【完結】推しの子if ~あかねちゃんと一緒にアクアを救おうルート~ 作:日ノ川
「何でここにいるのよ」
ママのお墓参りと共にしている芸能活動の報告を終えて、自宅に戻ろうとした私の前に、いつものようにカラスを伴って少女が現れた。
「慰めに来てあげたんだよ。私のアドバイスも空しくカノジョに負けちゃった君をね」
墓地の近くにあるベンチに並んで腰掛けて早々、煽るような笑顔と共に言われ、思わず顔が歪む。
「うぐぅ」
「彼女の演技がすごかったのか。それとも愛の力かなー」
「喧嘩売ってんの?」
「怖いかおー。前はもっと友好的じゃなかった?」
まったく怖がった様子もなく、むしろ煽るような平坦な声に、とうとう我慢の限界が来て、女の子を指さす。
「お兄ちゃんから聞いてるんだからね! なんかよく分かんないけど思わせぶりなこと言って私たちを惑わす疫病神みたいな奴だって」
「ひどーい。私はただ、間違った道に進もうとしている君たちを導いてあげようとしているだけだよ。正しい運命にね」
超然とした語り口はやはり、見た目通りの子供のそれではない。
かといって私たちみたいな前世の記憶を持っている転生者とも違う気がする。
運命や導きなど、もっと深い事情を知っているそれこそ神様のような存在が言いそうな台詞だ。
だとすると……
「どうしたの?」
「んんっ。ま、まあ? 確かに色々話し聞かせてもらったのは事実だし? 私もちょっとイライラしてたから当たっちゃったのは悪いと思ってるけどね」
慌てて取り繕う。
この少女が言っているのが中二病の妄想でなく、本当に神様的な力を持っているのなら、私とせんせを転生させたのもこの子なのかもしれない。
それなら私の次なる目標のためにも、ここは下手に出なくては。と思い直したのだ。
「なに急に。変なのー。それともやっと気づいたのかな? 私が君たちとは格の違う存在だって事に」
「うっ」
「図星? まあ確かに、私は君たちの魂をその身体に導いた者と同種の存在ではあるけど、そこまで気にしなくても良いよ。私から見れば、転生した君たちだって神様と言えなくも──」
「は? 貴方が転生させたんじゃないの?」
少女の演説を遮って詰め寄ると、彼女は一瞬だけ不満そうに唇を尖らせたものの、すぐに気を取り直したように続ける。
「……違うよ。私はあくまで、月の光と共に人を導き運命を司る──」
「なーんだ。気を使って損した」
再度言葉を遮って、立ち上がる。
私たちを転生させた存在なら、ついでに次の転生。
つまり三度目の人生でもおにいちゃんと一緒に居られるようにお願いするつもりだったが、その必要はなくなった。
第一、もう私たちに導きなんて必要ない。
主演が決まり、壱護さんがお兄ちゃんの代わりに責任を持ってくれることになった。
ママの名誉についても、どうやら作戦があるらしく、それが上手くいけば私たちの出生について公表することもなくなるという。
後はドラマを完成させて復讐を終わらせるだけ。
そうすれば、お兄ちゃん……せんせは前世が医者でありながら
それで全て終わる。
もう私たちの邪魔をするものはない。
私はアイドルとして、お兄ちゃんは役者として、芸能界で駆け上がる。
いつか、ママが叶えられなかった夢、ううん。ママだけじゃなく、おかーさんたち苺プロみんなの夢を。
今度こそ私が、私たちが叶えてみせる。
「そう上手くいくかなー」
さっきのお返しとばかりに、私の思考を遮る声を睨みつける。
「なんかする気?」
だったら許さない。と言外に怒気を込めた言葉に少女はまさか。と小さく首を横に振った。
「確かにもう君たちのお母さんを殺した男はいない。でも」
一度言葉を切ってから、彼女は唇を三日月のように歪めて笑う。
「今度は君たちが誰かの敵になるかもよ?」
ゾクリと背筋に悪寒が走った。
言われてみれば確かにそうだ。
あのドラマは、お兄ちゃんにとって自分を許すための区切りである前に、ママを殺した男を死して尚苦しめるための復讐劇だ。
私はあの男がどんな奴だったか詳しく知らない。
事件後さまざまなニュース番組で詳しく紹介していたらしいが、意図的に見ないようにしていた。
あの男の家族構成だって私は知らない。
