【完結】推しの子if ~あかねちゃんと一緒にアクアを救おうルート~ 作:日ノ川
「あれ? みんなは?」
話を終えた後、もう一本タバコを吸ってから戻るというカントクを残して、撮影現場に戻ってくると、スタジオにはかな先輩とMEMちょ以外はスタッフしかいなかった。
「もうとっくに移動して、私たちはアンタを待ってたのよ!」
首を傾げる私を前に、いの一番に先輩が噛みついてくる。
「移動って、別のスタジオで撮影するの?」
そんな話は聞いていないが。
「ううん。撮影は全部終わったよ」
先輩と私の間にさりげなく入り込んできたMEMちょの説明に私は目を丸くした。
「え!? もう?」
「あかねの奴、一人になってからの方がスムーズでね。昨日のがなんだってくらい、一発オッケーばっかりでさっさと終わったわよ。後はジャケット撮影だけ」
「えー、私も見たかったのにぃ。ってジャケット撮影って? 宣伝用のポスターみたいな?」
映画と違ってドラマのポスターはあまり見ないが、今回はドットTVがかなり力を入れて宣伝してくれるそうなのでポスターも用意するのだろうか。
しかし、そういうのは専用の写真スタジオで撮るものでは。と思っている私にMEMちょが手を降って否定する。
「違う違う。あれだよルビー、この曲が収録されているDVDが映るシーンがあるから、私たちで同じ構図の写真撮って小物として使うんだって」
最近ではBDや配信が主流となったことでDVDそのものがめっきり減ったが、当時のB小町は基本的にCDやDVDで販売していたのを思い出す。
「あー、だから衣装着ている今ここで一緒に撮るってこと?」
そういえば今回撮影した曲が収録されているDVDのジャケットは、全員衣装のまま並んで撮影している直球なデザインだったはずだ。
もっともその中に入っているMVは、今日私たちが撮ったものとは違うアイメインのバージョンなので、ジャケットも明らかにアイだけが目立っていたが。
「そ。どうせ画面にちょっと写るだけの小物だからわざわざ本職のカメラマン呼ぶまでもないでしょ」
「あと、予算の問題もあるしね。ブルーバックで人物だけ撮って背景合成すれば安上がりってこと」
「そうそう。明日に回すと歌取りもあってスケジュールキツキツになるし、早く終わった今日のうちにってことよ。って訳でさっさと行くわよ」
もう説明は済んだとばかりに歩き出そうとする先輩を、慌てて引き留める。
「ちょ、ちょっと待って。そういうことなら私もちゃんと髪と衣装整えたいよ」
しっかり鏡で確認したわけでは無いが、自分のパートが撮影終了した直後、そのままカントクさんのところに行ったので多分髪も衣装も乱れているはずだ。
「時間無いって言ってるでしょ。呑気に休憩してたアンタが悪いんだからあきらめなさい」
「休憩じゃないよ。私ちゃんとB小町の為に頑張ってたもん。カントクさんにお願いしてー」
「その話は後で聞くからほら」
私の手を掴みグイグイ引っ張っていこうとする先輩の肩に、後ろからポンと手が置かれた。
「有馬さん。ちょっと待って」
「あ。おかーさん……と」
おかーさんの声に思わず笑顔になって振り返った直後、一緒に立つ人物を見て、自然と口元が曲がる。
そんな私におかーさんは苦笑し、隣の人物──壱護さんはぎこちない笑みを浮かべて軽く手を持ち上げた。
「よ、よう」
「あー、社長の……」
「
MEMちょが何か言う前に元を強調して紹介する。
ただ、そうやって強調するのが逆に怪しい。
壱護さんがアイのことを大切に思って、だからこそずっと犯人を捜していたことも、私たちの為に炎上役を買って出てくれたことも聞いているが、だからといって大変な状況でおかーさんをずっと放置していたことまですっぱり許せるわけではない。
