【完結】推しの子if ~あかねちゃんと一緒にアクアを救おうルート~ 作:日ノ川
「……自分から喫煙室に入ってきて文句言ってんじゃねぇよ」
一瞬反応が遅れたが、直ぐに持ち直す。
勝手な言い分に思うところはあるが、アイドルの前でそのままタバコを吸っているわけにもいかず火を消すと、タバコの箱をポケットに突っ込みながら立ち上がった。
「とりあえず出るぞ」
「え?」
「え? じゃねぇよ。アイドルがこんな所いるの見られたらどうすんだ」
こいつの心配もだが、そんなことがあのシスコンに知られたら俺がどんな目に遭わされるか分かったものじゃない。
それだけ言うと有無を言わさずルビーを外に出し、そのまま喫煙室を後にした。
近くに設置されていたベンチに腰を下ろすとルビーもその横に並ぶ。
「で? 何の用だ。撮影でトラブルでもあったか?」
仮に何かあったとしても、スタッフではなく出演者が呼びに来ることなどないと分かりつつ聞く。
兄貴の方と違って、ルビーとはあまり親しくないので、話の糸口が掴みづらかったというのもあるが、それ以上に自分を落ち着かせる時間が欲しかった。
さっき一瞬だけルビーがアイと重なって見えたのをまだ引き摺っているせいだ。
元祖B小町の衣装を着た姿は撮影で何度も見ているし、そもそもルビーは高峯役なので、髪色も違う。
それなのに今回に限ってそう思ってしまったのは、単純に俺がアイのことを思い返していたからに違いない。
後は⋯⋯。もしこのドラマをルビー主演で撮っていたらどうなったか、なんてことも一瞬だけ考えてしまった。
別に今更、黒川の主演に文句がある訳じゃない。
演技力はもちろん、アイの解釈にも何の不満もない。
だが。
「違うよ。今はあかねちゃんがアイのパート撮ってるからちょっと時間出来ただけ」
「ああ。もうそんなところか」
ダンス自体は一致団結がコンセプトなので基本全員纏めて撮影するが、それでもやはりセンターということで最後に少しだけアイのソロシーンも存在する。
そこを撮っているならもう今日の撮影は佳境に入ったことになる。
鏑木とそんなに長く話し込んだつもりは無いので、余程撮影が順調に進んだらしい。
もしコイツが主演ならこうも上手く進んだかどうか──
(いかんな。どうも思考がそっちにばっかいっちまう)
こんな時こそ一服して切り替えたいところだが、また喫煙室に戻るわけにもいかないので我慢する。
そんな俺の苦悩も知らず、ルビーはズイッと距離を詰めて近づくと、両手を合わせて上目遣いにこちらを見た。
「そ。だから今のうちにカントクさんにちょーっとお願いしたいなぁって」
「お願い?」
かなり嫌な予感がする。
というかデジャブを感じた。
「うん。カントクってマ──前のB小町のドキュメンタリー映画も撮ってたんでしょ?」
言いかけたのはママだろう。
俺は二人がアイの子供だと知っているし、アクアも俺が知っていることを理解しているが、ルビーには伝えていないらしい。
教えても良かったがルビーの性格上、ギャーギャーウルサそうだったので黙っておくことにする。
「まぁな」
丁度そのことを考えていたとは言えず、とりあえず相づちを打って反応を窺った。
「だったらさー」
「新生B小町の映画撮れなんて言うなよ?」
「何で!?」
何で分かった。なのか、それとも何でダメなの。なのかは知らんが、どちらでも関係ない。
「ったりめーだ。そもそも俺はドキュメンタリーは専門外なんだよ。あん時はアイがしつけーから仕方なく撮っただけだ。第一、映画ってのは金がかかんだぞ? アイの時でもカツカツだったのに、今のお前らに金出してくれる奇特な奴はいねーよ」
海外とは違って日本ではドキュメンタリーの類は、有名なタレントや芸能人を撮ったものでも映画ではなく地上波の特番で流す場合が殆どだ。
映画も無いわけではないが、大抵は小規模映画館でごく短い間放映される程度。
これは単純に、ドキュメンタリーが映画文化の風習の一つとなっている欧米等と違ってテレビでの特番文化が発達している日本では採算を取るのが難しいからだ。
アイの時は当時のB小町人気に加え、地下アイドルからドームへたどり着くというストーリー性があったからこそ出来た企画だ。
そこそこ有名になったとはいえ、今のB小町ではドームまで何年掛かるか。
ルビーには悪いが、そんな長期間採算が取れるか分からない仕事に付き合う気はなれない。
「むー! お金お金って。みんなそればっか!」
子供のように(実際子供だが)頬を膨らませて喚くルビーに呆れ、眉を寄せる。
「あのなぁ。いつかアクアにも言ったが、芸能界はアートの場じゃなく、ビジネスの場なんだよ。芸能界を夢見ても、芸能界に夢は見るなってな」
さっき鏑木を拝金主義者と煽った俺が言うことではないが、この世界何をするにも金がものをいうのは事実だ。
