【完結】推しの子if ~あかねちゃんと一緒にアクアを救おうルート~   作:日ノ川

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第68話 提案

「……とりあえず言ってみろ」

 

 いきなりの監督呼びに訝しみつつ先を促すと、ルビーは胸の前で手を組み、一度深呼吸をしてから覚悟を決めて言い放つ。

 

「あかねちゃんを突出させるんじゃなくて、私たちみんなで一つになるくらいの一体感で凄いパフォーマンスを見せる!」

「それじゃ──」

 

 本末転倒だろ。と言い掛けて途中で止める。

 確かに一理あると思ったからだ。

 今のあかねでもそこらのアイドルと同じくらいの完成度はある。

 突出させられないならいっその事、全員を揃えることで、一体感を生み出すというコンセプトに変更する。

 それなら特別なことは何もしなくても何度か合わせる練習をするだけで本番に臨める。

 

(……いや、ダメだ)

 

 このドラマでは、アイを最初から最後まで、誰もが憧れる完璧で究極のアイドルとして表現している。

 その根底を崩すわけにはいかない。

 そちらの方が良いと思ってのことならまだしも、俺の実力不足を誤魔化す為なら尚のこと。

 

「それだとこれまで撮ってたアイのイメージが崩れる」

 

 やはりスタントにするのが最善だ。

 俺個人の願いを叶えたいなら、アップのシーンで二人が一緒になるように撮り方や並び方を調整すれば良い。

 

「うん。お兄ちゃんがそういうアイを撮りたいって気持ちは分かってる」

 

 正確には俺というより、壱護さんや鏑木P、何より総監督であるカントクの意向なのだが、実際子供の頃の俺たちを登場させないと定めた以上、その形で纏めるのが最善だと俺も理解している。

 

「でも、判断するのはこれを見てからにして」

 

 話しながら手に持っていたスマホを操作したルビーはそれをそのまま、俺に手渡してきた。

 不思議に思いながらスマホを受け取り、画面を見て一瞬眉を顰める。

 

「これ」

 

「おかーさんが見つけたMV。ドーム直前に撮影して没になったやつなんだけど。ま、いいから再生してみて」

 

 ほらほら。と急かしてくるルビーにとりあえず従う。

 今日一日撮影でずっと聞いていた曲のイントレが流れ出すと同時に、画面の中でアイを中心とした元祖B小町の面々が踊り出す。

 

 没になったというだけあって完成度自体は高くなかった。

 特に正式採用されたこの曲のMVでは眩しいほどに輝いていたアイが大人しく、全員に見せ場があるような構成になっている。

 いや、構成だけの問題ではなく、アイ自身のパフォーマンスも意図的に抑えられているようだ。

 

「どう?」

 

 再生が終了したとみるや、待ちきれないとばかりに食い気味にルビーが言う。

 確かに、このMVに限って言えば、誰が主役ということもなく、B小町全員で一致団結して一つの曲を作り上げている。

 ルビーはこれの真似をして撮影すればいいと言いたいのだろう。

 しかし。

 

「でもこのMVは没になったやつなんだろ?」

 

 演出を考えるために、完成版のMVは穴が空くほど見ているが、それと比べるとこちらはインパクトが足りない。

 それはようするに、七人全員で一致団結したB小町より、アイ一人が突出した状態の方がインパクトが強くなるということだ。

 

「うん。でも、これ撮ってる時、ママは自分で絶好調だって言ってたらしいし、本当はこっちで行きたかったみたいだよ」

 

「アイが?」

 

「私、それ聞いて……というか、この撮影が始まって、あかねちゃんが演じるアイを見てから、ずっとママの気持ち考えてたんだ」

 

「アイの、気持ち?」

 

 鸚鵡返しに繰り返す俺にルビーは真剣な顔で首肯する。

 

「うん。確かにママは──B小町のアイは、あの時代のアイドルとして、並ぶ人がいない一番星だった」

 

「ああ。そうだったな」

 

 昔を思い返すように目を閉じるルビーに、俺も同意する。

 この作品を撮るため、あの曲のみならず、様々な媒体のアイを改めて見返した。

 もしかすると俺の思い出補正もあるのでは。と最初は心配したものだが、映像の中の彼女は俺の記憶と比べても、全く色褪せること無く燦然と輝いて見えた。

 だからこそ、このドラマではそんなアイの魅力を引き出そうと試行錯誤を続けているのだ。

 

「でもさ。ママ本人の気持ちはどうだったんだろ。本当にそうなりたかったのかなー」

 

 思いもよらない言葉に思考を止め、ルビーを見る。

 彼女は俺の方は見ずにじっと天井、いや、恐らくはその向こう側で今も瞬いているであろう星を見るように目を細めた。

 

「どういう意味だ?」

 

「そのまんま。アイドルじゃないただの星野アイは、どこにでもいる普通の女の子だったんじゃないかなって。それなら別にアイドルのトップになりたいとは思ってなかったのかも」

 

「ただの星野アイ。か」

 