一言言ってやろうかと前に出た私に、さっとおかーさんが立ちはだかり、そのまま私の衣装を整え始めた。
時間的にも手間的にもわざわざ衣装スタッフを呼ぶことはできないから、代わりに整えてくれるのだと気付き、私も仕方なく足を止め、大人しくそれを受け入れる。
「はぁ、それは──」
かな先輩とMEMちょは微妙な表情のまま顔を見合わせた。
個人的に思うところがある私はともかく、二人が壱護さんにそんな態度をするのは、単純に見た目が胡散臭いからだろうか。
なんて考えていると、壱護さんが苦笑する。
「安心しろ。基本的に俺は裏で動いてお前らの前には姿見せねーよ。だからこそのバイトだ」
「いやー別に私たちは」
「そんな。ねぇ」
曖昧に頷き合う二人を見て遅まきながら私も気付いた。
絶賛炎上中の相手が苺プロに出戻っていることが分かったら、それこそ私たちにも火の粉が飛んで来かねない。
それは理解しつつも流石に本人やおかーさんの前で言うのはちょっと。と思っての反応だったらしい。
場に流れる気まずい雰囲気を払拭するように、私の衣装を直していたおかーさんが明るく笑う。
「そうよー。そいつには大まかなプロデュース方針考えさせるのと、後は今まで通り裏でこそこそ営業掛けさせるだけだから気にしなくて良いわよ。むしろ、やりたい仕事があったら言いなさい。どんな仕事でも取ってこさせるから」
「お、おい」
ニッコリと笑うおかーさんに対し、壱護さんの顔が引き攣った。
瞬間、それまで胡散臭い物を見るような態度を取っていた二人の瞳が輝きだす。
「ホントですか!? 私、ドラマ。ドラマの仕事欲しいです。できれば地上波で!」
「地上波だったら私も出たいなぁ。ほらユーチューバーのバラエティ出演とかあるじゃないですか」
「いや、だから。地上波ってそんな簡単に取れるもんじゃ──」
「フフ」
おかーさんは、慌てる壱護さんをちらりと見て口元を綻ばせた。
その笑顔を見て、私も嬉しくなる。
一言言ってやるつもりだった文句を取りやめてやろうと思えるくらいに。
でもその代わりに。
「じゃー私はアレ。地上波のクイズ番組にみんなで参加したい! 昔ママ達が出てたよね」
「いーじゃない。アンタなら演技しなくてもそのままバカ回答になりそうだし」
「なんだとう!?」
「まーまー。でもかなちゃんは成績優秀だし。バランスは良さそうだよね。で、私はネット系とか──」
「懐かし物とか?」
「おい!」
「ははは」
漫才のような掛け合いに壱護さんが声を上げて笑う。
「こーら、動かないの」
「はーい」
そう言われ、姿勢を正すとおかーさんはそのまま髪の直しも始めた。
ますます動けなくなった私を余所に後ろでは未だ三人があれこれ言い合っている。
「ね、おかーさん」
「んー?」
そんなみんなに気付かれないように、真剣な顔で私の髪を整えるおかーさんに顔を近づけ、こっそりと耳打ちする。
「新生B小町。良い感じになりそうだね」
新生に掛かっているのは、ママたちの元祖B小町に対する私たち三人ってことだけじゃない。
おかーさんや他の苺プロスタッフ、ついでに壱護さんも入れて、全員揃って新生B小町というグループなのだ。
壱護さんのことはやっぱり簡単には許せないし、少なくとも家族として迎え入れるなんてことになったら反対するけど、それはそれとして仕事仲間としてなら、受け入れると言外に伝えた。
「ルビー。……ええ、そうね」
私の意図を察したおかーさんの顔が綻び、最後にそっと髪を撫でる。
「貴方たちみんな、いつか必ず元祖B小町を、アイを超えるアイドルになるわ」
よし。と小さく言って、髪から手を離した後、おかーさんは私たち全員の顔を見回しながら告げた。
「それはまた随分高い目標で……」
最初に反応したのは、若干引き気味のMEMちょ。