その上で、集めた金を使ってどうやって良い物を撮るかが重要なのだ。
「そんなこと言っちゃって。お兄ちゃんが言ってたよ。カントクは人にはそう言うくせに、自分のこと棚に上げて夢追っかけてる大人子供だって」
「あン?」
「ちょ。カントク顔怖いんだから、凄まないでよー」
「あのクソガキ。テメーこそ私情優先しまくってるくせに。つーかそれなら兄貴に頼めよ。ついさっき鏑木も言ってたぞ。アクアに初監督作品撮らせれば話題性バッチリだって」
アクアだけでなくルビーにも力を貸せば、鏑木が抱いている罪悪感を振り切る良いきっかけになるかもしれない。
「最初は、そうしようと思ったんだけどさ。これもお兄ちゃんから聞いたんだけど、業界の人って自分の仕事に近いことしてる時って仕事目線で見ちゃうんでしょ? 映画見てる時は監督目線になるとか、役者だと演技に注目しちゃうとか」
「まあ、性格によるだろうが、そういうタイプは多いわな」
いわゆる職業病だ。
特にアクアみたいに真面目な仕事人タイプだとなおさらその傾向は強い。
「それだとこれから先、お兄ちゃんが私たちのライブとか純粋に楽しめないでしょ? だから映画の方はカントクにお願いしようかなーって」
ニコニコと楽しそうな笑みと共に告げられた台詞に思わず顔が歪む。
「お前、自分がかなり自己中なこと言ってる自覚あるか?」
「あるけどー……」
「つーか、お前ら自前でユーチューブのチャンネル持ってんだろ? 今時ならわざわざ映画にするより、そっちに投稿した方がよっぽと楽だし、話題にもなんじゃねーの」
あしらい半分、当てつけ半分なのが本音だ。
スマホ一台あれば誰でも撮影出来て、無料で全世界に配信できることを始めとした娯楽の選択肢の増えたこのご時世。
ただでさえサブスクが広まったせいで映画業界自体も国内外問わず斜陽になりつつある(特に邦画は)状況と併せて、多くの人に見て貰いたいだけなら、何も映画にこだわる必要はない。
もっとも、俺個人の考えとしては、それでもムーブメントの中心を狙えるのは映画しかないと思っているのだが。
ルビーにそんなことを言っても仕方ない。
脳天気なこいつなら、それならお金掛からなくて良い。とでもほざいて納得するだろう。
そんな思惑から言った台詞に、しかしルビーは首を横に振る。
「それじゃダメだよ。無料で公開した動画じゃ、たくさんの人が見てくれても、話題の中心にはならない。スゴい予算の掛かっている映画だからこそ、みんな本気でバスらせようとしてくれるんだから」
「⋯⋯それ、兄貴からの受け売りか? それとも鏑木。いや、有馬あたりか?」
言い方は違うが、俺の持論をそのまま言われたことに驚いて確認するが、ルビーは不思議そうな顔で首を横に振った。
「別に誰でも。私がそう思っただけ」
嘘を言っているようには見えないが、ルビーらしくない台詞だ。
「だって⋯⋯」
そこで一度言葉を切り、間を置く。いったいなにを言うつもりなのかと、いつ間にか俺も話を聞く心構えを作っていた。
母親譲りの星のように輝く瞳を見開いたルビーは、力強く拳を握り締めて続きを口にする。
「私も自分で買ったジュースがクソ不味かったら、拡散して文句言ってやらないと気が済まないもん!」
「は?」
「タダで貰ったものなら我慢できるけどさ。わざわざお金出して買ったんだよ。元取らないとって思うじゃん! 身銭を切ったからこそ本気になる。それが世の中の真理だよ」
ふっふっふっ、と。何故か自慢げに笑うルビーは次いで、まぁ先輩に止められてからはやらないようにしてるけど。と慌てたように付け加える。
思った以上に下らない内容に肩透かしを食らい、息を吐いて肩を落とした。
「まじめに聞いて損したぜ」
「えー。でも実際そうでしょ?」
「まー、そうだけどよ」
「それに私たちはかつてのB小町を、アイを超えるアイドルになる。それなら、監督も、プロデューサーも、宣伝だって、本物じゃなきゃ」
でしょ? とにこやかに笑うルビーに、今度こそ言葉を失った。
本当に自力でこの思考にたどり着いたというのなら、俺はこいつのことを見くびっていたのかもしれない。
脳天気な態度は演技なのか、それとも単に勘どころが良いのかは知らないが、どちらにせよ今のこいつはただ母親の後を追いかけて夢を見ているだけの小娘ではなく、この世界が、ただ綺麗なだけの場所じゃないと理解している。
だったら──
「しゃーねーな」
「撮ってくれるの!?」
パァッと表情が明るくなったルビーに手を振って否定しつつ話を進める。
「そうじゃねぇ。アドバイスだけしてやる」
「アドバイス?」
「ああ。さっきも言ったとおり、今のお前らじゃ金は集まらない。かといって、売れっ子になってドームに行けるようになってから撮るんじゃ素材が足りねぇ。だからお前はこれから、B小町の活動中とにかくカメラ回しとけ。スマホでも良いが、撮影モードを調整して⋯⋯設定なんかは後でアクアにでも聞きな」
