【完結】推しの子if ~あかねちゃんと一緒にアクアを救おうルート~ 作:日ノ川
だいぶ長くなってきたのでここからはテンポを上げていきます
第48話 顔合わせ
15年の嘘の脚本や制作スタッフ、撮影スケジュールも決定し、いよいよ今日から顔合わせを兼ねた本読みと衣装合わせに入る。
カントクを初めとした撮影チームはすでに現場入りしており、役者陣はそちらの打ち合わせが終わってからの集合となっていた。
今回俺は監督兼脚本として制作に携わっているため、撮影チームの集合時間で行くはずだったのだが、事前にカントクから役者陣と一緒に現場入りして、撮影が円滑に進められるように座長として役者連中を纏めておけ。と言われたのでルビーたちと共にやってきた。
なぜ俺が座長なのかとも思ったが、主要キャストの殆どが俺と繋がりがあるメンバーで纏まっているから適任というのが理由らしい。
正直、撮影方面では役に立たないので厄介払いされた気しかしない。
実際のところ監督の弟子とはいえ、映像編集の手伝いがメインで、映画の撮り方は大して詳しくない俺がいたところで役に立たないのは間違いない。
とはいえ、もともとカントクが割と職人気質というか見て覚えろと言うタイプなので、俺の撮影パートが始まる後半まではカントクの側に付いて勉強しようと思っていただけに出鼻をくじかれた気分だ。
第一俺が纏めるまでもなく……
「好きです。握手してください」
「えー。全然いいですよ~?」
「MEMちょがめっちゃ調子乗ってる」
「あはは」
トップタレントである不知火フリルが自身のファンだったと知り、若干ビビり気味だったMEMの自己肯定感が強まる様子を見ながら、ゆきとあかねの今ガチメンバーが呆れていた。
「フリルちゃん。ずっとMEMちょ推しとったもんなぁ」
「へぇ。意外な趣味してるわね」
「ちなみにお兄ちゃんのことも推してるらしいよ」
「えぇ? 共通点無くない?」
更に少し離れたところでは、ルビーと寿、有馬も集まってその様子を眺めていた。
(みんなと繋がりあるってんならMEMで十分じゃねぇか)
MEMを中心にしてワイワイ楽しそうにやっている女子グループを見ながら小さく息を吐き、視線を動かす。
(……メルトは、そっちか)
東ブレで共演した鳴嶋メルトは姫川さんに挨拶に行った流れで、そのまま和気藹々と話し込んでいる。
新しい現場だと共演経験がある人達が異様に仲良くなりやすい。と言っていたのは有馬だったかそれともあかねだったか。
そんなことを考えながら、そっとメルトの様子を窺う。配役のことで少し気になることがあったのだ。
「しっかし。俺の役、流石に年齢合わな過ぎじゃないですか?」
予想通りというべきか、肩どころか全身をがっくりと落として嘆くメルトに、姫川さんも頷いた。
「まあ、舞台だと若者がおっさんやら下手したら老人の役をやるのは普通にあるが、ドラマだと珍しいかもな」
「いやドラマでもクライマックスとかで、主人公が年取った後を見せるとかならあるかもしんないっすけど、最初からこれって。俺の役ってアイの後見人っていうか親代わりの設定なんですよね? 俺黒川より年下なんですけど……」
スタッフに聞こえないようにか、声を落としているが、距離的に俺には丸聞こえだ。
とはいえメルトの気持ちも分かる。
何しろメルトが演じるのは、元苺プロ社長、つまり壱護さんの役なのだから。
当時の年齢から見ても倍以上離れている。
(炎上を続けるためとはいえ、よくもまあこんな無茶を押し通したもんだ)
そう。この明らかなミスキャストにも理由がある。
批判を自分に集中させるため、わざと炎上している壱護さんだが、毎日のようにどこかで誰かが炎上している現在、同じ内容の炎上がずっと続くことはない。
しかし、肝心の放送開始前に鎮火してしまうと、一緒に話題性もなくなってしまうため、次から次に燃料を投下し続けていくつもりらしい。
その一つが、自分の役を美化して、配役に若いイケメン俳優を使うというものだった。
壱護さん本人がメルトを指名して、その理由を若い頃の俺を演じるなら最低限あれくらいイケメンじゃないと。と語ったことで、これまでは世代的にアイのことを良く知らなかった若年層のメルトファンを中心に批判が燃え上がる。……予定だったが、その直後別の大きなニュースが広がったことで、話題は全てそちらに取られてしまった。
(メルトには悪いことしたな)
仕事を舐めていた今日あまに出演していた頃ならいざ知らず、東京ブレイドの舞台で役者の難しさと楽しさを知り、真面目に仕事に取り組むようになっている。
そんなメルトに対し、役者としての実力ではなく顔売り、それも炎上を目的としての起用というだけでも申し訳ないのに、その炎上すら結局殆ど意味がなかったのだから。
「まあ、頑張れ。時間ある時、おっさん役演じるコツ教えてやるから」
「マジすか!? あざっす!」
元気良く礼を言い、頭を下げるメルトを余所に、姫川さんの視線がチラリと俺に向けられる。
こちらは任せろと言いたいのだと察し、俺は無言のまま小さく頭を下げた。
あの様子ならメルトはとりあえず大丈夫だろう。
むしろ孤立しているのは──
(俺だけ、か)
そういえば、東ブレの稽古でもこんなことがあった気がする。
