【完結】推しの子if ~あかねちゃんと一緒にアクアを救おうルート~ 作:日ノ川
「ルビー遅いなぁ」
「有馬先輩とMEMちょも来ないし、もしかしてメインメンバーだけ先に撮影してるのかな」
みなみの呟きに同意しつつ、スマホを弄っていた鷲見ゆきに声をかける。
「ああ、うん。でも、あかねが呼ばれた時は何も言ってなかったけど⋯⋯」
相づちを返す彼女だが、少しだけ緊張しているように見えた。
自分の撮影が終了してからスタジオを離れ、そのまま撮影終了まで戻って来なかったルビーにジャケット撮影の件を伝えるためB小町のメンバーはスタジオに残っている。
彼女たちが戻るまでの間私たちは、控え室で待機することになっていたのだが、その後黒川さんだけが呼び出されて行ったことで、図らずも途中参加の三人だけが残ることになった。
しばらく雑談をしていて気づいたのだが、彼女──ゆきは意図的に私たちの会話に入ろうとしてこない。
今ガチでは出演者の中でアクアさんと並んで最年少ながら、物怖じせず話の中心として番組を盛り上げていたあたり、人見知りするタイプではないはず。
となると⋯⋯
「ゆきってさ」
「え?」
「ああ、名前で良いよね? 私たち同い年だし」
「せやね。ウチのこともみなみでえーよ」
「うん。もちろん」
にっこりと人好きのする笑みをみなみに向ける。
その態度は実に自然だ。
「ゆき、今ガチの時と違って今回すごい大人しいよね」
「えっと。そう、かな?」
対して私に話しかけられると途端に態度がぎこちなくなる。
これで理由がはっきりした。
彼女が気にしてるのは、いわゆるタレントとしての格差。
陽東高校ではタレントとしての人気より、学年による年功序列の上下関係が強いが、それはあくまで学校内での話。
実力主義に基づく仕事場で会う人は、年上であっても人気の高い方が格上。と考える人の方が多く、何かと気を使われてしまう。
その意味で言えば、今回の仕事は例外で楽しかった。
数少ない私の友達であるみなみとルビー。
推しのMEMちょとアクアさん。
タレントとしてはともかく役者としては間違いなく現在の私より格が上手の黒川さんと有馬さん。
理由はそれぞれ違うのだろうが、誰も私に気を使うことなく、普通に接してくれたからだ。
結果、撮影初日の失敗も乗り越えて、今日の撮影では皆一体となり大成功を納めることが出来た。
ただ、そんな中でゆきだけは、今でも明確にラインを引いている。
彼女も今ガチに出演後、順調に仕事を増やしてはいるようだが、それでもまだまだトップモデルとは言い難い。
そんな気持ちが、名実ともにトップタレントである私に対する気後れを生んでいる。
かといって、こちらの方から相手に普通な態度を強要したら、それこそ自分の立場を振りかざして言うことを聞かせているようなもので下手をすれば逆効果になってしまう。
(まあ、仕方ないか)
とりあえずこの場は私も気づかない振りをして、適当に流した方が良いと意識を切り替えようとしたところで。
「入って良いか?」
ノックと共に聞こえてきたのはアクアさんの声だ。
「アクア? 良いよー」
ゆきが返答する。
その声がホッとしてるように聞こえたことにも気づかない振りをしておく。
「なんだ。ルビーたちはまだ戻ってないのか?」
入って早々、アクアさんは室内を見回し、怪訝に眉を寄せた。
「え? 黒川さんが呼ばれて行きましたし、なんか別件の打ち合わせと違いますの?」
「いや? そもそもあかね呼び出して貰ったのは、一足先に個別で撮影して貰うためだから」
「ってことはMEMちょたちは単にルビーちゃんと合流できてないだけか」
「そういうことだな。まぁ、あかねの撮影が終わるまでちょっと時間あるからちょうど良いと言えばそうだけど」
話ながら時計に目をやったアクアさんはそのまま、私にちらりと視線を向けた。
「何?」
「いや。そんなわけで撮影ちょっと延びそうなんだけど、不知火さんは大丈夫?」
私にだけ聞いたのは、マルチタレントとして名が売れていて忙しい私を気遣ったからだろうが、事実だとしても三人がいる中で一人にだけ聞くのは、他の二人に対して失礼だ。
