【完結】推しの子if ~あかねちゃんと一緒にアクアを救おうルート~ 作:日ノ川
第83話 再始動
海から帰った翌日の早朝。
私はアクアくんの自宅前に立っていた。
事務所の方を見てみると、車庫に車はない。
苺プロ社長──いや、アクアくんのお母さんである斉藤ミヤコさんは不在のようだ。
ちょっと残念なような、ほっとしたような。
昨日ゆきから言われた挨拶の件を思い出して悶々としかける意識を切り替え、改めて自宅側のチャイムを押した私は、インターホンに向かってニッコリと笑顔を浮かべて待機する。
このタイプのインターホンはカメラが仕込まれていて受信機側から確認できるはずだ。
『……あかね?』
案の定、やや経ってから繋がったインターホンのマイクから聞こえてきたのは、私の姿を確認して戸惑っているアクアくんの声だった。
「朝からゴメンね。ちょっと話できるかな?」
笑顔はそのままにマイクに顔を寄せる。
声を届かせやすくするのもそうだが、カメラに顔を近づけて、圧を掛ける目的もある。
時間を置いてから、なんて言われたらわざわざアポなしで訪れた意味がない。
『…………分かった』
圧を掛け続ける私に、アクアくんはマイク越しでも分かるくらい重々しい諦めの息を吐いて折れる。
ややあって玄関の扉が開いた。
「お邪魔します」
「……ああ」
出迎えてくれたアクアくんに挨拶しながら、玄関に入る。
入って直ぐ目に付いた靴箱の上には二つの写真が並んでいた。
一つは育ての親であるミヤコさんと双子が笑い合っているモノで、かなり最近撮った写真のようだ。
そしてもう一つ。
実の母であるアイが小さな双子を両手で抱きしめて仲良く笑い合っている写真。
以前来た時は置かれていなかったが、その時から不自然に日焼けしていない箇所があったので、おそらくどこかに移動させていたのだろう。
今隠してないのは、単に当時と違ってアイと双子の親子関係を私が知っている以上隠す意味がないというだけかも知れないが、なんだか信頼してくれている証に感じられて嬉しくなってしまう。
「何だよ?」
「え? ううん、何でもない。あ、それ寝間着? 可愛いシャツだね」
誤魔化す意味を込めて、アクアくんにしては珍しいTシャツ一枚というラフな格好について言及するとわざとらしく肩を竦めた。
「誰かさんがアポなしで来たせいで着替える暇もなくてな」
「むー。直ぐそうやって憎まれ口利く」
頬を膨らませる私に、アクアくんは微苦笑を浮かべて上がるように促した。
※
今日はアクアくんの部屋ではなく、二階のリビングに通された。
自宅内にはやはり余人の気配はなく、ミヤコさんだけでなくルビーちゃんも出ているようだ。
そういえば昨日海で明日は仕事だからあんまりハシャげない。とめちゃくちゃハシャぎながら言っていた気がする。
私にソファを進め、飲み物の用意をしてから、着替えに行ったアクアくんが戻って早々に口を開いた。
「……それで? こんな早くから急にどうした?」
早くといってももう九時近い。
あのラフな格好もそうだが、寝癖も付いていた辺り、ついさっきまで寝ていたのかも知れない。
よっぽど海で疲れたのか、それとも悩みを打ち明けたことで安堵したからなのか。
後者だとしたら嬉しい。
何しろ私がこうして朝から会いに来た理由もそれなのだから。
「話の続きだよ」
「話?」
何のことか分からない。と首を傾げている様は演技には見えないが、嘘吐きのアクアくんのことだ。
事前にそういう演技を準備していたかもしれない。
「そ。約束したでしょ? 続きは明日からって。だからこうして話をしにきたの」
意地悪く告げる私に、一瞬顔をしかめた後ああ。と言うように頷く。
どうやら演技ではなさそうだ。
「……昨日の今日、それもアポなしで朝一にするようなことか?」
「昨日のアクアくん、寝起きでぼんやりしてたし、変に時間空けたら冷静になっちゃって、それっぽい言い訳考えて私を誤魔化そうとするかも知れないでしょ? だからこうしてアポなしで来たの」
「どんだけ信用ないんだ俺は」
眉を顰められて、一瞬躊躇しそうになるがグッと堪えて続ける。
「だって、アクアくん。撮影が辛かったこと隠してたじゃん」
「それは──」
「また一人で何かやろうとしてるんじゃないかって、私心配で」
私の言葉に、アクアくんはバツ悪そうに視線をはずしガシガシと乱暴に頭を掻いた。
珍しく感情的な態度を見せたアクアくんは、やがて全身を使って大きく息を吐いてから口を開く。
