【完結】推しの子if ~あかねちゃんと一緒にアクアを救おうルート~ 作:日ノ川
ちなみに原作ではルビーの師匠として、努力の量やキャラ理解で一端の役者らしい自信を持っていたメルトですが、この話では一年近く前倒しになっていることもあり、まだ自信を持っていない状態です
俺にとって最初の撮影日。
ロケ地として借りた喫茶店の都合もあって早朝から撮影開始となった。
最初のシーンは、その喫茶店にパフェを餌にしてアイを連れてきた苺プロの社長が、アイを説得するシーンから始まった。
そして──
「はい。カットー」
もう何度目か数えることも止めたリテイクが告げられた直後、黒川のメイクを直すついでに休憩が告げられた。
店の中で待つのが居たたまれず、一度店の外に出て、入口近くに並んだイスに腰掛けたまま項垂れる。
「ぜんぜん出来ねー」
思わず弱音が溢れ落ちた。
良くも悪くも一発勝負の舞台と異なり、ドラマ作品ではダメな所があったら容赦なくカットされて撮り直す。
理屈としては分かっていた。
しかし、以前俺が主演を勤めたドラマ、今日あまではこうした経験が殆ど無かった。
とはいえ、あれは有馬とアクアを除く役者たちの演技があまりにお粗末で、改善しようもなく鏑木さんや監督を始めとするスタッフからも諦められたからで、その結果ドラマが酷い出来になったことも今ではメチャクチャ後悔しているのだが……
もちろん、一度もリテイクが無かった訳では無い。
しかしそれは台詞を間違えたり、動きやカメラの方向を間違えたりと言った要するに誰が見ても分かるミスがあった時だけだった。
だから、どこを直せばいいかも分かっていたのだが今回は違う。
台詞は間違えていないし、俺なりに声の出し方や動きにも気を使っている。
それなのにリテイクが掛かり続ける。
これはもう、単純に俺の演技力が足りていないのが原因なのだろう。
「はぁ」
もう一度ため息を吐いた直後。
「……休憩中か?」
頭上から声が降って来て、即座顔を持ち上げた。
そこにはいつも通りの仏頂面でこちらを見下ろしているアクアの姿。
「アクアー! 助けてくれー」
その顔を見た途端、俺は自分でも分かるほど情けなく顔を歪めて、アクアの服を掴んだ。
「デカい声出すな」
そんな俺に、これもまたいつも通り冷たい口調で言い捨てたアクアだが、視線は俺ではなく、周りに向けられていた。
外だから変に目立つと不味いということだろう。
喫茶店から見える風景も一緒に撮影する関係上、前の道路も封鎖していて、見物人も殆どいないのでまず大丈夫だとは思うが、このドラマは色々な意味で注目されているので気をつけるに越したことはない。
「あ、悪りぃ。……いや、リテイクしまくって時間経ちすぎたから、一旦黒川のメイク直すついでに休憩になったんだよ。だから今のうちに何とかしないと」
一言詫びを入れてから事情を説明すると、アクアは怪訝そうに眉を寄せた。
「姫川さんからコツ教わったんじゃないのか?」
顔合わせの時に言っていたことだ。
あの時は一緒に居なかったが、聞こえていたらしい。
「ああ、教えてくれたよ。忙しい中、時間取って個人レッスンまでしてくれた」
その時の稽古を思い出して肩を落とす。
超一流の役者にして、仕事も忙しい姫川さんに時間を取って貰ったのだから。と気合いを入れて臨んだのだが……
「でも。あの人、演技はメチャクチャ上手いけど、教えるのはアレって言うか、そもそも何言ってるかよく分かんねーんだ」
手本を見せてくれた後、言葉による解説はなくとりあえずやってみろという、実践方式なのは頭があまり良くない俺にとってはありがたかったが、いざやって見てもどこがどうダメなのか、姫川さん自身どう説明して良いか分からないらしく、ダメ出しが抽象的過ぎて全く伝わらなかった。
「あー。あの人感覚派だからな」
「それでも俺なりに何とか姫川さんの演技を真似てやってみたんだけどさ。見ての通りリテイクばっか」
姫川さんの演技を見て感じた、若者が中年役をする時に気をつける体の動きや話し方のポイントを中心にして、事務所に頼んで付けて貰ったレッスンの講師と演技を仕上げて撮影に臨んだのだが、全く通用しない。
「黒川に頼んでみたけど教えてくれねーし」
「あかねは演技指導の指揮系統を大事にするタイプだからな。カントクは?」
「それが。直接聞いても頑張れってだけで教えてくれねーんだよ。何なんだあの監督。金田一さんとかは演技の要求が高いだけで聞けばちゃんと教えてくれたのにさー」
自分の実力の無さが原因とはいえ、思い出すと腹が立ってくる。
まだ一つのシーンもオッケーが出ていない現状に、いい加減周囲の空気も悪くなり始めたのを感じ、恥を忍んで直接訊ねたのだが返ってきたのはたった一言だったのだ。
「頑張れ? それだけか?」