さっきのタレント格差の話も含め、この業界はあえて特別に扱っている感を演出するためにわざとそういうことをする者や、逆にそうした気遣いが出来ない無神経タイプもいるが、彼はそのどちらでもないのは分かっている。
だとすると⋯⋯
「大丈夫だよ。明日も含めて三日間はこの仕事以外入れてないから」
アクアさんの意図を察し、正直に事実を語る。
「そうか。友情出演で来て貰った人たちはスケジュール関係が若干曖昧な所があったから気になってな。それなら良かった」
それも三人同じ条件のはずなのに、私だけに確認を取ったのも、恐らくわざとだろう。
それでゆきも意図を察したのか、ここぞとばかりにアクアさんの腹を手刀で突く真似をしながらツッコミを入れる。
「ちょいちょい、アクアー。友情出演なのは私たちも同じなんですけどー? その聞き方は失礼じゃない?」
唸り声にも似た不満げな低い声で詰め寄るが、同時に冗談めかした茶目っ気も含まれており本気で怒っている訳では無いと伝わる声色だ。
「せやせやー」
みなみにもそれが伝わったのだろう。
ゆきより更に砕けた話し方で乗っかると、アクアさんは小さく鼻を鳴らして小馬鹿にしたような態度を見せた。
「せっかく気心知れてる奴らが揃っているこの場で下手に同列扱いする方がどっちに対しても失礼だと思うけどな。俺が言ってるのは客観的事実だ」
「うっ! それは、そうだけど──」
「グサッときたわぁ」
「生の毒舌。やっぱいいわぁ、私の推しは」
しみじみと頷く私に、ゆきは驚いたように目を見開いてから思い出したとばかりに頷く。
「ああ。アクアのファンなんだっけ?」
「そうなんよ。前々から追いかけとってなぁ。いつからやっけ?」
「ふふ。私がアクアさんを認識したのは今日あまのストーカー役やってた時からだから。ファンとしては古参と言っても良いよね」
フフンと自慢げに胸を張る。
実際にはあくまで認識したのがその時で、本格的に推すようになったのはルビーと一緒に双子タレントとして毒舌キャラを確立してからなのだが、些細なことだ。
「いや、なんて言うか……悪趣味?」
「おい」
ボソリと呟いたゆきの言葉を拾ったアクアさんが睨むと、慌てたように手を振った。
「あはは。聞こえた? 顔推しなら分かるけど、毒舌推しってところがね」
「そう? 案外多いと思うよ? アクアさんのクールで傷を抉るようなツッコミが刺さる人って」
「えー、そうなのかなぁ。うーん」
「ところでお兄さん。黒川さんの撮影ってドラマの宣伝で使う奴なん?」
これ以上突っ込んだ話をして空気が悪くなる前に、みなみがさらりと話題を変えると、アクアさんも乗っかる。
「いや。そっちはちゃんとプロのカメラマン呼んで撮る予定。先にあかねにカメラ撮影の雰囲気に慣れさせたいと思ってな」
「え? でもあかね結構カメラ慣れしてるでしょ? 映画の番宣とかで色んな雑誌に載ってたじゃん」
「まあ、それはそうだけど。今から撮るジャケットは元々アイが中心だったやつだから、必然的にあかねがメインになるからな⋯⋯」
そう言ってアクアさんは、私たち三人の顔を順繰りに見渡した。
「ん?」
気づかない二人に諦めたように息を吐いて説明する。
「他のメンバーとあかねじゃ、撮られる経験値が違いすぎるんだよ。プロのモデル二人に、モデルもやってるマルチタレント。B小町の三人もアイドル活動で写真撮ることが多い。だから先に一人で撮影させて少しでも慣れさせようとだな」
饒舌な台詞を聞きながら、おや。と疑問を覚えたが顔には出さずにいると、ゆきが呆れたように首を横に振った。
「はぁ」
「なんだよそのため息」
「ぜんぜん分かってない。ねぇ?」
「そやな」
「……何が?」
もう一度問うアクアさんにゆきは鼻を鳴らして断言する。
「二、三十分撮られたくらいで私たちとの差が埋まるわけ無いじゃん」
「それは……」
プロモデルからの厳しい指摘に言葉を詰まらせるアクアさんを無視して、ゆきは手を叩いた。
「あ。いいこと考えた。アクアが同席してあげればいいんだよ」
「それええな。一番手っとり早いわ」
「うんうん」
「なんで? いやもちろん監督として後で確認くらいはするつもりだけど」
首を傾げたアクアさんに、私たちは三人同時に顔を見合わせて、深いため息を落とした。
