【完結】推しの子if ~あかねちゃんと一緒にアクアを救おうルート~ 作:日ノ川
GPSアプリを起動したスマホを片手に全力で走る。
日暮れ前だというのに、徐々に人の姿が見えなくなっているのは、単純にこの場所が用事がなければ人が寄りつくことの無い奥まった所にあるからだ。
地図上で確認した時から分かっていたことだが、実際に目の当たりにすると焦りと共に恐怖が湧き上がる。
「クソ!」
位置情報を示す点は、未だ消えたままだ。
ずっと付けたままにしているため、電池が切れた可能性もあるが、いくら何でもタイミングが良すぎる。
電話もしてみたが、コールはするが出なかった。
あかねの身に何か有ったのではないかと、俺は待機を命じられていた自宅を飛び出し、信号が途切れた場所を目指した。
都心部にある繁華街から、少し外れた位置にある公園。
そこが信号が途切れた場所だ。
飛び込むように公園の中に入り、中を見回す。
遊具は一つもなく、幾つかベンチが置かれているだけで、公園というより広場に近い。
そのベンチを利用している者もほとんどいない。
公園内に居るのはたった一人。
俺が入った入り口から最も遠い、一番奥まった場所にあるベンチに腰掛け、本を読んでいる女性だけ。
変装用の帽子とメガネを掛けてはいるが、彼女の姿を見間違うはずがない。
黒川あかね。
かつて番組の共演をキッカケに出会い、その後ビジネスカップルとして、交際を続けていた。
俺にとっては、復讐相手を捜す上で役立つという打算込みの付き合い。
だから復讐相手が見つかったと思いこみ、心残りだった前世の死体も見つけてくれた時点で、偽りの関係を続けている意味はなくなったはずだった。
それでも俺は、誰にも言えなかった気持ちを理解してくれて、抱えている物を一緒に背負い、寄り添いたいと言ってくれた彼女を手放したくないと思ってしまった。
その気持ちを改めて告白して、今度は偽物じゃなく、ただの男女として付き合っていきたいと思った。思ってしまった。
けど、僕の復讐は終わっていなかった。
こうしてまた彼女を復讐のために利用している。
本当に最低な男だ。
自嘲と共に汗を拭う。
あかねはこちらに気づくことなく、本を読み続けている。
あのサイズだと恐らく劇かドラマの台本だろう。
いつものように練習に集中しすぎた結果、スマホの着信にも気づかず、そこにGPSが途切れた偶然が重なった。といったところか。
安堵と共に胸を撫で下ろし、さっさと退散することにした。
こんな人通りの少ない場所だ。偶然通りかかったと言っても信じてもらえるはずがない。
下手に言い訳するより、気付かれる前に立ち去るのが無難。とそこまで考えて、端と気づく。
だったらなぜ、あかねはこんな場所で本読みをしているのか。
真面目なあかねが繁華街に来ているのがそもそもおかしい。
いったい、どうして──
「カミキヒカルが死んだの、この近くなんだって」
唐突に聞こえた声に、顔を持ち上げる。
読んでいた台本を膝の上に置いたあかねが、まっすぐこちらを見ていた。
言葉の内容と、俺を見ても全く驚いていない様子に、一つの結論を導き出す。
あかねは俺がGPSを付けたことに気づいている。
その上で、わざと俺がここに来るように誘導した。
諦めの息と共にあかねへ近づき、会話が出来る程度の距離まで近づいたところで足を止める。
ベンチは三人掛けなので、隣に座るスペースは空いているが、今の状況ではとても座れない。
「この近くでお酒を飲んでて、その帰りに襲われた。って感じみたいだね。出来れば飲んでいたお店まで突き止めたかったんだけど、場所までは特定できなかったよ。秘匿性の高い会員制バーとかかな。現地までくれば何かわかるかもって思ったけど──」
「あかね。なんのつもりだ?」
ペラペラと自分がここにいる理由を語るあかねを強い口調で遮る。
彼女は慌てた様子も見せず、ただ笑みを深めた。
「なにって。アクアくんが望んだことでしょ? カミキヒカルの行動パターンを探って、DNA鑑定に使えそうなものを探す。まあ、バーにはいろんな人が来るんだから特定の個人の物は見つけられないかもしれないけど。店の人が事件のことを知ったら、なにか残しているかもしれないよね」
確かにその通りだ。
復讐を続けると決めた以上、まず何より調べなくてはならないのは、カミキヒカルが本当に復讐相手、あの大学生を唆しアイを殺させた犯人なのかどうか。
犯人が父親である可能性が高い以上、カミキヒカルと俺とのDNA鑑定は必要不可欠。
