【完結】推しの子if ~あかねちゃんと一緒にアクアを救おうルート~   作:日ノ川

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少し遅れました
登場人物が増えるとどうしても長くなってしまいます


第80話 夏休み・海遊び

 全員が着替えも済ませてから、俺たちはいくつかのグループに分かれて行動を始めた。

 

 早速、海に泳ぎに行くグループ。

 海までは入らず砂浜でハシャいでるグループ。

 遊ぶことなく、ビーチチェアに座って酒を飲み始める者。

 ウエットスーツとシュノーケルを完備してダイビングに興じる者。

 

 そして──

 パラソルの下に待機してぼーっと海を眺めている者──星野アクアの下に、俺はクーラーボックスに入れられていた飲み物を持参して声をかけた。

 

「ほら」

「ん? ああ、ケンゴ。悪いな」

 

 差し出された飲み物を受け取ったアクアは礼を言いつつもすぐに飲むことはせず、横に置いて再び海に視線を戻した。

 誰か──恋人のあかね辺りの水着姿に見惚れているのかと思ったが、そういうわけでもないらしく、表情はなく視線も虚ろだ。

 

(随分と疲れてるな)

 

 撮影は無事に終わったそうだが、初めて監督という責任ある立場で仕事をしたことで精神的疲労でも溜まっているのだろうか。

 そんなことを考えながら、俺もアクアの横に座ると、初めてアクアの意識がこちらに向いた。

 

「遊ばないのか?」

「んー。あのハシャギっぷりに着いていくのはねぇ」

 

「は。MEMが聞いたら泣くぞ」

 

「いやいや。年齢のことじゃなくて性格的にな」

 

「まあ、そういうことにしておくよ。……そう言えばカノジョは連れてこなかったんだな」

 

 さらりと話題を変えられる。

 打ち上げに誘われた際、付き合っている恋人を連れてきても良いと言われてはいたが、流石に連れてくるのは憚られた。

 そもそも俺自身ドラマにクレジットされているとはいえ、歌の監修という殆ど出番の無かった立場なことも含め(ノブのダンス監修は練習時間も含むと、かなり拘束時間の長い重要な仕事だった)この場に呼ばれたこと自体、若干気後れしている。

 皆のようにハシャげないのはそれも理由だ。そんな中で、より無関係な恋人を連れて来られるはずもない。

 なにより。

 

「流石にこの芸能人だらけの場所に連れてくるのは酷だろ。前にも言ったけど業界とは無関係の完全な一般人だからな」

 

「……まあ、そんなもんか」

 

 首を後ろに傾けながら、深く息を吐く。

 そのため息が想像以上に大きいのは、今の会話とは関係なく、やはり疲れが一番の理由だろう。

 こんなに疲れているのなら下手に構わず、しばらく一人きりにさせてやった方が良いのかもしれない。

 そんなことを漠然と考えつつ、腰を浮かしかけたところで、少し離れた位置からこっちに走ってくる人影が見えた。

 

「おうアクア。なに初っぱなから休んでんだよ。俺たちも遊びに行こうぜ」

 

 休ませてやろうとした矢先に、アクアを誘いに来たのは鳴嶋メルト。

 俳優やモデルだけでなく、楽曲も出しているマルチタレントだ。

 

 もっとも楽曲の方は俺とは系統の違う、どちらかというとアクアの妹のような歌って踊るアイドル路線のため、そちらの方面で話が合いそうにはない。

 実際道中の車内でも、こちらと絡むことは殆どなく、俳優の姫川大輝とばかり話していた。

 

(アクアとは仲良いのか)

 

 確か東ブレの舞台でも共演していたはずなので不思議はないが、キャラ的にはアクアとも合わなそうに見えるので少し驚いた。

 

「俺はいい」

 

 案の定そっけなく返されるが、鳴嶋は特に気にした様子もなく続ける。

 

「えー。せっかくの海だぞ? 女子連中は固まってるから混ぜて貰いづらいしさー」

 

 鼻から息を抜いて、分かりやすく不満げに唇を尖らせた鳴嶋が見た先に俺も目を向けると、バラバラに遊んでいた女性陣がいつの間にか集合し、波打ち際でハシャいでいる光景が映った。

 確かにあの中に割って入っていくのは中々勇気が要りそうだ。

 

「じゃあ、姫川さんとカントクの所にでも行けよ」

「あの二人、早々に酒飲みだしたからダメだ。つーか帰りどうする気なんだろ? もしかして、えーっと」

 

