【完結】推しの子if ~あかねちゃんと一緒にアクアを救おうルート~   作:日ノ川

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共犯者編
第6話 宣戦布告


 ホテルで缶詰になってから数日経ち、ようやく事務所前が静かになった。

 事件が鎮静化されたわけではない。

 むしろ、例の法廷で全てを話すとの宣言が報じられたことで、さらに憶測が憶測を呼び、マスコミは連日に渡ってニュースを流し続けている。

 

 しかしある程度日にちが経ったことで、元B小町の他メンバーや、容疑者の親など事務所の人間よりも深い関係者が見つかりだして、マスコミの記者も分散された結果、事務所を張り続ける者はいなくなったのだ。

 その隙を突く形で、俺たちは宮崎から通算しておよそ一週間ぶりに自宅に帰ることができた。

 

「いやー。やっと帰ってこられたね。おにいちゃん」

 

「……なんで俺の部屋に居るんだよ」

 

 ルビーの要望通り久しぶりに三人での朝食を終え、忙しいミヤコさんの代わりに食器の後かたづけを済ませて、さっさと部屋に戻ろうとしたところ、何故かルビーまで一緒に付いてきた。

 

「え? ミヤコさん言ってたでしょ。二人で一緒に自宅待機って」

 

 不思議そうに首を傾げるルビーにため息を吐く。

 

「一緒の部屋とは言ってねーよ」

 

「だって、ミヤコさん忙しいって事務所行っちゃって暇なんだもん。なのにおにいちゃんもすぐ部屋引っ込もうとするし」

 

 そんなことを言いながら、ルビーは俺の部屋の中をぐるりと見回すと本棚に近づき一冊手に取った。

 

「あ、今日あま。久しぶりに見よっかなー。ね、ね。こういうの昔から好きだったの?」

 

 昔にアクセントを置く言い方の意図は明白だ。

 

「お前な……」

 

「良いでしょこれくらい。ちゃんとおにいちゃんって呼んでるんだし。それに、アクアはずっと一緒に居てくれるって言ったじゃん」

 

 子供のように唇を尖らせる。

 

「言ったけどさ」

 

「あのね。そんな簡単に割り切れると思う? ずっと会いたかった人がいつの間にか兄になってたなんて。あり得ないよ」

 

 手にした本を持ったまま勝手にベッドに腰を下ろしたルビーが、ため息混じりに言う。

 

「信じられなくてもそうなんだから仕方ないだろ」

 

「だから慣れる時間が必要なの! それに──」

 

「ん?」

 

「別のこと考えてないと、事件のことばっかり考えちゃう。ママが何で殺されたのかとか。あの人はどうして犯人を見つけられたのかとか。あいつはママのなんなのかとか。……私たち、これからどうなるのか。とか」

 

「……ルビー」

 

「だから、今だけ、ね?」

 

 両手を合わせて片目を閉じる。

 もう片方の大きな瞳は、断られることなど想定していないとばかりにキラキラ輝いていた。

 

「……ハァ」

 

 諦めの息を吐く。

 それが合図だった。

 

「これ一緒に見よーよ。あ、そうだ。アテレコやろアテレコ。私は先輩やってたヒロイン役やるから、おにいちゃんは主役ね」

 

「アテレコって、何もないところでやるのは流石に恥ずいんだけど。第一俺やってたのストーカー役だし」

 

「良いでしょ! 私だってそのうち声優とかやるかもしれないし。ほら、アイドルが声優のお仕事貰うとか結構ありがちでしょ」

 

「……大抵酷評されるやつか」

 

「そうならない様に練習するの!」

 

 ちらりと壁に掛けられた時計に目をやる。

 約束の時間までまだしばらくある。

 

「後であかねが来るから、少しだけな」

 

「うわっ! 自分が外出られないからって彼女を家に呼ぶとか。いやらしい!」

 

「いやらしいってなんだよ。お前も家に居るのにそんなことするわけねーだろ」

 

「私がいなくてもしちゃダメ! というかまさか、今までそんなことしてないよね? まだ高校生の、未来ある子相手にそんなことしてたら、私。軽蔑するからね」

 

 声が低くなり、瞳は先ほどまでと全く違う暗い光が宿り出す。

 当時まだ十六歳だったアイに手を出したカミキヒカルへの憎悪を転化しているのだろう。

 もっとも、カミキはアイより年下なのだから年齢のことは関係ないはずだが、ルビーは単純に性的な話題に対して潔癖らしい。

 

「誓ってしてないけど。お前もちょっと潔癖過ぎだぞ。俺だって昔はそこそこモテてたし遊んでもいたしな」

 

