【完結】推しの子if ~あかねちゃんと一緒にアクアを救おうルート~   作:日ノ川

78 / 107
監督編ラスト
いつもより少し長くなったので投稿が遅れました


第78話 オールアップ

「よお。まだやってるか?」

 

 忙しそうに動き回っている撮影スタッフの間を抜けてスタジオに入った俺は、カメラから送られてきた画面を注視していたアクアに声を掛ける。

 

「飲み屋じゃねーんだけど」

 

 ほんの一瞬だけ振り返り、俺を認識した後、すぐに画面に目を戻して冷たく言い放つ。

 アクアのファンだという不知火曰く、抉るように冷たいツッコミという奴だ。

 

 撮影が上手くいかず不機嫌なのかと横から顔を覗いてみるが、その横顔に険しさはない。

 むしろ役者の演技の出来に満足しているからこそ、邪魔するなと釘を刺したのだろう。

 仕方なく、撮影がひと段落するまで待とうと邪魔にならない位置に移動する。

 

「あ、これ、イスどうぞ」

「ああ。どうも」

 

 気を利かせてくれたスタッフの持ってきたパイプイスに腰を下ろして、改めて監督としてのアクアの仕事ぶりに目を向ける。

 画面を確認後、すぐさまスタッフにあれこれと指示を出し始める。

 

 初共演の東ブレや今回の撮影で共演した時も、どこか演じることに辛さを感じているような痛々しさがあったが、こちらではのびのびやれているようだ。

 微笑ましさを感じながら俺はしばらくの間、無言で弟の後ろ姿を眺め続けた。

 

 

   ※

 

 

「それで? 今日は何の用?」

 

 役者の衣装とメイクを直すのも含め、長めの休憩を取ることになってから、ようやく振り返ったアクアの第一声に鼻を鳴らす。

 

「冷たい言い方するなよ。俺も出演者だぜ」

「今日撮影無いだろ」

 

「無いけど⋯⋯。いいだろ、昨日はカントクとプロデューサーだけじゃなく、お前のところの社長も授業参観に来てたんだろ?」

 

「見学だ」

 

「どっちだって同じだよ。だったら俺も来て問題ないだろ」

 

 授業参観や俺もを強調したところで家族を匂わせるニュアンスを嗅ぎ取ったらしいアクアの眉が動くが、近くにスタッフの姿はない。

 それを確認したからこその発言だ。

 

「仮にも売れっ子俳優がそれで良いのか?」

 

 その部分で俺を責めることは出来ないと察したからか、アクアの切り込み方が変わるが、そちらも問題はない。

 

「売れっ子だからこそ朝一じゃなくてこんな時間になったんだよ。つーか、もう終わったかと思ってたが、時間掛かってるんだな。今日でラストだろ? 間に合うのか?」

 

 他のメンバーはともかく、不知火のスケジュールはかなりタイトだ。

 かといって役者の大半が未成年で働ける時間も決まっている以上、その辺が良い意味でも悪い意味でも緩かった昭和から平成初期の頃ならいざ知らずコンプライアンスが厳格化した現代の令和で深夜まで撮影する訳にはいかない。

 そんな俺の心配を今度はアクアが切って捨てる。

 

「撮影自体はすこぶる順調だ。借りてたスタジオの関係で午前中は歌取りやって午後からスタートだったからこの時間になっただけ。この休憩が終わったらラストまで一気に撮るから十分間に合うよ」

 

「あー。歌も入れるんだっけ。大変だったろ? 舞台役者でもミュージカルとかやるとこなら歌もやるけど、黒川そっち系やったこと無かったはずだし」

 

「いや。生放送ならともかく、録音ならいくらでも修正出来るからあかねや追加メンバーは問題ない。むしろルビーに一番時間掛かった」

 

「ルビーって、お前の妹か。本職だろ?」

 

 半分とはいえ、一応俺の妹でもあるのだが、それを言うとまたキレられそうだったので触れないでおく。

 

「あいつは筋金入りの音痴だからな。今回は、追加メンバーに良い所見せようとしたことに加えて、尊敬する元祖B小町の楽曲ってこともあって気合い入りすぎて空回りしたらしい」

 

 正確に言えば尊敬する母親の楽曲だからなのだろう。

 さっきもそうだが、周りに人が居ないところでも、話題に出さない辺りかなり徹底している。これ以上この話題を広げるなという合図だと察し、俺も話を変えた。

 

