【完結】推しの子if ~あかねちゃんと一緒にアクアを救おうルート~   作:日ノ川

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前話から少し経って撮影本番の話
今回は女子チーム中心に、前回から雰囲気を変えて軽い話です


第49話 クランクイン

『15年の嘘』クランクイン。

 

 初日の撮影はB小町のメンバーによる楽屋裏での会話から始まった。

 

「ねぇ! たかみーの話聞いてるの?」

 

 ウイッグを付け、昔のB小町の衣装を着たルビーちゃんが、同じく衣装を着たかなちゃんを威圧している。

 いつもニコニコしている彼女とは似ても似付かない。

 演技初心者であるルビーちゃんだが、元々の素質に加え、私とアイ役を競った際、特訓した成果を存分に発揮できてるみたいだ。

 

「あっ、うん! えっと……。ごめん、なんだっけ」

 

 対するかなちゃんも普段の強気で小生意気な態度は鳴りを潜め、おどおどと愛想笑いを浮かべながら、言われるがままだ。

 それからもしばらく罵倒が続き、途中メムちゃんが入ってくる。 

 

「高峯ちゃん。あんまりニノのこといじめちゃだめだよー」

 

 ルビーちゃん以上に慣れていないはずのメムちゃんの演技も、特に違和感はない。

 彼女が演じるB小町メンバーのキャラが、本人と近いこともあるのだろうが、約束通りゆきに演技を教える際、一緒に参加していた成果が出ているのかもしれない。

 そうだと嬉しい。

 

「……ごめんね」

 

 そんなことを考えている間にも演技は進み、かなちゃんが演じるニノが伏し目がちに謝罪したところでカットが入った。

 

 

「ふぃー。どうだった。私、上手くできてたかな」

 

 緊張を解いたルビーちゃんが全身で息を吐く。

 

「ええ。私との練習の成果が出てたわ」

 

 自慢げに胸を張るかなちゃん。

 実際、私との個人間オーディションの題材になった寸劇で、アイの相方役だったのが今ルビーちゃんが演じている高峯役なので、その経験が活きているのは間違いない。

 監督が、ルビーちゃんがアイ役を取れなかった場合のことまで考えてあの台本を用意したのだとすればなかなかの策士だ。

 

「っと、そろそろかな」

 

 私の最初の撮影が近づいてきた。

 まだ声をかけられたわけではないが、カメラや照明、メイクの動きで何となく分かる。

 

 舞台をメインで活動していた頃とは違い、映画やドラマにも出させて貰えるようになって、カメラ演技にもずいぶん慣れたつもりだが、やはり緊張はする。

 

 アイとしての役作りは、アクアくんや斉藤さん達から話を聞いて十分やってきたつもりだが、実の娘であるルビーちゃんを差し置いて、この役を勝ち取ったのだ。

 彼女のためにも、そして私が一番相応しいと言ってくれたアクアくんのためにも、半端な演技は見せられない。

 

 自分の中に作った星野アイを思い出し、スイッチを入れるように意識を切り替えようと深呼吸をして──

 

「準備できたか」

「っ! ゴホッ、ゴホ!」

 

 突如横から声をかけられて、盛大に噎せてしまった。

 

 

「おっと。スマン、スマン」

 

「か、監督さん。どうしたんですか。急に」

 

 現場に監督がいるのは当然だが、現在はルビーちゃんたちが演じた映像のチェックをしているはずだ。

 

「ちょっとした機材トラブルで、画が来なくてな。ま、あっちは大丈夫そうだし、その間に主演の演技指導をな」

 

「……そうですか。よろしくお願いします」

 

 愛想良く頷きながら、内心で身構える。

 監督によって演技指導のやり方は様々だ。

 私は五反田監督の作品に出演するのは初めてだが、さっきのルビーちゃんの件も含め、有能な監督であるのは間違いない。

 

 出演経験のあるアクアくんやかなちゃんによると、懇切丁寧に指導をするタイプではないが、本物を撮るためならどんなことでも行うそうだ。

 

 アクアくん曰く、分かりづらくて面倒くさい。

 かなちゃん曰く、アクアくんそっくりのやり口。

 どちらかと言うと私もかなちゃんの意見に賛成だ。

 

