【完結】推しの子if ~あかねちゃんと一緒にアクアを救おうルート~ 作:日ノ川
今後の打ち合わせを兼ねた脚本の直しにやってきたアクアは、仕事部屋に入るなり俺を睨みつけた。
今回、大人たちが仕組んだ計画に俺も荷担していたことを聞いたようだ。
「そう睨むなよ」
本気で切れているわけではなさそうだったので、軽い口調で宥めると、アクアは全身を使って息を吐く。
「やってくれたな。俺と殆ど関わらなかった他の連中はともかく、カントクは流石は元役者だ。全く気づかなかったよ」
嫌みったらしい言い方で責めてくるアクアを鼻で笑い飛ばす。
「ったりめーだろ。俺は曲がりなりにも役者としてのお前の師匠でもあんだぞ」
そうは言うが、実のところ子供の頃から異様に頭の回転が速く、洞察眼にも優れているアクアが、昔役者をかじった程度の俺の演技を見抜けなかったのは別の理由があるのだろう。
(黒川の言ってた通りっぽいな)
アクアは今でも本心から復讐を続けることに疑問を覚えている。
復讐そのものではなく、自分のエゴで他人に迷惑を掛けることに罪悪感を抱いていて、一度は復讐を止めることも口にしたらしい。
その時は黒川が発破をかけたらしいが、それでも心から納得はできず、見て見ぬふりしようとした結果、視野が狭くなり、俺たちの行動に気付けなかった。
同時にそんなコイツだからこそ、自分以外が責任を負ったことで、もうこの復讐から降りることはできなくなった。
これからも精神的に追いつめられるかもしれないが、そっちのケアは黒川に任せておけばいい。
俺には俺の役目がある。
「それで、どうする気だ?」
「あ? 何が?」
「俺たちの出生のことだ。公表を控えたままドラマを作るんだろ?」
「おう。今公表すっと、社長さんがせっかく自分に集めた非難がそのままアイに向かいかねねーってんでな」
例のDVDも使わず、あくまで当時の苺プロ社長の斉藤壱護がアイから直接聞いた話を下にドラマの脚本を作るという体を取る。
それが脚本を大幅変更することになった理由だ。
「だけど、結局裁判が始まったら同じことだ。あの人がそれを話したら、ドラマの内容自体嘘で塗り固められたものになっちまう。それじゃあ復讐には繋がらない」
要するにカミキヒカルを断罪するためのドラマの内容がデタラメなら、その罪自体も嘘ではないかと疑われるため、公表すべきだと言いたいのだ。
これについては、鏑木も話題性を集める意味でも公表してもいいのでは。と提案していた。
奴の場合、ドラマの評判が自分の評価にも直結するのだから仕方ないことではある。
作品を作る上での責任は斉藤さんが負うとはいえ、肝心のドラマが受けなかった場合の責任はプロデューサーである鏑木が負うのだから。
俺もアクアが懸念していたように、裁判で話される可能性もあるのだから公表もやむ無しと思っていたのだが、そこに待ったを掛けたのが、斉藤さんだ。
「お前は、公表したいのか?」
「……それしかないんだ」
俯き言葉を絞り出すアクアに、重ねて問う。
「そういうことを聞いてるんじゃねぇ。アイが死んでも隠し通した秘密を望んで暴露したいのかって話だ」
斉藤さんが待ったをかけた理由がこれだ。そもそも生前のアイが必死に隠そうとしたこの秘密を公表する資格があるのはアイ本人と、その子供であるアクアとルビーだけ。
だからこそ、先ずはアクアの本心を聞く必要がある。
「したい訳ないだろ!」
鋭い声が俺の言葉を遮り、同時に胸ぐらを掴んでくる。
これまでの形ばかりのものとは違う本物の怒りだ。
それだけ分かれば十分だ。
「じゃあ足掻けよ」
「え?」
「カミキヒカルが居なくなった今、このことを知ってるのは俺たちを除けば、あの女だけだ。つまりあいつが裁判で話さなければ、それで秘密は守られる」
「……だけど、裁判までは接見禁止だろ。それにあの人はきっと、カミキと同じくらい俺たちのことも憎んでるよ」
「接見禁止はどうとでもなんだろ。お前頭良いんだから法律の抜け穴とか探してなんとかしろ」
「なんとかって」
相変わらず無茶ばかり言ってくるなと呆れるアクアを無視して続ける。
「もう一つに関しては俺らに考えがある」
あの女には俺も面識がある。
本来、ドーム公演後に公開されるはずだったドキュメンタリー映画を撮っていた時だ。
元B小町は絶対的センターであるアイが全ての中心になって成立していた。
そのアイに他のメンバーは複雑な感情を抱いていたようだが、その中でも特に重い感情を抱いていたのがあの女だ。
