【完結】推しの子if ~あかねちゃんと一緒にアクアを救おうルート~   作:日ノ川

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監督編も長くなってきたのでなるべくテンポよく話を進めるつもりだったのに、なぜかいつもより長くなってしまい、投稿が少し遅れました


第69話 監督の仕事

 俺が現場に戻った時、カメラマンや演出は既にその場にいなかった。

 どこに行ったのかと見回すと、近くで作業していたさっきの若い助監が俺に気づいて近づいてくる。

 

「もう今日の撮影は無理ですから、撤収作業中です。で、監督。どうするか決めました?」

 

「ええ。今のやり方では明日だけで撮りきれないのは理解しました」

 

「じゃあ。スタントで良いですよね? 一応もう候補は決まってるみたいですよ」

 

 案の定、演出側は既に準備していたらしい。

 だからこそキッパリと否定する。

 

「いや。スタントは使いません」

 

「……ならどうするんです? 五反田監督みたいにカット割りを使ったやり方ですか? あれは──」

「今の僕の技量では無理。それも分かってますから、大丈夫ですよ」

 

 うっすらと微笑みながら、柔らかく遮ると、助監の表情が何か不気味なものを見たように引き攣った。

 

(おっと、雨宮吾郎に引っ張られすぎたな)

 

 さっきまでルビー、というかさりなちゃんと話していたせいで、前世で医者として働いていた際に時折やってきた、気むずかしい患者を丸め込む時と同じ気持ちになっていた。

 改めて唇を結び直し、雨宮吾郎から星野アクアとしての意識に戻すと俺はルビーから預かったままのスマホを取り出す。

 

「今から説明します」

 

 

   ※

 

 

「……要するに、このMVを丸ごとコピーするってことですか?」

 

「ええ。振り自体は変わっていないので、役者が混乱することはないですし、スタジオのセットも基本的には流用しますけど、カメラワークや照明なんかは出来る限り忠実に再現する形になります」

 

「いや、形になりますじゃなくて。百歩譲ってコンセプトをアイメインからB小町の一致団結に変えるのはまだ理解出来ますよ? でもそれなら、今日使った分の映像はそのまま使えば良いじゃないですか」

 

 当然の指摘だ。

 今日の撮影が失敗したのはあくまで、あかねがアイのレベルに達しなかった。いや、俺がそういう風に撮ることが出来なかったのが原因だが、現在のあかねのパフォーマンス自体は高水準で、現B小町と同等か少し上。

 それはあくまで現B小町が途中加入メンバーのフォローに回ったからだが、そのおかげでゆきたち三人の出来も十分及第点を出せる。

 

 要するに、今日の出来は偶然にもルビーが見せてくれた、七人全員がレベルを合わせて一致団結していた例のMVに近い状態になっているのだ。

 ならば、出来る限りその画を活かしつつ、足りない場面だけ明日撮影する形にすれば、ほぼ間違いなく明日だけで全ての撮影が完了する。

 

 それならカントクや鏑木Pも納得してくれるだろうが、コンセプトを変えた上、今日の画は全て捨てて一から撮り直すとなれば、間に合わない可能性も出てくる。

 わざわざ、そんな危険を冒す意味がない。

 助監が言っているのはそういうことだ。

 だが、ここは引けない。これは俺だけでなく、アイやルビーの願いを叶えるためでもあるのだから。

 

「百歩譲ってって言いましたけど、それはどうしてです? 他に気になることでも?」

 

 突然話を変えた俺に助監は怪訝に眉を寄せつつも、大人しく答えた。

 

「これまで撮ってきたアイのコンセプトとズレるからですよ。これは俺たちだけじゃなく大衆が望むアイの姿でもある。それを最後の最後で変えるって言うのは……ちょっと。それも総監督やプロデューサーの意見も聞かないで勝手にでしょ?」

 

 俺の様子を窺い、探り探りつつ語られる理由は思った通りのものだった。

 笑みを浮かべて、一つ頷く。

 

「そっちは今から許可を取りますよ」

 

「今からですか?」

 

「そうです。カントクの自宅も知ってますし、必要なら直接会って説得して来ます。それと大衆が望むってところに関しても考えがあります」

 

「どうするんです?」

 