 アクアくんに似ているというよりは、アクアくんの方が師匠である監督に似ているのだろう。

 その監督さん直々の演技指導、裏の裏まで意図を読みとるつもりで掛からなくては。

 そうでなくても、監督は元々アイ役にルビーちゃんを推していたはず。

 ここで下手な演技をしてやっぱりルビーちゃんを選んでおけば良かった。なんて思われるわけにはいかない。

 

「ってもお前の演技力に関しては心配はしてねぇ。だから聞きたいのは一つだ」

 

「なんでしょう?」

 

「アイがずっと隠していた感情はなんだ?」

 

 私を試すような笑みと共に言う。

 思いもよらぬ問いかけに、けれど私は僅かな間も空けずに答えた。

 

「怒りと悲しみです。アイさんはきっと、心の内側にずっと怒りと悲しみを隠していた」

 

 アイドルとして、完璧な彼女だけ見ていたら分からなかっただろうが、アクアくんたちからの聞き取りのみならず、ルビーちゃんの演技を通してみたアイドルではない、星野アイ個人としての感情。

 それらを総合すると彼女の内面も見えてくる。

 

「流石。役作りは完璧だな」

 

 満足げに頷く監督さんはしかし、それ以上何も聞いてこなかった。

 本当にこれだけを聞きたかったのだろうか。

 だとしたら少し拍子抜けした気分。

 そんな風に思っている私に、監督はわざとらしく頭を搔きながら、ところで。と前置きをして話を変えた。

 

「それとは別に一つ聞きたいんだが」

 

 盗み聞きを危惧したような小声に、演技指導は建前でこちらが本命だと察した。

 私が一つ頷いたのを確認して続ける。

 

「今日、アクアの奴がどこにいるか知ってるか?」

 

「アクアくんですか? いえ、私は聞いてないですけど、今日は撮影ありませんよね?」

 

 こちらも思いもよらない質問だ。

 15年の嘘は、星野アイのアイドルとしての側面とプライベート部分を交互に写す構成になっている。

 今日撮影するのはアイドルパートであり、主にプライベートパートに登場するカミキヒカル役のアクアくんに撮影予定はない。

 

 撮影スケジュールに関しては私なんかよりカントクの方が詳しいのだから、当然それも知っているはず。

 その上で聞いてくる以上、何か理由があるはずだ。

 

「そうなんだが、アイツ一応座長だろ? ってもアイツには役者纏めさせるっつーよりは、監督の仕事を学ばせるために、毎日現場に来させる理由付けのつもりだったんだが……」

 

 やれやれと頭を掻く監督に、私は周囲を見回してから小声で訊ねる。

 

「……それは、スタッフさんの?」

 

 万が一を考え、あえて遠回しに聞くと、監督も小さく頷き更に声を落とした。

 

「ああ。ドラマ制作自体は斉藤さんの新会社が請負ってっけど、スタッフを実際集めたのは鏑木だ。アイツの座組は癖の強い職人気質が多いからな。プライドが高いスタッフの中にはアクアをよく思わねぇ奴らもいる」

 

 確かに。

 役者もそうだが、監督にも特別な資格などは無く、極論を言えば名乗ったもの勝ちな部分がある。

 だからこそ、今まで作品を撮ったことのないアクアくんを監督の一人として採用することもできたのだが、スタッフの中にも将来監督になりたいと思っている者もいるはずだ。

 

 アクアくんはそんな人たちを差し置いて、いきなり監督に抜擢された。

 監督や鏑木さんのコネで選ばれただけとよく思わない人もいるに違いない。

 そんな状況でも、毎回現場に来られるように、監督はアクアくんに座長という役割を与えたのだ。アクアくんは元より視野が広くて面倒見がいいので、座長としての仕事をこなしていく内に、認識を改めてくれる人も出てくるはずだ。

 

「アクアくんがそれに気づいてないのは確かにおかしいですね」

 

 頭が良く、察しも良いだけでなく、監督との付き合いも長い。

 直ぐには気づけなくても少し考えれば理解して、現場に日参するはずだ。

 

「おう。だからこそ、なんか特別な理由があるんじゃねぇかと思って聞いたんだが……っと、本番前に聞くことじゃなかったな。アイツのことは俺の方で確認しとくから、お前は演技に集中しろ」

 

 それだけ言うと監督は私の返事も聞かずにその場から離れていく。

 実際、余計なことを考えていると演技に濁りが生じるため良くはないのだが、私はその手の切り替えが得意な方だ。

 だから、監督が去った後も私は今の話を反芻していた。

 

(そういえば、本読みの時もどこかおかしかったな)

