【完結】推しの子if ~あかねちゃんと一緒にアクアを救おうルート~   作:日ノ川

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前回の続き
勝負自体は本題では無いので今回で決着まで行きます


第55話 共闘

 私を写すカメラと私を照らす照明、その向こう側からずしりとした空気が向けられ、辺りを満たす。

 私にとってはいつもの光景。

 

 ただ今日はそれ以上の重圧を、目の前にいる女から感じる。

 長い黒髪と強い意志が籠もった瞳。

 そこにいたのは、伝説のアイドル・星野アイ……を演じる黒川あかね。

 

 はっきり言って彼女の外見はアイに似ていない。

 顔立ちはもちろん、背丈やスタイルも違うためシルエットだけ見ても大きく異なる。

 アイのファンなら彼女がアイを演じることに強い違和感を覚えるだろう。

 

 まして、今回はすぐ隣にアイの遺伝子を受け継いだルビーがいる。

 もっともルビーたちの出生を明らかにできない以上、ウィッグやメイクでかなり印象を変えているが、それでもルビーは顔だけで言えばアクアと並んでルッキズムの権化と言っても良いくらい整っていて非常に目立つ。

 演技中の黒川あかねはそんなルビーを含めた現役B小町を差し置き、最も強い存在感を放っている。

 

 その存在感に関しては、かつて一度だけ一緒に仕事をした『本物』であるアイと比べても遜色ない。

 そんな彼女(アイ)の魅力を最も羨み、嫉妬していたメンバーこそが、私の演じる新野冬子。

 今回私が役作りをするに当たって一番最初に考えたのはこの憧れという部分だ。

 

 当時を知る社長から詳しく取材した結果、途中から加入して一気にトップの人気に躍り出たアイは他のメンバーからよく思われていなかったらしい。

 

 それこそ嫌がらせやイジメに近い扱いを受けていたそうだ。

 その頃のニノは性格こそ大人しく、高峯を初めとした気の強い面子から小言を言われることも少なくなかったそうだが、アイへの憎悪だけは人一倍強く、影で行われる陰険なイジメだけでなく、直接罵倒することすらあった。

 今回撮るシーンがそれに当たるわけだが、そうなると不思議なことがある。

 

(そんなに嫌っていたはずのアイのために、どうして人を殺したの?)

 

 自分の中に作ったニノの人格に問いかける。

 

 そう。

 アイのことを羨み、嫉妬し、嫌っていただけなら、そもそも彼女のために殺人など犯すはずがない。

 それも死後十数年経過してからとなればなおさらだ。

 

 アクアやカントクはニノがそうした表向きの感情だけでなく、信仰と言っても良いほどの絶対的な憧れを持っていたからだ。と解釈していた。

 私もその解釈を元に役作りをしてきたが、自分に置き換えてみると、ニノのアイへの感情が憧れだけではないのが、よく分かった。

 より正確に言えば、いったいどのタイミングから、彼女はアイを崇拝するようになったのかが理解出来た。

 それはきっと──

 

「おーい。行くぞー」

 

 カントクの声が掛かり、私は一度思考を中断させる。

 

「はい」

「大丈夫です」

 

 私たちが答えた後、カメラが回り始め、聞き慣れたカチンコの音が響く。

 同時に私たちは演技の世界に没入した。

 

「アイはさ、良いよね。私とは比べものにならないもん」

 

 狭い楽屋で二人きり。

 アイと対峙したニノがこれまで貯まった鬱憤を爆発させ、メンバー間で決定的な溝を作るこのシーン。

 そんなニノを、私は少し離れたところから俯瞰するような気持ちで見ながら、その内面を考察する。

 この時まで、彼女はアイに対して妬みや怒りだけでなく、友情も感じていたのではないだろうか。

 

 それはごくごく普通の同じグループのメンバーに向ける友情。

 友達なのに嫉妬しちゃって、友達なのに憧れちゃって、それが苦しかった。

 この罵倒だってそう。

 

 自分の気持ちを全て吐き出して。アイからも同じように不満を返されて、少しだけ仲良くなる。

 そんな普通の喧嘩がしたかったんじゃないだろうか。

 もちろんこれは私の想像だ。

 そもそも、この場面に関して言えば当時者二人とも話を聞けない状況である。

 