一見すると他の初期メンバー同様、突然センターに収まったアイに不満を持っているようだったが、それだけではない。
それこそ狂信的なファンであるかのような、アイへの熱烈な想いも見えていた。
カメラを通してみれば分かる。あれは演技やおべっかではない本物の感情だった。
だからこそ、事件を起こしたと聞いた時も納得したし、アクアが憎しみが自分とルビーに向かうと考えたのも理解出来る。
だが、コイツは一つだけ忘れている。
熱心なファンは対応を間違えれば裏切られたと言って強烈なアンチに早変わりするが、同じように誤解が解ける等すれば改心して再びファンに戻る可能性もあるということを。
「……」
案を聞いたアクアは、俺の胸ぐらから離した手を自分の口元に持って思案をしていたが、直に小さく頷いた。
「単純な方法だけど、確かに効果はあるか」
「単純って言うな、王道と言え」
軽口を無視してアクアは続ける。
「だけどかなりリスキーだぞ。逆に火に油を注ぐことになるかもしれない」
「博打上等。前にも言ったじゃねぇか。宝くじだって買わなきゃ当たらねぇんだ」
「……」
無言のまま疑惑の眼差しを向けてくるアクアにニヤリと笑い掛ける。
「そのためにこの作品はなんとしても当てなきゃならねぇ。宝くじと映画が違うのは、実力で当たる確率を高められるってことだ。その為に──」
「本当の感情を写せ、か」
俺が映画を撮る際、最も大事にしている事。
当然俺の一番弟子であるアクアもそれは理解している。
「そういうこと。嘘だろうと作り話だろうと、なんだったら全部デタラメの話だとしても、そこに本当の感情さえ込められていれば、本物は作れる」
「嘘でも、本物になる」
「ああ。じゃ、時間ももったいねぇし直しに入るぞ」
イスに座るとアクアも渋々と言った様子で、自分の定位置に腰を下ろした。
「さし当たって、お前がやる部分だな。大幅に変えるとしたらそこしかねー。さて、どうする?」
自分が試されていると理解したのだろう。
アクアは一瞬不愉快そうに眉を寄せた後、深く考え込む。
実際俺の担当は、前半部分アイの事件でお蔵入りになったB小町のドキュメンタリーを再構成したものが中心だ。
対してアクアは後半、子供が生まれてからアイがどう変わっていったのかを、息子目線とアイの残したDVDを元に作り上げたもの。
アクアたちのことを公表しないのだから、当然、息子目線の内容は使えなくなる。
DVDで吐露したというアイの本音だけなら、アクアとルビーではなく社長宛に残していたものという体で使うことができるかもしれないが、俺はその内容を知らないし、どちらにせよ内容は大きく変わる。
その粗筋を自分で考えろと言っているのだ。
これも監督を行う上で必要な修行の一環だ。
「……さっきの話を聞いて考えたんだが──」
さぞ苦戦するだろうと思っていただけに、思いの外短時間で返答するアクアには少しばかり驚いたが、その内容を聞いて納得した。
確かにこれならすぐに思いつけても不思議はない。
いわゆる王道という奴だ。
「なるほどな。直球勝負か」
「安直だって?」
「さっきも言ったろ。王道はどんな時代でも求められているから王道なんだ。だけど、作品が溢れたこのご時世、王道で客を満足させるには実力が必要不可欠だ。お前にできるか?」
これもまた試すように投げかける。
初めてメガホンを取るアクアにプレッシャーをかけるようで気は引けるが、無駄に頭が良くていろいろ考えちまうこいつのことだ。
他のことで頭をいっぱいにしていた方が気が楽になるだろう。と考えての問いにアクアはゆっくりと首を横に振る。
「俺には無理だ」
「おいおい。最初から弱気でどうすんだ」
呆れた調子で返す俺を手で制して、アクアは力強く宣言した。
「でも、俺たちなら出来る」
「……へぇ」
何でもかんでも自分で背負って、自ら辛い道を突き進もうとするコイツらしくない台詞だ。
「なんだよ」
「別に。だったら重要なのはキャスティングだな。妹たちは出演するんだろ?」
「ああ、ルビーと有馬、MEMも最初は渋ってたけど最終的には納得した」
「じゃあ後三人か。キャスティングは鏑木の仕事だからな。あいつなら面の良い奴見つけてくんだろ」
問題はアクアのアイディアを活かす場合、顔が良いだけでは意味がないことだ。
鏑木がその辺まで考えてキャスティングしてくれると良いんだが、俺がルビーを第二候補にゴリ押しした件で、キャスティング権を渡してしまっているため、あとは信じるしかない。