「スマホでいいの? そんなのでも素材になるの?」
「今はスマホだけで撮った映画とかも公開してるからな。ドキュメンタリーなら編集でなんとでもなる。で、ついでにユーチューブのチャンネルでドキュメンタリー撮ってますって宣伝しまくれ。そっから先はお前らの実力次第だが、本当にドームに行けるくらい売れてくれば、映画の金出しても良いって奴が出てくるかも知れねぇ」
「なるほどー」
「で、具体的な話がきたら、後は編集はプロに任せたいとかいって正式に俺にオファーを出しゃーいい」
「⋯⋯それって、嘘吐いてお金集めてから、カントクさんを巻き込むってこと?」
さっきまで輝いていた瞳を細め、ジトリと睨めつける。
「人聞き悪いこといってんじゃねぇよ。良いもん作るためのテクニックだ」
むぅと唸って唇を尖らせる。
どうもコイツは嘘という言葉に強い忌避感を持っているようだ。
嘘を自在に操ってスターダムに登り積めたアイとは間逆だが、アイツもまたそんな嘘で塗り固められた自分を嫌悪している節があった。
そういう意味では、やはり親子といったところか。
同時にアクアがあれほど過保護に接しているのも納得する。
アイドルとしての素質がずば抜けていながら、全く世間ずれせず、思っていることが、すべて表情に出てしまう素直過ぎる性格。
ちょっとでも隙を見せれば、食い物にされかねない芸能界で生きるには危うすぎる。
しかも芸能界がそんな綺麗な場所じゃないと分かっていながら突っ走ろうとしているのだから、兄としては気が気じゃないだろう。
「自分が作りたい物を押し通したいなら、嘘や裏技の一つでも使えねぇとな」
「それは分かるけどー」
「そう難しく考えんな。大枠で言えば、今お前がしてることも裏技みてーなもんだ。本来は事務所経由で正式に依頼してくるのが筋だからな」
「うっ!」
「アイの時も似たようなやり口だった。アイツの場合、確か映画撮影中、アクアが疲れて眠ってたせいで俺が動けないところを狙った上、ただしつけーだけじゃなく、誉め殺しやらも多用してたから、もっと狡猾ではあったがな」
「へー。そうだったんだ」
「アイを超えるつもりなら、そういうところもちょっとずつでも良いから学んどけ」
コイツらも後一年半で高校を卒業する。
アクアはともかくルビーが大学に進むとは思えないから、そうなればもう本格的に社会人となる。
いつまでもアクアに頼り切るわけにもいかないだろう。
「むむむむ……分かった。取り合えずやってみる」
長い葛藤の後頷くルビーに俺も満足して頷き返す。
「おう」
「でも。映画の内容は嘘吐かないからね。ちゃんと本当の私たちを撮ってよ!?」
「……ああ、分かってる」
また、アイに言われたことを思い出した。
結局俺は、ポシャったドキュメンタリー映画でも、今回のドラマでも、本当のアイツを撮れたのかは分からない。
いやそもそも本当のアイツなんてものは、本人にだって分からなかったのかも知れない。
だからこそ、最終的には撮ったものを見て、俺自身が納得できるかどうかが全てだ。
そして俺は、まだ納得できていない。
なにしろ今回のドラマで、最もアイの本質らしいものが出たのは今まさにアクアが撮っている場面なのだから。
師匠として、弟子に先を越されて黙っていられるはずがない。
同じ内容をもう一度撮ることはできないが、コイツを、ルビーを通してもう一度B小町を撮ることで、今度こそ、俺は納得できるかも知れない。
「あ。でも。素材の動画、ちょっと加工するくらいはいいよね?」
「いや、勝手な加工されると編集が面倒になるし、何よりそれじゃあ嘘くささがハンパなくなるんだが……」
「だってスクリーン写るんだよ!? 流石にスッピンはダメでしょ。私たちもだけど、特にMEMちょがブチ切れるよ」
「しらねーよ」
早速とばかりに、自分に都合のいい部分、それも自分の意志ではなくメンバーを言い訳に使う辺り、こいつもバカ正直一辺倒ではなく、芸能界で生き抜く術を学ぶ意思はあるようだ。
鏑木の口添えや斉藤さんの力も大きかったとはいえ、前日に演出プランの変更を呑ませたアクアもそうだが、アイのガキ共は二人ともこの芸能界で、逞しく生きようとしている。
(今度は、しっかり見といてやるよ)
心の中でアイに向かって呟いたのは、俺の覚悟みたいなもの。
どんなに逞しくてもコイツらはまだまだガキだ。
それなら、手を差し伸べられる大人は周りに居たほうが良いに決まってる。
今度こそ俺が、俺たちがその役目を担ってやろうと心に決めた。
以前も少し触れましたがこの編は今までの集大成に近く、登場人物たちが自分なりの答えを見つける話でもあります
次は多分B小町というかアクア以外の苺プロの話になる予定です