だけど、まだ中学生で子供だった時に子供を作るような男だ。
それから十数年以上経過している現在は私たち以外にも子供がいても不思議はない。
結婚して奥さんだっていたかも。
事務所の社長だったのなら、慕っている所属タレントもいるかもしれない。
そんな人たちにとって、あのドラマはどう写るだろう。
もしかすると激昂し、私たちと同じように復讐を考えるかもしれない。あの男にその気持ちを利用され、ママを殺した実行犯のストーカーがそうだったように。
あるいは脚本を書いている──
「じゃあね」
絶句する私を余所に、軽い口調と足取りでベンチを降りた少女はそのままスタスタ歩いていく。
後を追いかけるように上空を舞っていたカラスたちも移動を始めた。
「……歩いて帰るんだ」
こんな時にと思いつつ、そんなことを思ってしまう。
魔法のように一瞬で消えたりすると思っていた訳ではないが、以前二階のベランダに突然現れたこともあって、カラスを使役して空を飛ぶくらいのことはできるんじゃないかと思っていた。
だけど、その当たり前の人間みたいな態度が逆に、現実感を想起させ、さっきの妄想が実際に起こり得るんじゃないかと、不安になる。
その不安を煽るように、最後まで残っていた一羽のカラスが頭上で鳴いた。
★
「はい。ではよろしくお願いします」
相手が通話を切ったのを確認後、ため息を吐いてドッカリとイスに腰を下ろす。
その後取り出した新しいタバコを一服してからようやく一息つくことが出来た。
「フー。まさか、オッケーが出るとはね」
タバコの煙と共にため息を吐き、そのまま視線をホワイトボードに向けた。
キャスティングと書かれたボードには主要役名がずらりと並んでいる。
その中にある役名の一つに注視する。
姫川愛梨。
劇団ララライの看板役者、姫川大輝の母親にして彼女自身もララライ出身の女優だった。
かつては朝ドラのヒロインもやっていて実力派女優として有名だったが、十五年前夫婦ともども心中している。
脚本では心中ではなく、姫川大輝が托卵された子供だと知って逆上した夫による、無理心中として描かれていた。
今となってはそれが事実なのか確かめる術は無いが、どちらにせよ、話の中心であるアイと並んで重要な立ち位置にいる少年A……カミキヒカルのパーソナルな部分に強い影響を与えた人物なので、出番の短さの割に重要な役どころだ。
できれば実力派女優に担当してもらいたかったのだが、センシティブな内容に加え、予算も小規模映画程度しか使えないため、有名どころをキャスティングするのは難しい。
とりあえず無名の役者や、素行などに問題があり干され気味の役者も含めて選定を進めていたのだが、その中で唯一、超一流と言って問題ない女優にもオファーを出していた。
これは正直ダメもとというか、オファーをする事自体が目的だったため、まさか了承して貰えるとは思っていなかった。
重要とはいえ、出演時間が短い脇役だからというだけではない。
一年近く前から彼女は体調不良を理由に休業していたためだ。
病気なのか怪我なのか、はたまたアイくんの時のような妊娠によるものなのかすら定かではないが、少なくとも復帰の目処が立ったという話は聞いていない。
それでも定期的にオファーを出し続けることで、こちらはいつまでも貴方を待っています。と言外に意味を含ませることが出来る。
こうした地道な投資も僕の仕事の一つだ。
だからといって、主演級の役どころのオファーを出していては、いつまで経っても第二候補との交渉に入れないため、今回のような重要だが換えの利く役回りはオファーが出しやすい。この作品でやる必要は無かったのだが、五反田監督が業界の仁義を無視して星野ルビーを主演に抜擢させようとしていたことで、それならこちらも。と考えたのだ。
他のキャストが決まるまでそのままにしておき、いよいよとなったらこれまで恩を売ってきた誰かに仕事を回せばいい。
そんなつもりでオファーを出したままにしていたところ、急に彼女のマネージャーから了承の返事が来た。
詳しいことは聞かなかったし、マネージャー自身、復帰作がこんな問題の多い作品であることに不満を抱いている雰囲気があった。
それはつまり、事務所の意向ではなく本人自らが望んでこの作品に出演を決めたということだ。
