【完結】推しの子if ~あかねちゃんと一緒にアクアを救おうルート~   作:日ノ川

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斉藤夫妻の話
今更ですがこの編はアクアと大人組がメインなのであかねを始めとしたヒロイン陣の出番は少なめになっています


第72話 夢の続き

 撮影が始まると、先ほどまでの緩い空気はかき消え、呼吸音すら咎められやしないかと思うほどの、ピリついた雰囲気が辺りを包む。

 そんな中アクアは、俺を含めた大人たちに囲まれても気にした様子も見せず、涼しい顔で画面をのぞき込んでいる。

 

「ストップ。鷲見がズレたんで、今のところもう一回お願いします」

「はーい。一度戻ってください」

 

 スタッフにもの怖じ気もせず指示を出す姿は、一端の監督そのものだ。

 そんなアクアの姿を見学の五反田総監督を始めとする大人たちが感慨深そうに見つめる中、俺は一人だけアクアの仕事ぶりよりも、ステージに意識が向いていた。

 

 当然だが、ステージそのものは単なるセットで客席すらないが、アイが最期に夢見たドーム公演シーンと言われると特別なものに見えてくる。

 その中でB小町の衣装を纏って踊る演者たちの楽しげな姿を見れば、尚のこと。

 

(ドーム、か)

 

 かつて俺が見た夢。自分が育てたアイドルの手で、ドームをサイリウムで染めあげる。

 俺はその夢を叶えるべく奔走し、アイに出会った。

 

「……っ!」

 

 ミヤコの声が聞こえ、自然とそちらを見る。

 思わず漏れ出た感嘆の息を隠すように両手で口元を押さえ、画面を見つめるその瞳にはうっすら涙も浮かんでいた。

 

 そうだ。

 ミヤコをこの世界に引っ張り込んだのもこの夢が始まりだった。

 

 俺の夢を支えて欲しい。

 その代わり、世界で一番煌めく景色を見せてやる。

 

 そう、約束した。

 それはいつしか俺だけの夢じゃなく、ミヤコを含めた苺プロみんなの夢になった。

 撮影とはいえ、その夢を叶えられたことに感動したのかもしれない。

 そんなミヤコの姿を見て、俺は唐突に自分の場違いさに気付かされた。

 

 途中で逃げ出し、ミヤコにすべて押しつけた俺には、たとえ再現だとしてもこの夢を見る権利などない。

 ちらりと周囲を見回し、誰も俺に注目していないことを確認してから、そっとその場から離れた。

 

 久しぶりに業界関係者と一緒になって計画を立てて、自ら地獄に進もうとしているアクアを救うなんて大義名分を得たことで勘違いしていた。

 ここはもう俺が居て良い場所じゃなかった。

 

 

   ※

 

 

「ハァ」

 

 流石に無断で帰る訳にもいかず、とりあえず自動販売機で買ったコーヒーを飲みながら時間を潰す。

 何の気なしにスマホを取り出し、エゴサしてみる。

 一時期よりは落ち着いたものの、ネット上には未だ俺を責める言葉が飛び交っていた。

 

「そろそろ次のネタが必要か」

 

 元々狙って炎上したのだから、内容を見てもショックを受けたりはしない。

 むしろ落ち着き始めているのが問題だ。

 少なくとも放送されるまでは、話題を集める為に意図的に燃料を投下し続ける必要がある。

 だが、燃料の中身は吟味しなくてはならない。

 

 炎上渦中の人物が、巻き込まれただけとなっている苺プロのメンバーと仲良く並んでいるところが見つかるなんてもっての外だ。

 そんなことがあれば、今度はアクアとルビー、そしてミヤコまで標的にされかねない。

 

 頭では理解していたというのに。アクアの要請とはいえ、こんなところまでノコノコ来るんじゃなかった。

 今後はミヤコたちはもちろん、鏑木Pや五反田監督とも直接は会わず、電話やラインで連絡を取ることにしよう。

 

 そうと決まれば、撮影がひと段落ついた頃合いを見計らって戻り、鏑木Pに声を掛けてから帰ろう。

 そんなことを考えながら飲み終わった缶を捨てようと立ち上がったところで、声を掛けられた。

 

「あ。居た」

「……ミヤコ」

 

 もう会わないと決めたばかりの元妻の出現にバツの悪さを感じつつも、無視するわけにもいかず、せめて周囲から見えづらい位置にミヤコはその向かい側に腰を下ろした。

 