 先のルビー同様、昔にアクセントを置いて言うと、ルビーの顔が一気に赤く染まった。

 

「やっぱりせんせの頃から女癖悪かったんだ! 思わせぶりな態度とって私みたいな女の子を手玉に取ってたんでしょ!?」

 

「失礼な。二十代の医者にしちゃ大人しい方だよ。周りにもっと女癖悪い奴たくさんいたし」

 

「聞きたくない! ていうか、私に前世の話するなって言ったくせになんで自分からするの?」

 

「お前が慣れないって言うから。もう夢壊してやった方が手っとり早いかと思って」

 

 笑いながら言う俺に対し、ルビーは狡だ卑怯だと文句を言い続けた。

 

「未来ある若者の夢を壊そうなんて! 酷い」

 

 そうだ。

 ルビーにはまだまだこの先が、未来がある。

 いつまでも前世の自分、そして雨宮吾郎に縛られていてはいけない。

 近いうち、俺がこの場所からいなくなってしまった後も自立していけるように。

 

「さて、なんだっけ。アテレコするんだったか。良いよ、付き合ってやる」

 

「今の話聞いた後で!? やだやだ絶対せんせぇで想像しちゃう!」

 

 頭を抱えて嫌々と首を横に振るルビーを見ながら、俺はもう一つ別のことを考えていた。

 

(未来があるのはあかねも、一緒なんだよな)

 

 あの時言った台詞に嘘はない。

 本当に、全てが終わり、普通に幸せになりたいと思った。

 これまでずっと俺の復讐のために利用し続けて、傷つけてきた。

 それでもずっと一緒にいてくれたあかねを、今度は俺が守りたいと。本気でそう思った。

 

 でも、復讐は終わっていない。

 終わらせることは許されない。

 そのために、俺はまだあかねを利用しようとしている。

 

 そんな俺があかねの側に居る資格なんてない。

 あかねだけじゃない。

 ルビー、有馬、MEM、ミヤコさん。

 みんなの未来を守るために、いずれ俺の方から離れるしかないのも分かっている。

 だけど、後少しだけ。

 

「えっと……『お前、そんな顔してて楽しいの?』」

 

「おにいちゃん。めっちゃ棒読みじゃん! プロなのに」

 

「声優と俳優は近いようで遠いんだよ! 次ルビーだろ」

 

「えーっと。『カラカワナイデ!』」

 

「お前の方が棒読みじゃねーか」

 

「だから練習するんでしょ!」

 

 安息の夢に浸ることを許してほしい。

 

 

   ☆

 

 

「飲み物用意してくる」

 

 約束の時間ぴったりにやってきたあかねちゃんを部屋に通して早々、おにいちゃんが言う。

 

「あ、お構いなく」

 

「いってらー」

 

「いや、お前は出ていけよ」

 

「え? 私はぜんぜん気にしてないよ。ルビーちゃんともっと話したかったし」

 

「流石あかねちゃん! おにいちゃんと違って心が広い」

 

「言ってろ」

 

 鼻で笑うような台詞を最後に、アクアは部屋を出ていく。

 残された私とあかねちゃんの間には微妙な空気が流れ出した。

 

「え、えーっと。じゃあ、なにもないところですが、そちらに」

 

「あ、うん」

 

 小さなテーブルを挟んで向かい合う。

 アクアの部屋は殺風景だ。

 この小さなテーブルとベッド、後は本棚がある程度。

 どう考えてもこの部屋は人をもてなす環境にない。

 せめてもの気遣いに、私の部屋から人数分のクッションを持ってきたのであかねちゃんにはそれに座ってもらう。

 

(き、気まずい)

 

 家人として、おもてなしをしないといけないと理解しているのだが、実のところ私にはその前に、あかねちゃんに伝えなくてはならないことがあった。

 あかねちゃんもそれを敏感に感じ取っているらしく、自分から切り出すべきかと、ちらちらこちらの様子を窺っている。

 そうやって互いが会話の糸口を探り合うことで、この気まずい空気が生み出されているのだ。

 

 でもやっぱりここは、私から動かないと。

 

「黒川あかねさん」

 

「あ。は、はい」

 

 私が背筋を伸ばすと、あかねちゃんも同じように背を正した。

 そのまま私はテーブルに手を突いて深々と頭を下げる。

 

「ちょっと、ルビーちゃん!? どうしたの?」

 

「一度はお姉ちゃんと呼ばせていただいた身ですが、一身上の都合により私はあかねちゃんとおにいちゃんの仲を応援できなくなってしまいました」

 