彼女の復帰作となれば、話題性も上がるため、こちらには利しかないが、一つ気になることもある。
「脚本変更を納得してくれるかどうか」
というよりまだ脚本自体完成しておらず、オファーを出した際は、中盤から後半に掛けてはかなり端折られた荒い脚本を送っていた。
元々アクアくんが最初に提示した脚本では双子の出生公表後を想定していたため、母の愛をメインに据えた結末が用意されていた。
しかし、僕らが一計を講じた結果、双子の出生は隠されたままとなり、当然オファーを出した際の脚本からのその部分は削除されている。
同時に姫川愛梨の起こした問題に関しても本来は詳しく描写する予定はなかった。
これは姫川愛梨の息子であり、現在トップクラスの俳優として活躍している姫川大輝の芸能活動に支障を来さないため、つまり彼に忖度した結果だ。
加えて、劇団の代表として生前の上原清十郎と姫川愛梨をよく知り、二人の犯した罪の事で今も後悔と自責の念を抱いている金田一敏郎……キンちゃんへの配慮もある。
これに関しても当の本人から、姫川愛梨本人が受けた性被害も含めてキチンと描写して欲しいと要望があったことで、再び脚本に手が入ることになってしまった。
こうしたセンシティブな内容のドラマを放送するのは色々問題は出るだろうが、おそらく最終的な責任は斉藤くんが負うことを条件に上の許可は降りるだろう。
キンちゃんの方は姫川くんが説得したことで、どうにか納得してくれたようだが、演じる役者が納得してくれるかどうかは別の話だ。
オファー段階どころか、撮影中に脚本が変更になることもザラなので今から脚本を変更すること自体は問題ないはずだが、休業中の彼女が急に復帰しようと思った理由が、姫川愛梨役だったから。という場合は話が変わる。
姫川愛梨が活動していたのは十五年以上前だが、彼女が子供の頃見ていた姫川愛梨に憧れて芸能界に入ったとすれば。
脚本変更で姫川愛梨のスキャンダルを掘り起こすようなものとなったことを知ってどう出るかなど想像もしたく無い。
「やっぱり代役は探しておくか。いや、それがばれるとまた面倒だしな」
打診はせず、自分の中でだけ候補を挙げておく程度に留めておくのが無難か。
イスから立ち上がり、ホワイトボードの前に立つ。
他の候補の名前を消して、最後に残った名前を赤ペンで取り囲み、その後ろに?マークを入れておく。
しかし。
改めて見てみると本当に豪華メンバーが揃ったものだ。
現在決定しているだけでも、黒川あかね、姫川大輝、星野アクア、有馬かな、星野ルビー、MEMちょ。と現在旬を迎えて第一線で活躍している役者やタレントばかり。
更に友情出演という括りではあるが、ドーム公演時に追加されたメンバー役として、不知火フリルに加え、先に挙げた若手に続く形で名が売れだし、旬を迎えようとしているモデルである寿みなみと鷲見ゆきの出演も決まっている。
ここまでは良くも悪くもアクアくんを中心に出来たキャスト陣だが、そこに彼女が加わるとどうなるのか、正直想像はつかない。
メンバーだけ豪華であっても駄作と位置づけられてしまった作品はいくらでもあるのだから。
「何にせよ、ここから先は監督たちのお手並み拝見かな」
脚本の仕上がりも含めて、全ては五反田くんとアクアくんたちに掛かっている。
僕もそれまでに出来ることをしなくては。
とりあえず、今のうちに上を説得して脚本変更を了承して貰っておくとしよう。
「製作委員会と違って上だけ説得すればいいのは楽と言えば楽だけど、目を付けられかねないのがなぁ」
やれやれと首を回しながら、僕にしては珍しく気合いを入れなおした。
★ ★
『本当にもう大丈夫なんですか? 体調を第一に考えるようにって社長からも言われていますし』
口では心配しつつも、スマホの向こうから聞こえる声には隠しきれない喜びが滲んでいた。
「うん。いい加減復帰しないと世間から忘れられちゃうしね」
『そんなことないですよ! 貴方は本物です。現に、休業中でもこうやって色々なところからオファーが来てるんですから』
様子窺いを兼ねて、定期的に渡された様々な作品の企画書や脚本に目を落とす。
