【完結】推しの子if ~あかねちゃんと一緒にアクアを救おうルート~ 作:日ノ川
復讐者で無くなったアクアと家族との関係の話
第58話 家族愛
朝。
音を立てないようにゆっくりと開かれた玄関の向こうからアクアが顔を覗かせ、私を見つけた瞬間、ビクリと身体を震わせた。
「朝帰りとは良いご身分ね。不良息子」
「ミヤコさん。早いね」
「誤魔化さないの。記者に撮られたりしなかったでしょうね?」
アクアが黒川さんと一緒にいたことは、メムさんから聞いていたので単刀直入に問う。
あちらの親御さんには、彼女がアリバイづくりに協力して誤魔化してくれたので大丈夫だとは思うが、スキャンダルになって週刊誌に載りでもしたら、芋蔓式にメムさんの嘘も相手方に伝わってしまう。
そうなると、アクアの親としても、所属事務所社長としても、かなりマズい。
「……大丈夫。尾行とかにも気をつけたから」
「そう」
いつかこんな日が来るとは思っていた。アクアもやはり高校生、正式なお付き合いをしている男女であれば、こういうことがあるのは自然なことだ。しかし、二人の年齢面における問題を考えるとせめて後一年は我慢して欲しかったというのが正直な気持ちだ。
とはいえ。それも見越して、皆が売れてきた辺りで、週刊誌に撮られないコツを教えるという名目で、B小町のメンバーと一緒にアクアにも話をしておいて正解だった。
それはそれとして釘は刺しておかなくては。
「黒川さんはもう成人だけど、アンタはまだ十七なんだから何かあったら問題になるのは彼女の方なのよ?」
元々二人は公式カップルとして扱われているので外で手を繋いだりキスするくらいならば、スキャンダルになることは無いが、ホテルなどに入るところを見られると話は別だ。
アクアは学生である前に、芸能界で働く社会人でもある。
だからこそ、キチンと危険性を伝えなくてはならない。
特にアクアは自分のことより、相手に迷惑が掛かることを嫌う質なのでこう言えば今後は注意してくれるだろう。
「それも分かってる。ちゃんと気を付けるよ。ゴメン」
「分かればいいのよ。ただ、覚悟しなさいよー? 今はもう帰ったけど、昨日は有馬さんたちも泊まったから、アンタが外泊したこと知られてるからね」
「有馬たちも?」
「ずっとカラオケしてて、夜中にルビー送ってきたからそのままね。あ、その中に黒川さんもいたことになってるからね」
話を合わせる時は注意して。と告げてから、それで。と前置きをして耳元で囁く。
「避妊はちゃんとしたんでしょうね?」
息子の性生活に口を挟むのはどうかと思うが、アイのこともある。
これも親と言うよりは事務所社長として知っておかなくてはならない部分だ。
アクアもその辺りは理解しているらしく、僅かに不満そうに眉を持ち上げはしたものの、黙って頷いた。
「そ。なら、これ以上私からは何も言わない。後はルビーたちからタップリ絞られると良いわ」
ルビーもそうだが、有馬さんも家にやってきた際、目元は腫らしつつもすっきりした顔をしていたので、すでに決着がついていると見て間違いない。
修羅場などにはならないだろうが、感情はまた話が別だ。
むしろ想いを吹っ切る意味も込めて、必要以上に責め立てられるのは目に見えてる。
ここでもアクアは察しの良さを発揮し、青ざめた顔で縋るような目を向けた。
「ちなみに上手いこと取りなしてくれたりは?」
「すると思う?」
私の返答に、アクアは顔を歪めたが、少しの間何かを考えるような間を空けてから、リビングに戻るため、階段を上り始めた私の服を小さく引っ張った。
「ん?」
「頼むよ。……母さん」
「んな!」
階段の高低差を利用した絶妙な上目遣い。
現在中学生時代のカミキヒカル役を演じているのが影響してか、妙に幼く見える。
なにより、こんなところで生まれて初めて母と呼んでくるとは。
「アンタねぇ」
どう見てもあからさまな機嫌取り。
今呼ばれても、感動どころか怒りすら湧いてくるというのが正直な気持ちだ。
いったいどうしてくれようか。と拳を握った直後、アクアは困ったように頬を掻き、視線を逸らしてポツリと呟いた。
「仕方ないだろ。慣れてないから頼み方知らないんだよ」
唇を尖らせ、拗ねたように言う様はより幼く見える。
そうだ。
そもそも、どんなにくだらない内容であろうと、アクアが私に助けを求めて甘えてくるのなんて初めてのことだ。
赤ん坊時代から異常なほど精神が完成されていたこともあってか、アイのことがあって正式に私の里子になってから一向に甘えることなく、常に仏頂面で素顔を見せようとしてこなかった。
そのアクアがこんな素直に甘えてくるとは。
