【完結】推しの子if ~あかねちゃんと一緒にアクアを救おうルート~   作:日ノ川

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幕間も後半に入ったので最終章の前振りに入ります


第81話 夏休み・師弟

 ビーチチェアに寝ころびながら、俺はビールを片手に波打ち際でハシャいでいるガキどもに目をやった。

 さっきまでは男女分かれて何やらやっていたが、いつの間にか合流したらしい。

 何の気無しに、人数を数えてみると十人しかいない。

 

 確か今日連れてきたのは全員で十二人だったはずだから二人足りない。

 いったい誰がいないのかと一人ずつ確認していると唐突に俺の頭上全体を日陰が覆う。

 同時にチェアのすぐ横に、鉄の棒が突き刺さった。

 

「おい、早熟。遮るんじゃねーよ。いつも部屋に籠もって仕事してんだから偶には太陽の光浴びとかねーと」

 

 突き刺さっていたのは持ってきたものの殆ど全員海で遊び出したことでろくに使われていなかったビーチパラソルの柄だった。

 文句を言う俺を無視してアクアは更に深くパラソルを突き刺すと、傘を俺に向けて傾けた。

 

「酒飲んだまま日光浴って、ぶっ倒れてもしらねーぞ。歳を考えろ」

 

「うるせーな、かーちゃんかオメーは」

 

「そのカントクの母親から羽目外しすぎないように見とけって言われたんだよ」

 

「ったく余計なことを」

 

 ここに居ないかーちゃんに向かって文句を言う俺の隙を突くように、早熟は俺の隣にもう一つビーチチェアを置くとその上に腰を下ろした。

 

「おいおい、お前も座んのかよ。ガキはガキらしく一緒に遊んでこいよ」

 

「MEMがダウンしたんでな。熱中症じゃなくて精神疲労が原因っぽいが、念の為水分補給させて、今車で休ませてる。何かあったらコレに連絡来るから」

 

 そう言ってアクアはテーブルの上にスマホを放り投げた。

 

「だったらそれは俺が見とくから」

 

「熱中症の怖さも知らねー酔っぱらいに任せられるかよ」

 

「ぬぐ」

 

「あと、俺も疲れてるんだ。アイツらと一緒にハシャぐ元気は無い」

 

 重いため息を吐いたアクアはビーチチェアの背もたれに体を預けると会話は終わりと言うように目を伏せた。

 しかし、俺はそれを許さない。

 

「お前の方の疲れってのは、肉体的かそれとも精神的なもん。どっちだ?」

「……」

 

 質問には答えず片目だけ開けたアクアが俺を睨みつける。

 その態度が答えのようなものだ。

 今度は俺の方からため息を吐いて、身を起こすとチェアの上で胡座を描いてアクアと向かい合う。

 

「まだ引きずってんのか」

 

「別に。そもそも最初から気にしてない」

 

「だから別の役者使うか、スタントに任せろって言っただろ。撮影だけでそんなんじゃ、これから編集なんかできんのか?」

 

「気にしてないって言ってるだろ」

 

「そうは見えねーってんだよ。だから海に連れてきて気分転換させてやろうとしたのに」

 

 俺のボヤキを聞いたアクアの目付きが更に鋭くなる。

 

「編集で忙しいから断るつもりだったのに、やけにしつこく誘ってくると思ったらそういうことか」

 

「言っておくが、発案者は俺じゃねぇぞ」

 

「じゃあ誰だよ」

 

 ついと顎先で示した先にいるのは有馬と一緒になって遊び回っている黒川の姿。

 

「あかねか」

 

 そう。

 元々姫川大輝が中心となって撮影予備日を使って海に遊びへ行こうと計画していたが、どうも奴は立案するだけして特に行動していなかったらしい。

 結果、そのまま遊びに行く計画自体が立ち消えになりかけたところを見かねたのか、行き先の選定から全員のスケジュール確認や事務所間の根回しまで、黒川が細かく計画を詰めた。

 

 黒川自身、今回の撮影を強行するために色々事務所に無理を言って忙しかったはずなのに、そこまでしたのは全てアクアの為だ。

 

「最終日にあんだけボロボロになってたら心配されてもしゃーねーだろ」

 

 撮影内容的にこうなることは薄々わかっていたからこそ、代役を進めたのだが、頑なにやると言ったので、せめて撮影を一番最後に回したのだが、ここまで引きずるのは少々計算外だ。

 

