【完結】推しの子if ~あかねちゃんと一緒にアクアを救おうルート~   作:日ノ川

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第4話 再開

 アクアくんとの通話を終え、ベッドに寝転がる。

 真面目な表情をしようとしても、口角が持ち上がって行くのを止められない。

 

 彼の優しい言葉がずっと頭の中で繰り返されている。

 宮崎で私にしてくれた告白。

 番組や仕事は関係なく、ただの男女として私を守りたい。と、今でもその気持ちは変わらない。と言ってくれた。

 

 その言葉が嘘なのかそうでないのか、はっきりと見抜くことはできないし、正直どうでも良い。

 仮に嘘だったとしても、アクアくんが私と誠実に向き合って、少しずつでも嘘を真実にしようとしてくれているなら、私はそれを信じたい。

 でも、それはこのまま何事もなく済めばの話だ。

 

「アクアくんは、まだ気付いてないみたい」

 

 安堵の息を吐きながら視線を壁に向ける。

 様々な情報を記したメモや写真が貼り付けられている中で一際目立つのは、劇団ララライの稽古確認用動画をキャプチャして印刷した一枚の写真だ。

 

 写っているのはアクアくんとよく似た男子中学生。

 彼の名はカミキヒカル。

 先日、元B小町のメンバーに殺害された元役者にして現芸能プロダクションの代表取締役。

 ニュースで何度も放映されているが、基本的には舞台役者だったことと、ララライを退団した後の活動が不明ということもあってか、使用されている写真はプロダクションを設立した二十五歳以後のものばかりだ。

 

 常に目を細めてニコニコと笑っている写真ばかりのせいか顔の印象も変わって見える。

 事情を知らなければ、二人の関係に気付く者は少ないだろう。

 

「この人が、アクアくんの──」

 

 父親。という言葉は飲み込んだ。

 アクアくんの人生を狂わせた真犯人を父とは呼びたくはない。

 だが、その可能性は非常に高い。

 姫川さんとアクアくんが異母兄弟である以上、カミキが親の場合、姫川さんは彼が十一歳の時に生まれた子ということになる。

 すごい話ではあるが、当時の芸能界の事情を鑑みるとあり得ない話ではない。

 

 その事実にアクアくんは気付くだろうか。

 できれば、気付かないで欲しい。

 仮にカミキがアイの殺害に関与した真犯人だったとしても、アクアくんが自分の父親だと気付かなければ、彼にとってカミキは全く予想外の場所から急に現れた容疑者でしかない。

 

 本心はどうあれ、母の仇を自分の手で討てなかったことに後悔するかもしれないが、想定外だったのなら諦めも付くはずだ。

 逆に、アクアくんが父親だと思いこんでいる上原清十郎が実は託卵されただけの被害者で、本当は姫川さんもアクアくんたちもカミキの子供なのだと気付いてしまったら。

 きっと彼は自分を責めてしまう。

 

 この発想は、難しくもなんともない。少し考えれば誰でも思いつけるものだ。

 頭が良いアクアくんなら、なおのこと。

 それでも彼が気付けなかったのは、きっと心のどこかで、もう復讐を終わりにしたいという気持ちがあったから。

 その想いが彼の目を曇らせた。

 それだけならまだ良い。

 

 問題なのは、その時に気付いてさえいれば、今回の事件の犯人より先に、カミキヒカルにたどり着ける可能性があったことだ。

 何故なら、姫川愛梨もかつて劇団ララライに所属していた女優なのだから。

 アイがワークショップで通っていた時期と、姫川愛梨が劇団に所属していた時期、その両方に所属していた団員をピックアップし、一人一人探していけば良い。

 

 実際、私はそうやってカミキが所属していた時期を割り出し、大量の非公開稽古動画の中から彼を見つけて確信を得た。

 自宅に戻って数時間で、ここまで調べられたのは事件の報道でカミキの名前や年齢などの情報が報じられたことに加え、私がララライに所属しているからこそだが、アクアくんだって私を利用すれば、数時間とはいかずとも数日あれば辿り着けただろう。

 

 つまりアクアくんは、自分が目を逸らして気付かないフリをしていたばかりに、復讐のチャンスを永遠に失ってしまった。

 その事実に、彼は耐え切れるだろうか。

 いや。耐えられたとしても、心には深い傷を負ってしまう。

 

 未だ心的外傷も完治しておらず、これまでたくさん傷付いてきたアクアくんにこれ以上傷付いて欲しくない。

 

 私にできることはただ一つ。

 状況を理解した上で、できる限り彼の傍に居て支える事だけだ。

 我ながら消極的だとは思うが、仕方ない。

 

 私は日頃から役作りをする際、情報を集め、思考パターンを解析するいわゆるプロファイリングもどきを使って演技を行っている。

 それを応用し、アクアくんが今欲しい言葉や態度を推理して、彼が本質に気付かないよう目を逸らさせ続けることもできるかもしれないが、それはある意味、アクアくんを洗脳して、私に依存させるようなものだ。

 

 私にとって恋愛とは、自立した二人が互いに支え合う関係のことを言う。

 だからアクアくんには自分のことは自分で決めて欲しい。

 自分の意志で目を逸らし続けたいと思うのなら尊重するし、気付いた上で何か行動を起こそうとするなら力を貸そう。

 