(黒川さんのおかげね)
きっかけが何であれ、親として彼女には感謝しかない。
「仕方ないわねぇ。でも交換条件があるわ」
「なんだよ」
「今度ちゃんと恋人として黒川さんを紹介しなさい」
私の言葉にアクアは目を丸くした。
宮崎旅行の際や、ドラマ撮影が始まってから、アイ役を演じる上で必要な役作りやダンスレッスンの場所提供などで一緒に行動することもあるが、いずれも事務所社長として接していたので、この辺りで一度、アクアの母親としてキチンと挨拶しておきたい。
「分かったよ」
渋々頷くアクアの頭にポンと手を乗せる。
ここでもアクアは不満顔を崩すことはなかったが、手を跳ね除けようとはしなかった。
それが妙に嬉しい。
「アクア、今日現場行くの?」
今日は日曜日だ。
芸能人の仕事に曜日は関係ないが、最近みんな仕事で忙しく、一緒に夕食を取るという家族の決まりを叶えられてないので、出来ればみんなで食事をしたい。
撮影自体はあるものの、予定ではアクアもルビーも撮影は入っていない。だが、アクアは監督の一人でもあるため、撮影が無くても現場にいくことが多い。
「ああ。もう少ししたら俺が監督する場面の撮影も始まるし、今のうちから勉強しておく」
「──そう」
案の定。そう言われては私も何も言えない。
「でも、夕飯までには帰るよ」
私の考えを読んで、慌てたように付け加えるアクアに思わず頭に置いている手をそのまま動かして撫でてやる。
「分かったわ。それなら、今日はみんなでごはん食べましょ」
「ん」
頭を撫でられているせいか、返事まで子供っぽい。
今まで全く甘えてこなかったアクアだからこそ、ギャップが愛おしくこちらもなかなか手を離せない。
だが、その瞬間は唐突に訪れた。
私たちが話している声でも聞こえたのか、リビングに続く扉が乱暴に開いた。
その瞬間、我に返ったようにアクアはバッと後ろに下がり私の手を外す。
「あー! やっぱり帰ってきてる!」
ドタドタと乱暴な足取りで階段を降りてくる、憤怒の籠もったルビーの声から逃れるように、アクアはさりげなく私の後ろに隠れるように移動すると、ぐいぐいと背中を押した。
「まったくもう」
約束を果たせとばかりの態度に苦笑しつつ、甘える息子の願いを叶えてやるとともに、昨夜は殆ど眠った状態だったせいで言えなかったことを伝えるため、ルビーと対面した。
「ルビー。アクアのことより自分の心配をしなさい。貴女へのお説教はこれからなんだから」
「へ? お兄ちゃんじゃなくて?」
「アクアへの説教はもう終わったから。高校生の身分で夜中までカラオケって時点でそっちも十分説教対象でしょ?」
「そんなー!」
にっこり笑う私を前に、ルビーが悲痛な叫びを上げた。
☆
「私は誤魔化されないんだからね!」
「……何の話だ?」
おかーさんの説教から解放された直後、洗面台に向かったお兄ちゃんの後を追いかけて言う。
水が貯まるのを待っていたお兄ちゃんは怪訝そうな顔で振り返った。
その瞬間、僅かに香るのはシャンプーの匂い。
家で使っているものとは違う匂いは、別の場所でお風呂に入ってきた証だ。
微妙な生々しさに気後れしそうになるものの、私だっていつまでも何も知らない子供じゃない。
それがどういう意味かくらい分かってる。
「昨日、あかねちゃんと一緒だったんでしょ?」
自分でも驚くくらい棘のある言い方に、お兄ちゃんは眉を持ち上げる。
昨日呼び出されたカラオケで、私はかな先輩がお兄ちゃんに惚れていたことを初めて知った。
まあ今になって思い出してみると再会した当初から、私に対する態度の違いとか、結構露骨だった気もする。
そんな先輩から、愚痴混じりにお兄ちゃんがあかねちゃんに改めて気持ちを伝えに行ったことも、あかねちゃんがそれを受け入れたであろうことも聞かされた。
それについては納得した。というかまだ言ってなかったの? って思ったくらいだ。
そして。気持ちが通じ合った同士なら、関係が進展してそういうことをするのも自然だって、前にみなみちゃんも言ってた。
それでも、どうしても嫌悪感が拭えない。
軽はずみじゃ無いとしても、高校生の子に子供が出来るような真似をするなんて。
元はママのことがあったからそう思っていたのだが、そのママ自身が自分より年下の男の子とそういう関係になって私たちを産んだと分かった今でも変わらない。
「黙秘権は──」
「あるわけ無いでしょ?」
にんまり笑って言うと、お兄ちゃんは分かりやすくため息を吐いてから、洗面台の蛇口を捻って水を止める。
ちゃんと話をしようという合図だろう。
「そうだったらどうするんだ?」
真面目な声にちょっと気圧される。
どうする?
