【完結】推しの子if ~あかねちゃんと一緒にアクアを救おうルート~ 作:日ノ川
今日は朝から、ミヤコさんの様子がおかしかった。
ルビーが完全にオフで朝から出かけていることも関係しているのか、急に自分も休みを取ると宣言したのも驚いたが、そんな貴重な休日にミヤコさんは何をするでもなく、俺の近くに居続けた。
俺自身、いきなりカントクから脚本の直しと、確認要項を纏めて押し付けられたため、一日中自宅で作業するつもりだったのだが、何かにつけてあれこれと世話を焼こうとするのだ。
それはコーヒーの用意だったり、資料を取りに行くのを変わってくれたり、脚本の直しにあたりアイの話をしてくれたり、等々。
いくらルビーがいないからといって、ここまで世話を焼かれると流石に違和感が強い。
元々放任気味というより、俺の方の遠慮もあって、ミヤコさんと俺の距離間は親子のそれではない。
もちろん俺もミヤコさんには感謝しているが、アイのことや前世での経験も加味してどう接して良いか分からなかったのだ。
以前はルビーも同じだったようだが、最近では吹っ切れたらしく、かなりべったりになって、それを俺にも強要しようとしてるのも知っている。
おそらくこれもその一環だろう。
どうせルビーから、自分が留守の間に距離を縮めて、みんなで仲良し家族になろう。とでも言われたのだ。
元々ミヤコさんはルビーにかなり甘いこともあって押し切られた結果、この世話焼きに繋がったといったところか。
母親という存在はよく分からなくても、少なくとも俺にとってミヤコさんが大切な家族なのは間違いないし、ミヤコさん自身も距離を詰めたいと思っているのも察していた。
その気持ちに応えたいとは思う。
だが、それはできない。
単純に前世も併せて母親という存在を理解できていないだけでなく、俺はもうすぐここを出ていくつもりだからだ。
ミヤコさんにはまだ話していないが、苺プロを移籍するのに合わせて、一人暮らしを考えている。
何しろ俺はこれから
そんな中、俺がこの家に住み続け、ミヤコさんやルビーと仲良くしているところがすっぱ抜かれでもしたら、確実に二人……いや二人だけじゃない。最悪の場合、有馬とMEMにも火の粉が飛ぶ。
下手をすれば、苺プロ全員が結託して仕掛けた壮大なステマだと思われかねない。
だからこそ、近いうちに家を出て、苺プロとはなるべく距離を取らなくてはならない。
一度あかねと別れようとしたのも同じ理由だったのだが、彼女はそれを理解した上で、共犯者として一緒にいると言ってくれたが、他の皆は違う。
苺プロの悲願であり、アイが叶えることができなかったドーム公演を、今度こそ自分たちが成し遂げるという夢がある。
前を向き、夢に向かって歩いている皆の邪魔をするわけにはいかない。
「……さっきから何か用?」
そんな気持ちを内心に隠しながら、あえて冷たく言い放つ。
俺の言葉に、ミヤコさんは一瞬悲しそうに目を伏せた。
「ううん。別に何もない、けど」
「嘘付け。明らかに俺のこと監視してるじゃねーか」
単なる世話焼きを、あえて監視という言い回しにしたのは、突き放すためだったのだが、何故かミヤコさんはその言葉に強く反応を示した。
「そ、そんなことないわよ」
ビクリと体を震わせてから目を逸らす態度に、違和感を抱く。
ルビーに言われて、親子のスキンシップを計ろうとしていると思っていたが、それだけではなさそうだ。
「本当に、なんかあったのか?」
これは真剣に聞くべきだとパソコンを閉じて、ミヤコさんを向き直る。
少しの間、考えを巡らせていたようだが、やがて諦めたように息を吐き、俺の向かい側に腰を下ろした。
テーブルの上には、ミヤコさんが淹れてくれたコーヒーが二つ置いたままになっていたが、片方のマグカップに手を伸ばし、一口飲んでから優しく微笑みかける。
