【完結】推しの子if ~あかねちゃんと一緒にアクアを救おうルート~ 作:日ノ川
ということで今回からはまた以前のペースに戻りますのでよろしくお願いします
画面の中では、あかねとB小町の三人が元祖B小町の衣装に身を包み、ステージの上に立っている。
今日撮影するのはあかねのダンス特訓の遅れで後回しになっていたライブシーンだが、メガホンを取っているのは俺ではない。
今回のドラマでB小町のダンスシーンは二つある。
一つは俺が監督として担当するラストライブのシーン。
そしてもう一つが、アイが初期メンバーと衝突した後、覚悟を決めアイドルとして頭角を現すようになっていく際のライブであり、今からそのシーンの撮影が始まるところだ。
「……」
撮影カメラから送られている映像を真剣な表情でのぞき込むカントクを、俺は後ろから観察していた。
眉間に皺を寄せている様は、明らかに納得していない。
パッと見た限りでは特に問題無いように思えるが、どこが気になっているのだろう。
「どうですか?」
そんな俺の気持ちを代弁したかのようにカントクの補助をしてるスタッフである助監督、いわゆる助監が横から声を掛ける。
「スタート位置をもうちょい、こっちにズラせ。これじゃあアイが真ん中に来すぎる」
少し考えてから、カントクは身振りを交えて指示を出すと助監は間を置かず頷いた。
「分かりました。すいませーん。カメラの開始位置なんですけど──」
そのまま指示を出し、やがて指示通りに移動したカメラの画面を見て、カントクは満足げに頷く。
「悪くない。アイを目立たせる為だからって、毎回ど真ん中に置く必要はねぇ。むしろ端に映っていようと目を引く。そういう表現の方がアイの特異性を映し出せるだろ」
「あ、ええ、そうですね」
カントクの言葉に助監は一瞬戸惑ったような間を空けてから相槌を打った。
彼は指示に口を挟まずに従っていた。当然この変更の意図も理解していたはずだ。
それなのにわざわざ口頭でもう一度説明されては戸惑いもするだろうが、これは彼に向かって言っているのではない。
(スタッフに聞かせる体で俺に説明している)
基本的にカントクは懇切丁寧に教えるのではなく、見て覚えさせるタイプだが、そうも言っていられなくなったということだ。
これはある意味で撮影が上手くいきすぎているが故の弊害でもあった。
本来ならリテイクを繰り返していく中でじっくりとどこが失敗だったのか、そしてそれをどう修正したのかを学んでいくところだが、あかねを初めとした役者陣の奮闘により一発オーケーが連発された結果、学ぶ機会も減ってしまい、映画監督として俺が成長仕切れていないままここまで来てしまったのだ。
つまりカントクとしては、今の俺では能力不足だと思っているわけだが、それに関しては異論は無い。
だが、俺の担当シーンは基本的にダンスがメインである以上、今日まで撮っていたシーンより、今から始まる撮影の方が勉強になる。
だからこそカントクは、自分のポリシーをギリギリ曲げないやり方で俺に教えようとしているのだ。
その意図を汲んで気合いを入れ直し、あかねを真似して用意したメモを手に、じっとカントクの背を見つめる。
「よし。じゃあ行くぞ」
「はい! カット70。行きます」
助監の声と共に、撮影が開始された。
「思ったより時間掛かりませんね。細かく撮るともっと掛かるかと」
用意されているコンテ表と実際の画面を見比べながら意外そうな声で言う助監に、カントクは得意げに鼻を鳴らして頷いた。
「カットを細かくして撮るやり方と、スイッチ入れるみてーに一瞬で役に入り込める黒川の気質が上手く噛み合ってる。このまま行けば一日掛からず全部撮り終わるな」
「そうですね」
普段の会話シーンほどではないが、ライブシーンでも撮影自体は順調に進んでいるため、現場に和やかな雰囲気が満ちている。
そんな中、俺だけが心臓の鼓動が早くなっていくのを感じていた。
「お手柄だったな早熟」
俺の様子に気づくことも無く、軽い口調でカントクが笑う。
「え?」
「言ってなかったか? このカット割り多用して細かく撮る方法を提案したのコイツなんだよ。黒川がダンスをモノにするのが間に合わないかもしれないから、こういうやり方はどうだってな」
「へぇ」
何故か自慢げなカントクの台詞を受けて、助監もまたこちらを見たが、その視線は好意的なものでは無かった。
確かにこのやり方を考えたのは俺というか、ノブとケンゴを含めた俺たち三人だが、それも撮影序盤の時点でカントクからあかねが間に合わなかった場合の代案を考えておくように言われたからだ。
それなのに全て俺の手柄のような言い方をしているのは、いつかと同じく現場スタッフに実績のない新人監督である俺を認めさせる為なのだろうが、これはやり過ぎだ。
「流石は五反田監督のお弟子さんだ」