私は、どうしたいんだろう。
あかねちゃんとの勝負も終わって、少なくとも今生でお兄ちゃんとどうこうなるつもりは無くなったはず。
それともまだ諦めきれていないから、納得できなくてこんなに不満を抱いているんだろうか。
今更私が告白したってせんせ……お兄ちゃんを困らせるだけで、何の意味もないのに。
「なんてな。お前にはこういう話はまだ早いよ」
「ハァ!? 今は同い年なんですけどー?」
黙り込んでしまった私に告げた口調が、子供をあしらっているようで、こちらもつい応戦してしまう。
「精神年齢的にな。その態度が証拠だろ」
「むぅ」
ドヤ顔で言われたのがムカついて頬を膨らませる。
「そうだねー。おにいちゃんは精神年齢おっさんだもんねー」
反論とばかりにこちらも弱点を突くが、お兄ちゃんは大して動じることなく苦笑した。
「それ言うなよ」
「でも。それもちゃんと分かった上で、あかねちゃんと付き合うんでしょ?」
嫌悪感は拭えてないけど、おにいちゃんの中身がせんせの転生だってことを知ってるのは私だけ(あのカラス少女はともかく)なんだから、これだけはちゃんとおにいちゃんに──せんせに聞いておかないと。
「……ああ」
即答では無いけど、迷ったりせずに頷くお兄ちゃんに、私も頷き返し、同時に自分の中にある嫌悪感を払拭する方法を思い付く。
「だったら特別に許してあげる」
「お前に許してもらうことじゃないが──」
「ただし!」
お兄ちゃんの言葉を遮って声を張る。
「なんだよ」
「ちゃんと責任は取ること」
「責任?」
「そう。具体的にはちゃんと結婚して、あかねちゃんを本当の意味でお義姉ちゃんにするように!」
無責任に子供を作るような真似をするのが駄目なら、ちゃんと責任を取れば良い。
逆転の発想というやつだ。
「おいおい」
「なに? その覚悟も無しに手を出したの?」
「そうじゃねーけど。相手の気持ちもあるし」
「それなら大丈夫。あかねちゃん以上に、お兄ちゃんのこと愛してる人なんていないもん」
言いながら胸がチクリと痛む。
私だってあかねちゃんに負けないくらい、おにいちゃん──せんせのことが好きなのに。
嫌悪感は消えても、もう一つの想いは無くならない。
もうどうしようもないって分かってるけど、私は未だこの気持ちをどうやって昇華すれば良いか分からなかった。
「はぁ……ルビー。お前、今日暇?」
私の質問にため息で答えてから、唐突に話を変える。
「え? えっと、うん。今日は撮影もないし、オフだけど」
だからこそ、昨日先輩からの呼び出しに応じて夜中までカラオケに付き合えたのだ。
「俺はこの後現場に行ってカントクの手伝いしてくるんだけど、終わったら連絡するからちょっと付き合ってくれ」
「……何するの?」
まさか改めてあかねちゃんと引き合わせようとでもいうのだろうか。
今の状況で会うのは色々気まずい。と思っているとそんな私の内心を見透かしたようにお兄ちゃんはリビングの方を顎でしゃくった。
「聞いてないか? 今日の夕飯は久しぶりに三人で取ろうってさ」
「おかーさんが?」
「ああ」
それなら余計私が外出するのはマズいんじゃ。そう言う前に、お兄ちゃんはさっきまでとは別種の笑みを浮かべて続けた。
「きっと料理には力入れるだろうから、俺たちでちょっと良いワインでも買ってやろう」
「プレゼントってこと? それ良い! でも何で急に?」
別に今日はおかーさんの誕生日じゃないし、何かの記念日でもないはずだ。
「別に。特に理由は無いけど……母さんにはいつも迷惑かけてるからな」
「…………え? お兄ちゃん、今母さんって言った? 言ったよね?」