「ねえアクア」
「ん?」
「今、楽しい?」
一瞬思考が止まる。
それこそ、普段コミュニケーションが取れていない子供に不器用な親が、なんとか会話をしようとひりだしたような台詞だが、さっきの反応も含めると、もっと深い意味のある問いかけに違いない。
目を伏せて、考える。
タレントとしての仕事自体は減っているが、その分やるべきことは増えた。
カントクから押しつけられる仕事をこなしながら、映像編集を始めクリエイターとしての勘を取り戻しつつ監督業の勉強としていろいろな映画に目を通し、自分なりに試行錯誤しながら脚本や演出を考える。
B小町がもっと上に行くために必要なプランや根回しを行っている壱護さんの手伝いをする事もある。
肉体的にも精神的にも疲れは溜まっているが、この若い体のおかげか、次の日に疲れを残すことなく充実感だけが残る。
今日に限って言えば、昨夜遅くまであかねと雑談をしたことで精神的にリフレッシュが出来たことも大きいのかもしれないが、少なくとも、ここしばらくは精神的に安定しているのが自分でもよく分かった。
そんな生活を、俺は──
「ああ、楽しいよ」
正直に話す。
こうして楽しんでいられるのも今だけ。今後計画が進めばこうはいかない。
ドラマ撮影中はもちろん、裁判終了まで話題を継続させるためには、一度の炎上で終わらせず、できる限りあかねを含めた周囲に人たちに迷惑が掛からないように立ち回りながら、話題づくりの為のネタを提供し続ける必要もある。
自分で復讐を続けることを選んだのだから当然の責務だと分かってはいるが、俺も人間だ。
流石に長い間、世間から誹謗中傷され続けたら、精神的に追い詰められることになるだろう。
だからこそ、今だけは。
「良かった。やっぱり私たちのやったことは、間違ってない」
「何の話?」
俺の問いにミヤコさんが答えるより早く、突如スマホの着信音が響いた。
「有馬?」
画面に表示されていた名前に、眉を顰める。
「ほら。出てあげなさい。女の子を待たせちゃだめよ」
ミヤコさんは特に驚いた風でもなく、再びマグカップを手に取った。
予定通りとでも言いたげな様子を不思議に思いつつも、言われた通り電話に出た。
「もしもし?」
『アンタ! 苺プロから移籍ってどういうことよ!?』
「は? なんでそのこと」
開口一番、耳元で響く大声に思わず片目を瞑りつつも、有馬がそれを知ってることに驚いて聞き返す。
『ネットニュースで見たわよ。なんなのこのオッサン』
「オッサン?」
もしかすると、どこからか話が漏れてカントクに取材が言ったのか。
いや、有馬はカントクとは顔見知りだ。この態度はおかしい。
ならば、いったい誰のことを言っているのか。
『もしかして、この人が社長の元夫──』
そこまで言ったところで、いつの間にか俺のすぐ近くに移動していたミヤコさんが、スマホを取り上げた。
「有馬さん? 私よ」
『社長?』
「その件はちょうど今話聞いてるから、詳しいことは明日話すわ。悪いんだけどMEMさんに連絡して、仕事前に一緒に事務所へ来てちょうだい」
『え? あ、はい』
有無を言わさぬ迫力に押され、トーンダウンして大人しくなった有馬との通話を終えて、スマホが俺の手元に戻る。
無言で促され、俺はすぐにスマホを操作した。
ネットニュースがどうとか言っていたので、取りあえず芸能系のニュースを調べてみるとそれはすぐに見つかった。
『B小町アイの生涯をドラマ化!! 育ての親が完全監修』
そんな見出しのリンクをタップし、記事の内容を確認する。
一番最初はアイの写真と経歴が綴られていたが、中盤に差し込まれた写真に写る男の姿に俺はスクロールしていた指を止めた。
「……壱護さん」
