【完結】推しの子if ~あかねちゃんと一緒にアクアを救おうルート~   作:日ノ川

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それぞれのやり方で調査していく話
ちなみにララライの役者は年齢やあかねの関係性がイマイチはっきりしない人が多いので、呼び方や話し方などの対応は想像で書いています


第84話 調査

「あれ? あかねどうしたの?」

 

 ララライがいつも使用しているスタジオのレッスン場に入った直後、休憩していたらしい化野めいに声を掛けられる。

 途端にみんなの注目が集まり、私は苦笑しながら手に持っていた荷物を掲げ、皆に向かって告げた。

 

「この間遠出したからそのお土産と差し入れです」

 

 私でなくても、こうした差し入れは割とよくあることなので、他のメンバーは一言礼を言うとそのままそれぞれがやっていた作業に戻っていく。

 そんな中で役者外のスタッフが一名、脚本や演出が待機している部屋に向かっていくのを確認して私は狙い通り。と忍び笑いを浮かべた。

 

「おー、ありがとう。姫川さんに聞いたよ? ドラマ出演者みんなで海行ったんだって?」

「あ、うん」

 

 軽く雑談をしながら、私はいつも差し入れなどが置かれている場所に彼女を誘導して、二人きりの状況を作り出した。

 

「あかねは偉いよねー。姫川さんなんて土産どころか、こっちが聞くまで土産話すらしなかったよ」

 

 そんな私の意図に気づかず、化野さんは受け取ったお土産を置きながら、ホワイトボードに今日の日付と私から差し入れがあった旨を書いていく。

 

「あはは。……今日姫川さんは?」

 

「ん? えーっと、今日はまだ。というかアンダー入ってるし来るか分かんないよ?」

 

 確かにここに来る途中、今回の舞台で姫川さんが演じる役名が入ったゼッケンを身につけた稽古場代役の姿があった。

 

「まあ、いつもみたいに夜だけ来るかもしれないけど。なんか用事?」 

 

「ううん、用は無いんだけど。その海の時かなり羽目外して帰りの車内で爆睡してたから大丈夫かなって」

 

 姫川さんにも用事はあるのだが、別に今日である必要はない。

 むしろ順番的に先に話を聞くべき相手がいるので、不在なのは好都合だ。

 そんな気持ちを隠しながら適当に誤魔化す。

 

「ああ、聞いた聞いた。ビーチボールとかやったんだって? 姫川さんがお酒の席以外で羽目外すところあんま想像できないけど、とりあえず昨日見た時は元気そうだったよ」

 

「それなら良かった。ところで、ちょっと聞きたいんだけど──」

 

 再度周囲に視線を向け、他の人が近づいていないことを確認してから切り出したのはカミキヒカルについてだ。

 

 カミキヒカルが在籍していたのは、十五年ほど前、私と同じく若手である化野さんも直接会ったことは無いはずだが、例の事件直後、彼の話はララライ内で結構話題になったはずだ。

 

 当時私は映画の番宣や試写会などで社長とマネージャー共々都内外を駆け回っていたので忙しく劇団に殆ど顔を見せていなかったためその時の話を知らない。

 とはいえ、ララライ的にカミキヒカルの存在は色々な意味でセンシティブ。

 場合よっては箝口令が敷かれている可能性もある。

 だからこそ、先ずはカミキヒカルを直接知っている古株の劇団員ではなく、間接的に知っている相手から話を聞き、雰囲気を確認する必要がある。

 

「んー。私もあんまり詳しくは知らないんだよね。あ、でもプロダクションの社長になってからも付き合いあったみたいだよ?」

 

 予想に反してあっさり話し出したことに驚きつつ、相槌を打つ。

 

「付き合い?」

 

 私がララライに入ってから五年くらい経っているが、今まで名前を聞いた覚えはないはずだが。

 

「そ。うちの団員がなんかの賞取ったりすると毎回白いバラの花束贈ってくれるんだって。で、贈られた人は必ず売れるみたいなのが一種のジンクスになってたらしいよ。紫のバラの人ならぬ白いバラの人。みたいな?」

 

