【完結】推しの子if ~あかねちゃんと一緒にアクアを救おうルート~   作:日ノ川

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アクアとゆらさんが対峙する話
ゆらさんの内面や女優としての評価は、描写が殆どないので基本想像で書いています


第52話 私の夢

「監督さん、どうしたんです? 急なスケジュール変更。それも撮影時間をズラして伝えて、私をこんなところに呼び出して」

 

 わざとらしい敬語と説明口調にミキさんの息子……星野アクアは、僅かに口元を歪めた。

 制作会社からスケジュールが変更になった。と連絡が入ったのはつい先日のこと。

 それを聞かされた時、マネージャーである本田さんはひどく憤慨していた。

 

 私の出番自体は物語中盤で、撮影スケジュールも中盤になる予定だったのだが、それがいきなり序盤に変更となった。

 理由もろくに説明がなされず、ただ、このドラマの原作で制作も担っている人物、現在炎上中の斉藤壱護なる男の一存によるもの。とだけ伝えられた。

 休業明けで、今入っている仕事もこれ一本なのでスケジュールが変更されたところで問題はないが、本田さんが怒っているのはまさにそれが理由だった。

 

 制作会社やプロデューサーが私に時間があると見越して、撮影スケジュールを組み直した上、ぎりぎりで連絡してきた。

 これはつまり片寄ゆらという自社の看板商品が侮られたも同然と思ったのだ。

 だけど私はそうは思わなかった。

 

 斉藤壱護の方は良く知らないが、休業中だった私に気を使ってオファーを出し続け、繋がりを途切れないようにしていた鏑木Pが、わざわざ事務所を怒らせるような杜撰な方法を取ること自体おかしな話だ。

 つまり、この変更には別の意図がある。

 変更されたスケジュール表に記載された共演者の入り時間を見て、それは確信に変わった。

 だから私は本田さんを宥めつつ、一人で現場入りした。

 

 控え室には案の定、共演者にして監督でもある星野アクアが待ちかまえていた。

 彼が私と直接話をする為に撮影時間をズラして伝えたのだろう。

 

「続きは後でって言ったのはそっちじゃないですか」

 

「──ああ、そうだったね」

 

 口元に浮かべたものとは別種の笑みを心の中で浮かべる。

 私の意図はちゃんと伝わっていたようだ。

 

(やっぱり、小賢しく色々考えて行動するタイプかぁ)

 

 芸プロ社長でありながら、他社所属である私のグチを何でも聞いてくれて、それを一切外に漏らさなかったミキさんとは似ても似つかないが、こういう策士気取りはこの業界にはたくさんいる。

 顔合わせの際、私はミキさんと彼の繋がりを知っていると伝えた上で、共演シーンで何かをするかのように匂わせた。

 それを聞いて彼は慌てて鏑木Pを説得し、このスケジュール変更を認めさせたのだろう。

 こういう輩は、常に最善と最悪の二つの状況を想定しながら頭の中を整理し、そこから改めて最善の状況へと持っていく策を講じる。

 結果、勝手に物事を深く読み取ろうとする。

 私自身はあまり深く物事を考えるタイプではないが、そういう人たちと接していたからこそどういう行動を取るかくらいは分かる。

 

「自分のお父さんを断罪した上、あの女を擁護するようなこの脚本はどういう意図があるのかなって話ね」

 

 だから私も、出来る限りミステリアスに、何か考えがあるような演技をして見せた。

 

「……あの男とは親しかったんですよね?」

 

 父と呼ぶどころか、名前すら呼ばない。

 公表していないこともあって予想は出来ていたが、やはり親子関係は最悪だったようだ。

 これに関しては脚本を読んだ時から分かっていたので驚きはない。

 

「前にも言ったけど本当に良い人だったよ。少なくとも逆恨みで殺されるような人でも、ましてその殺人犯を庇うために名誉を傷つけられなきゃいけない人でもない」

 

 私の言葉を受け、星野アクアの目が細くなる。

 

「あの男に関しては、可能な限り事実を並べているはずですけどね」

 

「事実、ねぇ」

 

 このドラマは元祖B小町のセンター、アイを中心に描かれているため、ミキさんの登場シーン自体はそう多くないが、その短い時間の中でも露悪的に写るような場面ばかり並べられていた。

 