 一応アイが残したというDVDで言い合いをしたことが示唆されてはいるらしいが、会話内容に関しては全て想像で作られてる。

 

 つまり、そこに込める感情も、殆ど私が役作りで補った想像にすぎない。

 だけど、詳細な会話内容はさておき、この解釈に関しては多分間違っていない自信がある。

 だって。

 

「なにそれ。私もニノみたいに生まれたかったよ」

 

 ニノの怒声を受けてもてんで気にした様子もなく、アイスを食べながら軽く言うアイに、それまで俯瞰していた私が強く引き戻された。

 

「やめてよ!」

 

 その瞬間、ニノと私の感情が重なった。

 

「そんなわけないじゃん」

(そんなわけないでしょ)

 

 じっと私を見つめるアイの瞳の中にいる黒川あかねに向かって、叫んでいた。

 

 アンタみたいになりたかった。

 演技の才能もあって努力家で、美人で──なにより私と違って、性格が良くて凄く優しい人に。

 

 アンタは、何があっても人を恨んだりしない。

 初めて出会った時、私に理不尽な罵倒をされても、アンタのことをろくに知りもしないスタッフや同業者にお偉いさんに媚び売って可愛がられて仕事を貰ってる。なんて陰口を叩かれても。

 そして。顔も見えない無数の悪意に晒され続けて自殺を考えるくらい追い詰められた後でさえも。

 

 それが良いことかは分からないけど、少なくとも昔の私だったら周りに当たり散らしてた。

 それとも、私が知らないだけで身近な人……アクアとかには愚痴を言って甘えたりしてるのかしら。

 

 どっちにしろ、私とは全然違う。

 私だって本当はアンタみたいになりたかったよ。

 

 こんな意地っ張りで思ったことと逆のことばっかり言う天の邪鬼で、自分のことばっかり考えているような女じゃなくて。

 

 今だってそう。

 みんながアクアの願いを叶えるため、必死になって良い作品を作ろうとしている中で、私は自分のことだけ考えてる。

 でも私にはこういうやり方しか出来ないから。

 

「嫌い! 大嫌い! アンタなんて死んじゃえばいいのに!!」

 

 声は震え、涙が自然と流れ出す。

 アイをあかねに見立てたことで感情が乗って、我ながら良い演技が出来たと思う。

 

「……」

 

 そんな私の罵倒を受けても、全く気にした様子も見せず薄く微笑むあかねの顔は、涙で濡れた瞳で滲む視界でも、はっきりと見える。

 アイの特異性と、最強で完璧なアイドルというイメージを象徴する姿。

 

 多分それはニノにとっても同じだったんだろう。

 この笑顔を向けられたことで、ニノはアイと普通の友達でいることを諦めてしまった。

 ここから彼女は、本当の意味でアイを崇拝していくことになったんだと思う。

 

「っ!」

 

 言葉を詰まらせたニノが無言のまま、翻って部屋を出ていく。

 

 ここだ。

 

 このシーンの山場であるこの場面、ニノが居なくなってから一人残ったアイをどう演じるか。

 きっとあかねはここで何かしてくるに違いない。

 外に出て直ぐ、私はぐるりと回ってカントクたちが居る機材側に移動した。

 あかねが何をするのか直接確かめたかったからだ。

 

「待て。もうちょっと」

 

 現場にたどり着いて先ず目にしたのは、カチンコを鳴らそうとしているスタッフを止めているカントクの姿。

 流石。

 カントクはあかねがここでアドリブを入れてくるだろうと分かっている。

 ここからが本当の勝負。

 

 さっきの私の演技を超える何かを見せて。

 私に負けを認めさせて。

 そうすれば、私は。今度こそ──

 アイツを諦められるから。

 

「あーあ。嫌われちゃった」

 

 こちらを、いいや、カメラの方を見てアイが呟くように言う。

 ここでのアイは仲間からも嫌われてもなお、その辛さや悲しみを押し殺し、アイドルとして再び前を向く。

 

 台本を読んだ時は正直アクアが書いたにしては結構王道というか、エンタメを重視しているなと思った。

 後に聞いたところ、カミキヒカルとの恋愛や、その結果生まれたアクアたちのことを書けない分、フックとして大衆が望む最強で無敵のアイドル様の側面を強める為の演出らしい。

 