案の定彼の返答には視線同様に若干嫉妬めいたものが混じっている。
こどおじにこの手の他人への嫉妬や人間関係の機微を読むことを期待しても無駄だろう。
ならば──
「いえ。僕のアイディアじゃありません。役者にダンスと歌を教えているのが友人で、彼らが話し合って考えたやり方を伝えただけですから」
カントクから俺に渡された手柄を、今度はノブとケンゴに渡す。
実際あかねたちにはノブを通じてそう伝えてあるので問題は無いはずだ。
「ま、コイツはコイツで撮るのが難しい。長回しと違って頭の中で完成系をきっちり思い浮かべておかないと逆にダサくなるからな」
ようやく俺の意図を理解したのか、カントクは詰まらなそうに鼻を鳴らしてから話題を変えた。
「確かに。結構ありますよね、画面ガチャガチャ切り替えまくって忙しいだけになってるやつ」
「折角やるなら何を映したいか明確に決めてやらねーとな」
これもアドバイスなのだろうが、今の俺にとっては全く逆の意味にしか聞こえない。
だからこそ、覚悟を決めた。
「カントク」
「ん?」
「撮影後時間取って頂けませんか。出来れば黒川も入れて」
「……おう」
俺の声から何かを察したのだろう。
こちらを振り返ったカントクは訝しげに目を細めたが、それ以上は聞かず、ただ小さく一つ頷いた。
「よし。次いくぞー」
「了解です」
前を向き直ったカントクたちを後目に、俺はもうメモを取ることは止め、全く別のことを考え始めていた。
※
「では、失礼します」
「ああ」
控え室から出ていくあかねの声は普段通りだったが足取りは入ってきた時より重くなっている気がした。
無理もない。と思うと同時に罪悪感が湧き上がる。
「追いかけなくていいのか?」
「今はその必要も時間も無いだろ」
二人だけになったこともあり、言葉遣いを普段通りに戻し努めて冷静に言うが、カントクの方は総監督らしい厳しい口調のまま俺を睨めつけた。
「今後の撮影に影響が出たらどうすんだって話だよ。役者の士気を落とさねーのも監督の仕事だぞ」
「今日の分は撮影は終わったんだから良いだろ。あかねなら次回までにキッチリ修正して来るさ」
厳しい視線から逃れるように目を逸らしつつ誤魔化そうとするが、カントクはそれを許さない。
「演技の方はな。ダンスパフォーマンスの方はそうはいかねーだろ、折角自信持ち始めたってのに。さっきも言ったが、俺はあのやり方は悪くないと思ったぞ? 実際かなり良いもんが撮れただろーが」
「ふん」
吐き捨てるような呆れ声に思わず鼻を鳴らす。
「なんだよ?」
「別に。……とにかく。このシーンの監督は俺だ。文句は理由を聞いてからにしてくれ」
「理由?」
今俺があかねとカントクに伝えたのは、俺が撮る予定のライブシーンの撮影方式を以前の形、つまり今回やったようなカット割りを多用する方法ではなく、通しでダンスを踊ってもらい、それを何台かのカメラで一斉に撮影するやり方に戻すということだが、その理由に付いては敢えて省いていた。
それをここで告げる。
「今日カントクが撮っているのを見て分かったが、このやり方は人数が多くなると難易度が跳ね上がる」
「そうか? 四人も七人も大差ねーと思うがな」
(それは頭の中に完璧な映像が出来てるアンタだからだ)
自分の物差しだけで考えるのがアンタの悪い癖だ。と悪態を吐きたい気持ちを抑えこむ。
そう。
これが俺が撮り方を変えることにした理由の一つ。
カットを多用するやり方では、カントクの方が良い画が撮れるとハッキリ理解できたからだ。
さっきカントクたちが話していたように、激しくカットを切り替えると、画面が忙しくなりすぎて見てる方にも負担が掛かるし、下手をすれば小手先の技術をひけらかしているように見えてしまう。
未だあかねのダンスの完成度は他のB小町メンバーと比べて劣っているため、それを誤魔化すとなれば尚更だ。
だがカントクの作ったライブシーンは、ルビーたちが抑えて踊っているわけでも無いのにあかねが最も目立つような魅せ方がされていた。
それはカメラワークや切り替えのタイミングを駆使したことで、表面的なものだけでなく、アイが内心に隠した心情まで雄弁に描写し、映像だけで彼女の孤独とメンバーとの確執を見事に表現していたからだ。
俺が同じ手法でやっても完成度が下がることはあってもそれ以上のものが出来ることはない。
ライブやMVの撮影はカントクも本職ではない。ここだけなら俺と条件は同じだと思っていたが甘かった。
いや、ある意味では良い誤算でもあるのだが……
「それはあかね以外の三人が完璧に揃っていたからだろ。だが、俺が担当するシーンはそうはいかない。七人組になったB小町はアイとそれ以外の六人を三人ずつに分けてるから三パターン必要になる」
これだけなら一パターン増えただけなので、そこまで大変ではないが、問題なのは途中加入の三人のことだ。
