【完結】推しの子if ~あかねちゃんと一緒にアクアを救おうルート~ 作:日ノ川
今回は前編なのであまり話が進みません
その日、午前中に入っていた別の仕事を終え、撮影スタジオにやってきた私の足取りは重かった。
疲れの主な理由はダンスレッスンだ。
そう。
もうスケジュールも中盤にさしかかっているというのに、未だアイのアイドルとしてのパフォーマンスが満足いくものに仕上がっていない。
そのため、ここでの撮影はもちろん、他の仕事もできる限り急いで終わらせて時間の確保に勤めている。
もちろん仕事で手を抜くことは出来ないため、無理が祟って疲労が徐々に貯まっているのが現状だ。
(でも、ダンスが上手くいかないのは疲れのせいっていうより……)
これは最近になって気づいたのだが、ダンスが上達しないのは、私自身の問題もあるが、それ以上にルビーちゃんたち、現B小町三人の存在が大きい気もする。
この物語に於けるアイドルとしてのアイは、最強で無敵の存在。
当然他のメンバーよりもずっと輝いていなくてはならない。
それなのに、比較対象であるルビーちゃんたちが、凄まじいパフォーマンスを見せることで、必然的に私の影が薄くなってしまう。
もういっそのこと、三人にちゃんと話して、もっとレベルを落としたパフォーマンスをして貰った方が良いのではないか。
なんてことまで考えていたのだが、アクアくんが片寄さんと交わした例の賭けにより二の足を踏んでいた。
彼女の出す条件はこのドラマを名作にすること。
そのためには話の内容や、演技力のみならず、ダンスのパフォーマンスだって高いに越したことはないのだから。
とはいえ、どのみち最終的には現B小町の彼女たちだけでなく、追加メンバーとしてゆきたちも参加する。
彼女たちも私と同様にダンスは本職ではないのだから、その際はパフォーマンスのレベルを落とす必要もあるはずだ。
それを前倒しして、今からパフォーマンスを下げて貰うのも一つの手かもしれない。
(あ、でも今日はB小町のメンバーはいないんだっけ)
今日はアイドルではなく、ララライのワークショップに参加した後のアイのシーンを撮影する予定だったはず。
そんなことを思い出しながら、控え室の扉に手を掛けたところで中から声が漏れ聞こえてきた。
小声だったので何を話しているかはわからないが、どちらも聞き覚えのある声。特に片方の声を私が聞き間違えるはずがない。
(アクアくんと姫川さん。午前の撮影終わったんだ)
思わず顔がほころんでしまう。
同時に私は一度ドアに掛けかけた手を止め、そっと息を吸う。
体に疲労が貯まっていても、アクアくんには疲れた顔の自分を見せたくない。
呼吸を整え、改めてドアに手を掛けたところで──
「おはよー」
突如、後ろから声を掛けられて再び手が止まる。
「片寄、さん」
振り返った先で、変装用の色の濃いサングラスを掛けた片寄ゆらがにこやかに笑い掛けていた。
「おはようございます。今日はよろしくお願いします」
その笑顔に私もすぐに笑顔を作る。
なんだかんだ今までまともな共演シーンは無く、顔合わせの時も軽く挨拶した程度だったことを思い出して深々と頭を下げると、彼女は苦笑した。
「そんな畏まらなくていいよ。貴女は主演なんだから」
「そういうわけにはいきません」
「真面目だなぁ。演技してる時とは大違いね」
それはよく言われる。
だけど、主演だからと言って横柄な態度を取るような真似はしたくないというか、私には出来ない。
そもそも、片寄さんは小学生の時から役者をしているため、芸歴的にも先輩。同時にタレントとしての格はもちろん、年上でもある彼女に対して、礼節は守るのは当然だ。
例え相手が、アクアくんを脅して勝負を持ちかけてきた彼の障害であったとしても。
そんな私の心情を読みとった訳では無いだろうが、彼女はチラリと控え室のドアに目をやってから私に近づくと、耳元で囁いた。
「撮影始まるまで、もう少しあるし、二人でちょっと話さない?」
「えっと……」
私も同じようにドアを見る。
いつの間にか声は聞こえなくなっていたが、こちらに近づいてくる様子もなく、二人は私たちが来たことに気づいていないようだ。
それなら好都合。
私もこの人と話しておきたかった。
「いいですよ」