「ああ。もっとガムシャラにやれってさ。要するに努力がたんねーってことだよな? でも撮影前ならともかく、今から努力って言われてもさ」
東ブレの稽古期間を思い出した。
周りとの演技力の差に焦った俺はあの時もアクアにアドバイスを求めた。
そこで教えてもらったのは、本番まで大して時間が無いからこそ、全体を良くするのではなく、一番の見せ場だけに全てを注ぎ込むやり方。
だが、あれは一発勝負の舞台だからこそできたことだ。
何度も撮り直せるドラマでは全体を底上げして、オッケーが出ないと次に進めない。
そう考えて俺なりに努力してきたつもりだが、その努力が足りなかったと言われても、今更どうしようもない。
「そうでもないぞ」
「え?」
「そもそも、カントクが本当にお前の演技力が要求レベルに到達してないって思ったら、調整と練習時間確保の為に撮影スケジュールを後ろにずらすか、下手すれば役者を変えるって言い出しかねない」
「っ!」
「そうなってないってことは、演技力じゃなくて、意識の違いでどうにかできる問題ってことだ」
「意識の違い?」
首を傾げる俺を余所に、アクアは再び周囲を見回す。
今度は店の外ではなく、ガラス張りになっている店内の方を見ていた。
一点で視線を止めたアクアは眉間に皺を寄せ、嫌そうな顔をした後深くため息を吐く。
俺もその視線の先を追ってみるが、そこには休憩中のスタッフが監督と談笑しているだけだった。
一体何を見たのか聞く前にアクアが語りだす。
「メルト。この場面は俺の担当じゃないし、カントクが求めている演技がどんなものか確信は無い。だけど、お前の間違ってる所は分かる」
「どこが間違ってるんだ? 教えてくれ!」
「役作り。というかキャラ解釈の方向性だよ」
「どういうこと?」
俺の問いにアクアは少し考えるような間を空けてから続ける。
「演技してるとこ見た訳じゃないが、多分お前、自分の役が余裕を持った大人の男だと思ってるだろ?」
ズバリ正解だったので素直に頷く。
「実際そうだろ? 台本読んだ限りじゃ、言葉巧みにアイを説得して、上手いことスカウトしただけじゃなく、必要なら金使って親戚を後見人にするのを承諾させたり、何より地下アイドルから短期間でドームまで連れてった敏腕社長。だからこう、ダーティな手段も使う大人の男って感じを出してみたんだけど」
台本を読んで感じた率直な感想だ。
「そうか。やってきたことだけ並べるとそうなるのか」
俺の説明に、アクアは苦笑を返す。
その態度から、どこか親しみを感じているように見えて不思議に思う。
「……俺はよく知らないけどあの人、ネット上でかなり騒がれてるんだろ? なんかアクアのことも利用しようとしたって聞いたからさ。そういうのが根本にあったっつーか、なんつーか」
ずっと行方不明だったが、戻ってきた途端アイのことを利用して金儲けを企んでいるとか、俺を自分役に指名したのも顔だけで選んだとか、色々言われて炎上している人物だ。
ファンから、SNSにそんな報告と共に、もっと良い役に変えてもらった方が良い。なんてメッセージが多数来ていた。
別にネットの情報だけを鵜呑みにしている訳ではないが、少なくともアクアの里親でありながら、ずっと放置していたのは事実らしいので、仕事はできるが冷たく人間味の無い有能社長というイメージを固めてきた。
「……確かにあの人はいつも調子の良いことばっか言ってる癖に、いざって時は妻に全部押しつけて十何年も失踪するような、責任感皆無のダメ男だが」
「お、おう。やっぱ怒ってんの?」
クールなアクアらしくない感情の籠もった言い方にたじろぐと、こんなドラマの監督を引き受けた俺も大概かもしれないが。と言って小さく肩を竦めた。
「俺のことはどうでも良いが、俺の家族に迷惑かけたことは許してないからな」
「じゃあやっぱり俺の役作り──」
合ってんじゃねーの? と続けようとした俺の言葉を遮る。
「ただ。それは今のあの人だ。アイをスカウトして苺プロで夢を目指していた頃はそんな人じゃなかった」
「そうなのか?」
「ああ。だからメルトがあの人の役でキャスティングされたって聞いた時、年齢的にミスキャストだとは思ったけど、反対はしなかった」
「何でだよ」
「元の性格って言うか、キャラとしてはそんなにズレてないと思ったからな」
「……結局、昔はどんな人だったんだ?」
今とは違うといっても、炎上中の人物と似てると言われて良い気はしない。
そんな思いが声に出てしまった俺に向かって、アクアはニヤリと唇を斜めに持ち上げてから、店内を指さした。
「カントクが言ってたんだろ?」
「ん?」
思い出すより先に、続けて言う。
「昔のあの人は何をするにも、ガムシャラな人だったんだよ。自分だけじゃなく、周りの夢も背負ってバカみたいにまっすぐ突き進む。そんな人だった」
