【完結】推しの子if ~あかねちゃんと一緒にアクアを救おうルート~ 作:日ノ川
「みなみちゃんはさ。キツくないの?」
お兄さんを追うようにフリルちゃんが出ていき、二人きりになった後、ゆきちゃんがポツリと呟いた。
「え? 何が?」
思わず素になって問い返すウチに、言いづらそうに口籠らせてから切り出す。
「不知火さんたちと一緒の現場で仕事すること」
名前で良いと言われたのに、未だ他人行儀な呼び方をする辺りでピンと来た。
「……それは、タレントとしての格差とかそういう話?」
「うん、まあ。不知火さんがああいうキャラだとは思わなかったけど、普段から偉ぶったりする子じゃないのは分かるよ。ルビーちゃんも割と見たまんま素直な子だって言うのも」
陰口や二人を貶めたりする意図は無い。と言外に告げながら、ゆきちゃんは続ける。
「でも、ううん。だからこそかな。学校内ならともかく外で仕事一緒になると、さ」
陽東高校では無いが、ゆきちゃんも芸能科がある高校に通っていると聞いている。
実際、秘密を共有した運命共同体的な仲間意識が強くなる学校内と異なり、現場での仕事では格差が感じられるのは事実だ。
一つ一つは小さいこと。
メイクさんが掛ける時間配分の違いだったり、挨拶した後の対応差だったり、NGを出した際、スタッフが醸し出す雰囲気だったり。
そういう細かな積み重なりは、確実にウチの心にささくれを作った。
さっきのお兄さんの台詞が、場を和ませる為の冗談だと分かっていてもなお、一瞬ドキリとしてしまったくらいには。
「私もそうだから。あかねはもちろんだけど、MEMちょにもずいぶん置いてかれてる気がしてさ。それで二人とも偉ぶるどころか、私のことスゴいとか憧れるとか言ってくるんだもん。二人とも本気で言ってるって分かるからこそ感情の置き場が無いっていうかさ」
「……まあ、言いたいことは分かるわぁ」
「やっぱり、みなみちゃんも」
勢いよく顔を持ち上げるゆきちゃんの言葉を遮るように口を挟む。
「でも。ウチはその解決手段を知っとるから」
「え? 解決って、どうやって?」
大きく瞳を見開き、距離を詰めるゆきちゃんに笑い掛ける。
「簡単やろ。ウチが二人と同じくらい売れっ子になればええだけ、そのために必死に努力する。それだけや」
「いや、正論なんだけどそれができたら苦労しないでしょ。芸能界なんて努力だけでどうにかなる場所じゃないし、才能があっても売れるかどうかは運次第なんだよ? あかねだって、演技の実力は昔っからスゴかったのに、今ガチの事件で注目されるまで世間的な注目度殆ど無かったくらいだし」
「そらそやろな。確かに芸能界は才能と運が特に重要で努力は必須やない。そういうのと関係ないところから売れてく人もいるしなぁ」
「それでも、努力するんだ?」
「ウチん中では、努力は必須やなくとも無意味でもないと思っとる。少なくともルビーもフリルちゃんも、才能と運だけやなくめっちゃ努力しとるの知っとるし、逆に運が向いてきた時に努力が足りなくて波に乗れんくなっても困るしなぁ」
なんだか恥ずかしいことを言っとるな。と気づいて慌てて茶化すように付け加えるが、ゆきちゃんは真面目な顔つきでじっと見つめていた。
「……それっていつまでやるの?」
「え? さ、さぁ? グラビアは年齢制限的なのはあるゆうても、他の仕事にも手を広げるつもりもあるし、明確にいつまでとは……」
さっきまでの落ち込んだ声から一転して厳しい口調になったことに驚きながら答えると、ゆきちゃんは小さく首を横に振った。
「それじゃあダメだよ。そんなことじゃ、いつか折れちゃうよ」
「折れる?」
「そ。弱音吐かないでずっと頑張るのはスゴいと思うけど、息抜きできるところではしとかないと。真面目すぎる人はそうやって真正面から受け止めすぎて壊れちゃうんだよ」
フイと、視線を遠くに向ける。
彼女が言っているのは多分、黒川さんのことだろう。
さっき言っていた今ガチでの自殺未遂騒動。
その原因は、番組の露悪的な演出によって黒川さんが炎上し、追い詰められたことらしいが、炎上したタレント全員が同じようなことになるわけではない。
中には何度炎上しようと、気にすることなく芸能活動を続ける人だっている。
