【完結】推しの子if ~あかねちゃんと一緒にアクアを救おうルート~   作:日ノ川

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前話の続きですが、前話の電話直後ではなく、一度自宅に戻り着替えやらを済ませてから改めて待ち合わせしたので、既に夜になっています


第56話 告白

 有馬が指定した待ち合わせ場所は何度か利用したことのあるカラオケ店だった。

 

「なつかしーわねー、ここ。アンタと再会した後来たのもここだったわよね?」

 

「いや、再会した後行ったのはカントクのとこだろ」

 

 ここに来たのはその後、今日あまに出演することが決まってから、詳細に付いて話す際だ。

 

「そうだっけ? よく覚えてるわね」

「……それで話って?」

 

 有馬の疑問には答えず向かい側に座った。

 

「んん。えっとね」

 

 薄暗い室内でもはっきり分かるくらい頬を紅潮させ、言葉を探るように髪をイジる。

 やっぱりそうか。

 電話でいきなり呼び出された時から、何の話をしようとしているのかなんとなく分かっていたが、その姿を見て確信した。

 これはずっと前から気づいていたのに放置していた俺の責任だ。と言葉を探し続けている有馬に先んじて動く。

 

「有馬。先に俺の話をしても良いか?」

 

 有馬は多分、俺に惚れている。

 だけど俺はその気持ちに応えることが出来ない。

 だから、もっと早く俺の方から告げるべきだった。

 

「ダメよ」

「え?」

 

 きっぱりとした否定に、思わず顔を上げると有馬がじっと俺を見つめていた。

 その視線で、彼女はもう俺とあかねのことを既に知っている。と直感した。

 

 知った上で告白しようとしているのなら、それは自分の中でけじめを付けるための儀式のようなもの。

 俺が止めて良いわけがない。

 

「……」

 

 分かった。と答える代わりに口を閉じると、有馬の表情がどこか得意げな、いつものものに変わった。

 

「そうそう。これはアンタの責任でもあるんだから大人しく聞いときなさい」

 

(俺のせいみたいに言うな)

 

 口に出すと面倒なことになりそうなので、心の中でだけ毒づきながら無言で続きを促した。

 

「私は、生まれた時から芸能界で生きてきた。だから、ここが綺麗な場所じゃないってことはよく分かってる。実力だけじゃどうにもならない。流行廃りもあるしコネや枕、あのドラマみたいに何も知らない子供に性欲向ける連中まで居て、そんな被害を受けた人がその心の傷を無理に癒そうとして、今度は加害者になることだって珍しくない」

 

 そう。

 綺麗に見えるのは表だけ。

 新聞雑誌やテレビを中心に情報媒体が限られていたせいで完全に隠されていた昔と異なり、ネットやSNSの台頭で情報化がより進んだ現在では公然の秘密として、業界人のみならず、一般人も理解している。

 芸能界はそんな世界だ。

 

「売れなくなった時、そんな世界から抜け出すことだって出来た。でも私はそうしなかった。今更ここ以外の場所でどうやって生きればいいかなんて分からなかったし、意地もあった。でも一番の理由はきっとアンタよ」

 

 優しい顔で俺を指さして言う。

 俺たちが会ったのは有馬が人気絶頂だった子役時代のたった一度きり。

 一緒に仕事したタレントなんて、それこそ星の数ほど居たはずだ。

 それでも俺を特別視したのはきっと。

 

「年上ならまだしも、演技で同年代の奴に負けたのは生まれて初めてだった。あれで自分が所詮井の中の蛙だって思い知らされたわ」

(それは違う)

 

 あの時、俺が有馬より目立っていたのは実力じゃない。

 転生という精神年齢と実年齢のギャップが生み出したもの。

 はっきり言ってしまえば、俺と同じ立場の人間なら誰でも出来る。

 その事実を知らない有馬は、悔しそうに唇を嚙みしめてから続けた。

 