「んじゃあれだ。メルト辺りに教えてもらえよ」

 

「メルト?」

 

「知らねーの? あいつ楽曲も出しているだろ」

 

「ああ、そうか。ソニミュはそっち系も強いからな。流石は大手だ」

 

「ま、その分大手は管理キツくて大変だって聞くけどな。しかし、あいつ確かモデルもやってたよな? 演技もそれなり見られるものになってきたし、楽曲もとなると何気に器用だよな」

 

 俺の言葉に、アクアは小馬鹿にしたように小さく鼻を鳴らした。

 

「何だよ」

 

「いいや。メルトは器用とはほど遠いだろ。あいつは俺と同じで完全に努力型だ。今回のドラマで中年役の演技にかなり苦戦してた。俺もアドバイスはしたけど、心構えについて話しただけであっさり修正できたのは、そうとう時間と努力を重ねたからだろうしな」

 

「え?」

 

「何だよ?」

 

「いや、メルトが中年役出来たのは俺の指導のおかげだろ?」

「……まあ、おかげと言えばそうなんだろうけど、アンタの指導は難解すぎて読み解くのにだいぶ苦労したらしいぞ。指導の仕方がメルトと真逆の直感型のせいで相性が悪かったってのもあるんだろうけど」

 

 思わず前のめりになる俺に、その分後ろに下がったアクアが言い、俺は思わず頭を抱えて項垂れた。

 

「マジかー」

 

「どんだけ自信あったんだ? ⋯⋯まあ仕方ないだろ。名選手名監督にあらずって奴だろ」

 

 アクアにしては珍しい優しさを感じる慰めに、けれど俺は顔を持ち上げることも出来ず、再度ため息を吐いた。

 

「なんでそんなショック受けてんの?」

 

「……何でって、割と自信あったし。それに将来のことを考えるとな」

 

「将来?」

 

「ああ。役者として、まだまだ演りたい役や共演したい役者、監督はたくさん居るけど、それはそれとして、その後のことも考えとかねーと。どうせ俺はこの世界でしか生きられそうにないしな」

 

 自分で言うのも何だが、普通の社会人適正が俺には一切ない。

 かといって役者も永遠に続けられるとは限らない。

 生涯現役を唱う大御所役者もいるが、それはいつまで経っても人に呼ばれるくらいの実力や人気、何より健康な体があればこそ。

 極端なことを言えば事故にあって手足に障害でも残れば一気に仕事はなくなるだろう。

 

 かといってしっかり貯金して将来に備えるのもキャラじゃない。

 基本的に俺は良くも悪くも享楽主義で、その場その場で楽しくやれたらそれでいいと考えるタイプだし、そんな自分を変える気もない。

 そう考えると、役者以外でも食いっぱぐれがないくらいの稼ぎを出せる副業はあった方が良い。

 そして役者以外で俺に出来る、いや、やりたいと思える仕事は一つだけだ。

 

「その言い方だと、演出辺りか」

 

「正解。幸い俺はオッサン──金田一さんにも可愛がられるからな。ちゃんと弟子入りすりゃ演出のイロハくらい教えてくれるだろうけど、才能があるならそれに越したことはないからな」

 

 ため息を吐きそうになるが、暗くなりすぎるのも良くないと意識を切り替える。これも俺の得意技の一つだ。

 

「ま、嘆いても仕方ない。免許の勉強を続けて、合間時間を活かすやり方も学んだし、そっちもぼちぼちやってくさ」

 

 もっとも、免許自体はまだ取れていないのだが。

 とりあえず、学科試験の勉強を継続していることで苦手だった活字を読むことに関しては克服しつつある。

 

「⋯⋯ずいぶんやる気だな」

 

 アンタらしくない。と言いたげだが、俺がそう考えた理由は他でもない、アクアだ。

 こいつが監督としてかなり良いモノを撮っていると耳にして、それを確かめるために現場に出向いた。

 先ほどまでの撮影の様子と撮れた映像を見るに、アクアには監督としての才能があるんだろう。

 

 だからこそ、兄として俺も負けていられないと思ったのだ。

 もちろんそれだけが理由ではないのだが⋯⋯

 

「ま、俺も二十歳すぎて色々先のことを考える必要が出てきたってことだ。オッサンもいい歳だし動けなくなる前にいろいろ教わっとかねーとな」

 