(黒川だけじゃなく、最近は社長さんとも家族として仲良くやってるみてーだしもう大丈夫かと思ったが……)

 

 撮影を通して俺がある程度吹っ切れたから、こいつもそうだと勘違いしてしまったのだろうか。

 どちらにせよ、ここまで追い詰められているのなら、この話をこれ以上広げるより別のことに目を向けさせた方が良い。

 

「ま。何にせよ。これからは地獄の編集作業が待ってんだから今の内に楽しんどけよ」

 

「言われなくても分かってる。第一楽しみ方は人それぞれだろ。帰りの車の運転のことも忘れて酒飲んでる奴もいるし」

 

「代行があんだから良いだろ」

 

「一般人ならともかく、芸能人がこれだけ集まってんだぞ。下手な会社は使えないし、それならそれで事前に準備しておくもんだろうが」

 

「それも黒川がやってくれたっての」

 

 グチグチ文句を言い続けられて、いい加減うんざりしてつっこむと、アクアは再度黒川を見て苦笑した。

 

「あいつは本当にそういう段取り好きだな」

 

「打ち上げ大好きな劇団あるあるだな。……だいたい文句があるならお前がさっさと免許取れば良いんだよ」

 

「都内で生活していると徒歩と電車で事足りるから車なんてほぼ使わねーからな」

 

「いや、デカい車があると色々便利だぞ。スタッフやら機材の運搬やら」

 

「アンタが俺に運転させて楽したいだけじゃないのか?」

「いや、まあ。それも無い訳じゃないが。監督やるならあって困るもんじゃねーってことだ」

 

 また仕事の話になってしまうが、アクアが今後監督として活動する気があるのか確認して欲しいと鏑木から頼まれていたので、多少強引だが話を変える。

 

(つってもこいつ将来のこと全然語んねーんだよな)

 

 ガキの頃からずっと復讐と妹の為だけに生きてきたせいか、コイツは先のことを深く考えない節がある。

 

「監督、ね」

 

 あまり反応が良いとは言えない様子に、畳み掛けるように続ける。

 

「知ってるか? 鏑木も元は監督やりたくてこの業界入ってきたんだぜ?」

 

「へぇ。初めて聞いた」

 

 それまでつまらなそうに適当な相槌を打つだけだったアクアが初めてまともに反応した。

 

「アイツ、照れてんのか周りに隠してるからな。でも、未だにその夢は叶えられていない」

 

「なんで? 鏑木Pの人脈を使えば──」

 

「人は集まるだろうな。金も最低限は確保出来る。だが、プロデューサーとしてはともかく、監督としての実績も無いアイツにゃデカい配給会社がつかねぇ。それじゃ自主制作に毛が生えたような作品しか作れない。アイツにとってはそれじゃあ商品にならないってことさ」

 

「なるほど。流石は鏑木さん。ここがビジネスの場だってことをちゃんと分かってるわけだ。誰かさんと違って」

「俺だって分かってるっつーの! つーか、それ俺が教えてやった言葉だろうが」

 

 思わずつっこむ俺に返ってきたのは、呆れたようなため息だった。

 

「教えてくれたはずのアンタが実践できてないから言ってんだけど?」

「ぬぐっ」

 

 反論したいところだが、正直思い当たる節がありすぎる。

 となれば……

 ここは話を変えよう。

 

「今はそんなことどうでもいいだろが! 俺が言いたいのは、鏑木はそれだけの思いでお前を監督に推そうとしてるってことだ」

 

 言ってからまだ本人から打診もされていない状況だと思い出したが、予想に反してアクアは大して驚いた様子もなく、ああ。と一つ頷いた。

 

「その話か」

 

「なんだ。もうオファー行ったのか?」

 

 先走ったことにならずほっとすると同時に、俺にアクアがその気か確認しろとか言ったくせに。と心に中で鏑木に悪態を吐くが、アクアは首を横に振って否定した。

 

「いや。鏑木さんじゃなく。今回のドラマが成功したらそう言う話も来るだろうってさ」

 

「まあ、そういうことだ。で? お前の気持ちはどうなんだよ」

 

「……まだドラマの編集やその後の広報活動もある。正直、今はそれどころじゃない。全部終わったら考えるよ」

 

「悠長なこと言ってんじゃねぇよ。鏑木の狙いは高校生監督なんだぜ?」

 

「俺の高校生活は後一年半だぞ。流石に高校生の間に監督デビューは無理があるだろ」

 