 鳴嶋の視線が俺に向く。

 ちょっと考えるような間は名前を思い出せないのか。

 

「俺も免許は持ってるけど流石にあんなでかい車の運転はちょっとねえ。代行でも頼むんじゃないの?」

 

「良い勘してるなケンゴ。そっちはもう手配済みだとさ。だからメルトも安心して遊んでこい」

 

 さりげなく俺の名前も呼んだのは鳴嶋に名前を思い出させる意味もあるのだろう。

 追い立てるように手を振るアクアだが、鳴嶋は諦めない。

 

「だから相手がいねーんだっての」

「俺もケンゴもアウトドアには向いてねーんだよ。ノブは?」

 

「俺ならここ。つーか、俺たちだけで遊んでもしゃーないってんで、二人を呼びに来たんだよ」

 

 突如アクアの背後からノブが顔を覗かせる。

 俺と同じくクーラーボックスに寄ってからきたらしく、手にはスポドリが握られていた。

 

「そういうこと。ほら、休むのなんて後でも出来るだろ」

 

「陽キャ同士は馴染むの早いな。……ハァ」

 

 やれやれと言いたげに頭を掻いたアクアの視線がこちらに動く。

 どうやらお互い逃げられそうにない。と同じく笑みを返して俺も立ち上がった。

 

「さて! 何するか」

「泳ぎに行くか。それとも砂浜でビーチボールでもするか」

 

 そんな俺たちを満足げに見やりながら、鳴嶋とノブは意気揚々と声を張り上げる。確かにコイツらは相性が良さそうだ。

 

「おっ、それ良いな。んじゃアクア、俺と組もーぜ」

 

 屈託なく笑いながら言う鳴嶋に向かって、アクアは再度深い息を吐いた。

 

「疲れてるって言ってんだろ。もっとこう、大人しい。ああ、スイカ割りとかいいんじゃないか? 確か持ってきてたろ?」

 

「カントクが用意した奴な。しかし、今どき海来てスイカ割りって。オッサン臭くねーか?」

 

「⋯⋯オッサン」

 

 別に自分が言われた訳でもないだろうに何故かショックを受けるアクアだが、やがてそのショックを振り切るように肩に回された手をはじき落とす。

 そんな態度を取られても鳴嶋は特に気にした様子もない。

 

「仲良いな二人とも」

 

「そりゃまー、俺たちはなんだかんだでもう三作品も共演してるしな」

 

 へへっと明るい笑う鳴嶋は実に嬉しそうで、それが演技やおべっかでは無いと確信できた。

 

「へー。ま、何にせよ俺は嬉しいよ。アッくんにも同い年の友達が居たってのは」

 

 腕組をしたまま頷くノブは、何故か満足げだ。

 

「何目線だよ」

「ははは。アクア友達少なそーだもんな」

 

 思わず口を突いた言葉に、それまでぐったり項垂れていたアクアが勢いよく顔を上げ、俺を睨みつける。

 

「いや同じクラスに普通にいるから。俺が仕事してるせいでなかなか時間合わないだけで、学校では普通に話してるし、飯も一緒に食ってっから」

「めちゃくちゃ早口」

 

 時に俺より大人びて見えるアクアらしくない幼い態度に、再び突っ込んでしまう。

 

「ま。そういうことなら一番仲が良い親友として、俺がいつでも遊んでやるから、プライベートでもどんどん連絡くれよな」

 

 詰められている俺に助け舟を出したわけではないだろうが、鳴嶋が自分の胸を叩いて言い、アクアは露骨と言っていいくらい嫌そうに顔を歪める。

 そんな遠慮のないやりとりを、今度は口に出さないように気を付けつつ、微笑ましく見守った。

 

「いや、ちょっと待てよ」

 

 ノブも同じ気持ちだろうとチラリと視線を送るが、ノブは何故か眉を持ち上げ二人の間に割って入った。

 

「ん?」

 

「一番仲良いってのはちょっと違うな」

 

「何で? 黒川はカノジョだし、有馬も親友とは違うだろ?」

 

「いや、そっちじゃなくて。俺」

 

 自身満々な様子で親指で自分を示して宣言する。

 

「ん?」

 

「アッくんと一番仲良い親友はどう考えても俺だから」

 

「いやいや。それはどうよ? さっきも言ったけど俺はもうアクアと三作品共演してっから。そっちはあれだろ? 恋リアだけじゃん?」

 