精一杯の作り笑顔と共に了承の返事をすると、彼女も同じ種類の笑顔を浮かべた。
☆
スタジオ内にある役者用の控え室で、俺は中断している撮影が再開するまで時間を潰していた。
別にトラブルがあった訳ではない。
むしろその逆で、その日の撮影が思った以上にスムーズに進んだことで、午後から現場入りする予定のあかねを始めとした他役者が来るまで撮れるシーンが無くなってしまったのだ。
そうした間もスタッフは忙しなく動いているため、監督としての勉強も兼ねてそちらの手伝いを申し出たいところだが、まだ俺の撮影自体は残っているので、メイクや衣装を汚すわけにはいかず、こうして大人しく控え室に移動したのだが。
「アクア。引っかけ問題って何の為にあるんだ?」
俺と違って既に今日の分の撮影は終わっているはずなのに、何故か同じ控え室に留まっていた姫川が妙に真剣な声で話しかけてきたが、俺は視線も上げずに答える。
「道交法を何となくじゃなく正確に把握するためだろ。ってか、まだ取れてなかったの?」
教本を片手に唸りながらうなだれる姫川に、ため息を吐きながらようやく顔を持ち上げるとそんな俺を見て、姫川は語り出した。
「仮免は受かったが、本試験の筆記で落ちた。次の休みまでだいぶ間が空くから、忘れないように勉強続けとかないとな」
「へー」
少し見直した。
活字が苦手な姫川のことだから、仮免に受かった後は疲れを取るためとか言って、そのまましばらく放置するか、あるいは一度落ちたことで、完全にやる気を無くして勉強を放り投げると思っていた。
そんな俺に向かって姫川はニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「撮影も順調だし、このまま行けば、予備日は使わなくて済みそうだからな」
確かに最も出番の多いあかねが、一発オーケーをバンバン出しまくっている影響で、撮影スケジュールはかなり余裕をもって進んでいる。しかし──
「それと免許がなんか関係あんの?」
「あるだろ。俺らみたいなタレント連中が揃って休みが合うことなんて滅多にねーんだ。当然打ち上げに行くに決まってる。そこで俺の出番ってわけだ。今回の共演者は可愛い子も多いし、デカい車レンタルしてみんなで海でも行こーぜ。メルトも賛成してたぞ」
明らかに女子の水着狙いなのは間違いない。
俺も興味がないかと言えば嘘になる。
とはいえ。
「……打ち上げも海行くのも別に良いけど、どう考えてもアンタの出番はねーよ」
「何で? 今回メインキャスト若いのばっかだし、俺以外免許持ってる奴も取れる奴もいないだろ」
心底不思議そうな姫川にため息を落としてからキッパリと告げる。
「今すぐ取ったとしても、免許歴ひと月。そんな若葉マークの運転で遠出なんてタレント本人以上に事務所が許さないだろ」
完全なオフに個人的な付き合いで了承するならともかく、撮影の打ち上げという名目なら事務所も絡んでくる。
そんな時に事故でも起こしたら洒落にならないし、俺自身も絶対に任せたくない。
「どうしてもって言うならカントクに頼め。あの人免許も無駄にデカい車も持ってるから」
婚活してた時に買ったと自慢してきたのを覚えている。
それを使って婚活を成功させ週末に妻と子供を連れてキャンプに行く。と浮かれていたが、その結果は未だ独身のあの人自身が物語っている。
その夢を疑似体験出来るとなれば、ブツクサ言いながらも連れていってくれるだろう。
「じゃあ俺はなんで今勉強してんだよ」
「免許取るために決まってるだろ。大人しく勉強してろ。俺は忙しいんだ」
それだけ言うと改めて手元のノートに目を落とす。
作業は基本パソコン派だが、初監督としてやるべきことを考える以上、試行錯誤しながら形にしていくことになる。その場合はキーボードやタッチパネルを介する必要のあるデジタルよりも直感的に訂正や書き込みが出来るアナログの方が使いやすい。
これは何かとメモを取る癖のあるあかねから真似た手法だ。
「お前は何してんだ? テスト勉強か?」
俺の言葉を無視して姫川がダル絡みをしてくる。
もう完全に免許試験の勉強をする気は失せてしまったようだ。
「そっちの勉強は必要ない。もうすぐ俺が担当する場面の撮影が始まるから、撮影プランを詰めてるところ」
だから集中させろ。と言外に告げたつもりなのだが、姫川には通じなかった。