 ただ、願わくば。

 これ以上、アクアくんが傷付く事が無いように。

 彼のお母さんの死から解き放たれて、彼自身の幸せを掴んでくれますように。

 このまま、なにもなく。

 一緒に──

 

 

   ★

 

 

 スヤスヤと心地良さそうに眠るルビーとは対照的に、全身から血の気が引いていくのが分かった。

 そのくせ汗は吹き出て、心臓だけは激しく動き続けているせいで、呼吸すらまともにできなくなる。

 いつものパニック症状だ。

 

 必死に口元を押さえ込む。

 ルビーにこんな姿を見せるわけにはいかない。

 大丈夫だ。

 この発作は今まで何度も経験している。

 完全に抑えることはできなくとも、付き合い方は分かっている。

 少し時間を置けば──

 

『ルビーの言うとおりだよ』 

 

 小さな子供の声が聞こえて、視線を上げる。

 そこに居たのは子供の俺。

 いつもであれば一緒に俺を責め立ててくる雨宮吾郎の姿はない。

 自身の死体が発見され、アイの仇である犯人も死亡した。

 更にはさりなちゃんとも再会を果たしたことで、雨宮吾郎としての心残りが解消された結果、姿を見せなくなったのかもしれない。

 

 もちろん単なる幻影なのだから所詮は気の持ちよう。

 俺自身がそう思っているだけだ。

 つまり、消えていないもう一人。アイを救うことができなかった己を無力を嘆くあの子供は、未だ憎悪が消えていない俺自身の象徴ということになる。

 

『当たり前だよ。アイを殺した奴は僕がこの手で殺さないといけなかったんだ。それなのに、先を越された』

 

 俺の心を読んだ子供が、ルビーと同じ言葉を繰り返す。

 

「……仕方ないだろ」

 

 今回の事件の犯人は、この十数年アイの死について調べてきた俺や、あかねの推理力を以てしても辿り着けなかったカミキヒカルを見つけ出して、アイの復讐を果たした。

 

 いったいどんな手段を使ったのかは不明だが、何か独自の情報を握っていたからこそできた芸当に違いない。

 それなら先を越されても、仕方ない。

 

『仕方なくないよ。……だって、僕なら気づけたはずだもん』

 

「え?」

 

『いつまで気づかないフリしてるの?』

 

「なにを、言っている」

 

『まだ上原清十郎が僕たちの父親だって思ってる?』

 

「だって、DNA鑑定が──」

 

『託卵の線は?』

 

「ッ!?」

 

『そもそも上原が死んだのはいつ? ちゃんと調べたの?』

 

「それは──」

 

 確か、姫川が五歳の時と言っていたはずだが、正確な日時は調べていない。

 

『なんで調べなかったの? 上原が死んだのはアイが殺されたのと同じ年。時期によっては新しいマンションに引っ越す前かも知れないよね』

 

「……」

 

『そもそも。父親が絶対犯人だとは限らないのに、なんで父親らしい奴を見つけたからって全て終わりだと思ったの?』

 

「それは」

 

『気づかないフリをしたからだよね』

 

「やめろ」

 

 口を抑えたまま、吐き捨てる。

 

『だから、先を越された』

 

「やめてくれ!」

 

「んん?」

 

 声を荒げた瞬間、膝の上でルビーが唸る。

 はっとして顔を覗き込むが、ルビーは少し身じろぎはしたものの、起きることはなく再び気持ちよさそうな寝息をたて始める。

 胸をなで下ろすと同時に、少し冷静さを取り戻す。

 

「確かに、俺は気付かないフリをしていたのかも知れない。もっと早く気づいていれば、先を越されずに済んだのかも知れない。でも、もうどうしようもないだろ?」

 

 認めよう。

 認めるしかない。

 確かに犯人より先にカミキヒカルに辿り着ける可能性は存在したのだと。

 

 だが、それも今更だ。

 雨宮吾郎とアイを殺した黒幕にして、俺たちの父親だったかも知れない男、カミキヒカルは殺された。

 死んだ人間にこれ以上復讐することはできない。

 

『できるよ』

 

「え?」

 

『忘れたの? 僕がずっと考えてたじゃない。ただ殺すだけじゃすまさない。どう復讐すれば最も苦しむのか。たくさんたくさん考えたでしょ』

 

 思い出されたのは、想いの丈をそのまま書いた筋書。

 癇癪を起こしたガキのワガママみたいな、身勝手で無謀で、最悪の計画。

 

「あんなの、できるわけないだろ。だいたい実現するのに必要なカードだって揃ってない」

 

 あれを実現するには奇跡でも起こらないと不可能なカードがいくつもある。

 何枚かは手元にあるものもあったが、全てではない。

 なにより一番重要なカードを手にするには。 

 

『うん。でも、やり方を変えれば似たカードは手に入るでしょ? 今の状況を利用すればね』

 

 ああ、そうだ。

 確かにできる。

 みんなに迷惑は掛かるだろうが、それも俺自身がすべての泥を被る覚悟を決めれば、被害は最小限で抑えられる。

 でも。

 そうしたら俺は……

 

『良かったね』

 

「え?」

 

『これでまた始められるよ』

 

 無邪気な子供の声は、どこか遠くから聞こえた。

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