「……」

「撮影、いいのか?」

 

 気まずさを誤魔化し、遠回しに戻るように伝える。

 

「今のところ順調みたいだし、それに。見たいものはもう見たから」

 

 その返事におや。と疑問に思う。

 まだ撮影は始まったばかりで満足したようなことを言う。

 俺のように見る資格が無い奴ならともかく、ずっと夢を追いかけ続けたミヤコなら、それこそ撮影終了まで見ていると思ったのたが。

 

「これから幾らでも見る機会はあるしね」

 

「いや、いくらでもって、早々ないだろこんな撮影」

 

 それとも本物のドーム公演のことか。それにしたって幾らでもは流石に言い過ぎだ。

 

「別に撮影だけに限らないでしょ。あの子たちはセット扱いされてるんだからこれからいろんな現場に──」

 

 呆れたように言うミヤコも途中で話が食い違っていることに気づいたようで、形良く整えられた眉を怪訝に持ち上げた。

 

「壱護、貴方何の話してるの?」

「なんのって、B小町がドームで、その……」

 

 自分が捨てた夢を改めて語る気まずさから口ごもっていると、ミヤコは盛大に息を吐いた。

 

「違うわよ。私が見ていたのはアクアとルビー。あの子たちが一緒の現場で仕事しているのが感慨深くてね」

「アイツらセットの仕事なんてそれこそ今ままで何度もあっただろ?」

 

 アクアと再会して復讐に協力すると決めた後最初にやったのがそれだ。

 双子タレントとしてセット売りにすることで知名度を高める。

 この業界双子タレントはそれなりにいるが、男女の双子で顔の良いタレントは歴史的に見てもそうはいない。

 毒舌と天然ブラコンという分かりやすいキャラ付けも手伝って二人揃って声を掛けられることが増えたと聞いている。

 そんな俺の疑問をミヤコは鼻で笑い飛ばす。

 

「あの頃とは私たちの関係が違うわ」

 

 要領の得ない返答に、だからこそ理解できた。

 それはきっと、ミヤコたちにしか分からないこと、いわゆる家族の問題というやつだ。

 当然だが、俺はその中に入っていないし、その資格もない。

 

「そうか」

 

 言葉少なに答えて改めて前を見る。

 母親らしい穏やかな微笑みを浮かべていたミヤコは俺の視線に気づくや表情を引き締め直し女社長の顔に戻った。

 

「もちろんドームの夢を諦めた訳じゃない。でもそれはいつかルビーが、いいえ。新生B小町のみんなが叶えてくれる。私が見たいのはあの子たちのドーム公演だから」

「……そうか」

 

 同じ返事を繰り返すことしか出来なかった。

 俺はなんて勘違いをしていたんだろう。

 あの頃の俺たちが夢見ていたのは自分の育てたアイドルがドームでライブをすることだ。

 

 ミヤコにとって、それは今活動している新生B小町なのだ。俺にとって元祖B小町がそうだったように……

 

(いや、それも違うか)

 

 もしかすると俺にとって大事だったのは、元祖B小町全体ではなく、アイ一人だけだったのかもしれない。

 仕事に関して分け隔てなくするように心がけてはいた。というより俺が贔屓などしなくても、アイの才能によって勝手に頭角を現したのだと。

 

 だが、今になって、それはアイの才能に惚れ込んだからだけでなく、親に見捨てられたアイツを娘同然に育てていた自負があったからかもしれないと気付いた。

 親代わりだからこそ、娘の活躍が誇らしく、知らず知らずのうちに贔屓をしちまってたのではないかと。

 他の初期メンバーたちはそうした俺の内心を見抜いたからこそ、過剰に不満を漏らし、それがアイに対する嫌がらせに繋がった。

 だとすればアイを孤独にしてしまったのは俺自身だ。

 ミヤコはそんな昔の俺を反面教師にするかのように、ルビーだけじゃなく、他のメンバーにも気を配り、全員でドームに行くことを目指している。

 

 親としてはもちろん、アイドルのマネジメント能力もとっくに俺以上だ。

 

「そういうアンタは?」

 

「あン?」

 

「夢──というかこれからどうする気なの?」

 

「さぁな。今の会社はあくまで今回の撮影の為に作ったペーパーカンパニーみたいなもんだしなぁ」

 