「今、延長戦もやってるし、今回のドラマだって共演と言えば共演だろ。俺ら三人でダンスの振りや撮り方とか考えたし」

 

「延長戦は同じ番組みたいなもんだろ。プライベートではどうなんだよ?」

 

「……あれだ! 一緒に焼き肉食いに行ったよな!? メッさんの奢りで」

 

「打ち上げだろ。それ入れて良いなら俺だって東ブレの舞台で何度も打ち上げ行ってるっての」

 

 ギャーギャー言い合う二人を前に、俺たちは自然と目を合わせた。

 

「……止めた方良くね?」

「俺にその元気があるように見えるか? 年上としてケンゴが頼む」

 

「こんな時だけ年上扱いしやがって。いや年齢なら⋯⋯」

 

 もっと適任がいるはず。と続ける前に、背後から声が掛かった。

 

「何やってんだお前ら」

 

 片手に缶ビールを握ったままやってきたのは、カントクと一緒に酒を飲んでいたはずの月九俳優、姫川大輝だった。

 正直、タレントとしての格が違いすぎて車内でもロクに話は出来なかったが、年齢もカントクを除けば最年長だし、鳴嶋とは仲が良い先輩俳優だ。

 彼ならきっとこの場を上手く諌めてくれるに違いない。と俺は無言になって気配を消す。

 

「姫川さん! ちょうど良いところに。俺とアクア仲良いっつーか、もう親友ですよね?」

 

 狙い通り鳴嶋は姫川さんに声を掛けに行ったがここで誤算が一つ。

 

「ズルっ! んじゃ俺は……ケンゴ!」

 

 気配を消していた俺の肩をノブが掴んできた。

 

「こっちに振んな」

 

「いや。お前ら本当に何言ってんだ? そんなの──」

 

 突然意味不明なことを言われても慌てた様子を見せないのは大人の余裕というやつか。

 姫川さんは淡々と告げながら、手にした缶ビールを一口煽る。

 そして。

 

「どう考えても一番は俺に決まってんだろ?」

 

「アンタも参加すんのかよ」

 

 気配を消すのも忘れて思わず突っ込んでしまう。

 

「当たり前だ。何しろ俺は──」

「もう良いから。それこそビーチバレーで決めたら?」

 

 姫川さんが何か言いかけたところで、ずっと黙っていたアクアが遮るように提案する。

 その言葉に全員が視線を合わせた後、ニヤリと笑い合った。

 

「よーし。んじゃ姫川さんと俺がチーム」

「じゃ、俺はケンゴとだな。行くぞ!」

「え? いや、俺は──」

 

 三人と違って親友の座に興味がない俺としては勝負に参加するより審判でもやる方が良い。

 そう続ける前に。

 

「なら俺は審判やるから」

 

「よーし。んじゃさっそくライン引こーぜ」

「おう。っとコイツは……飲み干しとくか」

「ケンゴも行くぞ。ほら」

 

「アクア、お前。一人だけ──」

 

 半ば無理やり引きずられていく俺に向かって、アクアは無言のまま、一瞬片目を伏せる。

 そのイタズラが成功した子供のようでありながら、非常に絵になるウインクを見て毒気が抜かれてしまう。

 

「ったく」

 

 諦めの息を吐きつつ、同時に高校の体育の授業以来となる、本気でやるスポーツに明日筋肉痛になる覚悟も決め、三人の後について行った。

 

 

 

   ☆

 

 

 

「なんか男どもがバカやってる」

 

 シュノーケルを外したフリルが、砂浜でハシャいでる男子連中に目を向ける。

 

 いつの間にか私たちは波打ち際から少し離れていた。

 まだ足の付く位置ではあるが、砂浜でビーチバレーに興じている男子連中からはそれなり距離がある。

 だが、この海水浴場は、みなみが以前グラビア撮影で使用したプライベートビーチもかくやと言うほど人が少ない場所で、殆ど貸し切り状態なことに加え、大分バカ騒ぎをしていたので、会話はここまで届いていた。

 

「こんなに綺麗どころが一杯いるのにアクアの取り合いってどうなの?」

 

 ゆきが不満げな声を出す。

 

「ま、アクアの顔はもうルッキズムの権化ばりに整っているし、気持ちは分からないでもない」

「あー」

 

 そんなゆきをフォローするようにフリルが発言すると、その場に居た全員が納得を示した。

 一人を除いて。

 

「えー。それを言うなら私もでしょ?」

 