「なんだよ三人揃って」
「アクアさんは何にも分かってないね」
「そうそう。今は監督としてやなくて、カレシとして黒川さんの傍にいるべきやろ」
「彼氏として?」
話の流れが分からない。と言うように首を捻る様に、もう一度ため息を落としてから、私はチラリとゆきに視線を送る。
ここは黒川さんのこともよく知っているゆきの出番だ。
「いーい? モデルの仕事っていうのは一瞬を切り取ることなの。動きとか声とかも使って全身で表現する役者との決定的な違いはそこ。だから役者が番宣とかで撮る写真ってけっこう微妙なこと多いんだよ……役を演じる才能と人に撮られる才能は全くの別物。もちろん普通の人よりは撮られ慣れてるし、勘で上手いことできる人もいるけど、あかねは一緒に撮ったSNS用の写真でも苦手そうにしてたし」
さっきまで私たち、というか私に話しかけられた時とは全然違う饒舌でズバズバものを言う様は、今ガチでゲームメイカーをしていた時を彷彿とさせる。
「それは分かったけど。俺だってモデルはほぼ素人だぞ。アドバイスするなら、むしろゆきとかの方が良いんじゃ──」
「やっぱりなんも分かってない。その場でちょっとアドバイスしたからって簡単に上手くなるわけないでしょ。だったら被写体の魅力を上げるしかない」
「魅力を上げるって言っても。そんな急に……ああ」
ようやく何が言いたいか分かったらしいが、それを素直に口にするのは憚られるのか、アクアさんの表情が渋くなる。
「そのためにはやっぱり愛する恋人が目の前にいないとねー」
だから私が代わりに言ってあげる。
「せやねー」
「そうそう。女の子が一番可愛くなるのは好きな人の前でしょ。瞼の裏で思い浮かべるのも良いけど、やっぱり本物が目の前にいた方がテンション上がるもん」
「分かった分かった。とりあえず様子見てくる」
やれやれと言いながら立ち上がるアクアさんをよそに、みなみとゆきは手を取り合い、キャーキャー楽しげな喜声と共に飛び上がり、代わりにアクアさんが肩を落としたまま振り返る。
「その代わり。お前らは撮影終わるまで、ここで大人しくしとけよ。B小町のメンバーが来てもスタッフが呼びに来るまで待機な」
それだけ言うとアクアさんは返事も聞かず部屋を後にした。
一見すると、恋人とのやり取りを見られたり冷やかされるのが恥ずかしいから、私たちを遠ざけようとしているようだが、あの皮肉屋があっさり引いたことも含め、多分それだけではないと思う。
だから、私は答え合わせも兼ねて、未だ盛り上がっている二人に一声掛けてから、アクアさんの後を追いかけることにした。
★
「話聞いてた?」
「それは俺の台詞だけど?」
あかねが撮影しているスタジオに向かう最中、追いついてきた不知火フリルを、ジロリと横目で睨みつける。
「じゃなくて、アクアさんが来る前に私たちがしてた話」
そんな態度を取られても大して気にした様子もなく、挑発的な笑みで更に突っ込まれて、俺は諦めの息を吐いた。
「……言っておくが、盗み聞きする気はなかった。あんだけデカい声で話してたらイヤでも聞こえるよ」
「いや、別にそのことを責めるとかじゃないよ。たださっきのやり取りは話を聞いた上でゆきを私たちと馴染ませるためにやったのかが、気になって」
不思議な色合いと魅力を持つ瞳がまっすぐに俺を捕らえている。
答えはもう分かりきった上で、答え合わせがしたいのだと悟り、俺は降参と言うように手を持ち上げた。
「それを分かってくれているんなら、三人で俺の悪口でも言い合っててくれると有り難いんだがな」
「大丈夫。まずは私抜きでみなみと話して、改めて私に普通に接しても問題ないって理解して貰った方が良いから」
確かに一理ある。
ルビーのように言葉を額面通り受け取るタイプならいざ知らず、ゆきはどんな時でも周囲を観察し、自分の立ち位置と立ち回り方を考えてから動くタイプ。
良く言えばその場の感情に流されて短絡な行動には走らない思慮深いタイプっていうことだけど、悪く言えば確証を得てからでないと動けないタイプかもしれない。