 最初こそは芸能界の闇にどっぷりと浸かった姫川愛梨によって性被害を受けた被害者として描かれていたが、ワークショップでやってきたアイと知り合ったことで、彼女に惹かれ親交を深めていった。

 そんな中、ミキさんは自分が姫川愛梨から性被害を受けていることを見抜かれてしまい、憤慨したアイの直談判によってミキさんは救われた。

 その結果、自分を救ってくれた彼女に恋愛感情を抱いて告白するが、あっさり振られてしまう。

 

 ここまでならまだいい。

 問題なのはその後。

 ミキさんは自分を振って芸能界で売れていくアイを逆恨みして最終的に彼女のファンだった大学生を唆して、殺害を計画した。

 いわば事件の黒幕として描かれている。

 

 それにあの女が気づき、アイの復讐を果たすためにミキさんを殺害した。

 流石にハッキリと断言されたわけではないが、そう読みとれるようなシーンが物語に組み込まれているのだ。

 

「そう、事実です。制作の責任者である元苺プロの代表斉藤さんはアイの後見人であり、育ての親とも言える人物です。その彼がアイから直接カミキヒカルの人柄についても聞いている。脚本の後半で出てきたあの決別の言葉も、アイが彼の本質を見抜いたからこそ、出た言葉です」

 

「決別、ね」

 

 私は君を愛せない。

 本読みの際、アイ役の黒川あかねがミキさん役の星野アクアに発した台詞。

 今彼が言ったように、彼女も決別の言葉として解釈していたようだが、どうだろうか。

 

 アイのことはよく知らないが、少なくともミキさんのことを知っている私から見れば違和感しかない演技だった。

 とはいえ、実際どっちが真実かなんてどうでも良い。

 だって──

 

「それは私が知らない頃の話で、今のミキさんとは関係無いでしょ?」

「あいつは!」

 

 静かに告げる私と対照的に激昂する星野アクア。

 それでも直前で唇を噛みしめ、言葉を飲み込んでから意識を切り替えるような息を吐いた。

 

「それで。貴方の狙いはなんですか?」

 

 その問いに、私は完璧な笑顔を作り笑いかける。

 

「これ以上、ミキさんの名誉を傷つけることは許さない。だから、今から内容を変えてくれないかな?」

 

「……今更そんなこと出来るはずがない」

 

 否定するまでホンの僅かな間が空いているのを見て、確信した。

 

「出来るでしょ? このドラマはそういう風に作られてる」

 

 この脚本はかなりの部分で役者の演技に依存している。

 イベントが時系列順に並べられているだけで、役者がどんな演技をしようと問題ないようにあえてゆとりを持たせている。と言い換えても良い。

 星野アクアがそうしたのか、それとも総監督である五反田泰志の仕業なのかは知らないが、こうした監督は割といる。

 

 上手くいけば、作り物ではない本物の感情をフレームに収められ、作品の質を向上させることはできるが、その分役者に求められるハードルは上がる。

 今回は主演を初めとして実力派の役者が揃っているからこそ、そうした脚本にしたのだろうが、だからこそ、演技に合わせて柔軟にストーリーを変えることもできなくはない。

 

「変えなければ?」

「……言う必要、ある?」

 

 私の持てる手札を全て使って、このドラマを無茶苦茶にする。と言外に伝える。

 瞬間、星野アクアの空気が揺らいだ。

 私がその覚悟を持っていると彼はちゃんと理解しているみたいだ。

 

 でも、今回に関しては少し認識が甘い。

 如何にトップタレントだろうと、業界人からすれば私は所詮まだ二十歳そこそこの小娘。

 生放送ならまだしも、撮影中に何かしたところで、簡単に揉み消される可能性の方が高いだろう。

 ここ一年近く休業していて碌に活動しておらず、良くも悪くも世間から忘れ去られつつある状況なら尚更だ。

 

 正直、私自身あまり物事を深く考える人間ではないから、彼のように策を弄するタイプは苦手である。

 だから、自分の立場ならドラマそのものを無茶苦茶に出来る上、そのために現在の立場も含め、全部捨てる覚悟がある。

 これまで必死に積み上げてきた女優としての地位や立場、財産だっていらない。

 そう見せつけることで、何を考えているか分からない星野アクアの行動を縛る。

 

 きっと彼は、私が何故ここまでするのか理解できないだろう。 

 彼の死に私も多少関わっているとはいえ、何故そこまで。と。

 実の所、私の中ですら明確な答えが出ていない。

 

