【完結】推しの子if ~あかねちゃんと一緒にアクアを救おうルート~   作:日ノ川

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第54話 好敵手

 アクアたちはそれから三十分も経たずに戻ってきた。

 連れだってレッスン室に入る二人を見て、自然と眉が寄る。

 

 二人ともいつも通りの澄まし顔だが、黒川あかねの方が無理をして無表情を決め込んでいるように見えて、ルビーが言っていたイチャつくための時間確保というふざけた台詞が現実味を帯びたような気がしたからだ。

 私がそんなことを考えていると思ってもいないだろう。アクアはその表情のまま私たちの前に立つと、小さく深呼吸してから口を開いた。

 

「悪い。ちょっと良いか?」

「どうしたの?」

 

 代表してミヤコさんが聞くと、再び口を閉じ、思案するように視線を彷徨わせる。

 アクアらしくない態度だ。

 

「アクアくん」

「ああ」

 

 黒川あかねに呼びかけられただけで落ち着く様子に、再び心が騒めくが、それも一瞬。

 

「ここにいるみんなは俺たちの母親のこと、知ってるんだよな?」

 

 今度はアクアが口にした言葉でその場の空気が止まった。

 確かに私とMEMはルビーから二人の母親がB小町のアイだと聞いてはいたが、ミヤコさんからそれをアクアには知られないように。と言われていた。

 

 あかねにも悟られないようにしていたが、もしかして気づかぬうちに失言でもしていたのか。

 彼女だけ呼び出したのは、それを確認していたからなのだろうか。

 

 どちらにせよ、ここまできっぱり断言されている以上、隠しても仕方ない。

 チラリとミヤコさんに視線を送る。

 私の視線に気づき、ミヤコさんは小さくため息を落とした。

 

「ええ。私がアクアたちに気づかれないようにって口止めしてたの」

 

「なんだ。ルビーが伝え忘れたんじゃなくて、これも作戦の内か」

 

「私がそんな抜けたことする訳ないでしょー」

 

 ルビーのわざとらしい明るい態度にアクアは思い切り息を吐いてから私たちの方を見た。

 

「どうせお前ら、俺が精神的に限界だからとでも言われてたんだろ? それ、方便だから」

「え?」

 

 確かに私たちはアクアの精神がすでに限界を迎えていて、部外者にアイの秘密が漏れていると気づかれたら暴走してしまう可能性があると説明されていた。

 

「正確に言えば、アクアが既に周りに知られてるなら、これ以上広まる前に公表しようってならないようにするためね」

 

「えぇ。つまりアクたんが精神的にギリギリっていうのも嘘なんですか? すごい気を使ってたのにぃ」

 

「ギリギリだったのは本当……よね?」

 

 ツッコミを入れるMEMにミヤコさんは慌てて確認を取るが、当のアクアは無言のまま目を逸らすだけ。

 代わりにと言うように黒川あかねが動いた。

 

「確かにあの頃のアクアくんは色々余裕無かったですね」

 

「おい」

 

 刺すような鋭い口調に、あかねは閉口するがルビーは空気を読まずに唇を尖らせる。

 

「えー。お兄ちゃんってば、あかねちゃんにだけ相談したの? 私に頼ってくれてもいいのに」

 

「いいから。話進めるぞ」

 

 強引に話を戻したアクアにルビーは渋々ながら従ったが、私はまだ切り替えが出来ずにいた。

 

 またあかねにだけ。

 誰にも頼らないならまだ理解できる。

 いつも自分だけが泥を被って誰かを助けようとする。アクアはそういう奴だ。

 それなのに何で……

 

「黙ってるべきか考えたんだが、お前らは目標があった方が燃える質だって言うんでな」

「何の話よ?」

 

 ここでもあかねの方を指しながら言うアクアに突っ慳貪な返答をしてしまうが、特に気にした様子も見せずに続けた。

 

「実は──」

 

 

   ※

 

 

 アクアが話した内容を簡潔に纏めれば、出演女優の片寄ゆらから、ドラマの内容にクレームが付いたということだ。

 その上彼女は、アクアたちの出生の秘密を知っているらしく、それをばらされたくなければ内容を変えるように言ってきたらしい。

 

「何それ! 脅迫じゃん!? おかーさん。相手の事務所に直接抗議とかした方良くない?」

 

「落ち着きなさいルビー。片寄ゆらってSA芸能でしょ? かなり大手よ」

 