 ただ、これまであかねが演じてきた心の奥に怒りと悲しみを抱いていたというアイの像からは少し離れている。

 それに説得力を持たせるため、あかねがアドリブで手を加えるとすれば、僅かな動きや表情を使ってもっと別の感情を写すこと。

 

 それこそアイが秘めていた怒りと悲しみを滲ませる……あるいはもっとハッキリ見せつけるつもりかもしれない。

 もちろん、そんなことをすれば脚本を後からイジることに成りかねないが、本物を撮りたがるカントクを納得させる演技が出来たならなんとでもなる。

 

(あの娘なら、それが出来る)

 

 僅かな動きも見逃すまいと目を凝らし続ける。

 そんな私をあざ笑うように、あかねは。アイは。ゆっくりと目を閉じた。

 

「……ゴメンね。ニノ」

(謝罪?)

 

 本来は無言を貫く場面なので、アドリブには違いないが、その演技の方向性は当初の予定通りのもの。

 

 むしろ、本来は言葉に出さずに演技だけで示すところを言葉にすることで分かりやすくするためのアドリブだ。

 そうしてから改めて目を開いた彼女の顔には完璧なアイドルとしての仮面が付けられていた。

 

「はい、カット」

 

 スタッフの声と共にカメラが止まり、現場の空気が弛む。

 そんな中、カントクだけは一人険しい顔で映像をチェックしていたが、やがてあかねに語りかける。

 

「今のところ、アドリブを入れたのはなんでだ?」

 

 そうだ。

 わざわざ言葉を付け足すなんて、全て演技で語ろうとするあかねらしくない。

 カントクの問いにも、あかねは動揺した様子も見せず澄ました顔で返答する。

 

「はい。私はここまで、アイは内心で怒りと悲しみを抱いていたという役作りで演技を続けていました。ですが、それをやりすぎると大衆が望むアイの偶像とズレが出てしまうので、このドラマでのアイのスタンスを口頭で伝えた方が分かりやすいと思って」

 

「なるほど。演技好きの玄人より、大衆向けに届かせるための演技ってことか」

 

「はい。わざとらしかったでしょうか?」

 

「いや、許容範囲内だ。……そうだな、今回は普段ドラマとか見ない層も狙ってるって話だし、こんくらい分かりやすい方がいいか」

 

 本来この辺りは監督や演出が考える部分ではあるが、役者が問題点に気づいた場合、アドリブで伝えることもある。

 それを受け入れるかはもちろん相手の考え方によるが、カントクの場合は結構柔軟だ。

 

 だが、こうやってカントクや演出の意図を読んで、演じ方を変えるのは演技の指揮系統を大事にするあかね本来のやり方じゃない。

 むしろ、アクアの演技に近い。

 でも、本人がいつか言っていたように、アクアは演技の才能に満ちた天才ではない。

 

 そんな彼が自分のエゴを殺し、物語に寄り添って、なんとかこの世界にしがみつこうと努力を重ねた結果身に付いた足りない才能を補う為の秀才のテクニック。

 それをあっさりと真似する技量は流石だが、少なくとも天才のアンタがやっていい演技じゃない。

 知らず、拳を握りしめてあかねを睨んでいた。

 

「よし」

 

「はい。映像チェックしまーす!」

 

 カントクの合図でスタッフが声を張り上げ、そのまま私の方を向く。

 

「有馬さんも一端下がって衣装と髪お願いします」

「……はい」

 

 応えながら私はあかねを睨みつけたが、彼女はこちらに背を向けたまま振り返ろうとはしなかった。

 

 

 結局、その日の撮影で黒川あかねが彼女らしい存在感のある演技をすることは一度もなかった。

 

 

   ※

 

 

「どういうつもり?」

 

 撮影終了後、人気のない場所まであかねを引き込んで早々問いつめる。

 

「……どうって?」

 

 髪を撫でながら面倒くさそうに言う態度が鼻に付く。

 分かってるくせに。

 

「今回の勝負。私の勝ちよ」

 

 だから、言ってやる。

 今日の演技だけ見れば、誰が見たってアイよりニノ、私の方が良い演技が出来たし印象にも残ったと。

 

「そうだね。うん、かなちゃんの勝ちだよ」

「バカにしてんの!? それとも同情のつもり?」

 

 今回の勝負。私は全力でやったが、実際あかねに勝てるとは思ってなかった。

 そもそも端役でしかないニノと主役のアイでは元々の印象度が違いすぎる。

 