「……えっと。それは、もしかしてあれかな。かなちゃんを応援するとかそういう?」

 

「かなちゃんって先輩? なんでここで先輩が出てくるの? ぜんぜん違うけど」

 

「そっか。それなら、うん。でもどうしたの突然。もちろんそれはルビーちゃんの自由というか、無理に応援してもらうものじゃないけど。私ルビーちゃんに何かしちゃったかな? ごめんね、私鈍いところあるから分からなくて」

 

 声が沈む。

 唐突にこんな酷いことを言われても、私に対して怒るでもなく心配してくれる。あかねちゃんは本当に良い人だ。

 おにいちゃんにはもったいないくらい。

 

「ぜんぜん違うよ! そういうことじゃないの。完全に私の問題で」

 

 だからこそ、私はあかねちゃんには誠実でいたい。

 

「宮崎で私の好きな人のこと、話したでしょ?」

 

「あ、うん。えーっと」

 

「その人が見つかったの」

 

「え? ああ、そうだよね。うん。私も知ってるけど」

 

「知ってたの!? 私がアクアのこと好きだってこと」

 

「アクアくん? え? え?」

 

「なに言ってるんだお前は」

 

 あきれ声に振り返ると、いつの間にか二人分のカップを乗せたお盆を持つおにいちゃんが立っていた。

 

「あれ? おにいちゃんの分は?」

 

「ナチュラルに自分の分を確保するな。これは俺とあかねの分だ。アホなこと言ってないでさっさと出てけ」

 

「ええー! まだ話終わってないのに」

 

「良いから。ほら」

 

 テーブルの上に飲み物を置いた後、殆ど無理矢理私を立たせると、耳元で小さく告げる。

 

「余計なこと言うな。あかねは雨宮吾郎のこと知ってるんだから」

 

「あ」

 

 不意に思い出した。

 確かに私は宮崎であかねちゃんと恋バナをした時、自分の好きな人について話をした。

 その時はまだ、せんせが普通に生きていると思っていたため、ずっと年上の男の人だと言ってしまったのだ。

 あれから色々あったせいでその辺りのことがすっぽり抜け落ちていた。

 

「?」

 

 チラリと目線を向けると、あかねちゃんは私とアクアを交互に見ている。

 まずい。

 あかねちゃんは勉強面でも、前世が医者のおにいちゃんより偏差値が高い才女だと聞いた記憶がある。

 私では問いつめられたら絶対にボロが出てしまう。

 

「お、おにいちゃん」

 

 縋るように見上げると、ため息を一つ吐いてから頭の上に手を乗せ、二度三度と軽くポンポンされる。

 この間、ホテルで甘えた時も思ったが、おにいちゃんに頭を撫でられると心が温かくなる。

 前世では、医者と患者という立場のせいか、それとも、薬の副作用で髪が抜け落ちていつもニット帽を被っていた私を気遣ったのか、頭を撫でてくれることはなかったので知らなかったが、大きな手で頭を撫でられると、包み込まれるような安心感と優しさが伝わってくる。

 

「後は俺から話しておくから。お前は事務所行ってさっきの続き練習してろ」

 

 ほら。と今日あまの本を手渡され、送り出される。

 私の失敗を誤魔化してくれる気なのだ。

 

 おにいちゃんは本当に優しい。

 あの日、今日だけだと言っていたのにも関わらず、なんだかんだいって結局こうして優しく甘やかしてくれる。

 本当はこれではダメなんだと分かっている。

 私はもう天童寺さりなではないし、アクアだって雨宮吾郎ではない。

 

 恋愛対象として見て貰えていないのは昔からだが、年齢と立場だけが問題だった昔と違い、今は年こそ同じだが血の繋がった双子の兄妹という法的には絶対に結ばれない関係になってしまった。

 その上、アクアにはあかねちゃんという綺麗で頭も良くて、演技の才能もある素晴らしい恋人が居る。

 私なんかじゃかないっこないのかも知れない。

 

 それでも。

 

 前世では、やりたかったことがなにもできず、ずっと諦めて病院の中で生きていたからこそ、自由に動ける今はどんなことにも挑戦すると決めている。

 それはアイドル活動だけでなく、恋だって同じことだ。

 部屋を出る直前振り返り、私はおにいちゃんとあかねちゃん。二人を同時に見て告げた。

 

「私、諦めないからね」

 

 ブイサインと共に最高の笑顔という名の宣戦布告を送りつけ、返事を待たずに部屋を後にする。

 新しい目標を定めた足取りは軽く、どこまでも飛んでいけそうな気がした。

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