 アクアと同じくアイの遺伝子を持って生まれただけにルビーの顔立ちもB小町どころか、現役アイドルの中でも抜きん出ているのは間違いない。

 だが。

 

「ルビーも可愛いよ。でもまだ色気がちょっとね」

「ぐはっ!」

「ま、アンタに色気は十年早いわね」

 

 胸を抑えて大げさにダメージを受けた真似をする様から見ても、大人の色気を語るのはまだまだ先になりそうだ。

 

「……私よりも子供体型の先輩にだけは言われたくないし」

「なんですって!? アンタらしつこいのよ! 何度も何度も」

 

 ぶーたれつつも吐き捨てるルビー。

 ここに来るまでの車内でもそうだったが、どうもこいつらは私に対して体型と子役時代のことを擦ればいいと思っている節がある。

 いい加減ガツンと言ってやろうと激昂する私を後ろから現れたあかねが押さえ込む。

 

「か、かなちゃん、落ち着いて。私はそうは思わないよ。かなちゃんはこう、可愛さだけじゃなくて、不思議な色気もあるっていうか」

 

 意図したわけでは無いだろうが、身長差の関係で私の体は、みなみを除けばこの中でも良好なスタイルを持つあかねにすっぽり覆われる形になってしまった。

 瞬間、奇妙な感覚によって、ゾワリと肌が粟立つ。

 

「アンタはアンタで視線が怖いのよ!」

「そんな!」

 

「まあまあ、黒川さん。私は気持ち分かるよ。推しに向かってはどうしてもついつい熱視線を向けちゃうんだよね。ね、MEMちょ」

「この場面で私に振らないでぇ!?」

 

「まあ、MEMちょは大人と言えば大人だけど、色気かー」

「大人の色気言うたらあれやない? 苺プロの社長さん」

 

 これ以上私たちの中で話を回して仲がこじれないようにするためだろうか。

 みなみが仕事の関係でここには来ていないミヤコさんを挙げる。

 

「ああ、この間撮影の見学に来てた。確かに大人の色気ムンムンって感じだったね。あれ? でも確かあの人って……」

 

 納得したように頷いてから、ゆきの視線がルビーに向く。

 

「うん。私とお兄ちゃんのおかーさん。まあ、血の繋がりはないけど。本当の家族だよ」

 

「あ。そうなんだ。確かに二人の実親にしては若いとは思ったけど」

 

 ルビーたちの事情を知らないゆきの一言に一瞬場の空気が凍りかけるが、その前にMEMが動き出す。

 

「いやぁ。ミヤコさんはあれでもう四十は過ぎてるんだけどねぇ」

「え!? あれで? び、美魔女だ」

「うちのおかーさん、めちゃめちゃスキンケアに力入れてるから」

 

 フフンと自慢げに鼻を鳴らすルビー。

 

「この業界、年齢不詳レベルで若作りしてる人は多いけど、タレントじゃなくて事務所社長であれだけキッチリしてる人も珍しいわよね」

 

 実際は昔レースクイーンか何かをやっていたと聞いたことがあるので、元タレントとも言えるのだろうが、それにしたって驚異的だ。

 

「だよねー。あ、そうだあかね。今度会ったらスキンケアのコツ聞いといてよ」

「え? 私?」

 

 突然名指しで言われたあかねが驚きの声を上げた。

 ミヤコさんに話を聞くなら娘であるルビーや事務所所属である私かMEMに聞いた方がいいんじゃないか。と思ってのことだろうが、意地悪く歪んだ笑みのおかげでゆきの意図は理解できたので、私は何も言わず行く末を見守る。

 

「だってほら。将来のお義母さんでしょ?」

「え?」

 

 案の定の台詞に、私に抱き着いたままのあかねの体が硬直する。

 

「ルビーちゃんから聞いたよー。もう紹介する気満々なんだってね」

「ええ!? 聞いてない。聞いてないよ。どういうことルビーちゃん」

 

 がっちりホールドしていた私をポイ捨てするように放り投げてから、ルビーに詰め寄っていく。

 そんなあかねに、ルビーは若干引きつつ愛想笑いを浮かべた。

 

「正確に言うとおかーさんがすっごく会いたがってて、お兄ちゃんもそれを了承したって感じ。そのうち連れてくると思ってたのにぜんぜんそんな雰囲気ないからさー。私もいい加減我慢できないし、もうあかねちゃんから会いたいって言ってもらった方が良いかなって」

 