元から一人でいるのは特に嫌いではないし問題はないのだが、座長としてそして監督の一人として人任せにしていて良いのだろうか。
今日あまの撮影で、座長を務めていた有馬は、子役時代に我儘を振りまいて周りの空気を悪化させたせいで旬を過ぎるのと同時に決別された深い反省から現場を円滑に進めるため生来のクチの悪さを隠して接していた。
俺もそうするべきなのか。
しかし、かつての有馬の時とは状況も事情も違い、メインキャストとは全員知り合いなだけにキャラを作る意味はないし、逆にぎくしゃくしかねない。
やはり少し離れた位置から状況を窺い、問題が起こりそうな組み合わせがあれば介入しよう。
そう決めて、移動した直後、扉が開く音と共に、部屋中から音が消えた。
入ってきたのは変装用の帽子と眼鏡をかけた細身の女性。
その人物を確認して、僅かに眉を寄せる。
知らない人ではない。
というよりここにいる全員、確実に知っている。
片寄ゆら。
人気、知名度、実力ともに若手トップクラスで、本来はこの規模のドラマに出るような女優ではないが、単なる知名度や人気ならば、不知火や姫川さんだって負けてはいない。
だから、皆が驚いているのは彼女がこの作品に出演するからだけではない。
「復帰したって本当だったんすね」
「……みたいだな」
後ろでメルトと姫川さんがこそこそ話している声が聞こえてきた。
そう。
トップ女優である彼女だが、ここ一年近くずっと仕事を休業していた。
理由としては一応体調不良とは言われていたが、それが病気なのか怪我なのかも不明のまま、様々な憶測が流れていたのだが、つい先日、突如仕事に復帰することが報じられ、その最初の作品として15年の嘘を指名した。
これこそが壱護さんがメルトを使って起こそうとした炎上を一気に吹き飛ばした重大ニュースだ。
そのことでも分かるように、彼女はここにいる役者の殆どよりずっと格上の役者。本来なら復帰祝いを告げに行くべきなのだが、そもそも彼女が休業してきた理由も定かではないし、完治しているのかもわからない。
何より、彼女自身が他の誰にも目をくれず、まっすぐ俺に向かって歩いていることで、皆は余計な口を挟むべきではないと考えたらしく、三々五々それぞれの会話に戻っていった。
他の皆はそれでいいだろうが、俺としてはむしろ謎が深まった。
彼女とは共演したことはおろか、会話したこともなかったからだ。
こちらに来るまでの短い間で、何の用なのか必死に頭を回転させていたが、その答えはすぐに分かった。
「初めまして。よろしくね監督さん」
監督を強調されて納得する。
殆ど名ばかりとはいえ、ドラマの責任者である監督へ最初に挨拶することで、印象を良くしようとしているのだ。
トップクラスの芸能人である彼女でもこういうことをするのか、それともこういう如才ない性格だからこそ、トップに上り詰めることができたのか。
これまで知り合ったトップクラスのタレントは、良くも悪くも人付き合いやコネより才能と実力でのし上がってきた人ばかりだったから新鮮な気分だ。
「初めまして。こちらこそ、よろしくお願いします。……片寄さん」
挨拶をしながら、さりげなく顔色を観察するとメイクで上手く隠してはいるものの、休業する前よりやつれているように見える。
やはり休業理由は病気か、あるいは精神的なものだろうか。
それもあってあまり負担が掛からないわき役でも出演オーケーしてくれたと考えれば辻褄は合う。
しかし、仕事なら他にもいくらでもあっただろうに、どうして敢えて全国放送のTVではないネット配信のドラマを名指して出演を決めたのか。
キャスティングをした鏑木さんから予想は聞いていたが、確実ではない。
いい機会なので今確認しておこう。
「……一つ、聞いても良いですか?」
さりげなく壁際に移動後、壁に背を預けて、あえて顔を見ないようにしながら問いかける。
「なーに?」
「どうして、この仕事を受けてくれたんですか?」
鏑木さんの予想は彼女が姫川愛梨のファンだったからというものだ。
確かに片寄ゆらは現在二十四、五歳。姫川愛梨が現役で活躍していた頃、それこそ朝ドラに出ていた時は小学生だったはずなので、リアルタイムで見て憧れていたという可能性は捨てきれない。
それだと直した脚本の内容にクレームが付きかねないので、本読み前になんとかしておかないと──
「君に会いたかったからだよ」
「え?」
全く予想外の答えを、あっさりと当たり前みたいに言われて、思わず顔を上げる。
演技をしている時のあかねやステージに立っている時のアイにも似た、こちらの意志を無視して目を惹くほど、強い輝きを持った瞳が、俺をまっすぐ見つめていた。
「やっぱり、似てる」
「……何がです?」
動揺しそうになる自分を必死に抑えながら、思考を回転させて考え、一つの可能性を思い至る。
もしかすると彼女は、姫川愛梨ではなくアイのファンだったのではないか。
年齢的にはその可能性もある。
それで俺とアイに血の繋がりがあると気づいたとするとまずい。
せっかく壱護さんたちが俺たちのことを想って、公表せずに済む方法を考えてくれたというのに。
どうにかして口止めを──
「ミキさんに」
続く言葉はまたも俺の予想を裏切るものだった。
ミキ?