そうしたものを手に入れるには事務所や自宅の方が確実なのだが、そちらは未だ警察やマスコミが張り付いているため、他のアプローチ──行きつけの店などを探すしかない。
情報を撒けば、あかねならきっと探し出してくれるだろう。と俺の部屋に招いた上でわざと一人の時間を作らせ、髪の毛を採取させた。
彼女の性格上一人で動くと見越して、GPSを逐一チェックしていたからこそ、信号消失にもいち早く気づけたのだ。
(それを逆手に取られたか)
ちらりと、ベンチ脇に置かれたポーチを見る。
GPSを内蔵させた猫のぬいぐるみはその中に入っているらしく、鍵部分だけがポーチの口から不自然に飛び出していた。
「このポーチね。内側が電波を遮断する素材なんだ。本当は取り出して中身を壊そうかとも思ったけど、アクアくんがプレゼントしてくれたものだから、壊すのはちょっとね」
「……いつから気づいてた?」
「ついこの間だよ。アクアくんが私を利用してカミキヒカルと自分の親子関係を調べさせようとしているのは分かった。でもアクアくんはきっと私がカミキヒカルの関係者と直接接触させるようなことはしないだろうなって」
「だから、俺がお前の行動を把握できるものを仕込んでいるはずだって?」
「うん。それでいろいろ調べてみたら、ね。こっちも聞かせてよ。いつから付けてたの?」
「……今ガチが終わってしばらくした頃だ。あかねが何か情報を掴んで、犯人と接触した時に足取りを追えるようにな」
一度言葉を切り、深く頭を下げる。
「今更こんなこと言っても許してもらえるとは思ってないけど、本当にすまなかった。幻滅したろ?」
「まぁ、正直ね。これは許されることじゃないよ。私はアクアくんのペットでもモノでもない一人の人間なんだよ?」
正論だ。しかし完全に俺のためというわけでもない。
「……分かってる。でもお前はきっと、俺の父親の情報を掴んだら、自分だけで片づけようとしただろ? だから、気づかれないように足取りを追えるようにしておきたかった」
東京ブレイドの舞台稽古中にパニックを起こした時、半ば自棄になり、突き放す意味で俺が役者を続けている目的を話した。
俺たちの父親を捜し、殺すことだと。
それを聞いて驚くでも軽蔑したり引いたりするでもなく、淡々と一緒に殺してあげると言い放った女だ。
当時はあくまでビジネス上の付き合いだったにも関わらず。
あかねとしては今ガチの撮影時、自殺しかけた自分を救ってくれた恩義に報いようとしたのかもしれないが、それにしたってマトモな思考ではない。
「私も信用無いんだなぁ。でも、うん。確かにそうかもね。私はアクアくんを救いたい。アクアくんが復讐を忘れて幸せになってくれるなら、そういう手段に出たかもしれない」
やっぱりな。
「悪いが、俺は復讐を止められない。カミキヒカルが死んでも、いや、死んだからこそ。何も出来なかった自分自身を僕は許せない。足を止める気はない」
「……そっか。そうだよね」
完全にではないが、理解はしてくれたようだ。
なら、次に言わなくてはならないことは決まっている。
「だからあかね。……やっぱり俺たち、別れよう」
「どうして?」
「どうしてって。あかねだって気持ち悪いだろ。発信機付けて行動を監視してくる奴なんて。もちろんタグは外す、もうお前のプライベートを侵すこともしない。だから──」
「うん。確かに一方的に私のプライベートだけ侵されるのは変だよね。だから、はい」
俺の台詞を遮ったあかねがポーチを開き、中から人形を二つ取り出した。
一つは俺があかねにあげた物、もう一つはそれと色違いの猫のぬいぐるみだ。
「それ」
「もちろん中に入ってるよ。私のと同じ奴」
はい。と無理矢理手渡される。
受け取ったぬいぐるみの膨れた腹を押し込むと、確かに硬いモノが入っていた。
「どういうつもりだ?」
「だって、私一人が一方的に行動把握されてるなら監視だけど、お互いが承知の上で居場所を把握してるなら、ただ束縛が強い恋人同士でしょ? なんか結構居るんだってね。お互い位置情報確認のアプリを入れてる恋人同士」
「だから! あかねがそんなことする必要はない。これは俺の復讐だ。お前を付き合わせる気はない」
あかねの性格上、正直に復讐を続けると言って手伝いを頼んだら、どんな協力でもしてくれるのは分かっていた。
しかし、今考えている復讐を完遂した場合、俺はもう表舞台に立つことは出来なくなる。
それは構わない。
覚悟は出来ている。
だが、あかねは違う。彼女には才能も、未来もある。