 真っ先に怒りをあげたルビーをミヤコさんが諫める。

 役者が台本に文句を言い、変更を要求するのはわりとあることだ。

 事務所の方針や役者のイメージにそぐわない。もっと目立たせて欲しいなど理由は様々。

 

 今回片寄ゆらが演じる姫川愛梨はカミキヒカルに手を出した性加害者として描写されている。

 イメージを守るために改変を申し出てもおかしくはない。

 だが、そもそも休業中だった彼女が、自分から今回の役をやりたいとオファーを受けたと鏑木Pが言っていたはず。

 

「……変えろって言ってるのはどの場面なの?」

 

「それは──」

 

 私の問いに言葉を濁したアクアが、チラリとルビーに視線を向ける。

 

「──あ」

 

 何かに気づいたようにルビーが声を上げた後おずおずと続けた。

 

「そっちは言ってないよ」

 

「そっちって何よ?」

 

「俺たちの血縁上の父親のことだ」

 

 ルビーの代わりにアクアが答えた。

 

「あー」

 

 確かに母親が未成年のアイドルというところばかりに目を向かっていたが、当然相手、つまり父親だっているはずだ。

 

 そしてこんな時に敢えて言ってくる以上、その相手は片寄ゆらが変えろと言っている場面に登場する人物に違いない。

 ──思い当たる相手が、一人いた。

 

「少年A」

 

「え? あ、元B小町のメンバーに殺された芸プロ社長。そういえばアイの敵討ちが動機だって」

 

 私の呟きを拾ったMEMが驚きに目を見開く。

 そう。

 ルビーも少年Aことカミキヒカルがアイの死に関係していることを知っていて、恨みを抱いていた。

 それこそ自分でも殺してやりたかったと言うくらいに。そいつが父親なら辻褄が合う。

 

「そうだ。このドラマはカミキヒカル。俺たちの父親でアイを殺した男を断罪するためのものだ」

 

「断罪……」

 

 これもルビーが言っていた。

 アクアとあかねが間違った方向に進もうとしているから自分が止めるのだと。

 それが断罪、つまりは自分の血の繋がった父親に復讐することだったのだろう。

 

「じゃあ、片寄ゆらは……」

 

「ああ。アイツと親しかったらしい」

 

 ルビーはあかねに負けたことで復讐を許容し、反対に片寄ゆらは許さなかったからこそ、脅迫してでも止めようとしている。

 復讐の是非については私がどうこう言える立場にない。

 親を殺された二人の気持ちを、簡単に理解出来るなんて言えるはずもないのだから。

 

「二人の関係については知らないし興味もない。ようは片寄ゆらはカミキの名誉を守るために行動してるってことだ。そして俺は、そのために内容を変えるつもりはないと要求を突っぱねた」

 

「じゃあ、どうするのよ?」

 

 まさか今更公表する気もないだろう。との問いにアクアは一つ頷いた。

 

「もう交渉は済んでる」

 

「そうなの?」

 

「ああ。最終的には台本の変更は無しで了承を貰った。ただ条件を一つ出してきた」

 

「条件?」

 

「この作品を名作にすること。可否は向こうが判断する」

 

「えぇ。アクたん、それこそ方便なんじゃないのぉ? どっちみちバラすつもりとか」

 

「どうかな。ただ、内容を変更するつもりはない以上、後はあの人の女優としてのプライドを信じるしかない」

 

 女優のプライド。

 アクアらしくない不確かな根拠だが、口約束だけで仕事が決まることも多い芸能界だからこそ、そうした不確かなものを信じなくてはならないこともある。

 とはいえ、意気込みだけで名作が作れたら苦労はない。

 いち出演者でしかない私たちにできることも多くない。

 とそこまで考えて、私たちは皆、それがさっきの発言に繋がるのだと気付いた。

 

「ようは、私たちは頑張ってすごい演技を見せればいいんだよね!?」

 

 良い意味でも悪い意味でも根が単純なルビーだからこそか、さっきまでの怒りをやる気に変換して拳を握る。

 

「まあ、そういうこと」

 

 そんな妹に苦笑しつつ、アクアはミヤコさんとMEMに目を向けた。

 

「後はメディア戦略も必要だ。ミヤコさんにはなるべく注目度が高くて番宣できる仕事を取ってきて欲しい」

 

「分かったわ」

 

「MEMは」

 