「確かに大衆が望んでいるのは、大勢の中の一人じゃなく、ただ一人で輝く一番星としてのアイです」

 

「ええ。だから一致団結ってコンセプトで撮っても、この作品で初めてアイを知った若い視聴者ならともかく、在りし日のアイを知ってる往年の視聴者は納得しない。むしろ、黒川さんの演技が本物に追いつけないから誤魔化したって言われかねませんよ。それでバッシング受けたらどうするんですか? 黒川さんは監督の恋人でしょう?」

 

 わざわざバッシングのことを持ち出したのは、今ガチのことがあるからだろう。

 

「分かってます。もう二度とあかねをそんな目には遭わせない。そのために、さっき見せた実際の元祖B小町が踊ってるMV。あれを公開します」

 

「これから撮るMVだけじゃなく本物の方も公開するってことですか?」

 

 それがどうして炎上対策になるのかと首を傾げる助監に説明を続ける。

 

「大衆からバッシングを受けるのは、こっちが勝手にアイのイメージを変えるからです。だけど、アイ本人がそういうコンセプトで出演したMVが存在していれば話は別だ」

 

「確かに。実際は没になったMVだとしてもそれを知らない大衆から見れば、伝説のアイドルの未発表映像。最近見つかったことにして、ドラマでもそっちに合わせたってことにすれば……」

 

 俺の説明を聞くにつれ、訝しんでいた助監が徐々に納得にシフトしていくのを感じて更に畳みかける。

 

「ええ。幸いに五反田監督がアイを目立たせるやり方でのライブを撮ってくれたので、あかねが下手なんじゃなくて、敢えて真似をしたって形に出来る。そのためには細部まで詳細にコピーする必要がある」

 

「ですけど、あのMVのコンテを丸々パクるって言うのは。そりゃコンテには著作権とかは無いですけど、業界の仁義に反しませんか?」

 

 続く懸念も予想していたものだったので、落ち着いて対応する。

 

「あのMVを撮った時の苺プロの社長は斉藤壱護さんです。あの人なら、コンテを切った演出やMVの監督とも繋がりがある。キチンと説得して正式に許可を貰えばいい」

 

「なるほど」

 

 スタッフ自体は鏑木Pが集めたメンバーだが、制作会社は壱護さんの作った新会社になってる。ドラマ成功の為なら協力を惜しむはずがないと彼も気づいたようだ。

 

「他に問題は?」

 

 俺の質問に、助監は視線だけで辺りを見回し、周囲に他のスタッフがいないことを確認してから声を顰めた。

 

「……細かい問題は色々ありますけど、一番面倒なのは、演出や撮影スタッフの説得です。まあご存じでしょうけど、うちのスタッフはかなり頑固というか、職人気質な人が多いんで」

 

「こだわりの強い方が多いですよね」

 

 助監の立場的に強い言い方は出来ないだろうと好意的にも聞こえる呼び方に言い換えると、こちらの気遣いを察して苦笑する。

 

「ええ。まあ、そういう人たちなんで、説得するのは骨が折れます。時間があるならともかく、ステージの準備やらも含めると、今直ぐにでも取りかからないといけない」

 

 ステージのセット自体は流用できるので、そちらの準備は問題ないが、他にもやらなくてはいけないことは山ほどある。

 それら全てを明日までに準備しなくてはならないのだから、時間との勝負だ。

 

(明後日と入れ替える──いや、それは無理か)

 

 三日目は、ダンスシーン以外の撮影だけでなく歌取りも含まれている。

 そちらはこことは別のスタジオで録音するため、今から変更は不可能だ。

 つまり今すぐスタッフの説得をするしかない。

 

「分かりました。スタッフの説得も俺が直接──」

 

 早速とばかりに動こうとした俺を、助監が深いため息と共に制止する。

 

「なに言ってんですか。監督未成年でしょ。時間的にもう無理ですよ」

「いやでも」

 

 まだ俺が働ける時間の限界である十時を過ぎた訳じゃない。

 もっとももう三十分も残っていないが……

 

「あんな頑固なオッサンたちを三十分そこらで説得できるわけないでしょ。つーか、スタッフの説得と現場の調整は助監である俺の仕事です」

 

 取らないで下さいよ。と軽口を叩いた後、助監は鼻を鳴らす。

 