突然耳に入ってきた聞き慣れない言葉に、しばらくフリーズしたから問い詰める。
「……言ったけど?」
それが何? みたいな雰囲気を出しているが、顔が微妙に赤くなっている。
「ちょっとー。そういうのは私じゃなくて、おかーさんに最初に言いなよ」
「もうさっき言った」
「えー。私聞いてないよ。あ! さっきおかーさんが説教しながら妙に嬉しそうだったのはそれかー」
私を説教している最中も何だか楽しそうに見えたのは気の所為じゃなかったみたいだ。
お兄ちゃんは無言だったが、答えの代わりと言うように顔を逸らす。
「もー。じゃあ私も聞きたいから、ワイン渡す時にもう一回ちゃんと言ってね?」
「いや、改まって言うのはなんかな」
「駄目。ちゃんと言うの! 私はそのシーンを撮影しとくから」
「絶対止めろ」
「照れちゃってー。あ、ていうかワインって私たち買えるの?」
ふと思いついて聞いてみる。
プレゼントが無いとせっかくの母呼びイベントの感動も薄れてしまう。
「昔はともかく今は厳しいからプレゼント用でも難しいだろうけど、まあ、カントクか姫川さん辺りに代わりに買って貰えばいい」
「それなら大丈夫だね。今日は姫川さんも一緒の撮影なんだ?」
「ああ。俺と姫川さんのシーンと後はあかね──アイとの絡みもあったかな?」
「そっか……なら、夕飯にあかねちゃんも誘う?」
これからのことを考えるとちょうど良いのではないか。
そんな私の問いに、お兄ちゃんは少しだけ考えるような間を空けてから、小さく首を横に振った。
「え?」
私が責任を取るように言ったことも含めて、てっきり賛成すると思っていただけに驚いた。
そんな私を余所に、お兄ちゃんは改めて蛇口を捻って洗面台に水を貯めながらポツリと呟く。
「たまには家族水入らずで過ごす日があっても良いだろ」
それだけ言うと、まだ水が貯まりきっていないのに下を向く。
顔が鏡に写らないようにわざとそうしているのだとすぐ気づいた。
だって顔は隠しても首筋と耳が赤くなっているのは隠せてないから。
(あ、そっか)
同時に、私は疑問の答えに辿り着いた。
私の中にあるおにいちゃん──せんせへの気持ち。
この気持ちは、確かにもう恋愛として成就することはない。
でも、私にはもう一つ、同じくらい大切で欲しかった関係があったのだ。
「そうだね。たまには私たちの家族愛を確認しとかないとね」
「ああ。そうだな」
そう。
前世の頃からずっと欲しかったもう一つの愛。
私のことをちゃんと見て、愛してくれる家族が欲しかった。
一度はママの子供として生まれたことで手に入れたはずのそれも、あの事件で失われてしまった。
でも。私は今、同じくらい大切な家族を手に入れた。
私とお兄ちゃんとおかーさん。そして──
「三人家族なのは今だけだしねー」
いずれあかねちゃんも加えるように。と圧を掛けると、お兄ちゃんは下を向いたまま息を吐く。
「ずいぶん念を押すな」
「当たり前でしょ。あかねちゃんは、いずれ私のお姉ちゃんに……家族になるんだから!」
にっこり笑うと、お兄ちゃんははいはい。と投げやりな返事をしつつ、いい加減顔を洗わせろと言って私を洗面台から追い出した。
顔を洗い出したお兄ちゃんの姿を眺めつつ、私は自分の胸に手を当てて、一つ頷く。
ここにある、今はまだ消しきれない、せんせへの気持ちも、家族愛という形でならきっと──
(今生の間は我慢できる!)
次は絶対に我慢してやらないけど。と心の中で宣言してから、私は足取り軽く
監督編はこの話の集大成になるので結構長くなりそうです