 確かに映画を作るには時間が掛かる。

 企画が通っても、役者はもちろん、スタッフや金集めから始まり、撮り終わった後はその後の編集やなんやで公開まで数ヶ月下手をすれば数年掛かることだってある。

 

 今回のような一社だけが出資したドラマと違って、金を出した連中からあれこれ注文を付けられながらの撮影は死ぬほど面倒くさい上に時間も食われるもの。

 どう考えてもアクアが高校生の間に作品を公開するのは不可能だ。

 しかし。

 

「甘めーな。封切りには間に合わなくても制作発表が出来る。アイツのことだ、もう使うキャストもある程度考えてるだろうから上手くいけば撮影スタートまでこぎ着けられるかも知れねぇ」

 

「どんな内容か決めずにキャストだけ決めておくのか。鏑木さんらしいな」

 

 煮えきらないアクアに、俺は更に熱くなっていく。

 

「さっきお前が言ったとおり、ビジネスとして考えれば、イケメン高校生監督ってネームバリューが一番効果がデカいんだ。それもタレントとしてもそれなりに顔と名が売れてる実績だって備えてるんなら猶更な。マジでやる気なら後で考えるとか言ってねーで、編集と平行してやるくらいの気概でいろ。この業界、降って湧いたチャンスを掴めない奴に次はねーぞ?」

 

「分かってるよ」

 

 煩わしそうに息を吐く。

 

(ダメだこりゃ)

 

 いくら精神的に疲れているとしても、こんな美味い話を聞いて、やる気にならないのなら映画監督として生きていくのは難しい。

 確かにコイツには監督としての才能はあると俺も鏑木も確信してる。

 俺ですら撮れなかった星野アイの本質、その一端を捕らえたのがその証拠だ。

 

 だが、いくら才能があろうと最終的に本人にやる気がなければ意味がない。

 鏑木にどう伝えるかと考えつつ、最後のチャンスとばかりにもう一つの手札を切り出した。

 

「……まあ、やる気がでないなら仕方ない。そもそも、監督やったところで成功するとはかぎらねーしな」

 

「そりゃそうだろ。初監督作品で上手く撮れる保証なんて無いし、出来が良かったとしても、公開時のラインナップや時勢でだって全然違ってくるしな」

 

 映画館の数は決まっているため、公開時に強力なライバルがいれば、それだけで上映関数や一日の上映回数も減るため、全く話題にならないまま消えていくこともある。

 良い物がそのままバズるとは限らないのが、この業界の怖いところだ。

 

 弟子として、俺の仕事を間近で見ていただけに、その辺りのこともちゃんと理解しているようだ。

 そんなアクアに対し、俺はニヤリと口元を持ち上げて不敵に笑う。

 

「ああ。ちょうどその頃、超強力なライバル作品が公開されてるかも知れねーからな?」

 

「ライバル?」

 

「仮に高校生の間に撮影開始できたとしても、そっから編集やらなんやらいれると、封切りは二年後、お前が二十歳くらいの頃だろうからな」

 

 別に狙ったわけではないし、そもそもこちらに関しては実現するかも不明だが、その時期は俺が何となく頭の中で思い描いているもう一つのガキどものスケジュールとも合致しているのだ。

 

「カントクも今から何か撮るってことか?」

 

「おっ。流石は俺の弟子。師匠が自分に立ちはだかる最大の障壁だと理解したか」

 

「それだけ露骨にアピられたら気づくって。なに? なんかデカい作品の実写化版権でも取れた?」

 

「ちげーよ。だがまあ、お前にとっては似たようなもんか」

 

「思わせぶりな態度はいいから」

 

 俺に対して遠慮がないのは割といつものことだが、今日はことさら口が悪い。

 やはり疲れているんだろう。

 だからこそ、この話がちょうど良いカンフル剤になるかもしれない。

 いや、これでそうならないのならコイツにはもう監督をやる意志はないとみるべきだ。

 再度ニヤリと笑って告げる。

 

「B小町のドキュメンタリーだよ。お前の妹が是非俺に撮って欲しいってよ」

 

「は? なんでルビーが?」

 

 それまでの死んだような表情から一変して、驚いたように目を見開く姿に満足しながら続ける。

 

「知らねーよ。お前が監督してたあのラストライブ撮影してた時にいきなり頼んできたんだよ。自分たちはドームに行くからアイみてーに映画にしたいってな。まぁ、ドキュメンタリーは専門じゃねぇか、そこまで頼まれたら──」