「ふーん。授業だけで十分ってか? 半分の違いで頭の出来も変わるもんだな」
「……」
異母兄弟だと匂わせるような発言に、以前俺が言ったことを忘れたのか。と睨みつけて視線で訴えると姫川は、はいはい。と軽く肩を竦めた。
そのタイミングで、場が静かになり同時にドアの向こうから話し声が聞こえてきた。
何を話しているかまでは分からなかったが、誰が話しているかはその声で分かる。
「あかね?」
「おっ。もう来たのか」
今日あかねは別の仕事が入っていて、そちらが終わってから合流の運びになっていたのだが、思った以上に早い。
最近のあかねはダンスレッスン確保のため、出来る限り急いで仕事を済ませていると聞いていたのでそこまで不思議はない。
だが、それに合わせるかのように、もう一人までこんな時間に来るのは解せない。
「片寄さんもいるのか?」
かなり小声ではあったが、二人とも役者だからこそか、声質自体がよく通る声でドア越しでも誰の声かくらいは把握できる。
少しの間、二人を待ったが一向に入ってくる様子が無く、やがて俺たちは互いに顔を見合わせてから足音を立てないようにそっとドアに近づくと、こちらも音を立てずに開いて外を窺う。
「いないな」
「……」
会話自体は聞こえなかったが、雰囲気的には片寄の方からあかねに話しかけてどこかに誘ったようだった。
もっと早く現場入りしていたが、あえて控え室には顔を出さず、あかねが来るのを待っていた可能性もある。
その場合、俺たちには内緒で本番前に二人だけで話をしようとでも言ったのだろう。
そうまでして話したい内容があるということだ。
気づいた以上はこのまま放置は出来ないが、下手に俺が直接出向くとやぶへびになりかねない。
あかねもそれが分かっているからこそ、何も言わず黙って彼女に着いていったのだろう。
例の賭けの件も含めて、あかねに危害を加えるようなことは無いと思うが絶対ではない。
それならこっそりと後を追い、話を盗み聞きしながら、いざ何かあった時に割って入るのが正解か。
しかし。
それも問題がある。
俺には、片寄ゆらの演技を見抜くことが出来ないという点だ。
そうなると、いざという時が分からないため判断が遅れてしまう。
その一瞬が命取りになるようなことがあっては、悔やんでも悔やみきれない。
つまり、彼女の演技を見抜くレベルの目を持った人間が必要なのだが──
ツイと視線を持ち上げる。
相変わらず演技をしていない時はボンヤリとした気配を纏ってはいるが、ここにいるのは演技力ならばあの二人にも引けを取らない天才俳優だ。
「ん?」
「姫川さん、まだ時間ある?」
「まあ、多少は。……ん? 盗み見すんのか?」
「ああ」
間髪入れず頷くと、姫川は渋い顔をする。
「俺の経験上、女同士の内緒話なんて聞いてもロクなことにならねぇぞ」
その態度に疑問を覚えた。
言ってること自体は正論だが、それは普通の状態であればの話だ。
片寄ゆらが復讐者となっていることを知っていればまずはその危険性に目が行くはず。とそこまで考えて気がつく。
(そう言えば、この人には伝えてないんだった)
俺たちの事情を知っている面子に賭の内容を話すかどうか相談した際、姫川さんは言っても言わなくても変わらないとあかねに言われたため、それなら敢えて言うこともないかと、伝えていなかった。
今から説明している時間は無い以上、余計な疑問を挟まず黙って着いて来てくれるような魔法の呪文が必要になる。
そんな都合の良い言葉があるはずが無い。と言いたいところだが、実のところさっきの反応と併せて一つだけ思いつくものがあった。
あまり良い気はしないが、この際仕方ない。
「頼む。……兄さん」
「……フッ。弟にそこまで言われたら仕方ねぇな」
俺の言葉に一拍固まった後、姫川は得意げに鼻を鳴らして快諾した。
(ミヤコさんの時もそうだったが、これ効果テキメンな分、使いすぎると後で面倒なことになりそうだな。……今後は自重しよう)
いつものダウナーな気配をどこに置いたのか、意気揚々と二人を追いかけ始める異母兄の後ろ姿を見ながら心に誓った。
本来は次話と合わせて一つの話だったのですが、長くなったのでここで切ります
後編はもう半分くらい出来ているので明日か明後日には投稿できると思います