば子供のように。

 夢を諦めて復讐に走った俺とは違って、残された子供たちを立派に育てながら夢を諦めることもなかった。そもそもこんな俺が社長としての仕事をどうにか上手くやれてたのもアイツの支えがあってこそのものだった。

 本当に俺にはもったいないくらいの良い女で、()妻であるミヤコの姿を幻想しながら手にしていた酒を一口煽った。

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