 金田一さんももう五十後半。

 平均寿命の伸びた現代ではまだまだ現役だが、人間なんて、いつなにが起こるか分からないのは、俺やこいつが一番よく分かっている。

 

 だからこそ、色々世話になっているあの人が元気なうちに恩返しをしてやりたい。

 役者以外で俺に出来ることと言えば、あの人が人生を掛けて作り上げた劇団ララライを継いでやることぐらいだ。

 

 正直に言うのもなんとなく気恥ずかしいので適当な理由を口にすると、アクアは薄く笑みを浮かべた。

 だがそれは、どこか寂しげな自嘲めいた笑みだった。

 

「……羨ましいな」

「羨ましい?」

 

 訝しむ俺にアクアははっと我に返ったように手を振った。

 

「いや、最近そういう、これから先どうするか。みたいな話をよく聞いたからさ」

 

 お前がその筆頭だろうと思いつつも口にはしない。

 もしかするとアクアは監督にはさほど興味がない、というかもっと他の、別にやりたいことがあるのかもしれないと思ったからだ。

 それでも周りへの恩義や責任感から言い出せずにいるのだとしたら──

 

「⋯⋯じゃあ、お前も色々やって見たらどうだ?」

 

 恩義を返しながら、やりたいことをやるだけの時間も才能もアクアにはある。

 

「え?」

 

「まだ十七なんだ。ミスっても何回だってやり直せるだろ。兄貴……分として、俺も協力してやるよ」

 

 兄と名乗るのは不味くてもこれなら良いだろう。ニヤリと笑って告げると、少しの間、呆然と俺を見ていたアクアは直に小さく鼻を鳴らした。

 

「免許試験に何度も落ちてる奴が言うと説得力が違うな」

「それ今関係ねーだろ」

 

 鋭いが事実だけに苦笑するしかない。

 アクアも同じように苦笑を返したが、それが本音を隠すための誤魔化しだということぐらいは俺でも分かった。

 

 

   ☆

 

 

 突然やってきて言いたいことだけ言った姫川は、最後まで見届けることなく、次の仕事があると去っていった。

 そのおかげもあり、撮影はスムーズに進み、いよいよ最後のカットを残すだけとなった。

 カメラから送られてきた画面の中で、元祖B小町の面々が円陣を組み、中心に向かって差し出した手にカメラが寄っていく。

 

『B小町~』

 

 全員声を揃わせながら腕を沈め──

 

『ファイトー!』

 

 力強い声と共に解放され、勢い良く腕が持ち上がる。

 同時に浮かび上がったカメラがゆっくりとパンしていく。

 これから始まるドーム公演への期待に胸を膨らませているメンバー一人一人の顔が写り、アイのところで止まる。

 

『さぁ、みんな。行こう!』

 

 星のような瞳を更に強く輝かせたアイの言葉に、皆も同じように瞳を輝かせて頷き返し、少女たちは夢の舞台に向かって駆け出していった。

 

 もちろん、実際の彼女たちとはメンバーも違うし、そもそもドーム公演自体中止になったのだから、この光景はアイが見ている夢という設定だ。

 アイドル物の作品ではお約束の展開であることも併せて、場合によっては陳腐な絵面になりかねないこのシーン。

 

 だが、画面に映っているアイ。いや、アイを演じるあかねの恐ろしいまでの説得力が、手垢の付いたお約束を王道へと引き上げる。

 他のメンバーもそんな彼女に引っ張られるように、説得力のある演技を見せていた。

 

「⋯⋯はいカット! 映像チェックしまーす」

 

 役者たちに声を掛けた助監はそのままこちらに目を向け、指示を仰ぐ。

 チェックと言ってはいるが、その表情は最初から答えを確信しているかのようだ。

 そして、それは俺も同意見だった。

 無言のまま頷くと、助監も笑って頷き返し、マイクに向かって声を張り上げた。

 

「はいオッケーです! これで今日の撮影はラストになりまーす!」

 

 撮影終了と同時に、俺も座っていたイスから立ち上がった。

 

「花の用意をお願いします」

 

 追加メンバーである三人は、このシーンでオールアップ。

 現場の慣例として撮影が終わった役者には、花束を渡すことになっている。友情出演とはいえ、それは変わらない。

 その花束を渡すのも監督の仕事だ。

 

