【完結】推しの子if ~あかねちゃんと一緒にアクアを救おうルート~ 作:日ノ川
「ふーん、姫川大輝か。あと決まってんのは今のB小町に、不知火フリル、ルビーのクラスメイトに、お前の出てたリアリティショーのメンバーだろ? 知り合いばっかで文化祭みてーだな」
カラカラと楽しげにカントクが笑う。
姫川さん出演の件を鏑木Pに提案し、どうにか許可を貰ったその足でカントクにも報告に来たのだが、その指摘にはグサリと来た。
「言うなよ。自覚はある」
主演に始まり、主要メンバーで現在内定しているのはほぼ全て、俺かルビーの関係者ばかりだ。
キャスティングを身内や知り合いで固めるのは、自主制作映画などではよくある話だが、今回一部とはいえ監督を勤める俺も含めて役者が殆ど未成年で固められていることを揶揄して文化祭と言っているのだろう。
「ま。全員って訳じゃねぇんだ。監督のお前がやりやすいならその方が良いだろ。ただしこれだけの面子を集めたんだ。出来によっちゃそれこそ、文化祭レベルだって笑われるぞ」
「発破掛けられなくても、それぐらい分かってる。姫川さんには内容の変更についても許可は貰って、あらすじも書いてきた」
ここに来たのは報告よりむしろ、脚本の直しを済ませるためだ。
演技未経験者も増えたのだから、できる限り早く脚本を仕上げて台本を完成させて、準備や撮影期間を長めに取りたいが、俺は脚本に関しては素人だから、カントクの力を借りる必要がある。
「相変わらず可愛いげのねーやつ」
悪態を吐きつつも、カントクは俺が修正した脚本を受け取り、真剣な顔つきで目を通し始めた。
今回の台本の直しで一番苦労したのは、言うまでもなく俺たちの出生を隠すことで大幅変更することになった後半部分だ。
前半はもちろん、姫川さんから許可を貰い、そのままやってほしいと言われた姫川愛梨とカミキの確執を中心とした中盤も基本的には事実をベースにしているが、後半に関しては、俺たちを登場させない以上、その内容は完全なフィクションとなるわけだが、観客にそれを悟られてはいけない。
何故なら、何も知らない観客からすれば、一部であってもフィクションだと思われたら、途端に物語全てが嘘臭く感じてしまうからだ。
だからこそ、出来る限り本物に近いアイの物語を捏造しなくてはならない。
そうでなくては俺の復讐は成し遂げられないのだから。
そもそも俺が考えていた本来の復讐計画は大きく分けて三つ。
一つは姫川さんに語った、あえて犯人である俺たちの父親のことを隠すことで、大衆を使って社会的に殺す方法。
これが子供の頃から俺がずっと考えていた最低で最悪の復讐であり、嘘の内容では大衆は本気で犯人捜しをしようとはしないからこそ、本物の物語が必要となる。
二つ目は十五歳の頃、アイの残したDVDを見て決意した復讐。
そこに収められていたのは、かつて芸能界の闇に侵され、命の重さに押し潰されそうになって壊れかけていたカミキを突き放してしまった事への謝罪と後悔の念、そんなカミキを自分と一緒に救ってほしい。と願うアイの姿だった。
そんなアイの本当の願いを理解することもできず、それどころか彼女を殺す一助を担った男に
そして最後は──
社会的でも、精神的でもなく、本当の意味で殺すことだ。
これは俺の個人的な恨みを晴らすため。だけではない。
そもそもとして二つの復讐を果たした時、相手がどうでるか分からないからだ。
本当の意味で反省し、後悔し、大人しくなってくれればいいが、世の中そんな物分かりの良い人間ばかりではない。
中には自分のしたことを棚に上げてこちらに牙を剥く、いわば復讐の復讐を行う奴だっているだろう。
そして、その復讐は俺本人ではなく、その周りにいる近しい人を狙ってくる可能性もある。
だからこそ、相手の出方によっては、この手で息の根を止めてやるつもりだった。
だが結局、俺の知らないところでカミキが殺されたことで、二つ目と三つ目の復讐は、もう叶えることはできなくなった。
だったら。
だったらせめて、一つ目の復讐だけは成し遂げてやらないと。
そうしないと、無力で何も出来なかった、後悔に焼かれ続けている子供の僕が、救われることはない。
それも全てはこの脚本の出来次第。
基本的にカントクはこどおじの社会不適合者だが、仕事に入れば真面目になる。
厳しい指摘も入るだろう。
どんな厳しい言葉でも、何度リライティングをする事になったとしても、必ず完璧な脚本を仕上げて見せる。