「皆まで言いなさんな。SNS方面は私に任せて。なんせ私は──」

 

「バスらせのプロ。だもんな?」

 

「そういうこと。って! 私の決め台詞取らないでよ」

 

 プンスカと時代遅れな怒り方をしているMEMを、はいはいと軽くいなすアクアにルビーも突っかかっていく。

 

「ねー、私は?」

「……私も」

 

 これ幸いとルビーに乗る形で問うとアクアは私たちを見ながら困ったように眉を寄せた。

 

「お前たちは……。演技を頑張ってくれ」

 

「何よそれ」

「そうだそうだ! 私にもなんか特別なお願いしてよー」

 

 距離を詰めて迫るルビーにアクアは苦笑したまま自然な動きで頭を撫でた。

 

「頼みがあったらちゃんと言うよ。今は集中しとけ」

「んー」

 

 気持ちよさそうに目を伏せるルビーと同様に、アクアの雰囲気もまたとても柔らかい。

 前にもこんなアクアを見たことがあった。

 確か、宮崎に行く少し前。急に雰囲気が変わった頃だ。

 でもそれは長く持たなくていつの間にか元に戻っていた。

 それがまた。

 

「良かった」

 

 ポツリと呟いた声が届いたのは多分私だけだろう。

 当事者のアクアとルビーはもちろん、ミヤコさんも、仲良くジャレる双子を微笑ましそうに見ており、MEMに至っては取れ高がどうこう言いながらスマホを取り出していたからだ。

 

 声の主を窺うと、そこには優しく、慈愛に満ちた顔で笑っている黒川あかねの姿がある。

 ルビーの気持ちを知っているはずの彼女の態度でようやく確信する。

 

 アクアがあかねを呼び出したのは、私たちがアイのことを知っているか確認するためじゃない。

 私たちに頼るべきかどうか相談するためだったんだ。

 その上であかねは、頼った方がいいと助言してアクアも従った。

 結果上手く纏まったことに安堵している。

 

 本当に。

 こいつは。

 こいつらは──

 

「黒川あかね」

 

 騒いでる奴らを後目に、こっそり近づいて小声で声を掛ける。

 

「なに? かなちゃん」

 

 それだけで若干緊張しているのは失礼この上ないが、私がこれからしようとしていることに勘付いているのならある意味正しいとも言える。

 内心を隠して胸を張り、さっき二人が登ってきたばかりの階段を顎でしゃくった。

 

「ちょっとツラ貸しなさい」

 

 

   ★

 

 

 かなちゃんに呼び出されて、今度は苺プロの事務所に移動した。

 上に苺プロのメンバーが殆ど揃っており、事務員も居ない。かなちゃんは最初からそれが分かっていたからここに連れてきたのだろう。

 彼女は慣れた動作で、ソファに座ってから向かい側を示した。

 

「そこ座わんなさい」

 

 言われるがまま向かい合って座る。

 組んだ足の上に頬杖を突いて私を見る。

 こんな時に何だが、かなちゃんはこうした不遜な態度が実によく似合う。

 背格好は小柄で、顔立ちも可愛らしいつくりだからギャップで余計そう思えるのかもしれない。

 

「それで。何の用?」

 

 そんなことを考えているとは気づかれないよう、敢えて冷淡に聞く。

 かなちゃんはすぐには答えず、じっと私を見つめていたが、それも僅かな間。

 

「アンタ、アクアと付き合ってるの?」

「え?」

 

 想定外の単刀直入な問いかけにどう答えていいか分からず、閉口する私を無視してかなちゃんは続けた。

 

「ビジネスカップルじゃなくて、ちゃんと」

 

「…………うん」

 

 アクアくんが言っていない以上、私から言って良いものかとも思うが、ここまで断言するからには、何らかの確信があって言っているはずだ。

 ただ、今の私はそれをはっきり言うのが躊躇われて、返答まで間が空いてしまった。

 

「やっぱり」

 

 かなちゃんは一瞬だけ目を見開いたがすぐに気を取り直したように頷く。

 その後、頬杖と足組みを戻して姿勢を正して続けた。

 

「私は、ううん。私もアクアのことが好き」

 

「うん。知ってる」

 

「でしょうね」

 

 かなちゃんがアクアくんのことを特別に思っているのは再会してすぐ気づいた。

 同時に、アクアくんの方もかなちゃんに惹かれていたことも。

 私とビジネスカップルになることなく、そしてかなちゃんがアイドルという、恋愛がタブー視されている職業を選ばなかったら。

 もしかすると二人は──

 