「自分の未熟さを知ったからこそ、それまで以上に演技に打ち込んだ。いつかまたアンタと一緒に仕事して見返してやるって。でもいつの間にか見返す為じゃなくて、ただもう一度会いたかった。その為に落ちぶれた後もこの世界に必死にしがみ付いていたの。だから再会できた時は嬉しかったわ。……まあ、望んだ形じゃなかったけど」

 

「悪かったな。ただ早熟だっただけで」

 

「そっちじゃなくて、私の方よ。本当は子供の頃以上の役者になって迎え討ってやるつもりだったのに」

 

 寂しそうに笑う有馬に同調して俺も自嘲する。

 

「お互い、上手く行かないもんだな」

 

 俺だって役者としての才能がもっとあって、有名子役として活躍できていたら、もっと早くカミキヒカルにたどり着けていたかもしれない。

 そうしたら俺は本当の意味で復讐を果たせていただろう。

 

「そうね。でも私は今の自分のこと嫌いじゃないわ。アクアと再会して、とりあえず一緒に仕事できて、アイドルやることになってルビーやMEMと会えた。あとついでに黒川あかねとも再会できたわね。まあ、アイツに関してはどうでも良いけど」

 

「嘘付け」

 

「うっさい。黙って聞きなさい」

 

 茶々を入れる俺を一喝してから、有馬は続ける。

 

「アイドルの仕事は天才子役って煽てられて仕事してたあの頃よりも楽しかったし、友達も出来て役者としての仕事も入ってきた。子供の頃に思い描いていた未来とは違うけど、それで十分……」

 

 しみじみと目を伏せる有馬は次の瞬間、カッと目を見開き、ニヤリと笑った。

 

「じゃないわ! 私はアイドルとしてもトップを目指すし、それが終わってからは役者に戻って、いろんな作品に出て元天才子役じゃない、天才女優としてもっと有名になってやる」

 

「強欲だな」

 

「当たり前でしょ。多かれ少なかれ、そんなメンタルでないとこの世界で生きることなんて出来ないわよ」

 

 小気味よいリズムで紡がれる会話に改めて自覚する。

 ああ、やっぱり。有馬との会話は楽しい。

 だけど、同時に自分の足下が揺らいでいくようにも感じてしまう。

 

「だから。私は一番になることを諦められない。たとえその人に大切な人が居るって知っていても」

 

 彼女と話していると、僕と星野アクアとの境目が消えていってしまう気がするから。

 

「アクア」

 

 ピンと張った指が俺の眼前に突きつけられる。

 

「私は、アンタのことが好きよ。だから……私と付き合って」

 

 顔を真っ赤にして、それでも目は逸らさずに俺を見つめている。

 その真っ直ぐな瞳から逃げるように、目を逸らす。

 それでも胸の中に流れる想いがあった。

 

 全部、何もかも忘れて、ただの星野アクアとして彼女と付き合ったら、きっと楽しいんだろうな。

 逆に星野アクアじゃなく、雨宮吾郎として生きようとしたら、そのうちルビー……さりなちゃんに押し切られることになったんだろうか。

 どちらの未来も、思い描くことはできる。

 でも。

 

 俺はどちらも選べない。

 いや、そうじゃない。

 俺はもう選んでいる。

 だから、有馬の気持ちに答えることは出来ない。

 

「ごめん。俺、付き合ってる娘がいるんだ」

 

 簡潔な言葉で断ると、有馬の指先が小さく震えた。

 

「あかね、でしょ?」

 

「ああ。宮崎旅行に行った時から。──もっと早く言うべきだった」

 

「そっか。今度はビジネスでも恋リアでもなく、ちゃんと好きなのよね?」

 

 正直に言えばあの日、宮崎でちゃんと付き合おうと告白した時はまだ、いくつか打算も含まれていた。

 その一つは他ならぬ有馬のこと。

 有馬が俺に恋愛感情を持っているのは分かっていた。

 けれど、アイドルとしてこれから成長していくだろう彼女の側に男の影があっては、アイの時みたいなことが起こりかねない。

 

 だから、彼女を遠ざける理由としてあかねとちゃんと付き合うというストーリーは有効だと思った。

 我ながら最低な理由だが、あかねは多分それにも気づいている。

 気づいた上で彼女は俺と一緒にいると言ってくれた。

 