「はい。こちらです」

 

 全員分の花束を入れたカゴをスタッフが持ってきたので一応中身を確認する。

 渡す花束の種類やサイズは役によって変わるが三人に関して言えば役柄は同一。

 当然花束も同じ物で揃えるはずだが、タレントとして最上級の格を持っている不知火に妙な気遣いをして特別扱いされていたら困る。

 

 俺が昨日ゆきたちに告げたような身内での冗談ですら、正直口にした時は冷や冷やものだったくらいなのだから。

 衆目の前でそんな真似をしたら、彼女たちの友情にヒビが入りかねない。

 そう思いながらカゴの中を覗き込んた瞬間、俺は眉を持ち上げた。

 白を基調とした花束の中に一つだけ青を基調としたものが混ざっていたからだ。

 

「この花束用意したのは? 全部同じやつにしたはずですけど……」

 

 思わず舌を打ちそうになる自分を押さえ込み、スタッフに詰問すると若い助監がひょいと顔を覗かせ、そのまま俺の下に近づいてきた。

 撮影方法変更を決めた際、スタッフの説得を申し出て来た助監だ。

 世話になったこともあって一瞬怯むが、流石にこれを捨ておくことは出来ないと、文句を言おうとするがその前に彼はカゴの中から色の違う花束だけ抜き取った。

 

「よく見てくださいよ」

 

 そう言われて、改めてカゴの中を見る。

 密集していて気づかなかったが、カゴの中に残っている白を基調とした花束の数は三つ。

 つまり用意されていた花束は、抜き取られた青の花束と合わせて、最初から四つだったことになる。

 

 しかし、今日の撮影で出番が終わりなのは三人だけ。あかねはもちろん、ルビーたち初期メンバーの三人もまだ撮影は残っていたはずだ。

 ならこの青い花束はいったい──

 

「アクアさん、オールアップです!」

 

 助監の声に他のスタッフたちも一斉に拍手を鳴らす。

 差し出された花束を前に、俺は呆気に取られ、目を見開いた。

 何故なら。

 

「⋯⋯いや、俺まだ撮影残ってますけど」

 

 そう。俺の撮影はまだ終わっていない。

 いや、ある意味で終了してはいるのだが……

 まさか、あの件がまだ伝わっていないのか。

 慌てて訂正しようとする俺に、助監はニヤリと笑い、もう一度声を張り上げた。

 

「アクア()()。オールアップです」

 

 監督部分を強調されれば、流石に彼らの意図は理解する。

 これは役者の星野アクアではなく、監督としての星野アクアへの贈り物ということだ。

 

 確かに役者だけでなく、全ての撮影が終わった監督やプロデューサーに花束を贈る場合もあるが、それは本来総監督に贈られるべきもの。

 全体から見れば、ほんの数分程度しか担当していない俺の分まで用意してくれるとは思わなかった。

 

「あ。安心して下さい。役者としてのアクアさんの分は別で用意しますから」

 

 いつまでも花束を受け取らない俺に何か勘違いしたのか、悪戯っぽい笑みを見せて、再度花束を差し出してくる。

 

「……ありがとうございます」

 

 受け取った直後、再び拍手が鳴り響く。

 

「では、監督。一言お願いします」

 

 俺の前に立っていた助監は、花束を渡して空いた手をマイクのように口元へ持って来る。

 花束を受け取った者が、最後に一言挨拶するのも慣例の一つだ。

 

「最初に。この三日間みなさんには大変ご迷惑をお掛けしました」

 

 カントクの仕事を傍で見ていたとはいえ、見るのとやるのでは勝手が違い、スタッフには色々迷惑を掛けた。

 何よりも初日の撮影を全て無かったことにして、撮影方法を変更した二日目に関しては、夜中まで準備をしてくれたスタッフに最も迷惑を掛けた。

 だからこそ、一番最初に謝罪から入って深く頭を下げる。

 

「そうだそうだ」

「堅いよー。監督」

「真面目か!」

「上にボーナス付けるように言っといてよ」

 

 様々なヤジや合いの手が入るが、どれも冗談めかしたもので本気で言っている様子はない。

 もちろん俺に気を使ってくれているのもあるだろうが、何より彼らはプロの撮影スタッフだ。

 彼らのようなタイプは、本当に良い物が撮れたら、どんな苦労もそれでチャラになると本気で考えている。

 そんなスタッフにこそ、伝えなくてはならない。と一度頭を上げて、全員を見回してから告げる。

 