「前にも言ったけど、俺はあかねにはあんまり情けないところは見せたくないんだよ。だから隠してた」
「またそうやって。私はどんなアクアくんでも……」
「それを言ったらお前だって、昨日の旅行で俺に隠れて色々裏工作してただろ?」
「うっ」
それを言われるとちょっと弱い。
言葉を詰まらせる私にアクアくんは意地悪く笑って続ける。
「それに俺の場合、隠していたのは好きな子の前で格好つけたい男心ってのもあるからな」
さらりと好きと言われて、一気に顔が熱くなった。
「はっ。あかねはまだ男心の勉強が足りてないみたいだな」
「そ、そういうアクアくんは女心の勉強沢山してきたんじゃないの?」
「まさか。言ったろ? 俺が愛してるのはあかねだけだよ」
再度さらりと言われ、完全に私の頭はオーバーヒートした。
「あぅ」
ズルい。
以前はその言葉を使うことをあんなに避けていた癖に。
「アクアくん。それ言えば何でも誤魔化せると思ってるでしょ?」
実際のところ恥ずかしさと、それを遙かに上回る嬉しさのせいで、さっきまで渦巻いてた不満や憤りは綺麗に吹き飛んでしまった。
だけど、それがバレると今後も多用されかねないと必死になって怒っているフリを継続してギロリと睨み付けるが、本人は気にした風でもなく、穏やかに笑って告げた。
「思ってるけど?」
「ええ?!」
そんなあっさりと。
「だって俺も同じことされたら許しちまうからな。ちなみにあかねは? なんで俺に隠してたんだ?」
続く言葉と共に、じっと私の目を見つめてくる。
明らかに、私からも愛しているという言葉を催促している様に、白旗を上げる。
「わ、私もアクアくんのこと愛してる、から。力になりたいし、頼ってほしい」
「ああ、ありがとう。じゃあ、改めて説明するから上に行こう」
満足げに頷いたアクアくんは椅子から立ち上がる。
私も同じように席を立ちながら、心の中で思う。
(吹っ切れたアクアくんは、色んな意味で強すぎる)
恋愛に於いて対等な関係を望む私にとっては、これから先大変になりそうだ。
どうせ見えてないからと、唇を尖らせて階段を登っていく後ろ姿を睨みつけると同時に気が付いた。
階段を登っていくアクアくんの首筋と耳が赤く染まっていることに。
以前は髪をセミショートにまで伸ばしていて首元も耳も隠していたが、撮影の為に髪を短くしたのが仇となったようだ。
「ふふっ」
「何だよ?」
「ううん。なんでもない」
口ではそう言いながらも、声は自然と高くなり、浮かれているのは隠せそうに無かった。
私はアクアくんとこれからもずっと、こういう何でもない、ただの恋人同士としての日常を過ごしていきたい。
そのためにも、私がやれることは何でもやろう。と改めて決意を固めた。
☆
説明がしやすいからと三階のレッスンルームに移動した(事務所だといつ誰が入ってくるか分からないため)俺たちは写真や資料を貼ったホワイトボードを前に話し合う。
「今俺たちに残っている問題は二つ」
「片寄さんとの勝負と、新野さんの説得だよね?」
他の問題は壱護さんや、鏑木Pによって殆ど解決しているが、この二つ、いや二人だけは本人の意識をどうにかしなくては解決しない。
それはあかねも当然理解している。
「ああ。こればかりは他の人に頼る訳にはいかない。特に、こっちはな」
「え?」
こっちと言いながら印を付けた相手を見て、あかねは目を見開いた。
おそらくもう片方の方に力を入れると想像していたのだろう。
「新野、さん?」
「ああ」
そもそもとして新野冬子──ニノが俺たちの出生を知っていること自体確定していないし、それを裁判で話すつもりかも謎のままであり、対して、片寄ゆらは確実にそのことを知っている上、勝負に負けたらバラすと明確に脅してきているため危険度は高い。
なおかつ未だ接見禁止処置が取られていて直接会えないニノと異なり、同じ業界で働いているからこそ、直接接触もできる片寄の方が説得もしやすいのだから優先順位も高いはず。
聡明なあかねがそう考えるのは当然だ。
しかし。
「片寄ゆらの方はもう手を打ってある。十中八九成功するだろうから、今は考えなくて良い。逆にニノは今の内に手を打たないと最悪止められなくなる」
「どうして?」
「最終日のあのシーンを撮影するために、菅野について色々調べている時に、壱護さんからある話を聞いた。菅野良介とニノが付き合っていたって話だ」
「え?」
目を見開いて驚愕するあかねに一つ頷き続ける。
「菅野とニノが繋がっているとなると話がまったく変わってくる」