そんな中黒川さんが追いつめられたのは、彼女の真面目さ故に批判や非難を正面から受け止めてしまったから。
ゆきちゃんは多分そう考えてる。
それがウチにも当てはまると思って心配してくれているのだろう。
炎上対策については自分なりにいろいろ気をつけているつもりだが、どこから炎上するかなんて分からないし、そもそも話の本筋は炎上とは関係なく、真面目な人は追いつめられやすいという点だ。
黒川さんほどストイックで真面目かはともかく、その彼女と親しく接しているゆきちゃんから見て、ウチがそう見えているというのなら⋯⋯
「……どうすればええの?」
「相談っていうかガス抜きできる相手を作ること。親兄妹とか、後は恋人とか──」
恋人の時だけ僅かに声が弾んで聞こえて、思わず笑みを浮かべる。
「へぇ」
「な、なに?」
「やっぱり、ゆきちゃん恋人おるんやな。前々からちょっと恋愛がらみだと反応があれやなーって思ってたんよ」
ウチの言葉に、ゆきちゃんは少しの間言い訳を探すように視線を彷徨わせていたが、直に諦めたように息を吐いた。
「……オフレコにしてね?」
「もちろん。でもそっかぁ。ゆきちゃんは恋人にグチ聞いてもらってるんやね」
「え?」
「さっきの真面目すぎて、正面から受け止めちゃうタイプってゆきちゃん自身のことも含めてるんやろ?」
「私は、そんなこと……いや。そうかも、みんな私のこと世渡り上手いって言うけど、実際は今の自分を変えたくて、必死に足掻いているだけだしね」
そう言ったゆきちゃんは一度大きく肩を落とし、その反動を使うように顔を上げる。
「でもグチ聞いて貰ってるってのは違うかな。私の彼氏はなんというかスゴく前向きで、頑張るためのエネルギーはくれるけど、だからこそグチ言えるタイプじゃないって言うか」
ゆきちゃんと親しくて、そういうタイプの男の人に覚えはあったけど、口にはしないでおく。
「そうなんや。じゃあ、どうしとるん?」
「どうしてるか、じゃなくて。これからどうするかを考えてたんだ」
「これから?」
「そ。実はそう思えるようになったのが結構最近でさ。私のことスゴイって信じてくれてる友達に恥じない自分になるには、どうすれば良いかって考えた。親とかお姉ちゃんにグチっても上手く伝わらないし。友達に愚痴るのは本末転倒だからね」
全身を使ってため息を吐いたゆきちゃんはその後、ニヤリと唇を斜めにしてウチを見て続けた。
「だから私には、ううん。私たちには必要だと思わない?」
「何が?」
「仕事のグチを言い合えるモデル友達が」
「モデル……、ああ。なるほど」
笑顔のまま、ウチの目をじっと見つめられて、言いたいことを理解する。
「そそ。私たちってどっちもモデルだけど、私はファッションモデルで、みなみちゃんはグラビア。業種が近くても同じ仕事を取り合うライバルにはならない」
「確かになぁ」
モデル同士とはいえ色に向いている私と華に向いているゆきちゃんとは方向性は全く違う。
同時に種類は違ってもモデル同士だからこそ、重なり合う苦労も存在する。
「じゃ、そういうことで」
そう言って、綺麗に塗られたネイルが光る手を差し出す。
そのネイルと同じくらい綺麗な笑みを浮かべるゆきちゃんに、こちらも笑みを浮かべて握手に応えた。
「ほならイマイチ同盟設立ってことで」
「えー? その名前は自虐が過ぎない?」
言われてみれば、そういう気持ちを発散するための同盟には相応しくない。
「うーん。なら、これから来る同盟?」
「うん。それならオッケー。これから宜しくねみなみ」
「よろしゅーな。ゆき」
あえて呼び捨てにする彼女に合わせてこちらも呼び捨てで答える。
そうしてお互いに頷き合ったところで。
「入るねー」
ノックもなしにいきなり控え室の扉が開き、向こう側からフリルちゃんがB小町のメンバーと一緒に戻ってきた。
いきなりのことで、とっさに反応できず固まってしまう。
全員の視線がウチらの手に向けられ、代表して有馬先輩が口を開く。
「なにしてんのよ?」
「え、えーっと」
「なんやろなー」
互いに視線を合わせつつ、どう言い訳したものかと考えていると⋯⋯
「友情を確かめあってたんだよ」
「え?」
「ね?」