 ミキさんには世話になったが、立場としてはあくまで飲み友達でしかないというのに。

 そのために私はこれまでの人生はおろか、未来すら捨てることも厭わないと本気で思っている。

 そう。私の未来、私の夢。

 それは──

 

「片寄さん」

 

「なーに?」

 

 声を掛けられ、思考を中断する。

 何を考えているのか、相手に伝わらないように、微笑の仮面を被った。

 そんな私を星野アクアはまっすぐ見つめてくる。

 

 その瞳に諦めの色はない。

 まだ説得を続けるつもりなのか、それとも脅しでもかけてくるつもりか。

 

「俺と賭けをしませんか?」

 

 無表情のまま言われたのは、考えていたもののどれでもなくて、思わず虚を突かれた。

 

「どんな?」

 

 動揺を隠し、そろりと探る。

 対する星野アクアは先ほどまでとは打って変わって、それこそ私がやっていたように余裕ぶった薄い笑みを浮かべて続けた。

 

「簡単です。台本はこのままで、撮影を続けさせてください。そして俺はこの作品を全力で名作になるよう仕上げます。それができたのなら、俺の勝ち。貴方が知っていることは、胸の中に締まってください。逆なら貴方の勝ちです。その時は止めません、撮影し直しでも、ドラマの放送中止でも好きにしてください」

 

「……それが、どうして賭けになるの? この作品が名作になろうがどうなろうが、私には関係がないでしょ?」

 

 声は、震えなかった。

 態度にも、出なかった。

 でも、内心は激しく動揺していた。

 私が捨てようとしている夢を言い当てられたような気がして。

 

(そんなはずない。これは誰にも、それこそミキさんにだって言っていない)

 

 いつか言おうとは思ってた。

 でも、演技ではなく知名度優先の客寄せパンダとしてしか評価されていない今の私がそんなことを言ったら、身の程知らずと思われないかと心配だったから、また今度また今度と伸ばしているうちに、あの事件が起きてしまった。

 

 それを彼が知っているはずがない。

 ただの偶然に決まっている。

 そうだ。だって私の夢は──

 

「貴方は女優だ。百年後も評価される名作に出たいと思わないはずがない」

 

 ごく当たり前のように、星野アクアは私の夢を言い当てた。

 何かを訴えるような強く輝く瞳に、私の姿が映っていた。

 

 

   ★

 

 

(やっぱり、これが正解か)

 

 俺の台詞を受けて、片寄ゆらの気配が初めて揺れた。

 同時に、正解を引き当てたことに胸をなでおろす。

 彼女の弱点にして、全てを捨ててでも復讐すると言いながら、唯一捨てられなかったもの。

 それこそが演技。

 

 俺の周りにいる超一流の役者たちも皆演技を愛し、作品の質を上げるためにどんな犠牲でも払おうとする役者バカしかいないが、俺自身は演技を復讐の道具として見ていた。復讐者となった彼女も同じ道を選ぶ可能性もあり、強くは出られなかった。

 だが、一つだけ俺と彼女で違うところがある。

 初めから復讐のために生きてきた俺と異なり、彼女は全うに夢を見て芸能界に入ってきたことだ。

 

 正直、彼女は生まれ持っての天才じゃない。

 片寄ゆらは、トップクラスの若手女優の一人だが、その評価は演技力よりも、広告やCMを初めとした知名度の高い仕事をいくつもこなし続けたことによる世間の認知度による物が大きく、どちらかといえば努力で培った秀才タイプだ。

 

 もちろん演技も出来るが、それでも演技力だけを磨いてきた超一流の役者たちに比べると一歩劣る。

 それが世間のみならず、役者である俺たちも含めての認識だったが、この間、本性を見せてきた顔合わせを兼ねた本読みを行ったあの日、少なくとも俺の認識は覆った。

 

 俺自身が彼女に対して間違った認識を持っていると交渉が上手くいくはずが無い。

 今日この日までずっと、俺が撮影より優先して彼女の出演作を全て見返していた理由がそれだ。

 

 最初の方こそ、顔売りメインで演技の方はそこまででもなかったが、最近の作品になるに従い徐々に演技力が向上し、休業直前の作品では俺が知っている天才たちに比肩するほどに演技の才能が花開いていた。

 それだけ努力して得た才能を、簡単に捨てられるはずがないと考えたのだ。

 