少し遠い目をして語るアクアを見て、監督のたった一言の演技指導に込められた意味をようやく理解できた。
「あ。そっか、あれはそういう」
俺が用意していたキャラとは真逆だが、不思議と心は落ち着いている。
だってそれは──
「そういう演技は、お前の得意分野だろ?」
心を読んだかのような台詞に俺は大きく頷いた。
「ああ! それだけは負ける気はねぇよ」
アクアの演技を初めて見たあの時から、自分の情けなさと下手さを自覚した。
それでも、諦めずとにかく前に進んでここまでやってきた。
それだけは、誰にも否定させない。
「休憩終わりまーす」
俺たちの話が終わるのを見計らっていたかのように、スタッフが声を上げる。
それを見て、アクアはその場から移動して店の中に入ろうと扉に手をかけた。
「あ」
礼を言い忘れた。と呼び止めようとしたが、アクアは振り返って告げた。
「カントクの所で一緒に見てる。良い演技見せてくれよ」
不敵な笑みに俺もニヤリと笑みを返し、拳を握りしめ力強く宣言した。
「おう!」
☆
「さっきまでと大違いだ。やるじゃねぇか、早熟」
何シーンか撮り終わった後、カントクが嬉しそうに俺の背を叩く。
「よく言うよ。アンタの狙い通りだろ?」
地味な痛みに顔を顰めたまま吐き捨てた。
メルトは俺の言うとおり、演技というか役作りの方向性をガラリと変えた。
それからはトントン拍子に撮影が進んでいるが、これは俺の手柄ではなく、カントクの狙い通りのはずだ。
そもそも本物を撮るためならどんなことでもするのがカントクの流儀。
その為なら敢えて正解を言わずにリテイクを出しまくって相手を怒らせたり、自分なりに正解を考えさせたりすることもある。
最初はそれが狙いなのかと思い、メルトに助言する気は無かったのだが、話している最中、店の中から俺を見ていたカントクの視線で気が付いた。
カントクがメルトの役作りのミスを指摘せずに放置していたのは、それを俺に指摘させる為。
わざわざそんな手間をかけたのは、スタッフたちに監督として、座長として仕事を務められるだけの実力を俺が持っていることを示すのが目的なのだと。
実際撮影現場に遅れてやってきた俺に対し、あからさまに不満を見せていたスタッフたちの視線も、今は幾分か和らいで見える。
「その為にメルトを出汁に使ったのもどうかと思うけど、何も借りる時間が決まってるロケ中にやる必要は無いんじゃないのか?」
一日中借りられるスタジオ撮影の時にやれば良い。と言外に言い含めるが、カントクはそれを鼻で笑い飛ばす。
「そもそもお前がもっと早く来てればこんな時間掛からなかったんだよ。何してやがった?」
今度はカントクの方が俺に詰問する。
一瞬言うべきか悩んだが、隠していても意味はないだろうと正直に告げることにした。
「夜通し映画見てた」
「はぁ? お前なぁ。映画見るのが勉強にならんとは言わねーが、完成品より過程を見なきゃ撮り方はわかんねーぞ。こういうのは見るよりも実際にやってみて身に着けていくものだからな」
呆れた声を出すカントクに、黙って首を横に振る。
「別に監督の勉強の為じゃない」
「このドラマの成功がどんだけ重要か、お前が一番分かってんだろ?」
「分かってるさ。だが、その前にやらないといけないことがある」
「またか。お前はホント次から次に面倒ごとばかり持ってくるな」
「俺が望んでいる訳じゃない」
「はっ。まぁ、そういうことなら、やっぱり今回の作戦はやって良かっただろ。座長として最低限の仕事をした以上、スタッフの溜飲も少しは下がったから撮影もやりやすくなる。何をする気か知らんが、急げよ」
「ああ」
本当はもっと早く動くつもりだったが、思いの外時間が掛かってしまった。
だが、ようやく俺の中で
「その為に一つ鏑木さんに頼むことがある」
「あン? 何させる気だ」
「この後時間取って貰ってるから、とりあえず話してくる」
カントクの質問には答えず立ち上がる。
「黒川に会って行かなくて良いのか?」
背中に掛かった声に、一瞬動きが止まった。
そう言えば俺が到着した時はメイクを直していたし、その後は遅れを取り戻す為にずっと撮影だったので、今日はまだあかねと直接会っていない。
「……いや。今は時間が無い」
本当はまだ少し時間はあるのだが、今はその気が起きない。
会ってしまうと決心が揺らぎそうで。
それ以上は何も言わず、俺は逃げるようにその場を後にした。
自分の代わりに責任を取ることになった為、アクアは人前では壱護さんを邪険にしているように振舞っていて、それに申し訳ない気持ちもありますが、ミヤコさんにした行いは許してないので、メルトに語った気持ちはだいたい本心です
次からまた本筋を進めます