施設育ちだったアイを見出し、親代わりの後見人としてトップアイドルに育て上げた苦労について語られたインタビュー記事は、ところどころに自分の見る目と経営者としての手腕を自画自賛するような書き方がされていた。
その上で、元B小町のメンバーによる殺人で注目を集めている今だからこそ、本当のアイの姿を知って欲しい。ついては、アイのことを誰よりもよく知っている自分が新たに制作会社を立ち上げ、自分の里子である星野アクアを監督に起用し、既に制作が始まっている旨の発言と共に記事は締めくくられていた。
「どういうことだよ!? これ」
スマホをテーブルの上に叩きつけて詰め寄る。
先の反応を見るにミヤコさんもこの記事が出ることを知っていたのは明白だからだ。
そもそも今日一日俺の世話を焼いていたのも、この記事が出るまで俺が余計なことをしないようにしていたからだとすれば納得できる。
どちらにせよ、記事が出てしまった後ではもう。
「これでもう、アクアが責任を取ることは出来ないわね」
そうだ。
この計画において重要な位置を占めていた、殺人事件の裁判前にその関係者を使ったドラマを製作する際に起こりうる風評被害や名誉毀損の賠償など、その責任すべてを俺一人が担うという役割。
それを壱護さんに奪われた。
今から俺が改めて暴露したとしてももう遅い。
壱護さんの里子として紹介されたことで、俺が何を言おうが里親を庇っていると思われるか、下手をすれば壱護さんに強要されて言わされていると思う者も出てきかねない。
それ以前に、二人が別々の発言をすることで、企画を承認したドットTVの上層部は、こちらが責任を取るという話自体を怪しみ、企画が流れてしまう可能性だってある。
そして、それを覆すカードを俺は持っていない。
そもそも、こんな役回りを自分から買って出るやつが俺以外にいるとは思っていなかった。
(いや、壱護さんならあり得たか)
アイのことを娘同然と言っていた壱護さんなら。
ただそれも、自分一人で背負い込んで勝手に行方を暗ませ、ミヤコさんに全てを押し付けてしまった罪悪感を持つ壱護さんは、これ以上迷惑をかける選択はしないと思っていた。
だが、今になって気づく。
それはあくまで、ミヤコさんが何も知らない状況だからこそだと。
キチンと手順を踏み、直接膝を突き合わせて事情を話して説得した上でなら、十分にあり得ることだった。
そして二人にはその時間があった。
「壱護さんがここに来たあの日か」
「……ええ」
最初、俺たちに週刊誌からアイの件がすっぱ抜かれたと言ってきた時の慌てようは演技ではなかったはず。
となると、恐らくはその後。事務所前に記者らしき相手がいると嘯いて俺たちにそのままカラオケに待機しているように言った時。その間に壱護さんはミヤコさんを説得し、自分が全ての泥を被ることを了承させたことになる。
「カントクと鏑木さんもグルなんだな?」
カントクから渡された大量の仕事が俺の足止めを兼ねているのもそうだが、あの記事が世に出るにはドラマのプロデューサーである鏑木さんからの了承も得ているはずだ。
つまり、そこまで含め全て大人達の仕組んだ茶番劇ということになる。
「そうよ。この後私たち苺プロはすぐに、私と壱護が離婚済みであることと、アクアとルビーの養育権は私が持っていること。当然、星野アクアを移籍させることもあり得ないという声明を出すわ」
「離婚?」
確かミヤコさんたちは形式上は、未だ夫婦のままだったはず。
「ええ。この間、提出してきたから」
何でもない風に言った後、俺が口を挟む間もなくミヤコさんは続ける。
「その後私たち全員で協議した結果、移籍はしないけど、監督の一人としてアクアを起用することだけは了承した。そういう筋書きになる予定よ」
結果、責任はすべて壱護さん一人が被りつつ、今まで進めていた計画通りに事が進められるということだ。
「あのオッサンども」