「その代わり、監督にしかできない五反田総監督と鏑木Pの説得はお任せします。つーか、説得できたものとして動きますから絶対失敗しないで下さいよ」

 

「……分かりました。お願いします」

 

 覚悟を決めて頷く俺に助監はニヤリと笑って指を立てた。

 

「了解です。あと、これ貸し一ですから。俺の顔と名前覚えといて下さいね」

 

 茶化したような言葉は、未熟な監督である俺を気遣ったものだろう。

 だが、それを情けないとは思わない。

 というより情けない姿は今日一日で十分すぎるほど晒してしまったので今更だ。

 どうも今日の俺は監督としての初仕事ということもあってか、色々と気負いすぎていた。

 使えるものは何でも使うのが俺の基本戦術。こうして誰かに頼るのだって同じことだ。

 

「もちろん。この業界、貸し借りが第一ですから」

 

 互いに頷きあった後、俺は改めて早足で出口に向かう。

 

(さて。カントク、鏑木P、壱護さん。誰から説得するか。いや、その前に一応みんなの様子見ておくか)

 

 役者陣はルビーが説得するとは言っていたが、アイの解釈に手を加える以上、演者であるあかねにだけは俺の口からキチンと伝える必要がある。

 それに──

 

(最近あんま話せてないしな)

 

 

   ☆

 

 

 撮影終了後、私たちはスタッフから明日の撮影について話があるから待っていてほしい。と言われ控え室で待機していた。

 

 失敗続きの私を気遣ってか、誰も撮影のことには触れず、余所余所しい雰囲気が満ちていたのだが、ルビーちゃんが飲み物を買ってくると一人控室を出ていったのを見計らったかのように、かなちゃんが、私に話を切り出してきた。

 

「なるほどー! このコンセプトなら今の私たちでも十分対応できそう! まあ、フォローされてる側の私が言うのもアレだけど……」

 

 内容を全て聞き終えた後、一番最初に声を上げたのは、私のことをずっと心配してくれていたゆきだった。

 

「いやいや、ゆきたちが頑張ってここまで覚えたからこそ、みんなのレベルが揃えられたんだよ?」

 

 メムちゃんが素早くフォローを入れる。

 そんな中、私とかなちゃん以外で唯一、ドラマ出演経験がある不知火さんだけは慎重な態度を崩さなかった。

 

「でも、私たちが勝手に演技プラン変えるわけには行かないでしょ。お願いするにしても、アクアさんはあくまでこのシーンだけの監督だし」

 

 ずっと失敗続きで、藁にも縋る思いで話を聞いていた私もその言葉にハッとさせられる。

 

「そうだよ、かなちゃん。指揮系統を崩すのはダメだよ」

 

 不知火さんの言うようにアクアくんは、あくまでこの部分に関してのみの監督で、総監督は五反田監督だ。

 全体的な演出プランは、総監督やプロデューサーの話し合いによって決まっている。

 そのことを知らないはずがないのにどうして。と思っているとかなちゃんはやや大袈裟に肩を竦めて、誰もいないドアを見た。

 

「普通ならそうだけど。どうせ今頃、ルビーの奴がアクアに直接話してるわよ」

「ルビーちゃんが?」

 

 そう言えば、飲み物を買いに行っただけにしては時間が掛かりすぎている。

 

「あの子はそういう常識ないからね。それに……アイの解釈に関しては一番思うところあるだろうし」

 

「あー、ルビーってアイの強火オタやもんなぁ」

 

「私たちくらいの歳だと珍しいよね。あ、でもそっか。同じ苺プロ出身の先輩なのか」

 

 寿さんとゆきの暢気な台詞は、アイがルビーちゃんたちの母親だと知らないためだろう。

 確かに、同じアイドルとして活動する後輩としてではなく、実子としてなら内容に口出しをする権利がある。

 その二人からお願いされたら、総監督や鏑木さんの説得に関しては問題なさそうだ。

 

「すいませーん。先に着替えお願いします」

 

 ノックの後、控え室の外から聞こえた女性スタッフの声に、全員が顔を見合わせる。

 

 明日の方針が決まったのだろうか。

 しかし、さっきかなちゃんが話してくれた内容をルビーちゃんがアクアくんに話したとしても、この短時間で事情を知らないスタッフ側まで説得できるとは思えない。

 