反論が来る前に言葉を重ねる。
「三人とも単独のダンスはかなり仕上がっているけど、合わせて踊らせるとまだまだズレが生じるみたいだ。それを誤魔化すためそれぞれ個別でカット割多用したら画面が忙しくなり過ぎる」
さっきアンタが言ってただろ? と目線で訴えるとカントクはまだ納得仕切れてはいないようだがとりあえず頷いた。
「だったら全員一緒に踊らせて、ルビーたち三人に残りの三人をフォローさせた方がまとまりが出る。後はあかねの出来次第だ」
「それが出来ないからこのやり方にしたんだろ? 間に合うのか?」
最も大事な所をズバリ聞かれて一瞬言葉に詰まりそうになるが、悟られないように頷く。
「カントクがさっき言ってたように、分割して撮るやり方はあかねに上手く嵌ってる。あれのおかげでダンス自体の技術も向上した。あかねには申し訳ないがこればっかりはなんとか間に合わせて貰うしかないな。そうじゃないと……」
「そうじゃないと?」
先を促すカントクに拳を握りしめる。
撮り方を変えたのは、同じやり方ではカントクの方が良いものが撮れると分かったからだが、それは別に勝ち負けの問題ではない。
そもそも別作品ならともかく、同じ作品内で出来を競い合っても仕方ない。
むしろカントクがそのやり方で俺の想定以上のものを撮ってくれたからこそ、ずっと考えないようにしていたものに目を向けることができた。
「俺の撮りたい画が撮れない」
このシーンを撮ると決まってからずっと頭の片隅にあったもの。
あかねのダンス上達が遅れていることに加え、スケジュール管理の問題や片寄ゆらとの賭け。なによりも自主制作じゃあるまいし、作品を私物化するなど監督としてあるまじき行為だと思って心の奥にしまっていた想い。
だが、もう俺の中で復讐の炎が消えていると気づき、本当の意味で未来に進むことを決めたこと、そしてカントクが俺の狙い以上のライブシーンを撮ってくれたことで、自分も我儘を通してみたくなった。
「ふっ。新人が偉そうに」
そんな俺の宣言にカントクは悪態を吐きつつも、どこか嬉しそうに苦笑してから続けた。
「だったら初日で決めるしかねーぞ?」
「初日?」
「ああ。ライブシーンとは言え、一曲丸々やる訳じゃねー。今日やってみた感じだと、七人でも上手く行けば一日目で粗方撮り終わる」
今回俺の撮影シーンを撮るために確保された時間は三日間。
撮影スケジュール自体にはまだ余裕があるが、特別出演として参加する不知火フリルが確保できるスケジュールがその三日間しかないためだ。
しかも、その内一日はライブ前の会話シーン撮影と歌撮りに使うため、ライブそのものの撮影に掛けられる時間は二日しかない。
とはいえ、宮崎で撮影したB小町のMVでは二日間で二曲撮ることが出来た。
それより短い今回のシーンなら撮影自体は出来るだろう。
だがそれは、まがいなりにもB小町がプロであり、ダンスを完璧に覚えているからこそ。
他三人の追加メンバー、そしてあかねの完成度によっては、どれだけ時間が掛かるか不明だ。
それらを踏まえ、俺としては二日間丸々使うつもりだったのだが……
こちらの思案を無視して、カントクは続ける。
「そこで良いもんが撮れればよし。二日目は予備日として細かい修正とかに使えばいい。だが、初日に躓いた場合は、今日と同じカットを多用したやり方で撮る。つまり保険をかけておくってことだ」
「保険ね」
実際そのやり方で、カントクは撮影を成功しているのだから、今のうちからどう撮影するかカット割を決めておけば(出来はともかく)撮影自体は一日で終わるだろう。
ただ、それでは俺の撮りたいものは──
「一番最初に言ったよな? ここはアートの場じゃなくてビジネスの場だ。我を通したきゃ、実績を積むか、代案を出せ」
ものスゴいどや顔で言っているが、カントク自身が我を通そうとしているのは何度も見てきた。
だがそれも、紛いなりにも監督賞に何度もノミネートできるくらい実績を積んでいるからこそだ。
「……いや。代案はない。演出と話し合って、カットを多用した方でも行けるように用意はしておく」
「そうそう。それなら俺も総監督として許可を出せる。鏑木辺りはそれでも文句言ってくるかもしれねーが、一日目で結果を出せばその心配もねぇ。新人にはキツイ注文だが……」
お前に出来るか? と問われているようで癪に障る。
前にもこんなことがあった気がする。
だからこそ。
「俺たちなら出来るさ」
以前と同じ言葉を返す。
だが、前回と違って正直願望も混じっていた。
それを嗅ぎ取ったのか、カントクは口元を斜めに持ち上げて挑発的な笑みを浮かべて告げた。
「期待してるぜ? 監督」
前回前々回で見出した解決策を早速ひっくり返していますが、これは予定通りです
ここからこの編の本筋であるアクアの監督としての話に入っていくことになります