いつから結託していたかは知らないが、余計なことを。
確かにこれでも、責任を取る者が変わっただけで計画の大枠は変わらない。
だが、これが俺の復讐と言えるのか。
第一、色々と思うところがある壱護さんはともかく、事務所やミヤコさんにまで迷惑をかける……いや、既に多大な迷惑をかけてしまっている。
壱護さんと俺が無関係だと証明するために、今まで出さずにいた離婚届けを提出させてしまった。
法律的には七年間失踪していた時点で離婚が可能なはず。そんな中、ミヤコさんはずっと手続きを取らなかった。
その理由は聞いていないが、壱護さんに想いが残っているからなのは、なんとなく理解していた。
それを俺のせいで。
「……いつだったか言ってたわよね」
「え?」
「私とルビーが似てるって」
何となく覚えがある。
確かあかねと正式に付き合うことになった日、帰ってきた俺にミヤコさんがルビーと同じようなことを言ってきた際だ。
「その言葉。そっくりそのまま返すわよ。アンタも壱護に似てる」
「止してくれ。俺のどこが」
「困っている人を見ると放っておけないところとか。案外抜けてるところとか。……何より、何でもかんでも自分一人で抱え込もうとするところとか、かしら」
「……」
「私はアイツが何を考えて失踪したのかなんて分からなくて、いいえ。気づこうともしなくて、考えないようにしてきた。私たちがこうなってしまったのはそのせいよ」
決して貴方のせいじゃない。
言外にそう告げたいのだとすぐ分かった。
「だからこそ。私も壱護もアクアには同じ思いをして欲しくないの。ちゃんと周りを、大人を頼りなさい。貴方はまだ子供なんだから」
子供。
前世で雨宮吾郎として二十数年間生きてきた記憶のある俺は、普通の子供とはいえない。
少なくとも転生した直後は、大人のつもりだった。
母親としても相当危なっかしかったアイを自分が守ってやらなきゃ。なんてことを考えていたが、結局俺はアイを守ることは出来なかった。
そのころの記憶すら、幼児期健忘で記憶の定着が難しく曖昧なものになりつつあった。
しかしルビー……さりなちゃんと再会したことで雨宮吾郎として接することが増えたことから一時は薄れつつあった前世の意識がまたはっきりとしてきたせいで現在は精神が雨宮吾郎と星野アクアの意識の間で揺れ動いている状態に等しい。
そうやって成長していくにつれて前世と現世の精神が入り混じる形で変化を遂げながら体と環境に適応しつつある今の俺は──
「アクア」
不意に抱きしめられて、思考が途切れる。
「っ」
「誰がなんと言おうと、貴方は私の大切な子供よ。私はそう思ってる」
抱きしめる力が強くなる。
それは、いつかあかねに抱きしめられた時とも違う、もっと大きくて安心できる感覚。そうだ、昔アイに抱きしめられていた時と同じ感覚だ。
いつの間にか、俺の方が背も体格も大きくなったが、それでも感じる安らぎの正体に今更気がついた。
本当はもっと早く、気づくべきだった。
ミヤコさんだけじゃない。
あの日、凶刃に倒れたアイが、それでも必死に俺を守り愛を伝えてくれた時も。
母親がどういう存在なのか分からないなんて、大人ぶって目を逸らしていた僕に、ずっと母の愛を伝えようとしてくれていたのだと。
気付かぬうちに瞳から溢れた涙が、頬を伝っていく。
自分の無力さと感謝を抱きながら、俺は胸の中で声を殺して泣くことしかできなかった。
結局アクアは大人たちの悪だくみに気付かなかったことになりますが、これはアクアが周りに迷惑をかけてまで復讐するのだから、何としても完遂しなくては。と突き進んでいたせいで視野が狭くなっていたからです
ちなみにこの話でのアクアの立ち位置はヒロインというか、タイトル通り救われる対象なのでこれまで出番が少なかったのですが、ここからは少し増えていくことになります