「アンタと付き合ってからアイツは明るくなった。前のアイツなら、面と向かって私たちに弱みを見せたり頼みごとをすることもなかった。それもきっとアンタのおかげなんでしょうね」

 

「ううん。それは違うよ。私が変えたんじゃなくて、元に戻っただけ。多分あれが本来のアクアくんなんだよ」

 

 復讐を再開したことで再び張りつめていた雰囲気も、ここ最近徐々に柔らかくなりつつある。

 私がその一端を担っているのなら素直に嬉しいが、一番大きいのは家族の存在だろう。

 

 ルビーちゃんとミヤコさん。

 アクアくんを含めた三人はそれぞれが相手を信頼し、大切に思っているのは分かるが、同時にどこかぎこちなさもあった。

 

 血の繋がりがない養母であるミヤコさんは二人にあまり踏み込むことが出来ず。

 ルビーちゃんもミヤコさんには同じ理由で遠慮が残り、血の繋がった兄であるアクアくんのことも異性として意識していたせいで微妙な距離が空いていた。

 それが今回の件を通して全員が歩み寄り、本当の家族として深い絆で結ばれた。

 アクアくんが変わったのはきっと、そのおかげだ。

 

「あっそ。流石はカノジョ。よくご存じで」

「むー。結局何が言いたいの?」

 

 小馬鹿にしたようなかなちゃんの態度に、自然と頬が膨らむ。

 アクアくんやかなちゃんと接する時はどうしてか、自分でも不思議なくらい子供っぽい態度を取ってしまう。

 そんな私を前にかなちゃんは再度姿勢を正し、ピンと張った指を私に向けた。

 

「私と勝負しなさい」

 

「勝負って、なんの?」

 

「もちろん演技よ。明日撮影するカット54。アイとニノが訣別する重要なシーン。あれは今回のドラマの山場の一つ。そこでどっちが印象に残る演技ができるか」

 

「──」

 

 突然の申し出に、言葉を失う。

 かなちゃんは私が役者を目指したキッカケにして目標。

 子役時代は結局一度も勝てず、子役から女優になった現在では仕事量や世間の注目度こそ勝っているけど、本来の太陽のような演技をするかなちゃんは未だ超えることは出来ていない。

 東京ブレイドの舞台でも結局決着はつかなかった。

 だから、そんな相手と再び演技でぶつかり合えるのは嬉しいし、望むところでもある。

 ただそれが、さっきまで話していたアクアくんを好きだという話とどう繋がるのだろう。

 そんなことを考えていた私に対し、かなちゃんはゴクリと唾を呑んでから言う。

 

「私が勝ったら。……アイツに告白させて」

 

「え? アイツってアクアくん?」

 

「そうよ。今更勝ち目がないのは分かってる。告白したって意味なんてないことも。それどころかそんなことしたって、すっきりするのは私だけで、恋人であるアンタには迷惑でしかないのは理解してる。正直私がアンタの立場だったらふざけんなって思うし」

 

「流石にそこまでは思わないけど……」

 

 でも、いい気がしないのは確かだ。

 相手がかなちゃんなら尚更。

 

「だから勝負なのよ。アンタが勝てば、私は何もしない。止めたいなら全力で演りなさい」

 

 伸ばされた指先に強い意志が漲っていた。

 その言い方はまるで、告白そのものより勝負の方を重要視しているかのような……

 

「かなちゃん──」

 

 なんで急に、それもアクアくんから発破をかけられた直後にこんなことを言い出したのか。

 その理由が分かってしまった。

 

「受けるの? 受けないの?」

 

 真っ直ぐに私を見つめる大きな瞳から目が逸せなくなる。

 ルビーちゃんやアイ、そしてアイの真似をしている時の私とも違う。

 ただただ自分を見ろと訴えてくる強い瞳。

 

「いいよ。演ろう」

「へぇ?」

 

 即答した私に、かなちゃんはニヤリと不敵に笑った。

 その顔を見て、少しだけ心が痛む。

 この勝負は多分、彼女の思ったとおりにはならない。

 それを申し訳なく思いながら、私も真っ直ぐに見つめ返す。

 瞳に宿った嘘で彼女を騙せるように。と願いを込めて。




カット数が原作と違うのは脚本が変わったからです
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