 

 仇であるカミキヒカルの役を演じることへの葛藤なのかと思ってあまり深く考えなかったが、それだけではなかったのかも知れない。

 でも、アクアくんがいったい何を考え、今どこにいるのかを推理するには流石に情報が足りない。

 手元にスマホがあれば、例のぬいぐるみに入ったGPSを検索できるのだが。

 取りに行こうかと考えた直後。

 

「黒川さん。本番入りまーす」

 

 監督と入れ違いでやってきたスタッフに声をかけられ、足を止める。

 

「はい」

 

 それまで恋人を心配していた気持ちを押さえ込み、意識的に感情を切り替える。

 仕事は仕事。

 なにより、今のアクアくんなら、何かあれば、きっと私に相談してくれるはず。

 

 一度目を伏せてから、唇を持ち上げ大きく瞳を見開く。それだけで事前に用意していた星野アイの感情が浮かび上がる。

 

「うん。アクアなら大丈夫」

 

 だいたいにして、アクアの心配以前に、私自身も乗り越えなくてはいけない壁がある。

 わずかに残った迷いを振り切り、私は撮影に望んだ。

 

 

   ☆

 

 

 撮影が終わった後、私たちは全員で苺プロまで移動することとなった。

 

「思ったより時間取れそうね」

 

 移動中の車内、助手席に座っていたかなちゃんが時計を見ながら言う。

 確かに撮影時間は予定通りに行かないことの方が多いため、かなり長めに取っていると聞いていたが、むしろ予定より早く終わることができた。

 演技初挑戦の私には分からないことだが、かなちゃんの様子を見るにかなり稀なことらしい。

 

「撮影がスムーズに進んだもんね。私たちもだけど、一人での撮影が多いあかねちゃんもほとんど一発オッケーだったんでしょ? 流石ー」

 

 私の隣に座っていたルビーが、後ろを振り返って笑いかけると、台本を読んでいたあかねが顔を上げる。

 

「あはは。ありがとう、ルビーちゃん。でもルビーちゃんも良かったよ。メムちゃんもね」

 

 いったん台本を置いたあかねが、私たちの顔を交互に見ながら優しく微笑んだ。

 そう。車内には私たちB小町だけでなく、あかねも一緒に乗っている。

 

「ナチュラルに人のこと省いてんじゃないわよ。ホント性格悪い」

「性格悪いなんて、かなちゃんに言われたくないなぁ」

 

 かなちゃんはいつものことだが、あかねも微笑みそのものはさっきまでと変わらないはずなのに、妙に冷たい印象に変わっていた。

 

(私たちを挟んで言い合いしないで欲しい)

 

 三列シートの二列目に座っている私とルビーの頭の上を通過して二人が睨み合う。

 

「そもそも二人だけに言ったのは、演技を教えたのが私だからだよ」

 

「勝手に師匠面しないでくれる? この二人に演技を教えたのは私だから。ね?」

 

「え? あ、えーっと」

 

「そうかなぁ。少なくともメムちゃんに教えた時間は私の方が長いし、ルビーちゃんに一番大事なことを教えたのも私だよ。ね?」

 

「うーんと」

 

 矛先がこちらを向き、私とルビーは思わず視線を合わせた。

 その後、助けを求めてバックミラー越しに運転手であるミヤコさんを見る……が。

 

(ファイト)

 

 鏡越しに目が合った直後、口パクでそれだけ告げると、即座目を逸らされてしまった。

 

(社長ー!?)

 

 以前、かなちゃんとアクたんの仲が微妙だった時は、社長自ら上手いこと言って仲直りさせていたのに。

 これは私が信頼されているのか、それとも丸投げされているのか。

 どっちだろうと面倒この上ない。と胃に痛みを感じつつ、私は努めて普段通りに笑顔を作った。

 

「まぁ、基本素人の私たちは二人はもちろん、他のみんなにも助けられてる感じかなぁ。アクたんにも何回か練習見てもらったしね」

 

「アクアくんに?」

「アクアに?」

 

 私が選んだのは、あかねたちにとってのウィークポイントであるアクたんを使うことだった。

 とはいえ、実際には正式に時間を取って演技を教わったわけではない。

 

 最近なにかと忙しいらしく、めっきり顔を見なくなったアクたんの名前を出せば、二人の怒りの矛先がアクたんに向かうと思っただけだ。

 

(よし! 上手くいった、アクたんには悪いけど、二人が揉めるのはアクたんのせいでもあるんだし、このまま──)

 

「えー!? 私そんなの聞いてないよ。MEMちょばっかりずるい! 私だってお兄ちゃんに教えて欲しいのに!」

 

(ルビー! 空気読んでぇ!)