あかねには俺の共犯者ではなく、何も知らないまま利用された被害者でいてもらわなくてはならない。
「傲慢だね。でも、それは私も同じかな」
「え?」
「アクアくんがどんな復讐をしようとしているのかは分からないけど、きっとそれを手伝うと私の女優としての将来に傷が付くって思ってるんだよね」
「……ああ」
隠していても意味がないと頷くと、あかねはやっぱり。と呟いて小さく微笑んだ。
「アクアくんが私の将来を心配して、巻き込みたくないって思ってくれたように、私は復讐を止めることがアクアくんのためになると思ってた。アクアくんが本当は復讐したくないんじゃないかって思ったから」
子供の僕の幻影が言っていた言葉が蘇る。
本当は気づけたはずなのに、目を逸らしていた。
だから、先を越された。
内心では復讐を忘れて、星野アクアとして幸せに生きていきたいと思っていたからだと。
もうそんな甘いことは考えない。
何より、一刻も早く復讐を進めないと、俺だけじゃなくルビーがどう出るか分からない。
今は俺が雨宮吾郎だったと知ってベタベタと甘えているが、今後裁判の内容次第で、またルビーが曇ってしまうかもしれない。
それだけはダメだ。
ルビーには復讐なんて考えず夢に向かってまっすぐ進んでほしい。
だからこそ、復讐を止めることはできない。
「だけどそれが傲慢だった。一緒に背負うって言ったのは私なのに、私自身、一人で背負うつもりだった。やっぱりそれはおかしいことだって分かった。だから、今度こそ一緒に背負いたい。復讐するなら私も一緒にする」
「そんなことしたら、もう芸能界には居られなくなるぞ」
「お芝居なんてどこでだってできるよ。プロダクションとか劇団に所属してないといけない訳じゃないし」
あかねにとって一番重要であろう芝居の部分を突いても揺らがない。
それなら。
「……下手をすれば、お前の家族もバッシングを受けるかもしれない」
「嫌なところ突くなー。でも、大丈夫。そもそもうちの家族ってネットに詳しくないから、いざという時は私がわざと失言とかして炎上すれば矛先は私だけに向くんじゃないかな」
「お前なぁ」
「大丈夫だよ。あの時と違って、私には心配してくれる友達がいるって分かっているし、それに。その時はアクアくんも一緒なんだから」
でしょ?
自信たっぷりに言われてしまう。
ダメだ。
一番大事な仕事と、一番大切な家族。
その二つを引き合いに出しても引かないなら、もう何を言っても無駄だ。
「……はぁ」
渋面を作りつつも何も言えない俺を見て、あかねはにんまりと笑った。
「やっと分かってくれた?」
「ああ。お前がマトモじゃないのは、よく分かったよ」
「前にも言ったでしょ。それに、私だって何の見返りも求めずにこんなことするわけじゃないよ」
「カレシの責務って奴か。今度はなんだ? また有馬と勝負でもしたいのか?」
「かなちゃんとはまた勝負したいけど。今度のはアクアくんにしか出来ないこと」
「俺にしか?」
「そうだよ。何もかも解決した後にさ」
一度言葉を切ったあかねはベンチから立ち上がってて、俺と向き合う。
「またパフェを食べに行こ」
「パフェ?」
「そうだよ。おいしいものを食べたり、また旅行に行ったり、一緒に。この先もずっと──」
目を伏せて、祈るようにキーホルダーを握りしめる。
「ずっと、か」
「うん、ずっと。それは君にしかできないでしょ?」
顔を持ち上げた瞬間、今日一番の笑顔で微笑まれる。
ああ。
まったく。
完敗だ。
「……分かったよ、あかね。ずっと一緒に居よう。だから、今は俺を手伝ってくれ」
あかねと同じように、渡されたキーホルダーを握りしめる。
違うのは俺はそれを片手だけで握っていること。
空いているもう片方の手を差し出すと、あかねはその手を見て、目を丸くした。
「なんだよ」
「ううん。アクアくんに面と向かって頼りにされたのって初めてだなって」
「そうだっけ?」
「うん! 私も何かあったら頼りにするから、これからは恋人兼共犯者としてよろしくね、アクアくん」
弾むような笑顔と共に手を握る。
俺よりずっと小さな手。
あかねの将来を考えれば、これが本当に正しいことだとは思えない。
けれど、初めて出来た共犯者の手は信じられないほど頼もしく、真っ暗な夜を照らす月のように、俺の孤独を打ち消してくれた。
本編で復讐に巻き込まないようにしていたアクアがあっさり手伝ってもらうことを了承したり、あかねが復讐を肯定して手伝おうとしているのはカミキが既に死んでいてどんな復讐をするにしても最悪殺人にはならないと分かっているからです