【完結】推しの子if ~あかねちゃんと一緒にアクアを救おうルート~ 作:日ノ川
一本で纏めるつもりでしたが長くなりそうだったので前後に分けました
なので今回は少し短めです
撮影が順調に進む中、タイミングを見計らってスタジオを離れて一服していると、一本目を吸い終わったタイミングで喫煙室の扉が開き、五反田くんが入ってきた。
「君もタバコ休憩かい?」
「おう」
タバコを取り出しながら軽く返事をする五反田くんを見ながら鼻を鳴らす。
「しかし、せっかく見学に来たって言うのに、入れ代わり立ち代わり席外すってのも、忙しなくてアクアくんに申し訳ないね」
「よく言うぜ。最初に斉藤さんが離れたのに気づいて社長さんを焚きつけて追いかけさせたのアンタじゃねーか」
取り出したタバコの先端をこちらに向けるという行儀の悪い行動に顔をしかめるが本人は気にした様子もなく火を着けると美味しそうに煙を吸い込んだ。
「焚き付けたとは人聞き悪い。僕は自分の所感を述べただけだよ。このままだと斉藤さんがもう戻らないつもりかもってね」
実際昨夜のバーでは、この仕事を最後に、もうこの業界に未練はないと宣言していた。
だがまあ、それを本気で信じてなかったのも事実だ。
「それを焚き付けたって言うんだよ。とはいえ、目論見通り首に縄付けて連れ戻して来たから良かったな」
首に縄を付けてとは言い得て妙だ。
二人の間でいったいどんな会話がなされたのか知らないが、戻ってきた後の二人は良く躾けられた犬と飼い主にしか見えなかった。
「まぁね。彼のプロデュース能力はこの先の苺プロには必要不可欠な人材だ。彼には是非とも頑張って貰いたいよ」
飼い主への絶対服従を地で行くあの様子なら苺プロに戻ることを決めたか、最低でもB小町のプロデュースに力は貸すだろう。
このドラマが話題になれば良くも悪くも現B小町の知名度は跳ね上がる。
だが、それだけで売れるわけでは無い。
そうしたブームが来た時に上手く波に乗せられる人物が居なければ意味が無い。その時彼の力は絶対に必要となるはずだ。
「しかしあの二人や僕はともかく、監督の君まで離れて良いの? どんなアイを撮るか見届けるとか言ってたくせに」
「ま、俺がずっと後ろにいっとやっぱ緊張させちまうからな」
「そっちこそよく言うよ。それが狙いだったくせに」
僕の指摘に五反田くんはニヤリと笑う。
やはり昨日のバーで全員で見学に行こうと提案した際、酔っていたのは演技だったらしい。
確かにアクアくんから電話が来た時は大分酔っていたが、その後本人がバーに来るまでは、酒も飲まず水を飲んでいたはずなのにあの酔いっぷりはいくらなんでもおかしいと思っていた。
その理由も何となく想像がつく。
「アイツは自分の為に撮るのが一番の理由とかほざいてやがったが、実際は誰かの為って期待を背負ってる時の方が良いもん作るからな」
「それは言えるね。彼が結果を出すのはいつも誰かの為だった」
案の定の理由に僕も同意する。
今日あまの時はかなくんの為、今ガチの時はあかねくんの為。
そしてこの15年の嘘では自分も含めたみんなの為に。撮影中もそれを自覚させる為、見学に出向くことにしたのだろう。
「にしても、お前。昨日の今日でよく説得できたな?」
「上の人たちかい? 昨日も言った通り、版権を苺プロが持ってるからどこかに借りを作ることもないし、今回は責任も斉藤さん持ちだから、結果さえ出せばまず煩く言われないよ」
「ちゃうちゃう。そっちじゃなくて、スタッフ連中。アクアの奴は助監に説得任せたとか言ってたが、んな簡単なことじゃねぇだろ。お前が集めるスタッフ連中は癖が強いで有名だぜ?」
どうせお前からも手を回したんだろ。とにやにやと底意地の悪い笑みを浮かべる姿に鼻を鳴らした。
そうした噂が出ていることは聞いている。