 役者の演技力に大きな差があればともかく、私たちの場合それも望めない。

 だから最終的に私が負けて、アクアを諦める為の勝負だったのに。

 こいつは私に勝ちを譲った。それが許せない。

 

「私がアクアに告白したところで、どうせ自分が選ばれるって分かってるから、問題無いって? それとも思い出づくりでもさせるつもり?」

 

「どっちも違うよ。私は私のやりたいようにやっただけ。今日アクアくんは自分の担当するところの演出プラン考えるって言ってたから、多分ここに」

 

 私を見ることなくスマホを操作しながら話を進めるあかねに頭の奥がカッとなる。

 

「こっち見なさいよ!」

 

 思わず手を掴んで、操作を止めさせようとした直後。

 

「っ!」

 

 あかねの手からスマホがこぼれ落ち、地面に転がった。

 

「あ、ゴメ──」

 

 謝罪しようとして気づく。

 私が掴んだ彼女の手が微かに震えていることに。

 

「アンタ……」

 

 ここに来てようやく、あかねは私を見た。

 その瞳は撮影の時に見せていた、自信に満ちたアイのものとはまるで違う。黒川あかねの瞳には、恐怖が滲んでいた。

 それは、もしかしたらアクアを私に盗られるかもしれないと恐れている瞳。

 実際にどうかはともかく、あかねはそう思ってる。その上で私に勝ちを譲ったのだ。

 

「な、んで、アンタは。私みたいな自分勝手な奴の為にそこまで」

 

「自分勝手、なんかじゃないでしょ?」

 

「え?」

 

「かなちゃんがこのタイミングで勝負を挑んできたのは自分の為じゃない。アクアくんの願いを叶える為なんでしょ?」

 

「っ!」

 

 本心が見透かされて言葉に詰まる。

 私は自分勝手な女だ。

 ルビーたちみたいに、アクアの為ってだけじゃ全力で演技は出来ない。

 

 感情の問題じゃなく、私は私の為に演技する時が最も高いパフォーマンスを発揮できると経験上知っているからだ。

 

 だから、やり方を変えた。

 勝負という形を取り、アクアに告白をする。いや、敗北してすっぱり未練を断ち切るためという目的を作ることでモチベーションを高めた。

 

 結果はごらんの通り。

 私は全力を出しきれた。

 まあ、負けて未練を断ち切るという目的が達成できなかったのは計算外だが。

 

「分かるよ。だって私もかなちゃんと同じ気持ちだもの」

 

 苦笑しながら、あかねは地面に落ちたスマホを拾う。

 

「あのアクアの真似みたいな演技のこと?」

 

「うん、あの場面で私一人が目立っても作品の評価には繋がらない」

 

 確かに。

 主演だけが突出するのではなく、他の出演者や、わき役に至るまで演技の質を高め、見所が多い作品の方が評価が高い傾向になるのは事実。

 

 だからあかねは、他の役者が目立つ場面では敢えて一歩下がって見せ場を譲り、代わりに自分がメインのところにだけ注力することにした。

 その結果私との勝負に負けることになっても、そして私がアクアに告白して、自分が振られることになったとしても。

 つまり私たちはやり方は違っても、同じ目的のために行動していた。

 これは勝負ではなく、共闘だったわけだ。

 

 こっちの気持ちまで見透かし、なおかつ利用しようとするところには、若干薄ら寒いものを感じるがただ一つだけ。

 あかねが完全に見誤っている部分がある。

 

「どんな結果になっても文句言うんじゃないわよ」

「うん」

 

 拾ったばかりのスマホをぎゅっと握りしめて頷いた。

 

(ホント。バカな子)

 

 言葉にはせず呟いて、私はあかねを置いて歩き出す。

 同時に自分のスマホを使って電話を掛けた。

 

『有馬? 撮影終わったのか?』

 

 短いコール音の後、怪訝そうなアクアの声が聞こえる。

 

「話があるの。ちょっと時間作って」

 

 アクアの質問には答えずに、簡潔に用件を述べると受話器の向こうで沈黙が流れるが、それも僅かな間。

 アクアもまた簡潔に応えた。

 

『……分かった。どこに行けばいい?』




ちなみに座長であるアクアが現場に来てないのは、勝負しているのを知られたくないあかねが手を回したからです
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