 

「いや、ほんと、軽くね。アクたんも忙しそうだったし、偶然通りかかったから助言を貰った程度で」

 

「忙しい……」

 

 誤魔化すために適当に話した言葉にあかねが反応し、なにやら考えこんだのを見て、チャンスとばかりに私はさらに続けた。

 

「それにほら。私たちの場合みんながみんなの師匠というか。今からは私たちがあかねの師匠になるわけだし」

 

 私の言葉を聞いた途端、あかねの肩がビクリと跳ねる。

 同時にかなちゃんの顔が意地悪く歪む。

 

「そうねぇ。まぁ、天才女優の黒川あかねちゃんならすーぐ上達してくれると思ってたのにねぇ」

「うぐ」

 

 わざとらしい煽り台詞にあかねは唇を噛みしめる。

 

「まあまあ、あかねちゃん。誰にでも向き不向きはあるから。でも、私を差し置いてアイを演じるんだから半端なパフォーマンスじゃダメだよ? そう、本物と見紛うくらいの出来じゃなきゃね……」

「ひぅ」

 

 あかねの肩に手を乗せ、慰めるようなことを言うルビーだが、その目は一切笑っていなかった。

 

「こらこらルビー、目が怖いよ。大丈夫だって、あかねは運動神経は悪くないし、ダンスもすぐ覚えられるよ」

 

 ルビーと異なり、私は普通の笑顔で告げる。

 これが苺プロにあかねも同行している理由、ライブシーンを撮影するために必要なダンスレッスンを行うためだ。

 

 本番のライブと異なり、撮り直しが可能で場面ごとに区切っての撮影もできるとはいえ、ダンスの基礎ができていなければお話にならない。

 それを学んで貰うために、元祖B小町の資料が豊富で、レッスンスペースもある苺プロで練習をすることになったのだ。

 

「いやぁ。前にルビーちゃんにも言ったんだけど、私得意分野以外はてんでダメで……」

 

 演技の時の自信に溢れた姿とは違う消え入りそうな声で言う。

 実際、今のあかねは伝説のアイドルどころか、デビューしたての地下アイドル程度のパフォーマンスしかできない。

 とはいえ、私たちだって初ライブの時はそのぐらいのレベルだったわけだし、数日のレッスンだけでここまで来たのなら上達速度自体は早いと思うのだが……

 

「一応、B小町役をやるって決まってから事務所にお願いしてダンスレッスンは受けさせて貰っていたし、ゆきと一緒にノブくんからダンスの練習も見てもらっているんだけど。後から始めたゆきにも抜かされる始末で……」

 

「あ、あー。そうなんだ」

 

 アイ役の打診はアクたんを経由して結構前から来ていたと聞いている。

 それからずっとレッスンしていた上、後から練習を始めたゆきにすら抜かされたとなると、色々話が変わってくる。

 

 もっとも、ゆきの場合はプライベートでもノブが付きっ切りで教えてくれた可能性もあるので、一概には言えないが。

 

「そういうことなら、なおさら頑張んないとねー」

 

「そうねぇ。現役アイドルの私たちを差し置いてセンターなんだから、絶対に本職並になってもらうわよ」

 

「うぅ」

 

 昔年の恨みを晴らすとばかりに良い笑顔で詰め寄る二人に気圧された、あかねが呻き声をあげる。

 ちらりと私に助けを求めるような視線を感じる。

 実際必要なことではあるが、流石にほぼ素人のあかねに求め過ぎな気もする。

 どちらの気持ちも分かるが故に、私は大人の対応を取ることにした。

 

「あかね」

「メムちゃん!」

 

「ファイト!」

「メムちゃーん!?」

 

 尊敬する大人である社長を見習ってエールを送りつつも、それ以上のことはせず、私は目を逸らした。




東ブレの舞台を見るに、あかねは殺陣も出来ていましたし運動神経自体は高いと思うんですが、リズム感を含めたライブパフォーマンス系は不得意なイメージです
とはいえ原作でもライブシーンは撮っていたようなので全然できないわけではないんでしょうけど、みんなが求めるアイのレベルには達していない感じですね
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