MEMちょは元々ママの大ファンだったそうなので、そのハードルの高さを理解しているのだろう。
それは私も同じだ。
でも、うん。
それでもおかーさんがそう言ってくれるなら。
「そーね。アイドルも含めて芸能界全体が低迷気味のこのご時世にドームまで行こうって言うんだから、やっぱり最終目標はそこになるわよね」
私の肩に手を乗せた先輩が不敵に笑い、そのまま壱護さんにも同じ笑みを向けた。
「出来ますよね? 伝説のアイドルを育てた貴方なら」
「いや、あれはあくまでアイの才能あってこそで……」
そのセリフは私たちの素質がアイより劣っていると言っているも同然だ。
瞬時におかーさんに睨まれ、言葉を詰まらせる。
再度微妙な空気が流れかけたが、先輩はシニカルに笑って吹き飛ばした。
「そんなことでどうするんですか? だったらもっとプロデュース能力を成長させてください。よく言うでしょう? 人間は常に成長期、自分の全盛期は更新し続けていかないと」
壱護さんの失言を無かったことにするための演技だと察し、私も乗っかる。
「元天才子役が言うと説得力あるー。まあ先輩はまだ子役時代を超えられている気はしないけど」
もちろん本気でそう思っているわけでは無いので、敢えて明るく言った瞬間、先輩はさっきまでとは比べ物にならない眼光で、こちらを睨みつけてくる。
「あ? ちょーし乗んな。シバくぞ、コラ」
殺気の籠もった視線と、低く唸るような声はとても演技には見えない。
思わずたじろぐ私に再びMEMちょが割って入り、フォローに回る。
「まーまー。それこそこれからの頑張りで、元天才子役のかなちゃんじゃなくて、B小町のかなちゃんって言われるようになるよ。私もユーチューバーのMEMちょじゃなくて、B小町のMEMちょって言われるように頑張るからさ」
「そう! 私もそういう感じのこと言いたかったの!」
「嘘付け。……まあ、その意味ではアンタは気楽で良いわよね。バックボーン一切ないし」
「ひどい!」
「はっ、はは」
言い争う私たちを見ながら、再度壱護さんが声を上げて笑い出す。
でも今度の笑いはさっきとは違い、涙声を誤魔化してるみたいな不規則なものだった。
思わずみんなでそちらを見る。
「とりあえずお前ら、息はピッタリみてーだな」
やっぱりその声は僅かに湿っている。
きっとかつてのママとメンバーのことを思い出したんだろう。
だからこそ、私は元気良く声を張った。
「もっちろん。新生B小町は仲の良さと連帯感がウリだもんね」
「ライブの度に突っ走るアンタが言えた義理?」
「いや、かなちゃんもなかなかだからね。バランスを取るために私がどれだけ苦労しているか」
「それは⋯⋯」
「お世話かけてます」
「うむ。もっと私に感謝して褒めなさい」
いつもの公式チャンネルに上げる動画のノリで語り出す私たちを前に、壱護さんは静かにこちら、というよりおかーさんに近づいてきた。
「ま、これならプロデュースのしがいもあるってもんだ。流石、お前が集めたアイドルだな」
位置の関係でバッチリ聞こえた内容に、今度は私とおかーさんが顔を見合わせた。
「……いや、集めたの殆どアクアなんだけど」
「あ、そうなん?」
「ええ」
二人の間に気まずい空気が流れ出た。
どの関係性を見ても、微妙にズレててチグハグな感じ。
でも。なんだって最初はこういうものなんだろう。
これから始まる新体制のB小町も、少しずつ歩み寄って行けばいい。
それはおかーさんと壱護さんの関係も同じ。そっちに関してはまだ気に入らない気持ちは残っているが、時間をかければ私だっていつかは許して上げられるかもしれない。
でも簡単に許すのも癪だからちょっとだけ、それまでは良い雰囲気になる度に邪魔していこう。
「そうだ! じゃあドームの前に新しい目標を一つ立てようよ」