何故かフリルちゃんが答え、そのまま私たちに同意を求めてきた。
「う、うん」
「そうやな。モデル同士これから仲良くしよなーって」
嘘は言っていない。
それとは別に、若干後ろ向きというか、情けない理由もあるだけだ。
「ふぅん?」
「まぁまぁ。仲良しなのは良いことだよぉ」
「そうそう。私たちだって今さっき改めて友情を確かめ合ったばっかりだし!」
納得していない様子の有馬さんに向かって、他二人がフォローを入れる。
「こっぱずかしいこと言ってんじゃないわよ。あれは仕事の目標を改めて定めただけでしょ」
表情を歪める有馬さんが視線を外した瞬間、ウチらはチャンスとばかりに、未だ握手をしたままだった手を外した。
あっちはあっちで何かあったらしいが、今まさに似たようなことをしていたウチらの前でそれを言われるとこちらまで恥ずかしくなる。
そっと目配せをして、なんならこのことも後でグチろうと頷き合う。
そんなウチらを前に何故かフリルちゃんは満足げに頷いていたが、直に更にニンマリと意地悪い笑みを浮かべると、親指を立てて戻ってきたばかりのドアの外を指差した。
「それよりさ。カップルのイチャつきを覗き見しにいかない?」
☆
「えっと。もう一回、撮りますね?」
カメラで撮った画像をチェックした後、気まずそうにカメラマンを買って出た撮影スタッフが言う。
「は、はい。スミマセン」
ブルーバックを背景に私は小さく頭を下げた。
取り直しの原因が自分にあることを理解していたからだ。
私だって写真を撮られる機会はそれなりある。
宣材写真や演劇のポスターやパンフレット、最近ではインタビューなども増え、雑誌に写真が掲載されることもしばしば。
だがそれは、みんなプロのカメラマンが撮影してくれたものだ。
カメラマンが撮影する被写体は毎回プロのモデルとは限らないため、良い写真が撮れるよう会話しながら被写体の緊張を解してくれる。
彼は写真のプロではないけれど、そうした最低限の技術は持っているらしく、色々と話しかけて私の緊張を解こうとしてくれている。
(そういえばルビーちゃんが言ってたな)
映画やドラマといった物語の映像を撮るのと違って、MVの撮影ではコンセプトだけ決めてどんなものを撮るかは流れで決めるため、グラビアカメラマン的な才覚が求められるそうだ。
写真と動画の違いはあっても、彼もカメラマンには違いない。似たような経験はあるのだろう。
だからこそ、撮影が上手くいかないのは彼ではなく私の責任なのだ。
これはアイの撮影なのだから、役になりきって撮れば良いだけなのだが、撮影の疲れが出ているのか、どうにも上手くいかない。
いや、昨日アクアくんから出た演技指導を元にしてアイとしての演技は更に磨きが掛かったと思うのだが、私の演技はあくまで動きや話し方を初めとした全身を使って役になりきるのが基本なので、写真のように一瞬を切り取って魅力を見せる技術はまだまだだ。
一つできるようになったと思うとまた課題が出てくる。
難しくも楽しいことではあるが、周囲に迷惑が掛かるのは頂けない。
というか、今更ながらどうして私だけ先に撮影を始めたのだろう。
「あの」
「はい?」
「この写真って、何に使用するものなんですか? ジャケットとは違いますよね?」
私の質問にカメラマンは困ったように眉を寄せる。
聞いてはまずい質問だったかと思ったが彼はすぐに何か思いついたように表情を明るくさせた。
「実は俺も聞いてないんですよ。監督がジャケット前に黒川さんだけ撮っておくようにって。もしかしたら仕事とは関係ないプライベート用じゃないですか? 恋人のアイドル衣装写真をずっと残しておきたいとか」
「それは──あはは」
いきなり私とアクアくんの関係について言及したのは、私の緊張を解すための手段だったのだろうが、私には逆効果だった。
なぜなら、今の発言によって私の意識は余計にアイから黒川あかねに引き戻されそうになってしまったのだから。
何とかそれを繋ぎ止めようと意識を集中させようとするが、それを邪魔するように突如背後から声が掛かった。
「好き勝手言ってくれますね」
「あ。監督」
「ア、アクアくん」
驚く私にアクアくんはちらりと視線を向け、そのまましげしげと私を見つめる。