「どうしてそう思うの?」

 

 案の定、動揺があったのは僅かな間で、今はもう先ほどと同じ、思考の読み取れない薄ら笑いを浮かべたまま問うてくる。

 

「この間の本読みでの貴女の演技です」

 

「どこかおかしかった?」

 

「いいえ、逆です。何の問題もなかった」

 

 役者も人間である以上、その時の精神状態で演技に影響が出るのは当たり前だ。

 当然、復讐に燃えて感情を高ぶらせていた彼女も、いつも通りの精神状態ではなかったはず。

 それでも片寄ゆらは。

 

「復讐をするつもりなのを誰にも悟られることなく()りきった。貴女は本物の女優だ」

 

 俺だけならまだしも、あかねや有馬、姫川さんのような天才役者に加え、そんな天才たちの演技をずっと見てきたカントクにすら気づかせなかった。

 ともすれば、俺が勘違いしているんじゃないか。と思ってしまうくらいに。

 

「そ。ありがとう」

 

「そんな人が、作品そのものを無茶苦茶にするはずはない」

 

 自信満々に断言して見せるが、実のところ先ほどの綻びが見えるまで確信は持てなかった。

 だから鏑木さんにも、撮影中に何かする可能性を懸念しスケジュールの変更を頼んだのだ。

 

「はっきり言わないと分からないの? 私はどんな手を使ってでも──」

 

「そもそも、そうやってわざわざ宣言するのがおかしいんですよ。貴女が本当に作品そのものを無茶苦茶にしたいなら交渉なんか無視して撮影本番で動けばいい。そうしないで内容を変えろっていうのは作品自体を壊したくない証拠だ」

 

 再度断言するが、正直こちらは賭だ。

 先ほどの一瞬の綻びが取り繕われた今、俺は再び彼女の内心を全く読めなくなっているのだから。

 だが、ポーカーはレイズしなきゃ勝てない。

 ここが勝負どころだ。

 

「…………」

 

 片寄ゆらはこちらをじっと見つめていたが、それは俺の真意を見抜こうとしているというよりは、俺を通して自分の考えを纏めているようだ。

 こういう時に言葉を畳みかけて思考を誘導するやり方もあるが、そうすると冷静になってから考えが変わることがある。

 今回の場合、主導権はすでに秘密を握っているあちらにあるのだから、自分の意志で納得して貰わなくては意味がない。

 長い、長い沈黙の後。

 

「ふふっ」

 

 彼女は俺から視線を逸らし、小さく鼻を鳴らした。

 嘲笑めいた態度に失敗を覚悟する。

 すぐに次の一手を思案するがその前に、彼女は視線を戻して笑顔を作った。

 先の嘲笑とも違う、柔らかな微笑み。

 

「いいわ」

「え?」

 

「だから。貴方の提案に乗ってあげる。この作品が公開されて評価が下されるまで私は動かない。ただ、どこからが名作なのか決めるのは私。これでどう?」

 

 条件としてはかなり厳しい。

 しかし、興行収入という形で結果が分かりやすい映画と異なり、ネットTVでの公開は作品の評価が見えづらいことも事実。

 その意味で、判定を本人が下すのは当然とも言える。

 

 そもそもとして今回の賭は、彼女が役者の仕事に誇りと信念を持っていることが前提になったものだ。

 そこを疑っても仕方ない。

 

(とはいえ、さっきの表情(かお)は……)

 

 何か裏がありそうな気はする。

 

「さあどうする?」

 

 繰り返される問いかけは、これ以上譲歩はしないと言外に告げられているようだ。

 不安はあるが、仕方ない。

 

「分かりました。文句の付けどころが無い作品にして見せます」

「楽しみね」

 

 契約の証として、どちらともなく手を差しだし握手を交わす。

 これでもう、後には引けなくなった。

 俺は俺に出来ることをやるしかない。

 

 手持ちのカードを全て使いきってでも、この作品を名作にしてみせる。

 そんな覚悟と共に握る手に力を込めた。




二人とも内心で色々考えていて分かりづらいですが、ようするにゆらさんはアクアのような頭の切れる奴が内心で何を考えているか分からず、アクアはゆらさんみたいな超一流の女優の演技を見抜けず内心が読めないため、互いに探り合いをしていましたが、最終的にもう真っ向勝負で決着を付けようと互いに合意したという話です
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