「ですが。みなさんと役者のおかげで、想定以上のモノが撮れました。このシーンは間違いなく、このドラマにとって欠かすことの出来ない必須シーンになったと自負しています。本当に、ありがとうございました」

 

 再び頭を下げると三度、拍手の雨が降る。

 それを十分に浴びてから、俺は勢い良く頭を上げた。

 

「さて、俺の話はここまで。というか、先に花束を贈るべきなのは役者ですから。これはちょっと持ってて下さい」

 

 助監に花束を押しつけ、代わりにカゴの中を指差した。

 

「切り替え早!」

「可愛げねーなー」

「ねー。涙の一つも流してくれれば良いのに」

 

 茶化すスタッフを無視して、俺はカゴの中から白い花束を一つ手に取ると役者が待機したままのステージに向かって歩き出した。

 

 

「あ、そうだ。監督」

 

 ステージに向かう道すがら、片手に俺が預けた花束、そしてもう片方に残る二つの花束が入ったカゴを持って付いてきた若い助監が、声をかけてくる。

 

「?」

 

 首だけ振り返った俺に、彼はさっきと同じ悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 

「さっきの挨拶。一個だけ間違ってましたよ」

「間違い?」

 

「ええ。確かに良い画が撮れたのは、役者さんと俺たちスタッフの力もありますけど……。一番は監督の手腕ですよ」

 

 両手が塞がっているからか顎をクイと持ち上げて俺を指す助監に、俺は小さく鼻を鳴らす。

 

「……それはどうも。でも、リップサービスしてくれなくても貸しがあることは忘れてませんよ」

 

「またそういうこと言うー。マジですって、あ。でも貸しのことは忘れないで下さいね。映画監督やる時はちゃんと呼んで下さいよ」

 

「⋯⋯いつの話になるか分かりませんけど、覚えときます」

 

 冗談で流しながら、昨日の不知火との会話を思い出す。

 高校生監督のネームバリューに鏑木Pが目を付けないはずがない。という話だ。

 その鏑木Pによって集められたスタッフからもそう言われると、なおさら信憑性が増していく。

 

 だが、実際のところはどうだろう。

 彼はこう言ってくれているが、俺に監督の才能があるのか、正直分からない。

 実力の伴わない素人監督にごり押しで作られた作品なんて大抵の場合酷評されるか、それすらなく全く注目も集めず消えていくかのどっちかだ。

 それで業界内で悪目立ちをして後々の仕事に響くくらいなら最初から──

 

(言い訳だな⋯⋯)

 

 断る言い訳を考えている自分に気づいて自嘲する。

 さっき姫川から力になると言われた際もそうだ。

 真剣に言っているのを理解しつつ、俺は茶化して無理やり話を終わらせてしまった。

 

 このドラマの撮影も、もうすぐ終わる。

 まだいくつか問題は残っているが、それでもこれで節目を迎え、周囲のみんなは次の仕事や夢に向かって動き出すことになる。

 いや、みんなだけではない。俺だってそうだ。

 

 映画監督の件はともかくとして、今の俺はちゃんと前を向いている。

 それは仕事のことだけじゃない。

 今まで意図的に距離を開けていた仕事仲間や友人とも、なるべく素直に接するようにしている。

 ルビーやミヤコさんとも、本当の家族としてちゃんと向き合うようになった。

 

 何よりも、本当に心の底から愛する人が出来た。

 だからこそ、彼女と一緒に過ごす、これからのこともちゃんと考えている。

 これだけでも、復讐に囚われ続けていた過去と比べたら、十分前へと進んでいる。……そのはずだ。

 

 だけど、どうしてだろう。

 頭ではそう思っていても、常に後ろから小さな子供の影と、責めるような視線を感じるのは。

 

(……大丈夫。俺は前に進んでる。最終日の撮影で、それを証明してみせる)

 

 手に力を入れると持った花束を握りしめてしまうため、代わりに唇を噛みしめ、同時に踏み出す足にも力を込めて歩調を速めた。




編のラストにしてはスッキリしませんでしたが、最後に向けて必要なことなのでご容赦ください
次が最終章ですが、その前に幕間として撮影終了後の皆で海に遊びに行くパートを何話か挟んでから最終章に入ります
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。