覚悟を拳で握り締め、カントクをじっと見つめる。
やがて、脚本を読み終えたカントクは大きく一つ頷くと、軽い口調で告げた。
「いいんじゃねぇの?」
「は? それ、本気で言ってんの?」
身構えていただけに肩透かしを食らい、眉を寄せたが、カントクは鼻で笑い飛ばす。
「細かいところを指摘すんならいくらでも出るけど大まかな流れは問題ねぇよ。そもそもお前が良い脚本書けるってのは前から分かってたことだ。じゃなきゃ、監督にも脚本にも起用したりしねーよ」
「カントク……」
カントクの性格上、こういう時に世辞を言うタイプでは無い。
不覚にも言葉を失う俺を後目に、カントクは登場人物欄を開きながらニヤリと笑った。
「特に作品内でガキの頃のお前らを出さないで済むってのが良い」
アイが子供を産んだことを公表しないと決めて脚本を直したのだから、当然子供時代の俺とルビーの出番もなくなっている。
「なんだよそれ」
思わぬところを褒められて苦笑する俺を、カントクは笑い飛ばした。
「ルビーはともかく、ガキの頃からヒネた大人みてーだったお前の演技ができる子役なんざ、そうそういねぇってことだよ。良い子役捜すのは大変なんだぞ?」
そういえば、俺がこの人の映画に出ることになったキッカケは、子供らしくない態度を気に入られたからだった。
確かに、この業界にいると長台詞を流暢に話せる子役というだけで、かなり貴重な存在だとよく分かる。
かつての有馬辺りなら出来たかもしれないが、現在そうした有名な子役はいない。
加えて俺たちの場合、前世の記憶がある子供という特殊な状況下にいたことも含め、それらしい演技ができる子役を捜すとなったらどれだけ時間と手間、そして予算が掛かるか分かったものではない。カントクが言いたいのはそのことだろう。
だが、それに関して言えば。
「……当てはあったんだけどな」
思い出したのは見た目は子供ながら、常に大人びたを越えて超然とした態度を崩さない少女の姿。
自分から関わりたい存在ではないが、あの疫病神ならカントクの言うところの気味の悪いガキだった当時の俺の演技も出来ることだろう。
「あん? なんか言ったか?」
ぽつりと呟いた台詞はカントクに聞こえることなく、俺も首を横に振った。
もうそんなことを考える必要はなくなったのだから。
「なんでもない。……あ、そうだ。俺明日取材行ってくるから、台詞の直しはその後からにしてくれ。今日はそれ以外のところの確認を頼む」
大凡のあらすじが問題ないと言って貰えたのはありがたいが、本当は今日一日かけてあらすじを完成させるつもりだったので、台詞の直しまでは予定に入れていない。
「それは良いけど。今度は誰に会いに行くんだ?」
カントクを始め、身近にいるアイのことを知っている人にはだいたい取材出来たが、後一人。
俺たちの知らないアイを知っている人に、話を聞かなくてはならない。
「……アイの、母親」
※
アイの実母、星野あゆみの連絡先を調べるのはそう難しくなかった。
壱護さんが後見人になる前に、アイの身元保証人を勤めていた母方の親類の連絡先が残っていたからだ。
元々親戚との仲が険悪だったせいで既に関係は絶っているらしいが、念のため控えられていた星野あゆみの電話番号を入手し、アイの生涯をドラマとして撮影する許可と脚本を制作するために取材させてほしいとアポイントを取った。
直後、その話を知ったあかねも、アイを演じる役作りのために直接話を聞きたいと同行を申し出たことで、俺たちは二人で取材に出向くことになった。
そうして訪れたのは東京から少し離れた田舎にある一軒家だった。
築年数の経った平屋特有の内装と間取りは、かつて雨宮吾郎が住んでいた生家を彷彿とさせる。
物の少ない室内に置かれた仏壇には、アイの遺影と共にB小町のCDも飾られていたが、仏壇には薄く埃が積もっているわりにCDには汚れは無く、仕舞われていた場所から取り出して、つい先日置かれたばかりのようだった。
最初に線香を上げさせて貰い、その後居間に移動して、三人分の麦茶がテーブルに乗せられてから、話が始まった。
「私だって迎えに行けるものなら行きたかったわよ。でも……」
最初はアイの幼少時代の話題が中心だったが、やがて本題である施設に預けたアイをどうして迎えに行かなかったのかに移行していく。
やや取り留めのない彼女の話を総合すると、結婚を考えていた母親の恋人が、アイに情欲を向け始めたことが原因だった。