 

「いや、何でってのは、何で監督なんかに頼むんだって意味だよ。俺が要るだろ」

 

「それこそ知らねーよ」

 

 実際理由は聞かされているが、流石に直接言うのは憚られるため適当に誤魔化そうとするが、俺を睨みつけるアクアの瞳に殺気が籠り始めたのを見て理由をでっち上げる。

 

「……アレだろ。俺が前にもB小町を撮ったから馴れてると思ったとかそんなところだろ」

 

「それは元祖B小町の話だろ。今のB小町のこと一番知ってんのは俺なんだけど? そもそもあいつ等全員俺が集めたようなもんなんだけど?」

 

「だから知らねーっつーの! 圧かけんな!」

 

 睨みながらグイグイ近づいてくるアクアの反応は想定以上だ。

 

「ルビーの奴、それで急にカメラなんか……。もう良い。直接聞いてくる」

 

 言うか早いか、ビーチチェアから軽やかに立ち上がったアクアは、波打ち際でハシャいでるガキどもにズンズン近づいていく。

 

「おっ、アクア。もう大丈夫なのか?」

「アクア?」

「アクアくん?」

 

 一番近くにいた姫川と有馬、黒川の三人がアクアに気づくが、アクアはわき目もふらずルビーに接近した。

 

「……ルビー。ちょっと聞きたいことがあるんだが」

 

「どうしたのお兄ちゃ──え? え? なになになんなのー!?」

 

 アクアの異様な雰囲気を察知したらしく、距離を取るルビーとそれを追いかけていくアクア。

 

「逃げるな」

「そんな怖い顔で追っかけられたら逃げるに決まってるでしょー!」

 

「うおっ。どうしたアッくん」

「とりあえず俺たちも追うか」

「また? 元気だな」

 

「鬼ごっこやな」

「さっきはあかねで」

「次はルビーが鬼だね」

 

 そんな二人を追いかけて揃って駆け出していくシーンは、全員見目の整った芸能人ということもあってか、非常に画になった。

 

「あのシスコンには仕事や遊びより、妹が一番の薬か」

 

 唐突に元気を取り戻した様に若干呆れつつ、俺はビーチチェアの傍に置かれていたバックからカメラを取り出した。

 

「さて」

 

 これは俺の私物ではなく、ルビーが持ってきた物だ。 

 最初は本人が撮影していたものだが、遊ぶにあたって邪魔になると考えたらしく、俺に預けていったのだ。

 

 撮ってくれと頼まれたわけではないが、こういうシーンもB小町のドキュメンタリーを作る上で必要となるだろう。

 

 とりあえずルビーを中心に、追いかけているアクアも画角に収めた所で気が付いた。

 

「……やっぱダメか」

 

 この画が使い物にならない。ということではない。

 俺が気づいたのはもっと別のこと。

 映画監督として、カメラを通すことで見える物もある。

 

 落ち込みを脱却し、ああして歳相応にハシャいでいるアクアの姿は全て演技だ。

 それはかつて、アイの事件で負った心の傷を完治したフリをして家族にも隠し通した時と同じ。

 

 俺や黒川たちがアクアを元気づけようとしていることを知ったことで、心配を掛けまいと、それらしく振る舞っているだけ。

 

 気分転換の海でも、仕事仲間や友達との遊びでも、仕事の話でも、そして一番大事な家族でもダメだったのなら、残る方法は一つしかない。

 

「こうなったらもう、お前がなんとかするしかねーぞ?」

 

 カメラをズラし、ガキどもから少し遅れてアクアたちを追いかけている黒川あかねを映す。

 アイツもまた、アクアの演技に気づいているのだろう少し寂しそうな顔をしているが、それでも諦めるつもりは毛頭ないらしい。

 

 唇を引き締め顔を持ち上げる姿はドキュメンタリーというよりは映画のワンシーンのようだ。

 なにより、そうしてアクアを見据えたその目には、強い意志だけでなく、最終日に演じたアイの最期の瞬間と同じ慈愛に満ちた光が宿っていた。




カントクにしては珍しく、慎重にアクアを気遣って世話を焼いているのは今度こそ子供たちに手を差し伸べられる大人であろう意識しているからです
とはいえ今回の海旅行があかねが計画したと話したことでアクアは自分が心配を掛けていると気づいたので、本末転倒かもしれませんが……
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