「じゃあ今日伝えちゃう? みんな集まってることだし、アクアにきっぱり言っちゃいなよ。義母さんに挨拶したいって」

 

「そういうのまだ早いって言うか。いや、私は全然構わないんだけど! せめてこのドラマが無事放送されてからじゃないと」

 

 ニマニマ笑うゆきといやいやと身を捩るあかねの背を見ながら鼻を鳴らす。

 

(ハッ。この調子でドンドン腑抜けるといいわ)

 

 投げ出されたことに対する恨みも含め、心の中で笑う。

 同時に小さく胸の痛みが走った気もするが、無視しておく。

 

「え? このドラマそんなに大事なの? いや、まーアイのドラマで現B小町も勢ぞろいだし、アクアの監督作品でもあるんだから、苺プロ総決算って感じではあるのかな」

「せやなー。事務所からのプレッシャー凄いし、うちとしてもドラマ上手く行って欲しいわぁ」

 

「ま、その辺は監督と編集のお手並み拝見ね」

「うんうん。そうだよね」

 

 つい乗ってしまった私に、食らいつかんばかりの勢いであかねが同意する。

 それを当然ゆきが見逃すはずもない。

 

「ちょっとあかねー。話逸らそうとしてない?」

 

「そ、そんなことないよ?」

 

「なら。ドラマが終わったらちゃんと言うんだよねー?」

 

「え? え?」

 

「わくわく」

「わくわく!」

 

 ゆきとルビーの恋愛脳コンビから期待に満ちた目を向けられたあかねは、狼狽えつつ言葉を探していたようだが、やがてクルリと背を向けると叫び声を上げ、その場から泳いで脱出した。

 

「う、うぅ。ごめんなさい!」

 

「あ。逃げた!」

「以外と早い!」

「ダンスの成果かもなぁ」

「私に任せて」

 

 素早くシュノーケルを装着したフリルが凄まじい速度で追いかけていき、皆もそれに続いた。

 

「……アンタは追っかけなくていいの?」

 

 途中から殆ど話さず黙り込んでいたMEMを見る。

 

「あはは。私は、うん。ちょっと疲れが、暑さのせいかなぁ」

 

 逆光のせいで顔は見えないが、確かにその声は疲れているように聞こえた。

 とはいえ、それが本心から言っているとは思えない。

 

 まだ遊び初めて一時間と経っていないのだ。

 いくらMEMが体力に不安があるとはいえ、普段からダンスレッスンで体を動かしている以上、この程度で疲れる訳が無い。

 

 大方さっきの会話で私がショックを受けていないか確認するために残ったのだろう。

 まったくもってお節介で、それでいて優しい。

 

 今のところB小町のセンターは私でムードメーカーはルビーだけど、B小町の支柱というかリーダーのような存在はMEMだと個人的に思っている。

 でも。

 

「本当に、私は大丈夫よ」

 

 さっきもそうだったけど、完全に何も感じなくなったとは言わない。

 けれど、それでも二人が仲良くしているのを見ても、苦しくなったり悲しくなったりはしない。

 古傷のように少し違和感を感じるだけ。

 

「でも、失恋っていうのは、そういうものでしょ」

 

「……うん。そうだね」

「ええ」

 

「うんうん。暑が夏いね」

「は?」

 

 意味不明なことを言い出すMEMを訝しんで振り返ると、丁度よく太陽が雲の中に入り、MEMの顔が露わになった。

 大きな瞳が小刻みに震え頭がふらふらと揺れていた。

 

「ちょっとアンタ、大丈夫!?」

「かなちゃん」

「な、なによ?」

 

「体力と精神的な疲労は関係無いんだよぉ。私。運転。疲れた。若い子と。遊ぶ。元気無い」

 

「ちょっと、しっかりしなさい。片言になってるわよ!」

 

「あー、うん。ちょっと休んで──あ」

 

 ぐらりと揺れるMEMの体を掴み、海に倒れないように支えながら声を張る。

 

「あー。もう! 重い。ちょっとアンタら。戻ってきなさい! うちの三十路がやばいことなってるわよ」

「まだ四年。まだ四年あるから」

 

 ぶつぶつ言っているMEMは無視して、私は全員を召集した。

 

 結局MEMは熱中症にもならない程度の軽い症状で済んだが、加齢による精神的な体力減少の恐ろしさをまざまざと見せつけられた私は、日課のランニングだけでなく、そっちのトレーニングについても真剣に検討することにした。

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