当時のアイはまだ八、九歳だったらしいが、その頃からかなり大人びて美しい外見をしていたため、これ以上一緒にいるとその懸念が本当になってしまうと恐れ、自身が警察に捕まったことをこれ幸いと施設に預け、そのまま迎えにいかなかった。
そのことを彼女は今では後悔している。と言って泣いていたが、どうしてだろうか。
俺にはその姿がとても白々しく見えた。
第一それが理由なら、男と別れてアイと二人で生きていけば良いだけだ。
彼女はそうせず、母親ではなく女として生きることを選んだ。
そういう親が一定数いるのは、雨宮吾郎として生きていた頃に何度も見てきた。
ルビー……さりなちゃんの母親である天童寺まりなだって似たようなものだ。
彼女の場合、女であることを選んだのではなく、母親として子供の病気に向かい合うことが出来ずに目を逸らし続けた。どうあがいても自分に娘を救うことは出来ないという無力さを突きつけられるその理不尽な現実から。
娘の病状が悪化し、亡くなるその日まで。
「良いわよ。ドラマにでも何でもしてちょうだい。そんなもので償いになるとも思ってないけど」
投げやりにも聞こえる言葉と共に嗚咽を漏らす星野あゆみを、俺は黙って見つめることしかできなかった。
※
家を後にしてから振り返る。
玄関まで見送りに出ていた星野あゆみはすでに屋内に戻っていた。
「どうしたの?」
少し先を歩いていたあかねが、俺の足が止まっていることに気づいて振り返って問う。
星野あゆみのことなど一切気にしていないようだ。
そう言えば取材中もあかねは殆ど口を挟むことは無かった。役作りのために着いてきたはずなのに。
「……あの人、俺がアイの子供だって気づかなかったと思うか?」
今日俺が直接やってきたのはそれを確かめるためでもあった。
アイが子供を産んだことは、母親にも知らせていないとは聞いていた。
アイそっくりに成長したルビーならばともかく、双子とはいえ俺の顔はアイよりもむしろ、血縁上の父親であるカミキヒカルの方に似ているらしいので、一目見て気付かれるとは思えない。
しかし、アイの親戚から正式に後見人を引き継いだ壱護さんの作った苺プロに所属し、苗字も星野をそのまま使っている。
この時点で状況証拠は揃っているようなものだ。
何より、血が繋がった祖母なら、直感みたいなもので、俺の正体に気づくかもしれないと覚悟していた。
それでも放送後に騒がれるよりマシだと思って、気づかれた上で口止めをするつもりでやってきたのだが、顔を合わせた時はもちろん、俺が名乗った後も話をしている最中も、そんな様子は一切なかった。
「アクアくん」
先を歩いていたあかねが、俺の手を取った。
彼女の体温を感じて、もう夏だというのに自分の指先がヒドく冷たくなっていることに気づいた。
「私はあの人がアクアくんの正体に気付いたかは分からない。でも多分、気づいていたとしてもあの人は何もしないよ」
「どうしてそう思う?」
「あの人はどこにでもいる普通の人だから」
この場合は悪い意味でだけど、とそう口にしてもう誰もいない玄関を見つめたあかねの横顔には、諦めにも似た笑みが浮かんでいて、それがアイと重なって見えた。
「普通?」
「そう。普通に子供を作って、育てて、恋愛して……子供を虐待して。それで子供に見限られた。それを認めたくないから、あの人はきっと、アクアくんとルビーちゃんのことを知ったとしても見て見ぬふりをする。多分これから先もずっと」
「ああ」
それはあかね本人の言葉というよりは、アイの気持ちを理解して代弁しているかのようだ。
既にそこまで役作りを完成させている様を見て気付く。
あかねが今日着いてきたのは、アイとしての役作りに活かすためではなく、俺を心配してのことだったのだと。
同時に、見て見ぬふりをする。という言葉が胸にストンと落ちた。
昔の、雨宮吾郎だった頃の俺ならきっと受け入れることは出来なかっただろう。
血の繋がった親は、無条件に子供を愛し、大変な時は何を置いてでも駆けつけて、傍にいるのが当たり前だと思っていた。
それが幻想だと言われても、実際危篤になった娘に会いに来ない親を見ても、どこかでそれを信じたい自分が居た。
いや、それだけじゃない。
星野アクアとしても、アイから愛され、彼女が死の間際まで俺を守ってくれたことで、やっぱりそれが親なんだと思いこみたい気持ちがあったのだろう。
でも、そうじゃない。