知らない名前だ。
少なくとも俺の知り合いにそんな名前の人物はいない。
誰かと勘違いしているのだろうか。
しかし、何故だろう。
何となくその名前が引っかかる。
「彼の本名は、カミキヒカル」
違和感の正体に俺が気づく前に、耳元に小さな声が落とされる。
その名前を聞いたのは、ずいぶん久しぶりの気がした。
少し前までは連日のように報道されていた、元アイドルが芸能事務所の社長を殺したというセンセーショナルな事件も時間の流れによって既に他のニュースにかき消され、今は滅多に語られることもなくなった。
もちろんこのドラマの配信後や、裁判が始まれば再燃するだろうが、少なくとも現在は落ち着いている。
だが、俺にとってはそうではない。
ニュースで流れるかどうかなど関係なく、俺にとってアイツは、十年以上追いかけ続けたアイの敵だ。
その名前を知ってからというもの、自分の手で殺せなかった後悔と恨みを忘れぬ為に、名を呼んで呪詛の念を刻み続けていた。
だが、いつからだろう。
いつの間にか、そうしたこともしなくなっていた。
このドラマ自体が奴を断罪するためのものだからだろうか。
いや、それだってさっさと終わらせて、次に進むためのステップ程度に考えていた。
あかねやミヤコさんたち大人連中を始めとした、俺を救おうと助力してくれた周りの人たちのおかげで忘れかけていたのだ。
『やっと思い出した?』
小さな子供の声が遠くから聞こえた気がした。
そちらを見る前に片寄ゆらが俺の顔に手を添え、じっと俺の瞳を覗き込む。
「本当にそっくり。あの人には私も世話になってね。一緒に飲みにも行ってグチもたくさん聞いてもらったりもしたなぁ。本当に良い人だったよ」
俺から目を逸らすことなく、しみじみ語る彼女の台詞の意味が理解できない。
何を言っているんだ。
アイツは、あの男はアイを殺した男だ。
良い人であるはずがない。
だから、アイのファンだった彼女に──
「あの人が殺された夜も、私と一緒に飲んでた。もっと長く一緒にいれば、あの人は死なずに済んだかもしれない。そんな風に思ったら仕事も手に着かなくなった。それが休業の本当の理由」
背筋に冷たい物が流れる。
少しだけ目を伏せた彼女の表情は本当に心から悔やみ、そして同時にアイツを殺した相手への憎悪も見えた。
その姿が、前世が医者でありながらアイを救うことが出来なかった、子供の頃の俺と重なった。
「だから、君がミキさんだけじゃなく、ミキさんを殺した女のことも描くドラマを作るって聞いて、いても立ってもいられなくなった。……まさか、こんな内容になるとは思わなかったけど」
最後の言葉には、このドラマがカミキヒカルを断罪する内容であることへの明確な怒りが滲んでいた。
俺とルビー、壱護さんたちにとってはアイを奪った憎むべき仇だが、カミキヒカルの死を悔やんで悲しむ人がいる。
考えてみれば当然の話だ。
どんな凶悪犯だとしても、親兄妹もいれば恋人や友人もいる。
その人たちにとってはどんな奴だったとしても大切な存在なのだ。
ましてアイツは表向きは芸能事務所の社長として業界内で顔も広く、芸能人との繋がりも強い。
彼女以外にも、その死を嘆き悲しんでいる者はいるはずだ。
そうした者達にとって、このドラマの内容はきっと許しがたいものに違いない。
「みなさん、お揃いですかね」
ドアが開き鏑木さんが入ってくる。
後ろには打ち合わせをしていたカントクたちも一緒だった。
それを見て片寄ゆらは時間切れ。と小さな声で呟いたが、直に一つ頷く。
「私たちの絡みもあるんだよね。続きはその時に」
それだけ言うと彼女はすっと表情を戻し、俺から離れて席に移動して行く。
「良いドラマにしようね。監督さん」
去り際に残された一言が、いつまでも耳に残り続けていた。
ドラマの内容が変わったことで原作より役数が減り、今回出てきたのが大体のメインキャストですが、リョースケ役が出てないのは意図的です