実に失礼な話だ。
確かに僕も人間である以上、仕事を振る相手を自分の好みで選ぶことはある。
だが今回に関して言えば、順番が逆だ。
「今回のスタッフは僕の好みと言うより、君の好みに合わせたつもりなんだけどね」
「俺の?」
眉を顰めて、本当に分かっていない様子の五反田くんを前に、僕はタバコの煙と共に長くゆっくりとしたため息を吐いた。
「君みたいに自分の撮りたい画が撮れるまで何度でも取り直させるような拘りの強い面倒な監督の下に付けるのは同じくらい癖と拘りが強くないとダメってことさ」
「言ってくれるじゃねぇか」
「その意味で言えば、説得が楽だったのは本当だよ。こうした方が良い画になるってのを僕が保証するだけで良かったからね」
「アクアの監督としての腕をそこまで信用したのか?」
「どうかな? そうなるに越したことはないけど、これも投資だよ。このドラマが成功して、このシーンが評価されれば今度は一部だけじゃなく、彼自身に監督を任せることも考えられる。見栄えの良い十代の現役俳優の初監督作品。これは話題になるよ」
「相変わらずだなお前は」
はっきりとは言わないが、相変わらずの後に続く言葉は分かる。
毎度得意げに言っている、拝金主義者というやつだろう。
実際その通りだし、僕はそれを悪いことだとも思っていない。
「大人の世界ではそれが一番大事なことだよ」
「フン」
つまらなそうに鼻を鳴らす。
「子供みたいな反応しちゃって。いい加減君も大人になりなよ」
口ではそう言うが、実のところ彼のようなタイプはいつまでも子供みたいな感性を持っているからこそ良い作品を作れる。
とはいえ、それだけではダメだ。
才能が集まるこの世界に於いて、いやそんな世界だからこそ、才能だけでは成功は収められない。
才能の使い方を本人が完璧に理解するか、あるいは理解している人が周りにいなければ、振り回されているうちに、その才能まで腐らせる。
しかるべき才能はしかるべき評価を受けるべきなんて、この歳になって青臭いことは言わないが、僕が拝金に注力することで結果的に才能を世に広められたら、誰にとってもそれが最良だ。
そうしたら、もう──
「アイツを贔屓してんのはそれだけが理由か?」
思考に耽っていた僕に鋭い声が届く。
顔を上げた先では、五反田くんが声と同じくらい鋭い視線を向けていた。
その視線から逃れるように短くなったタバコをもみ消し、次のタバコを加える。
「他に何があるって言うのさ。まあ、敢えて理由を付けるとすれば、今回の作品が映画と違って収益が見えづらいからこそ多少の冒険もできるってところかな」
いざという時の面倒ごとの責任は斉藤さんが取ってくれるしね。と続けて唇を斜めに持ち上げた。
実際、協賛企業や制作委員会に出資して貰う映画であれば、こんな真似はできなかっただろう。
でも多分彼が言いたいのはそんなことではない。
全く同じ条件の役者が居たとして、今回と同じように便宜を計るのかと聞いている。
つまり将来有望な才能に投資しているのではなく、星野アクアだからこそここまでやるのではないか。そう言いたいのだ。
黙っている僕に、五反田くんは勝手に話を続けた。
「アイツが。星野アクアが、アイの息子だからじゃねぇのか? 多分俺は、俺たちはアイに手を差し伸べられる数少ない大人だった」
言いづらそうに、けれど僕から目を逸らすことなくはっきり告げる五反田くんに向かって舌を打ち、加えたままだったタバコに火を着ける。
思い切り煙を吸い込んでから、同じく思い切り吐き捨てた。
「その贖罪を息子であるアクアくんにしてるって? 君の罪悪感はどうでも良いけどさ。僕を巻き込まないで欲しいな。確かにアイくんは素晴らしい才能、スター性を持った有望な投資先だった。ただ、それだけだよ」
「……そうか」