早速とばかりに私は手を叩いて話を変えた。
「目標? ドームの前ってなると武道館とかぁ?」
そう言えば元祖B小町も武道館ライブを行っていたしそれが目標というのも悪くはない。
ただ、私が考えたのはまた別のものだ。
「ううん。というか前から言ってたやつだよ。結局うやむやになっちゃったし」
「前からって──ああ。もしかしてアクたんのこと?」
「アクア?」
何の話だと壱護さんがおかーさんを窺うが、この話はおかーさんも知らないはずだと二人に説明する。
「そう。私たち前に目標立てたんだ。お兄ちゃんをB小町推しにさせようって。妹だからとか、友達だからとかじゃなくて、お兄ちゃんが本当に心の底から推せるアイドルになるの」
実際には私が本気でお兄ちゃんにアタックするための方法の一つであり、あかねちゃんとの勝負に負けたことでそのままなし崩しでうやむやになっていたが、お兄ちゃん……いや、せんせの夢を知ったことでまたやる気が満ちてきた。
「って言ってもねぇ」
そんな私とは対照的に、先輩の態度は投げやりだ。
あの時は分からなかったが、先輩もお兄ちゃんのことが好きだったからこそ、あんなにやる気だったのだと今なら分かる。
同時にちゃんと告白して振られたことで完全に諦めてしまったのだということも。
でも。
「あれ? 先輩は自信ない?」
「そんな安い挑発に私が乗るわけないでしょ」
ため息混じりに首を振る先輩に向かって畳み掛ける。
「それなら良いよ。今度のライブ前にお兄ちゃんには赤いサイリウムだけプレゼントするから」
「ちょいちょい。それはズルいよ。黄色いのも渡しといてよ。なにしろ私が目指すアイドル像を示してくれたのはアクたんなんだから。実は、アクたんにとって私こそがピッタリなアイドルかも知れないよぉ?」
私の悪ノリに乗っかってMEMちょが言い、そのまま先輩に意地悪く笑いかける。
そんな私たちの姿に先輩はさっきまでとは違う、諦めの息を吐いた。
「MEM、アンタまで……あー、もう分かった。分かったわよ。私もやってやるわよ。考えてみればああいうスカした奴も魅了できなきゃ、アイドルのトップ、ドーム公演までたどり着けっこないものね」
「その調子。じゃあ改めて、私たち三人でお兄ちゃんを魅了してやろう!」
それはすっごく嬉しいし、今日私はあかねちゃんやみんなと一緒に全力を出して、多分その夢は叶えられたと思う。
でも、それは今はもうどこにもいない天童寺さりなという女の子に向けられた
今の私はそれだけじゃ満足できない。
それこそがドームと並ぶ、私の新しい夢。
「よーし! じゃ、行こう。おにいちゃんたちを待たせたら悪いし」
拳を突き上げ、スタジオの出口に向かって歩き出す。
「遅れてきたくせに偉そうに。そういうのはセンターの私がやるべきでしょ!?」
「早いもの勝ちだよー」
ママを超えるアイドルになるからには、私だっていずれはセンターを目指したい。
そんな意味合いも込めて言うと、先輩の目元がヒクリと揺れた。
「上等じゃない!」
「ちょっと待ってよぉ」
駆けだした私を追って、先輩とMEMちょも走り出す。
その後ろからは苦笑したおかーさんと壱護さんも続く。
「あ、そうだ」
ふいに私はカントクさんの言葉を思い出し、持っていたスマホのカメラを起動させて、みんなに向けた。
「はーい。みんな。笑って笑って」
これもドキュメンタリー映画のいい素材になるだろう。
「こんなところ撮ってんじゃないわよ!」
そんな私の意図を知らない先輩は目を三角にしてスマホを奪いにくるが、私は笑ってそれを避けつつも、足は止めない。
この足取りは、きっと私たち新生B小町は新しい夢に向かって続いているのだから。
前書きでも書きましたが年末年始は忙しいので次の投稿までまた間が開くと思います