 むしろルビーちゃんがその提案をしたことで予定が変わり、私たちに説明する時間が無くなったから着替えを済ませるように言ってきたのかも知れない。

 そんなことを考えつつ、皆で揃って控え室を出た直後。

 

「あかね」

 

 背後から声を掛けられて、振り返る。

 そこには僅かに息を切らした様子のアクアくんが、私を見つめていた。

 そのまっすぐな視線を見て、アクアくんは既にスタッフの説得を終えたのだと気付く。

 だからこそ、私たちに直接伝えに来たんだ。

 

「んじゃ。お先」

 

 誰かが口を開くより早く、かなちゃんが言い、他の子たちを連れだってスタジオに向かっていく。

 最初は私だけに伝えさせるために、また気を使ってくれたんだろう。

 ここ最近、私はかなちゃんに助けられてばかりだ。

 

「うん。ありがと! かなちゃん」

 

 せめて私の感謝が伝わるように。と心を込めたお礼の言葉にも、かなちゃんは振り返ることもなく、いつも通りのすげない態度で手を振って去っていった。

 

 

   ※

 

 

「ルビーから聞いたか?」 

 

 少し離れた人気の少ない場所に移動してからアクアくんは前置き無しに切り出した。

 なんだか余裕がなさそうだったので、私も簡潔に聞かれたことに返答する。

 

「かなちゃんから聞いたよ。ルビーちゃんはまだ戻ってきてないけど」

 

 そう答える私に、アクアくんは怪訝そうに眉を顰めた。

 

「何やってんだアイツ。まあいいや。で、どう思った?」

 

 アイの解釈についてだろう。

 指揮系統の流れを無視した件を置いておけば、かなちゃんの話してくれたコンセプトは私も良いと思った。

 何よりそれなら今の私でも十分対応できる。

 ただ。

 

「一致団結ってコンセプトは良いと思う。でもそれだと今まで撮ってきたアイのイメージからはズレちゃわない?」

 

「だからだよ。ずっと完璧なアイドルを演じていたからこそ、最後のシーンだけ変えられる」

 

「最後のシーンだから?」

 

 最後だけ急に変わったら、むしろ一貫性がないと思われてしまいそうだが……

 

「ああ。そっちに関しては今からカントクたちと話して詰めるつもりだ。パフォーマンスも今のままで問題ない」

 

 アクアくん。というより監督としての言葉に私は黙って頷くが、その後、ただ。と前置きをしてから言いづらそうに告げられた言葉には思わず目を見開いてしまった。

 

「あかねにはアイの演じ方を変えてほしい」

 

 ダンス部分ではなく、演じ方を指摘されたことに衝撃を受けたのだ。

 今日一日、ダンスに関しては色々言われたが、アイの演じ方については指摘を受けていなかったからだ。

 

「……私のアイ、解釈違いだった?」

 

 思わず聞いてしまう。

 内心で常に怒りと悲しみを抱きつつ、それを完璧に隠し続けた孤独な少女。

 それが私が考えたアイの基本解釈だ。

 

 五反田監督からも認められているし、間近でアイを見ていた鏑木さんたちも褒めてくれたのだが、実の息子であるアクアくんから見ると納得できるものではなかったのか。

 今まで指摘しなかったのは、ダンスの方がより問題だったから目を瞑っていただけなのかもしれない。

 

「そうじゃない! あかねの解釈も演技も何の違和感もなかった。ただ」

 

 アクアくんにしては珍しく慌てて強い言葉で遮った後、意を決したように続けた。

 

「今までのカットは実際アイに起こったイベントを並べているだけ。もちろん俺たちは登場しないし、調べても分からなかったカミキとアイの話はほぼ推察の元に脚本を書くしかなかったけど、それでも大きな矛盾は起こらないようにしている。でも、このカットはそうじゃない。明確に存在しない場面を描いているんだから、ここだけはアイの解釈も変えなきゃいけない」

 

 そのことに今更気づかされた。と自嘲気味に笑うアクアくんを見て、私も覚悟を決める。

 きっと、私のダンスパフォーマンスの未熟さとは別にアクアくん本人にとって、そうしなくてはならない理由が出来たんだと気付いたから。

 