 映像制作会社を名乗ってはいるが、社員は俺一人。鏑木が座組みした撮影スタッフを下請けとして雇ったという体を取っている。

 

 この後カミキの親族や会社から訴えられても俺一人の責任で済ませられるようにするためだが、実際に賠償問題となれば会社を存続することは出来ないだろうし、仮に出来たとしてもそんな会社に新しい仕事を依頼してくる奴はいない。

 

 とりあえずドラマ放送と、ニノの裁判が終わるまではなんとか会社を維持しつつ、賠償金を払うためにも何か別の仕事を探さなくてはならないが、一つはっきりしているのはそれは芸能関係の仕事ではないということだ。

 

「ま、俺は俺でなんとかするさ。いつか、お前の育てたB小町がドームでライブするのを楽しみにしてっからよ」

 

 出来るだけ明るく言いながら、改めて立ち上がる。

 

「……そうね。アナタは草場の陰から見てなさい」

 

「勝手に殺すな」

 

「業界人としてはもう死んだも同然でしょ」

 

 カラカラと冗談混じりに笑ってから、ミヤコは一度言い淀むような間を空ける。

 その間に嫌なものを感じたがこちらが何か言う前に続けて告げた。

 

「だからもう一度死んだ気になって──」

「それ以上言うな」

 

 ピシャリと遮る。

 その続きは聞かなくても分かる。

 きっと、もう一度俺を苺プロに引き戻して一緒に仕事をしようと言うつもりだ。

 

 だが、それは出来ない。

 今までのように陰から苺プロを支えようにも、俺が今までやってきたのは昔世話してやってた連中に営業を掛けて仕事を貰うやり方だが、そいつらも炎上騒ぎと共に俺と距離を置き始めた。

 如何に昔世話になったからと言って、リスクの方が高いと判断したのだろう。もちろん真意を知って気遣ってくれてる奴らもいるが、そういう良い奴らこそ俺の業に巻き込むようなことはしたくなかった……だからそいつらに関してはこちらから距離を置いている。

 要はもう俺が苺プロの力になれること自体殆どないのだ。

 

 なによりも──

 

「俺の夢はアイと一緒に死んでる」

 

 自分の本心が理解できたことで確信した。

 俺はきっと今のB小町でなくとも、アイ以外の誰であっても、もう本気で夢を託すことはできない。

 たとえそれがアイの娘であってもだ。

 

「鏑木さんたちには先帰ったって言っといてくれや」

「ちょっと。壱護」

 

 ミヤコも立ち上がったが、俺は気付かない振りをして歩き出す。

 

「待ちなさいって、言ってるでしょ!」

 

 その言葉と共にいきなり後頭部に痛みが走った。

 

「痛ってぇ!」

 

 思わず頭を押さえ振り返る。

 肩を怒らせながら俺を睨みつけているミヤコの足下は片方の靴しか履いておらず、もう片方の靴は地面に転がっていた。

 

「持ってきなさい」

「お前な」

 

 ため息を吐いてから、仕方なく靴を拾いもって行く。

 目の前に突き出してもミヤコは腕組みをしたまま地面を顎でしゃくるだけだ。

 同時に足を宙に持ち上げ微かに上下させた。

 履かせろということらしい。

 

(女王様かよ)

 

 再度ため息を落として、靴を持ったまま体を屈めミヤコの足下に持って行こうとした、先ほどまで宙に浮かせていた足が地面に付いていることに気づく。

 

「おい、ミヤコ──」

 

 足を上げろ。と続ける前に頭上に影が落ち、柔らかい感触が伝わってきた。

 ウェーブがかった長い髪が首をくすぐり、そのまま細い手が垂れ掛かっている。

 頭を包み込まれるように抱きしめられたのだと分かった。

 次の瞬間、首元が強い圧迫感と共にギリギリと締めあげられる。

 

「ちょ!」

 

 声を出そうとしてもうまく行かず、呼吸すら難しいほど強い力。

 その時になって初めて俺はこれが抱擁ではなく、締め技──フロントチョークだと気づいた。

 

「なぁに、カッコつけてんのよ! そもそもアンタは夢だなんだ語る前に、まずは私への慰謝料払いなさいよ」

「い、いや。だから、ルビーたちが売れるように協力したじゃねぇか」

 