きっと、アイが俺たちを愛してくれたのは、血の繋がりや自分が親だからというだけじゃなくて、彼女が、星野アイが、そういう人だったからだ。
自分が親から邪険にされて、虐待されても、それを繰り返すことなく、自分の子供をキチンと愛してあげられる人。
なにより、血の繋がりだけで全てが決まらないのは、今まさに俺たちが身をもって知っている。
「そういうのとは関係なく、人は人を愛することが出来る。アクアくんはそれを誰より知ってるはずでしょ?」
手を握ったままあかねが言う。
本気で俺の心が読まれたようだが、実際その通りだ。
これも、つい先日気づいた。
いいや、本当はずっと前から分かっていて、気づかない振りをしていたのだから、ある意味俺もあの人達ともその点においては大差ないのかもしれない。
だけど俺は、みんなのおかげで目を逸らすことを止められた。
俺とルビーを母親としてずっと守ってくれていたミヤコさん。
彼女だけじゃない。
カントクや壱護さん、鏑木P、それ以外にもたくさんの人から、俺たちは守られ、助けられてきた。
そして、なによりも大切な人が、傍に居てくれることに気付けた。
「ああ。大事な恋人も含めてな」
意趣返しとばかりに恋人を強調すると、慈愛に満ちた笑みを見せていたあかねの顔が、一瞬で真っ赤に変わる。
その姿を見られまいとして、あかねは俺の手を離すと、両手で自分の顔を隠すように覆ったまま声を荒げた。
「もう! アクアくんは、またそうやって。この間もスゴい問いつめられたんだからね!」
「ちゃんと言葉にして欲しいって言ったのはあかねだろ」
「そうだけど、そうだけど! もー」
隠していても、あかねが子供のように頬を膨らませているのがよく分かり、思わず笑ってしまう。
「そうやっていつもからかうんだから。私の方がお姉さんなのに」
「はいはい。悪かったなあかね先輩」
重ねて茶化す俺の言葉に、あかねは再び顔を逸らす。
「ほんと意地悪なんだからアクアくんは、もう知らない!」
今度は頬の膨らみも隠そうともせず、腕組みをして足を広げて、ここから一歩も動かないとアピールするあかね。
もちろん本気で怒っている訳ではないだろうが、これを宥めて機嫌を直してもらうのは大変そうだ。
どうしたものか少し考えて、思い付く。
本当はもっとちゃんとした状況で言いたかったのだが……
しかしまあ、ある意味丁度良かったのかもしれない。
「あかね」
「……なに?」
顔を背けたまま、それでも律儀に返事をするあかねに向かって手を差し出した。
「え?」
「黒川あかね」
「は、はい!」
俺の声が真剣だったことに驚いて、さっきまでの怒りをどこに置いたのか、背筋を正してこちらを見る。
「これは監督として、アイの息子として、共犯者として……そして恋人としての頼みだ」
「……」
胸の前で組まれた腕が解け、視線が持ち上がる。
こちらをまっすぐ見る、あかねの顔は真剣そのもので、俺が何を言うのか分かっているような雰囲気さえあった。
実際既に内定していることだし、今更言う必要は無い。
いや、だからこそ俺はちゃんと言いたいのだろう。
分かっているからこそ、言葉にしなくてはならないこともあると気づいた今だからこそ。
「お前以上にこの役に相応しい役者を俺は知らない。だから、アイ役として出演してくれ」
キャストも続々と決まってきているが、俺から出演依頼をしたことはない。
それは、キャスティング権を持っているのは鏑木さんだからというだけでなく、彼女に一番最初に言いたかったからかもしれない。
そんな俺の言葉を受けて、一瞬驚いたように目を見開く彼女の顔を夕陽が照らし──次の瞬間、弾けるような笑顔が咲いた。
「はい! よろしくお願いします」
感極まったまま、差し出された俺の手を掴もうとするあかねの手を、逆に俺から掴んで、そのままグイと引き寄せる。
「帰ろう。今ならいい
アイの本当の望みとは、やはり少しずれてしまうかもしれないが、今なら俺にしか書けない『本物』が書ける気がする。
「うん」
返事と共に、あかねも俺の手を握り返す。
まだ顔を赤くしたまま、恥ずかしそうに微笑む彼女を見ている俺の頭の中には、もう星野あゆみのことは欠片も残っていなかった。
・
『アイ役』
女優 黒川あかね……決定
結構長くなったので話を分けようかとも思いましたが、ここまでは一気に載せたかったのでちょっと遅れました
キャスティング編は次で終わる予定です