 カミキヒカルが殺されて、復讐を続けることも、完全に諦めることもできず、中途半端な場所で立ち尽くしているだけだった。

 そんな俺を肯定してくれて、寄り添ってくれて、駄目なことは駄目と言ってくれて、そして共犯者として一緒に歩んでいくと言ってくれた。

 あかねのことを、俺は今──

 

「ああ。ちゃんと愛してる。────ん? え?」

 

 思わずこぼれ落ちた言葉に驚愕し、知らず手のひらで口を覆う。

 

「なんでアンタが驚いてんのよ」

 

 呆れた口調と共にため息を吐かれてしまうが、仕方ないだろう。

 

「……いや。愛してるなんて、生まれて初めて言ったなって」

 

 今生だけじゃない。

 前世で雨宮吾郎として何人か付き合った恋人にも多分、口にしたことは無かったはずだ。

 

 生まれた時から両親がおらず、育ててくれた祖父母とも微妙な関係しか築けなかった俺にとって、その言葉の本当の意味をよく理解できなかったのだ。

 それは星野アクアとしても同じこと。

 アイは俺たちのことをとても可愛がってくれたけど、意図的にその言葉だけは避けていたように思う。

 最期の最後、ただ一度きり口にした以外は。

 それが余計、俺にとってまるで呪いのように重くのし掛かっていた。

 ずっと愛を知らず、生まれた時から嘘を付き続けている俺が、その言葉を口にしてしまったら、アイの言葉まで薄っぺらくなってしまう気がしたから。

 

 そしてもう一つ。

 片寄ゆらという、自分以外の復讐者を見て初めて気が付いた。

 ただ一人の力で復讐を成そうとしている彼女と比べて、俺は周りに恵まれている。

 あかねはもちろん、ミヤコさんを始めとした大人たち、ルビーや有馬達だってそうだ。俺には力を貸してくれる人が大勢いる。

 

 そんな彼らに迷惑が掛かると理解しながらも、俺は未だ復讐を捨てきれない。

 カミキヒカルが死んだ時点で、もうそんなことをしなくても良いはずなのに。

 

 もちろん、このドラマは裁判で俺たちの出生の秘密を話させないための説得材料でもあるのだが、それにしたってカミキへの復讐は必要不可欠ではない。

 むしろ、そこを妥協すれば片寄ゆらの気を晴らすことが出来、新野冬子の説得に全力をつぎ込める。

 頭ではそれを理解しているはずなのに、怨嗟を捨てきれない歪んだ復讐者である俺なんかが、人を愛していいのか。

 心のどこかに、そんな想いがずっとあった。

 

 それなのに。

 こんな簡単に。

 それも本人相手でもなく言えてしまうなんて。

 

「ふぅん?」

 

「なんだよ?」

 

「つまりアンタが最初に愛してるって言った女は、黒川あかねじゃなくてこの私ってことね」

 

 胸に手を当てドヤ顔で唇を斜めにする有馬は、もうすっかりいつもの彼女に戻っていた。

 

「……」

 

 お前に言った訳じゃねーけど。と言ってやりたい気持ちになるが、流石にそれは酷だろうし、敢えて普段通りの演技をしている可能性もあるので、無言のまま顔を背ける。

 

「じゃ、私はそれで満足してあげる」

 

 また声色が変わる。

 落ち着いた優しい声はやはり、震えるのを我慢しているようだ。

 

「だから。二番目はちゃんとアイツに言ってやりなさい」

 

「え?」

 

「黒川あかね。アイツ、私がアンタに告白するって言ったらめちゃめちゃビビってたわよ」

 

「っ」

 

「恋人を不安にさせないのも、カレシの責務でしょ」

 

 いつかあかねが言っていたようなセリフに、思わず苦笑する。

 

「分かったよ」

 

 もう一度、今度はちゃんと意識した状態で言えるかは分からないが、そう答えるしかなかった。

 

「じゃあさっさと行きなさい」

 