「それなんだけど。ルビーのクラスメイトが出たいって言ってるらしい」
少し言いづらそうに、アクアが口を開く。
「クラスメイトってことは芸能科か? ちゃんと演技できる奴なんだろうな?」
芸能科とはいえ、仕事内容は千差万別。
ルビーのようなアイドルからモデル、声優や配信者、芸人や歌舞伎役者なんかも混ざっていると聞いたことがある。
アイドル役である以上、外見が最重要とはいえ、演技のえの字も知らないような奴では困る。
「そっちは問題ない。いや逆の意味で問題あるかもしれないが。……なんせ言ってきたのは不知火フリルだ」
思っても見なかった名前に、目を見開いた。
「不知火? お前ら仲良かったのか」
「俺って言うかルビーがな、同じクラスで仲も良いらしい」
不知火フリルはマルチタレントだが、役者としての実力も確かで集客力もある。
もし今回のドラマが映画なら主演としてオファーを出していたかもしれない。
しかし、予算の少ないドラマとして撮ることになったため、初めから選択肢に無かったはずだ。今更ちょい役で起用できるかどうか。
「友情出演でも良いとさ」
俺の考えを読んだとばかりにアクアが付け加える。
日本の芸能界に於いて、トップタレントにオファーを出す際は、格に見合った役柄や出演料を提示しなくてはならないが、それを無視して個人的な繋がりや仁義を通すための手段として、友情出演や特別出演という枠組みが存在する。
スタッフロールにハッキリ乗せることで、あくまで今回だけ特別な条件で出演しているのだと公言してタレントの格を下げないようにさせるのだ。
不知火フリルクラスがこの作品に出るのなら、そうした配慮は必要だろう。
「それでも、事務所間の調整が必要になるな」
「その辺りは鏑木さんに頼るよ」
さっきもそうだが、あっさりと他人を頼ろうとするアクアに思わず口元が緩みそうになるが、ここで茶化すと、頑なになりそうだから今度は聞かない振りをしてやった。
「後は、取材もしないとな」
「取材? 誰に?」
「いろいろ。アイのことを知ってる人に片っ端から話を聞いて回る。息子から見たアイって画が使えない以上、本物を撮るにはいろんな角度から改めてアイを知りたい。……やり方、間違ってるか?」
「いーんじゃねぇの? アドバイスならしてやれるが、撮り方は人それぞれだ。お前が良いと思うやり方でやれば良い」
「……じゃあ、まずはアンタからだな」
「あン?」
「取材だよ。カントクから見たアイがどんな人だったか、教えてくれ」
ニヤリと笑う。
初めからこれが目的だったらしい。
正直、アイのことを話すのは気が重い。
アクアの知っている母親としてのアイと、俺が見た嘘のないアイはだいぶズレているだろうし、なによりこれを話すことでかつて、アイを救うことができなかった後悔を思い出してしまうからだ。
だが、いい加減俺も覚悟を決める時がきた。
いや、このドラマを撮ると決めた時から、覚悟はできていたはずだ。
「長くなるぞ」
「……ああ」
暗い部屋の中、俺たちは真剣な顔で向かい合う。
そして──
「泰志! アクアくん! ご飯出来たわよ!」
「やっぱり来たよ! 来ると思ったんだ。今大事な話してんだから割ってくんな!」
「知らないわよ。お味噌汁冷めちゃうでしょ」
いつもこうだ。
俺が良い話や大事なことを話そうとする度に母親が割って入ってくる。
アクアの言い分ではないが、こういうことが続くと家を出て独立したくなってくる。
そのメリット以上のデメリットがあるから絶対にしないが。
「良いから出てけよ。早熟だってそう思うよな?!」
今は飯なんかよりアイの話を聞く方が重要だろうと、アクアを味方につけようとしたが──
「……じゃあ、頂きます」
あっさりと裏切られた。
「あぁン!?」
「最近のアクアくんは素直ねぇ。やっぱり恋人ができると変わるのかしら。それに引き替えアンタと来たら。いつまで経っても独り身で、部屋も汚し放題──」
「あーもう分かった。分かったよ、今降りるから」
グダグダ説教しようとする母ちゃんを追い出し、裏切り者に目を向ける。
「ああ言わないと、何度でも来るのは分かってるだろ。いい加減学習して、素直に言うこと聞けば?」
「うるせぇ! 俺には俺の意地があるんだよ。ったく、今日だけだかんな」
意地を貫くことと意固地に陥るのは違うぞ。と諦め顔で息を吐くアクアに、舌打ちしつつ立ち上がり、ドアに向かって歩きだした。
この話の十五年の嘘は原作と異なり、双子の存在を隠したオリジナルの内容に変更となります