そうだ。
それだけだ。
僕が彼女と斉藤さんにララライを紹介しなかったら。
田舎娘だった彼女に雰囲気の良い店を紹介したりして、カミキくんとの恋を応援したりしなければ。
今でも彼女とカミキくんは。……なんて。
今更考えても仕方のないことだ。
まして、その贖罪として彼女の子供たちに便宜を計るなんてことはあり得ない。
僕はただ、いつもの仕事をしているだけ。
才能に投資して、そのうち倍にして返して貰う。
それが結果的に収益の増加に繋がり、僕の評価も上がっていく。
ただそれだけのことだ。
「さて。僕はそろそろ次の現場に行くよ。投資してる金の卵は他にもあるんでね」
これ以上下らない話に付き合っていられない。まだ火を付けたばかりのタバコをもみ消して歩き出す。
「はいはい。せいぜい金稼ぎ頑張んな」
呆れた口調の捨て台詞を背中に受けながら、僕は振り返ることなく軽く手を振って喫煙室を出る。
(言われるまでもない)
金を稼いで評価を上げ、自分が上に行くことでしか守れない才能もあることを、僕は誰より知っているのだから。
☆
一人になった喫煙室の中で俺はタバコを吹かしながらさっきの鏑木の様子を思い返す。
あんなあからさまで分かりやすい態度を取っては肯定してるも同然だ。
とはいえ、アイツの性格や立場上、素直に、はいそうです。なんて言うとは最初から思っていない。
それなのに、何故俺はこのタイミングであんなことを口走ったのだろうか。
多分それは、俺自身が未だアイのことを引きずっているからだ。
だから自分と同じ傷を持っている奴を見つけて安心したかった。
斉藤夫妻に、鏑木と俺。
他にもいるかもしれないが、とりあえず俺の知っている範囲ではこの四人。
身近にいた大人が、アイの孤独と怒りと悲しみに気づいて手を差し伸べられていたら、あんな結末にはならなかったかも知れない。
良い歳こいてセンチなことを考えている自覚はある。
このドラマが仮に、アイの人生をそのまま上映した作品だったのなら、ここまで考えなかっただろう。
だが、アクアがメガホンを取ったこのシーン。
ドームの夢が叶い、仲間たちとも楽しくやれている、そんな場面を見てしまったから。
現実では決してあり得ないことだとはわかってる。
アイの人気だけが突出した中で、グループ内に妬み嫉みが発生しないわけがない。
実際俺が途中まで撮っていたドキュメンタリーでも、カメラが回っている時は和気藹々としていたが、そうでない時は明らかに様子が違った。
なにもアイだけが特別だったわけではない。
人気の格差があれば、どのグループだって多かれ少なかれ同じ悩みはあるだろう。
現B小町は今のところ全員の人気が拮抗しているため仲良くやっているように見えるが、旧B小町のようにそのバランスが崩れたらどうなるか……
(いや、あいつらはそれでもなんだかんだ仲良くしてそうだな)
生まれた頃から芸能界で生きてきて、周り全てを敵として見ていた有馬かなが、年相応のガキみたいに楽しく言い合ってるのがその証拠だ。
無駄にポジティブでグイグイ引っ張っていくルビーと経験と年齢のおかげで巧いこと調整役ができるMEMちょ。この二人がいるのが大きいのだろうが、そんな仲間がアイには居なかった。
だからこそ、それ以外の誰かが手を差し伸べてやらなきゃいけなかったんだ。
「フッ。もしもの話をウダウダと、俺も歳くったな」
自嘲と共に煙を吹き出し、そろそろ戻るかと考えた矢先、ふいに喫煙室の扉が開いた。
鏑木が戻ってきたのかと視線を向けた先には。
「うわー。タバコ臭ーい」
如何にも嫌そうに鼻を摘み、顔をしかめている少女、星野ルビーが立っていた。
先ほどまで思い出していたせいか、そこにアイが立ってるように見えて一瞬反応が止まり、その顔を呆然と見つめることしかできなかった。