「うん。親からも愛を与えられなくて人も信じられない。臆病で繊細な、友達と言い争いをして、気持ちがすれ違っただけで傷つくような普通の少女。完璧な偶像(アイドル)はあくまでそれを覆い隠すための殻でしか無かった」

 

 滔々と語られるアイのイメージは、俺たちがこれまで撮ってきたものとは違う。

 いや、あかねが演じてきたアイは、内心にずっと深い怒りと悲しみを抱いていたのを考えるとそこまで離れてはいないが、それはあくまで裏設定というかパッと見ただけでは分からず、当然ドラマ内でも言及されてはいない。

 これは役作りの際、キャラの感情のラインや思考パターンを構築しやすくする為にあかねが良く使う手法でしかないからだ。

 

「私はそういう風に思っちゃった。だからもし、私がアイ役をやってたら、ニノとの決別シーンとかアドリブでブチ切れちゃってたかも」

 

 お道化たように笑っているものの、これは本心だろう。

 アイの根元にあった怒りと悲しみをぶつけられるのは、同じB小町の仲間という立場の彼女たちだけ。

 

 あかねはそうはしなかったが、それはそれで説得力は出ただろう。

 もっともそうなったらその後の描写に矛盾が生じるので、脚本の書き直しどころか、既に撮っていた後半シーンの撮り直しなども含め、撮影スケジュールが大変なことになっていただろうが。

 

「まあ実際はそんなこと無かったとは思うけどね。そうやって吐き出せてたらきっとママたちはもっと仲良くなれてたと思うし」

 

 小さく苦笑してからルビーはゆっくりと両手を組むと、祈りを捧げるように目を閉じてから続けた。

 

「確かにママは怒ってたし、悲しんでた。でもそれはずっとじゃなかった。少なくとも、私たちが生まれて一緒に暮らしていた時のママはそういう気持ちは無くなってたって思いたい。私たちのことをちゃんと愛してくれたのと同じように、B小町の人たちとだって、友達になりたかったんじゃないかな」

 

「だから、その第一歩として、このみんなで一致団結したバージョンのMVを撮影して、こっちを正式採用させたかったってことか?」

 

「うん。時期的にドーム出演の後だと、忙しくなり過ぎて全員が揃うこともなくなるって思ったから、急に変更したのかも」

 

 それなら確かに、内容のインパクトが欠けている理由も、アイがそちらを推していた理由も筋が通る。

 この歌はアイが生前最後に出した楽曲、当然その頃にはドーム公演も決まっていた。

 壱護さんは公演準備に追われて忙しかった為相談も出来ず、アイが自発的に考えてMVを完成させた。

 

 だが、残念ながら彼女の希望は通らなかった。

 本人がどれだけ望んでいようと、結局あの頃のB小町ファンの多くはアイを推していたからだ。

 苺プロが製造や流通までこなせる大手事務所ならともかく、そうでない以上、壱護さんとしても外部からの干渉によってより売れる方を選択するしかなかったのは当然の話だ。

 

「……じゃあ、アイがその時絶好調だって言ってた割にパフォーマンスが抑えめだったのは、そういう体であれ以上の出来にはならないって思わせて、なし崩し的にこっちのMVで行かざるを得ないようにする為か」

 

 結局その嘘が見抜かれて、アイを前面に出す構成に作り直されてしまったため、彼女の願いは叶わなかった。

 そんな風に納得していた俺に、ルビーは顔を上げこちらを見ながら首を横に振った。

 

「ううん。そうじゃなくて、絶好調だからこそ、他の人たちに合わせられたんだと思う」

 

「調子が良いのに合わせるのが精一杯ってのはおかしくないか?」

 

 俺の指摘にルビーは唇を尖らせ反論する。

 

「そんなこと無いよ。というかね、実際にやんないと分からないかもしれないけど、一人じゃなくて大人数に合わせてバランスを取るのは大変なんだよ? 私も今日の撮影でみなみちゃんとフリルちゃんの三人で合わせたけどもうすっごい神経使ったもん」

 

 確かに現B小町の三人は他メンバーのフォローに回ったことで、ダンスの完成度が随分落ちていた。

 

「三人であれなんだから、七人組の中心なんてなったら大変なんてもんじゃないよ。それも私たちと違って他の人たちも合わせようって意識が無かったら尚更。ママでも絶好調の時じゃないと無理だったんじゃないかな」

 

「……なるほど」

 

 目から鱗とはこのことだ。

 俺だって役者として演技をする際は、相手と呼吸を合わせようとする。

 何度も撮り直しの出来るドラマとは異なり、板上演技の場合は特にそうだ。

 

 受けが圧倒的に上手い有馬や姫川さんのような適応型の天才連中(没入型のあかねは自分が圧倒することで相手を強制的に自分に合わさせるタイプなので除外する)ならともかく、才能が無い俺は基本的には稽古を繰り返して、理解を深めることで徐々に呼吸が合うようになっていくが、自身が絶好調の場合は呼吸を合わせるのも容易くなる。

 

 他の人はどうか知らないが、俺の場合、絶好調の時は自分の体が思う通りに動くため、相手が何を考えているのか考察する精神的なゆとりが生まれるからだ。

 アイもまた天才ではあるが、性格的にも能力的にも人に合わられるようなタイプではないので、絶好調の時でないとそれが出来なかったのだろう。

 