「……監督、演技指導をお願いします。私はアイをどう演じればいいの?」

 

 この土壇場で、今から演技を変えるのはリスキーだが、監督が撮りたい画があるならどんな無茶な演技でもするのが、役者の仕事。

 何より、この世で一番愛している人の望みを叶えてあげるのは、恋人である私の責務だ。

 

「……彼女は、アイは昔から愛が分からなかった。でもそれはずっとそうだったわけじゃない。彼女も時間をかけて少しずつ成長していった。少なくとも最期の最期、僕たちに寄り添って、愛してるって言ってくれた言葉だけは、嘘じゃない」

 

 一つ一つ言葉を選び、噛みしめるように言う。

 最後だから変えられるというのはそういう意味か。

 急に性格が変わったのではなく、精神的な成長としての変化。だが、それを台詞ではなく、演技で魅せるのはかなり難しい。

 

 演技に精通している人に伝えるならまだしも、今回のメイン層はカミキヒカルの事件からアイを知ったライト層だ。

 そうした人たちを納得させられる演技が出来るだろうか。

 今日一日、失敗続きだったせいか、気弱なことを考えてしまう私を他所に、アクアくんは真剣な表情で続けた。

 

「だから、もしも。あの時のアイがドーム公演を迎えることが出来たのなら、きっと仮面や嘘じゃなく、本当にファンの愛にも応えられる本物のアイドルになれたと思うんだ」

 

 愛を知ったアイ。

 それがアクアくんの望むアイの解釈。

 それを聞いた途端、自然と頬が緩み、笑顔を形作っていた。

 うん。

 良かった。

 それなら、私にもできる。

 

「アクアくん」

 

 私の呼び掛けに顔を持ち上げた瞬間、彼に抱きつき、そのまま唇を重ねた。

 メイクが落ちちゃうから、ほんの一瞬触れるだけのキス。

 でも、それで十分私の胸は熱くなった。

 今まで私が演じていたアイにこの愛を乗せる。

 アイの抱いていたであろう家族愛とは少し違うけど、演技だけで魅せるなら大丈夫。

 だって、この気持ち()の強さなら私はアイにも負けない自信があるから。

 演技指導をどう受け取ったのか、あえて口にはしなかったが、アクアくんは分かっていると言うように頷いてくれた。

 

「それじゃ、俺はこれからオッサンたちの説得行ってくる」 

 

 これも監督の仕事だ。と片目を伏せながら苦笑いしたアクアくんは、ふと思い出したようにポケットの中に手を入れた。

 

「悪いんだけど、このスマホ、ルビーに返しといてくれ」

 

 ポケットから取り出したスマホを受け取りながら、反応が薄いことをちょっとだけ不満に思うと同時にイタズラ心が湧いてきた。

 

「あ、待って。アクアくん」

「ん?」

 

 歩きだそうとするアクアくんを呼び止める。

 不思議そうに振り返る彼の首元に手を伸ばした私は、少し歪んでいるシャツの襟元を整えると、そのままぽんと小さく叩いてから、飛び切りの笑顔を向ける。

 

「行ってらっしゃい。頑張ってね」

 

 夫を送り出す妻のような言い方をする私に、アクアくんは驚きに目を丸くして身を堅くした。

 その表情に満足する私に向かって苦笑すると、僅かに顔を赤くしたまま、軽く手を持ち上げ、そそくさと歩いていった。

 

(うん。驚いてたけど嫌がってはなかった、よね?)

 

 いつか、これが普通の挨拶になる日が来るのだろうか。──なると、良いな。

 なんて考えたところで……

 

「見せつけてくれるねー」

 

 ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべたルビーちゃんが廊下の角から現れた。

 

「る、ルビーちゃん!? どうして。み、見てたの?」

 

「そんな慌てなくて良いよ。仲良しなのは良いことなんだから。ねー? お・義・姉・ちゃん?」

 

「〜ッ!」

 

 明らかにからかっているようでありながら、どこか本気めいても聞こえる彼女を前に、私は言葉にならない悲鳴を上げることしか出来なかった。




ちなみに前話のラストでみんなに説明すると言っていたルビーが控え室に戻ってなかったのは前話の直後、あかねたちの説得はかながやってくれていることは思い出したので、一人だけ先に衣装を着替えに行っていたからです
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