「ダンスは上手く行ったけど明日は撮影もある。シーン自体は少ないし、ゆきの演技は俺も少し面倒見てたけどまあ及第点が出せるくらいにはなってる。でもそれは自然体で演技が出来たらの話だ」
「だから今の内に私への気後れを無くすためにひと芝居打った。黒川さんに一人で撮影して貰ってるのもその時間を作るため」
「ご明察。よく分かったな」
「だってアクアさん、モデルの仕事も結構やってるでしょ? それなのにあんな簡単なことに気づかないのはおかしいよ」
自信満々に言われて、別の意味で驚いた。
この計画がスタートした直後、俺もある程度売れっ子になる必要があったため、色々な仕事に手を出し、モデルもやっていた。
だが、そちらは他の仕事と違って未経験からのスタートだったため、小さな仕事ばかりだったはずだ。
少なくとも超一流タレントの不知火フリルの目に留まるレベルの仕事ではない。
そんな俺の疑問を読みとったのか、不知火はニンマリと楽しそうな笑みを浮かべた。
「これも推し活の成果ってやつ」
「……それ、冗談じゃなかったんだ」
「当然。でも、そういう現場の空気づくりも撮影には大切なことだと思うよ。監督としても良い仕事したね」
「そりゃどうも。しかし、不知火さんこそ、ずいぶんと色々考えて動くんだな。答え合わせしたい気持ちも分からないでもないけど、人によっては無粋な真似って思われるぞ」
俺は気にしないけど。と続けながら彼女を観察する。
テレビで見る透明感のある雰囲気でも、ルビーから聞いている割とノリがいい不思議系とも違う、冷静で計算高い性格は、それこそゆきに少し似ている。
「誰にでもしてるわけじゃないよ。私がこういう現場の空気も読んで気遣いも出来る女優だってアクアさんに知っておいて欲しかっただけ」
「俺に? 何が狙いか知らないけど、愛想振りまいたって得られるもんねーぞ」
また推し活がどうこう言い出すかと思いつつ軽口を叩くが、彼女はそれまでのどこか作りものめいた仮面を外し、真剣な顔つきになって俺をまっすぐ見つめた。
「そんなこと無いよ。有能な高校生監督の主演の座はそうそう転がっているものでも無いでしょ?」
にんまりと楽しげに笑う。
「何の話だよ」
俺みたいな素人同然の新人がいきなり監督に抜擢されるなど、本来あり得ないことだ。
今回は様々なカードが手元に揃ったからこそできた奇跡みたいなものだ。
そんな俺の言葉を彼女は即座に否定する。
「芸能界はいつだって新しい才能を求めてる。今回のドラマが上手くいけば自然とそういう方向に向かうよ。有名監督の弟子で、実績もある美形高校生監督なんて、如何にも鏑木Pが好きそうだし、出資者も集めやすいんじゃない?」
超一流タレントから断言されると不思議な説得力がある。
実際、あり得ない話ではない。
鏑木Pは拝金及びルッキズム第一主義で、支援するのは男女問わずいつだって顔の良い者ばかり。
映画監督に顔は関係ないという者もいるだろうが、実際はそうではない。
俺が雨宮吾郎だった頃によく聞いた美人過ぎる何々という概念ではないが、直接顔が見えなくてもそうした人物が作っているというだけで付加価値が付くと考える者は多い。
もし本当に鏑木Pがその気だとすれば、今回の企画で作った借りの大きさを考えると簡単に断る事はできない。
「第一、お互いこれからも芸能界にいるんなら、仲良くなっていて損はないでしょ」
元々俺は今回の仕事を最後に芸能界を引退するつもりでいた。
これまで俺が芸能界にいたのはあくまで復讐のため。どんな結末になるにしろ、このドラマが公表されれば全ては終わる。
全部上手くいったら、今度こそ雨宮吾郎だった時は叶わなかった道筋……かつて好きだった小説に出てきた医者みたいな心臓外科医を目指すのも悪くない。
実際一度復讐が終わったと勘違いした時は漠然とそんなことを考えて、大学について調べたりもしていた。
なのに──
「あ。じゃあ私はそろそろ戻るから、また後でねアクアさ──アクア」
小悪魔じみた笑みと、覗き見覗き見。となにやら不穏な台詞と共に、最後まで飄々とした態度を崩さずに、不知火は俺に手を振って元来た道を戻っていく。
「これから、か」
その後ろ姿を見やりながら呟き、改めて前を向く。
まっすぐ伸びるこの道の行き先を、俺はまだ決められずにいた。