 全ての疑問が解消したことで、ルビーがこのバージョンを推す理由もまた、同時に理解する。

 状況的に他の方法が無いのも事実だが、それ以上にルビーにとって、これは今は亡き最愛の母にして推しの願いを疑似的にとはいえ叶えられる方法なのだから。

 

 確かに当時はアイの人気や周りとの確執もあって彼女の願いが叶うことはなく、このMVも日の目を見ることは無かった。

 だが、今ならば。

 この状況を上手く使えば、それが可能になる。

 ただ一つ気になるとすれば、ルビーが何故このアイディアをもっと早く提案してこなかったかだが……

 今は考えても仕方ない。と俺は頭の中で他に問題点が無いかシミュレートする。

 

「……分かった。これで行こう」

 

 しばらく経ったのち、思いつく全ての条件がクリア可能だと判断した俺は、きっぱりと宣言する。

 

「え? 本当にいいの?」

 

「なんだよ。ルビーから言い出したんだろ?」

 

「そう、だけど。でも……」

 

 さっきまでと違って、自信なさそうに目を彷徨わせる。

 

「でも?」

 

 ルビーは言いたくなさそうだったが、あえて気づかない振りをして追求した。

 他にも何か理由があったなら、今のうちに聞いておかなくてはならない。

 誤魔化せないと悟ったのか、ややあって、ルビーは諦めて怖ず怖ずと切り出した。

 

「これはあくまで私の解釈っていうか。私がそうだったら良いなって勝手に思っただけで、本当はぜんぜん違うかもしれないし」

 

 上目遣いにこちらを窺うルビーに、苦笑する。

 そう言えばルビーは……いや、さりなちゃんは元々こういう子だった。

 出会ったばかりの頃は一見すると自由奔放に振る舞っているようで、大事な場面では相手の顔色を窺い、本当の気持ちを隠してしまう子だった。けど、アイを中心とするB小町の話題を通して打ち解けてからは、ありのままの本心を曝け出してくれるようになった。

 

 そんな彼女に懐かしさと愛おしさを感じ、思わず頭を撫でようと手を伸ばしかけて、ふと気づく。

 そう言えばまだ衣装のままで、髪もウイッグだ。

 このまま撫でていいものか。

 そんな風に考えた俺の心を読んだかのように、ルビーは頭を突き出して無理やり俺の手に自分の頭を押しつけてきた。

 

「どうせもうメイク、ダメになっちゃったし」

 

 えへへ。と涙を拭ってメイクの崩れた顔で照れたように笑うルビーに、笑みを返してから髪に手を入れ頭を撫でる。

 やっぱりウイッグより、本物のルビーの髪の方が手触りが良いな。なんてどうでも良いことを考えながら俺はゆっくりと語りかける。

 

「お前がそう思ったんならそれでいい。俺にアイのことを教えてくれた古参ファンの意見だ。尊重するよ」

 

「古参って。そうだけど、なんかヤな言い方ー」

 

「ははは」

 

「あー、笑って誤魔化そうとしてる!」

 

 頬を膨らませて拗ねるルビーの頭を撫でたまま、そうじゃない。と否定して表情を引き締め直す。

 

「お前の見たかった夢は俺が叶えてやる。だから、俺が見たかった光景は、お前とあかねが──いや、違うな」

 

 アイの想いやそれを叶えたがっているルビーの願いを叶えると言うと、また変に気にしてしまうかも知れないが、俺の願いを叶えてもらう為の交換条件なら問題無い。

 そんな気持ちで話しながら、ふと思い直して言葉を切ると、改めてルビーに笑いかけて続ける。

 

「僕が見たかった光景を、他のメンバーも含めたみんなで見せてくれ」

 

 アイの願いは、きっと特定の誰かじゃなく、B小町のみんなと仲良くすることだったんだろう。

 それなら二人だけじゃなく、全員の協力が必要不可欠だ。

 

「うん!」

 

 力強く頷くルビーの頭を最後にもう一度撫でてから、手を離す。

 

「よし。じゃあ、俺はスタッフにこのこと話してくる。ルビーは──」

「私はみんなに話してくるね!」

 

 それだけ言うと俺の返事も聞かず、軽い足取りで駆けだした。

 目標を定めたら振り返ることもなくただ真っ直ぐ進んでいく。

 

(本当に、元気になったな)

 

 感慨深い気持ちになりながら、俺は残っていたコーヒーを一気に飲み立ち上がる。

 

「……任せとけよ。君の願いを叶えるのも、僕の使命だ」

 

 自分らしくないと自覚しながらも、力強く拳を握って断言する。

 だがそれも当然だ。

 これは兄としてじゃなく、未練を残したまま死んだ男が、かつて応援すると約束した少女に対して、告げた言葉だったのだから。




当時のアイの心情や楽曲のコンセプトなどは独自設定です
とはいえ、原作でルビーが演じたように、アイが周りと仲良くしたいと願っていたのは事実だろうと思ったのでこうなりました
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