テーブルの上に乱雑に並ぶそれらは、確かに有名監督の作品や、以前出演した作品の続編だけでなく、今まで挑戦したことのない派手なアクション映画や、公募の賞を取ったばかりの若き映画監督からの出演依頼まで、バラエティーに富んだオファーが来ているようだ。
しかしそれはどうでも良い。
「それでさ。一つだけワガママ聞いてもらって良いかな。復帰作を私に選ばせてほしいんだ」
テーブルから目を離し、もう片方の手に持っていた企画書を見ながら言う。
『もちろん構いません。ただ体調のこともありますし、事務所としては一番負担が少なくて貴方にあった役が──』
「15年の嘘」
『え?』
「五反田監督の15年の嘘。これに出たいの」
『……その作品は映画や連続ドラマでもない、ネットTVの単発ドラマ。それもオファーが来てるのは、主役や準主役でもない、わき役ですよ?』
「さっき負担が少ない役が良いって言ってたじゃない」
『それは。そうなんですけど……』
「なに心配してるの? 面白そうな役じゃない。それとも、役じゃなくてドラマの内容が心配?」
『……正直に言うと、そうです。これ絶対炎上しますよ。お世話になっている鏑木さんの手前一緒に送りましたけど、本当なら事務所側で弾こうかと思っていたくらいで』
「ああ。鏑木さんの企画なんだ。それならちょうど良いじゃない。あの人がプロデューサーなら、炎上対策にもなんか手は打ってるでしょ」
私の説得に電話の向こうで、長い熟考を挟んだ後、渋々と言った様子で了承する。
『──分かりました。その線で調整します。ちなみに他の作品はどうします?』
「とりあえず保留で。実際に演じてみて大丈夫そうなら考えるから」
『……そうですか』
返答までの沈黙は、きっと本格的に復帰を果たし、同時進行で他の仕事も受けると言って欲しかったのだろう。
事務所の稼ぎ頭でもある私が抜けたことで、マネージャーが社長達から色々詰められて苦しんでいるのは分かる。
だけど、これだけは譲れない。
『分かりました。今はこの作品に集中してください。主演の黒川あかねは天才女優って言われてますけど、本当の天才は貴方だけだ。この作品でそれを世間に見せつけてやってください』
「うん、ありがと。本田さん」
通話を終え、スマホをソファの上に投げ捨てると私はそのままベッドに移動する。
ヘッドボード上に置かれた小物入れの中からサインペンを取り、そのままのマットレスに寝ころんだ。
「天才ね。よく言うよ」
休業直前まで、私の実力や合った役柄の仕事ではなく、先にスケジュールだけ押さえて何をやるか後で決めるような、私の知名度を使って客寄せパンダにすることしか考えていない仕事ばかり取ってきたくせに。
それは鏑木Pも同じだ。
今回だってどうせ、上手くいけば一年近く休業していた女優の復帰作という話題づくりになるからオファーしてきただけだろう。
だけど、そのおかげでこの作品に関わることができたのだから良しとしよう。
この作品はずいぶん昔に殺された人気アイドル、アイの生涯とその事件がどうして起こったかを綴るドキュメンタリー仕立ての再現ドラマらしいが、正直アイにも、それを演じる黒川あかねにも、大した興味はない。
私が興味を持っているのは。
ページをめくり、キャスト欄を見る。
とはいえまだ仮脚本の段階でほとんどのキャストは決定しておらず空欄のまま。決まっているのは主演の黒川あかねを含め、ごく数人だけだ。
そのうちの一人がこの仕事を選んだ理由だ。
「少年A、ううん。カミキヒカル役。星野アクア」
聞いたことのない役者だがそれも関係ない。
重要なのは、彼が演じる役と、この作品の脚本を勤めるという点だ。
「ミキさんをどう書くつもりなのかな。あの女まで出して」
もう一つ、役者はまだ決まっておらず空欄になっている役名は決して忘れることはない。
あの人を殺し、未だ黙秘を続けている元アイドルの名前だ。
「ああ、楽しみだなぁ」
私は手に持ったペンのキャップを外し、オファーの来た役名の空欄に、自分の名前を書き込んだ。
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『姫川愛梨役』
女優 片寄ゆら……確定
キャスティング編は終了。次から撮影に入ります