「今から? もう夜だぞ」

 

 有馬から連絡が入ったのは撮影終了後の夕方。

 そこから待ち合わせをして、それぞれ準備してから集合したことでもう夜も更けている。

 

「別に今からアイツのとこに行ってこいとは言わないけど、とりあえずここからは出なさいよ」

 

「いや、お前は?」

 

「私はまだ居るわ。今からルビーとMEMを呼ぶから」

 

「あいつらを?」

 

 当たり前のように言うものだから、何か約束でもしていたのかと思ったが、フンと不満そうに鼻を鳴らされて気づく。

 

「振られた者同士、残念会よ。MEMは保護者枠ね。ルビーは一応まだ未成年だし。それともアンタも聞いてく? 失恋ソング縛りのカラオケ大会」

 

 いやらしい笑みを浮かべる有馬に、お手上げとばかりに手を持ち上げたまま立ち上がりつつ、ふと疑問を覚える。

 確かにルビーは最近前ほどベタベタしてこないと思っていたが、キッパリ振った覚えはない。

 その辺りのことに関して色々聞きたいこともあるが、今はまともな返答は期待できそうにない。

 

「悪かった。遠慮するよ」

 

 だから、それだけ言って扉に向かう。

 おそらく意図的だろう、有馬はずっとスマホを操作したまま視線も向けようともしてない。

 今の俺が有馬に何も言う資格がないのは分かってる。

 ただ一つだけ。

 

「有馬」

「何よ?」

 

「またな」

 

 有馬にとっては酷なことかもしれないが、互いにこの芸能界で生きていく以上、完全に繋がりを絶つことはできない。

 まして有馬は同じ苺プロの仲間であることは変わらないのだ。

 ならばせめて、後に引きずらないように、取り繕う。

 そんな俺の意図を察したのだろう、有馬は再度鼻を鳴らしてから、大きく手を振った。

 

「また明日。撮影、遅れるんじゃないわよ」

 

 明るい声に背中を押されながら、俺は部屋を飛び出した。

 

 

   ☆

 

 

 振り返ることなく、アクアは部屋を後にしていく。

 気を張って持ち上げていた手から力が抜け、ダラリとソファの上に投げ出した。

 十数年間続いていた、初恋が終わった。

 もっと凄まじいショックを受けるかと思ってたけど、多少力が抜けた程度で済んだのは、きっとこの結末を予想出来ていたから。

 

「ほら、やっぱり」

 

 あかねの心配は杞憂に過ぎなかった。

 どうもアイツは昔の私を引きずって、今の私を大きく見すぎている節がある。

 役者としても、女としても、もうあの娘の方がずっと上……

 

「って、なに言ってんの私。一回負けたくらいで」

 

 涙が浮かびそうな目元を拭い去りながら、声に出して強がる。

 

「少なくとも役者としては今日私が勝ったし!」

 

 もちろん今日の勝負であかねは私に勝つ気が無かったのは分かっている。

 自分を鼓舞して無理やり元気を出しているだけだ。

 

「いや、アイツがこれからもアクアの真似して演技を押さえるなら、私の方が目立つチャンスじゃない?」

 

 あかねが抑えた演技をしているとしても、それが分かるのは、よほど演劇に精通している客か、同業者くらいのものだ。

 メインの観客である普通の若者が見抜けるとは思えない以上、これはチャンスだ。

 

「そうよ。こうなったら計画を前倒しにして、これからはアイドルだけじゃなく、役者としても活躍してみせる。そして、この芸能界で生き延びてやる!」

 

 拳を握りしめたまま立ち上がり、宣言する。

 そうしてから私は、扉に目を向けた。

 外から確認が出来るよう嵌められたガラスの向こうには、アクアの後ろ姿すらもう見えない。

 けれど私は、そこにはいない彼に向かって話しかける。

 

「だから、アンタたちはこれから仕事も手に着かないくらい、存分にイチャついて……幸せになんなさい」

 

 口から出たその言葉は自分でも分かるくらい、柔らかく優しい響きを持っていた。

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