ルビーがツクヨミから聞いた宮崎の病院に大学生と中学生が居たという発言や、そもそも当時のアイがニノに妊娠のことを話すはずがない以上、カミキが菅野を唆した黒幕であるのは間違いない。
だが、奴が単独で行ったのではなく、それに手を貸した別の存在、いわば共犯者が他にも居て、それがニノだったとすれば。
その理由が菅野がニノと付き合ったまま、アイに推し変したことに対する怒りだとしたら。
これまで俺は、ニノのことを俺たちに代わってアイの仇を討ってくれた相手と見ていた。
もちろん自分の手で復讐を果たしたい思いはあったため、諸手を挙げて賞賛する気もなかったが、それでも印象としては好意的だった。
だが。
「それなら、カミキを殺した本当の目的はアイの敵討ちじゃなく、仲間割れの可能性も出てくる」
俺と同じ結論に達したあかねの言葉に、頷き返す。
「そうだ。黙秘しているのも自分がアイの事件に関わっていることを隠すためかもしれない。そうなると、俺がやろうとしている説得は無意味になる」
もっともその場合、俺たちの関係についても公表する意味は薄くなるので好都合でもあるのだが、これもあくまで俺の推測であり確実とは言えない。
「だからこそ。俺はもっとニノとカミキのことを、そしてアイとの関係を詳しく知る必要がある。三人、いや菅野を入れて四人の間に何があったのか、アイを殺した本当の動機は何なのか。それが知りたい」
今も俺の後ろから視線を感じる。
何も出来なかった無力さを嘆き、後悔に焼かれ続ける子供の僕の視線。
あいつが、そして俺が、本当の意味で前に進むために必要なのは、未来への希望じゃない。
過去との決着だ。
「あかね」
「ん?」
「確かまだしばらく休みがあるって言ってたよな?」
「うん。今日を入れて後六日かな」
今回の撮影が想像以上に順調に進んだことで、予備日として確保されていた一週間は一切使用せずクランクアップを迎えることが出来た。
昨日みんなで海に行けたのは、事前に予備日のスケジュールまで確保されていたからだ。
もっとも、事務所としてはせっかく空いたスケジュールをそのままにするより、他の仕事を入れたいはずだが、あかねの場合、今回のドラマに注力するため、事前に他の仕事を詰め込んでいた関係上、すでに数ヶ月単位でマトモな休みもなく働き続けていることになる。
そのため事務所としても強く言えず、不知火のように数ヶ月纏めてとはいかないが、予備日終了まではそのままスケジュールを動かさず休みにして貰ったらしい。
昨日が予備日の初日だったため、それを除いて後六日ということだ。
「それなら。その内の何日かで良い。俺を手伝ってくれないか?」
俺としても疲れているであろうあかねに無理はさせたくなかったので、自分一人でやるつもりだったが、あかねが手伝ってくれるというのなら、それに甘えよう。
そう思っての言葉に、あかねは何故か苦笑しながら首を横に振った。
「何日かなんて、全部あげるよ。ううん、休みだけじゃなくて、アクアくんが納得するまでいつまでだって手伝うよ、私は貴方の共犯者なんだから」
昨日と同様不敵に笑うあかねに俺は苦笑を返す。
「そんなことして、今まさに旬に乗ってる売れっ子女優が仕事に穴を空けたなんてなったら大変だぞ」
「いいよ、別に。その時は、ちゃんとアクアくんに責任取ってもらうから」
さっきまでのお返しというように、ぐいぐい責めてくる。
そんなあかねに負けじと俺もまた、以前ルビーに言われたことを思い出しながら応えた。
「そんなことしなくても、責任はちゃんと取る」
俺の言葉に、あかねは一瞬動きを止め、切れ長の瞳を大きく見開く。
「そ、それって」
「続きは全部終わった後にな」
ニヤリと笑う俺にからかわれたとでも思ったのだろう。
あかねは子供のように頬を膨らませた。
別にからかったわけじゃない。
あかねと本当の意味で結ばれたあの日からずっと、いずれはちゃんとしたいと思っている。
俺が過去に決着をつけて前に進みたい理由はいくつかあるが、あかねと一緒に未来を生きていきたいという気持ちが、一番大きなウエイトを占めているのは内緒の話だ。
お互い隠し事はしないと約束したが、これぐらいは許してもらおう。
さっきあかねに伝えた時は照れ隠しで冗談混じりに言ってしまったが、好きな子の前で格好つけたいという気持ちに嘘はないのだから。
ちなみにこの話のあかねがカミキについてあまり調べていませんし、ドラマでもカミキの出番はかなりカットされているため、原作と違って二人ともカミキのことを殆ど知らないままの状態です