「えっと。変?」
ジャケット撮影は急遽決まったものだが、私は中心に写ることもあって、ちゃんと衣装やメイクは整えて貰ったが、それでも本来の写真撮影のような十分な準備がされたわけではない。
それを心配した私の質問に、アクアくんは優しく笑う。
昨日今日と監督として細かく指示を出してきた時は声も硬質で表情も厳しかったが、撮影が終わったためか今はとても穏やかだ。
「いや。似合ってるよ」
その表情のまま素直に褒められて、再び私の意識は引き戻される。
それを見ていたカメラマンは無言のまま撮影準備に入った。
要するに、さっきまで彼が行っていた緊張を解す役割をアクアくんに譲り、自分は撮ることに集中するという意思表示だ。
アクアくんもそれを理解しているのかそちらには触れずに会話を続ける。
「改めて、撮影お疲れさま。撮影が上手くいったのはあかねのお陰だ」
「そ、そんなことないよ。私がダンスがうまく踊れていたらもっとスムーズに撮影進んだだろうし」
「いや。それがあったから俺の想像以上のものが撮れた。最初の計画通りだったら、こうはいかなかったと思う。だから、ありがとう」
「そんな。まだ明日の撮影もあるし──」
「明日は問題ないだろ。もうダンスの撮影もないし」
「演技の方はともかく、明日は歌取りもあるんでしょ? ダンスほどじゃないけど歌も私そんな得意じゃないし」
「大丈夫だ。今時は生歌じゃなければ、音源いじりまくって調節できる。ルビーの歌ですらそこそこ聞けるものになる位なんだから」
「プッ」
カメラマンが思わず吹き出したのをみて、私は慌てて止める。
「だめだよアクアくん、そんなこと言ったら。ルビーちゃん気にしてるんだから」
「事実だし」
「もー」
完全にアイではなく黒川あかねに話し掛けてくるアクアくんにもう役に入り込むのは諦める。
同時に緊張もすっかり解けてきた。
最近はずっとダンスやアイになりきることばかり考えていたせいか、こういう穏やかな気分になったのもずいぶん久しぶりな気もする。
そんなことを考えていた私をじっと見つめていたアクアくんは、ふっと柔らかく微笑んだまま頷いた。
「……うん。あかねはやっぱりそういう顔が一番綺麗だな」
「~~っ!」
突然褒められて一気に顔が赤くなる。
同時に後ろに構えていたカメラマンが、シャッターを連続で切り出した。
「ちょ。こんな顔撮らないで下さい」
「あ、すみません。良い顔だったもんで」
「でしょう? これならもう大丈夫かな」
「え?」
何が。と問う前に、アクアくんはスタジオの入り口を振り返った。
「いるんだろ? 入って来いよ」
「え? え?」
「ちょっとー! 私の歌を話のネタにしないでよー」
「アンタの歌なら言われてもしゃーないでしょ」
「ルビーちゃん。かなちゃん。それにみんなも! み、見てたの?」
二人に続き、他のみんなも入ってくる。
「あはは。ゴメンねぇ」
「いやいや。でもホント良い顔してたよ、あかね」
「いやーやっぱり覗きはロマンだね」
「嫌なロマンやなー」
一気に騒がしくなったスタジオ内にアクアくんはそっとその場から離れていく。
何が何やら分からないまま忙しなく始まった撮影では、私はアイの演技も出来ないままだったが、不思議と撮り直しも殆どなく、スムーズに進んだ。
最初は明日のことを考えて、出来は二の次にして撮影を終わらせたのかと思ったが、出来上がったジャケットの写真を見て、そうではないと気づいた。
そのジャケット写真は構図こそ本物と同じだったが、私がアイから遠ざかっていた分、他のみんなとの距離が縮まっていた。
これだけ見ればまるで、DVDの中に収録されているMVは今日の撮影で撮った一致団結をコンセプトとしたものであるかのように錯覚してしまう。
きっと、これこそがアクアくんの、ううん。アクア監督が見たかった
それを撮らせるためにアクアくんはあえて私をアイに寄らせ過ぎないようにした。
アクアくんはもしかすると、役者を始めとしたタレントより、監督のようなクリエイターの方が向いているのかもしれない。
そのことがとても誇らしくて、ほんの少しだけ悔しく思えた。
監督編で書きたいところは大体終わったので、次か長くてもその次で監督編はラストになります