 元々俺がアクアの復讐に協力することになって最初にした罪滅ぼしがそれだ。

 

「ぜんぜん足りないわよ! 夢だけ見せられて置いてかれた社員としても、いきなり仕事押し付けられた事務所社長としても。何よりね、一番辛くて苦しかった、あの二人を見捨てたこと! 母親として私は絶対に許さない」

 

 何とか腕を外そうともがいていた手から力が抜ける。

 ああ…そうだ。

 いつだって俺はそうだった。

 

 仕事を取ってくる時はもちろん、アイ達をスカウトした時も、ミヤコに結婚を申し込んだ時だって、いつもそうやって口先だけで根拠のない適当な耳当たりの良いことを言って人を巻き込んできた。

 その結果がこれだ。

 

「どうせアンタは芸能界(ここ)以外でまともに働けないんだから、今更逃げんじゃないわよ!」

 

 畳みかけるような叱咤。

 俺だって分かってる。俺みたいな男が賠償金を稼げるくらい働けるのはこの世界しかないってこと。

 だが夢も娘に等しい子も失った俺は、この世界に残り続けるのは辛いだけだと分かっていたから、この仕事を最後に姿を消そうとした。

 

 ミヤコはそれに気づいた上で、もっと苦しめと言いたいのだろうか。

 夢を失ってもこの世界にしがみついて自分たちに贖罪をしろと。

 

「でも一つだけ……」

 

 頭上から落ちる声の質が変わり、同時に首に締められていた腕の力が少し緩んだ。

 

「この世界の輝きに目が眩んで、道を踏み外して落ちていくだけだった私を救ってくれたことだけは、感謝してる」

 

 優しい声と共に今度こそ、抱きしめられる。

 その暖かさに思わず息が漏れた。

 

 いったい何度目の勘違いだろうか。

 もっと苦しめだの贖罪だの、コイツがそんなことを強要する女じゃないってことは俺が一番よく知っていたはずなのに。

 

「ミヤコ。俺は──」

 

「だからその分を差し引いて、極刑は勘弁してあげる。苺プロのバイトとして雇ってあげるから、これからも馬車馬のように働きなさい」

 

「バイトっておいおい。だいたい、俺みたいな奴雇ってるって知られたら事務所の評判だって……」

 

「そんなのはアンタがその年齢不相応の若作りした格好止めれば済む話でしょ」

 

「若作りって、お前にだけは言われたく──」

「あ?」

 

 こんな時でも思わずツッコんでしまうが、先ほどまでとは比べものにならない殺気に二の句が告げず黙り込む。

 そんな俺にミヤコはようやく満足したのか、手を外し自分で靴を履き直すと改めて俺を指さし宣言した。

 

「じゃあさっさと戻るわよ」

 

 命令口調で断言すると俺の返事も聞かず、撮影スタジオに向かって戻り始める。

 

「はいはい。分かりましたよ。ミヤコ社長」

 

 ミヤコだって、このまま俺が苺プロに戻ることへのリスクは理解しているだろう。

 既に離婚したと声明を出している以上、下手をすれば偽装離婚を疑われかねない。

 

 どんなに外見を誤魔化しても、バレる時はバレるものだ。

 だが、それならそれでやり様はある。

 

 もうとっくにミヤコの方が社長として上だと思ったが、まだ社長としてやっていく上で大事なモノを身につけていないこと。俺が教えなきゃならないことが残っているに気付いた。

 特に、この業界では腹芸ができないとまともに外部とのコネを作ることもできない。出来る限り急いでそれを叩きこんでやらねえと。

 その後、何か問題が起こればその時はまた俺が泥を被れば良いだけだ。

 

 そう。こんな俺にも再びチャンスをくれようとするミヤコは優しい。

 いや、甘いと言った方がいいくらいだ。

 人としてはともかく、芸能界ではその甘さは命取りになる。

 

 だが同時に子供たちの為なら、その甘さだって捨てられるはずだ。

 今まで通り俺は裏に隠れながら、タレントのプロデュースのノウハウや業界人同士の駆け引きをミッチリ教え込む。

 それだっていつまで持つかは分からないが、それまでの間は、今度は俺がミヤコの夢に全力で付き合おう。

 

 覚悟を決めて、夢の続きに向かうための新しい一歩を踏み出した。




あと二、三話は大人組の話が続くと思います
次は多分カントクか鏑木Pの話になる予定
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