 愛想笑いを返しながら、思考を深める。

 白いバラの花束。

 アイを刺した大学生が持ってきたのも、アイの墓に毎回供えられているのも同じ物だった。

 毎月のように墓参りをしていることから、カミキがずっとアイに強い執着を抱いていたのは間違いない。

 そんな特別な相手に贈っている白いバラを他の人間にも贈っているのは若干違和感がある。

 

(単に自己顕示欲が強いだけ? いや、それなら裏方に甘んじていないでもっと表舞台に出ているはず。だとすると……)

「何してるんだ?」

「っ!」

 

 背後から掛かった声に思わず身を竦ませる。

 深く考え込んでいたせいで気配に気づけなかった。

 

「あ、金田一さん。ほら、あかねからお土産貰ったんですよ」

 

 誤魔化すように化野さんが背後の人物──金田一さんに明るく言う。

 

「ああ、聞いた。すまないな黒川」

 

 私に小さく礼を口にしてから金田一さんは化野さんに視線を向けた。

 

「……化野、他の連中に休憩二十分延長って伝えてくれ」

 

「え? あ、はい」

 

 チラリと視線が私に向き、詫びるように片目を伏せる。

 私はそんな彼女に気にしないで。と言うように軽く手を振った。

 化野さんがその場を離れ、足音が遠くなった後、金田一さんは重々しく息を吐く。

 

「黒川。何を調べている?」

 

 余計な装飾のないストレートな問いかけは、さっきまでの話を聞いていたことを示していた。

 金田一さんは劇団の代表だ。

 

 姫川愛梨とカミキヒカルの関係について知っていても不思議はない。

 彼が姫川大輝の面倒を見ているのも、その贖罪と考えれば説明は付く。

 その金田一さんからすれば、今更カミキヒカルのことを嗅ぎ回られるのは良い気はしないはず。

 15年の嘘が公開されたら、姫川愛梨の件でララライにも風評被害を被ることも考えられるとならばなおのこと。

 こうなることは考えられたので、一応の言い訳は用意しているが、果たして通じるか……

 

「カミキさんのことです。演技の考察に必要で」

 

 15年の嘘にはカミキヒカルだけでなく、上原夫妻も登場する関係で、ララライの名前も使われるため、金田一さんにも名称使用権の許諾依頼があったはず。

 私が演技をする際、演じる本人のみならず、その周囲のキャラの考察までする事は金田一さんも知っている。

 ならばアイの人格形成に影響を与えたであろうカミキのことを調べるのはおかしいことではない。

 問題は──

 

「撮影はもう終わったんじゃなかったのか?」

 

 やっぱり知っていた。

 私の撮影予定は伝えていないが、同じく撮影に参加していた姫川さんから聞いたのだろう。

 

「はい。ですけど、撮り直しをする可能性もあるんです。幸いというか撮影がスゴくスムーズに進んで後五日くらい予備日として取ってありますから。私自身どうにもしっくり来なかったので」

 

 もちろんそんな予定は無い。

 

「……」

 

 私の言い訳を聞きながら、金田一さんはこちらをじっと見つめる。

 視線を逸らすことなく、私はにっこりと笑みを浮かべると、彼はやがて小さく鼻を鳴らした。

 

「良い眼になったな黒川。人を騙す、いや嘘を真実と思わせるその眼は役者としては最高の資質だ」

 

 こちらの言い訳や嘘などお見通しのようだが、私は動揺せずむしろ笑みを深めて見せた。

 わざわざそれを伝える時点で、続く言葉が何か分かっていたからだ。

 

「そう言う眼を持った男を他にも知っているよ」

 

 予想通りの台詞に私は一つ息を飲んで問う。

 

「カミキヒカル。ですね?」

 

 僅かに顎を引いて肯定した金田一さんは、乱暴に取り出したイスに腰を下ろし、私と向かい合うと観念したように息を吐いてから重々しく告げた。

 

「……何が聞きたい?」

 

 

   ★

 

 

 夏の終わりも近づいた海は、いつもにまして流れが速い。

 先日みんなで行った海とはまるで違う荒々しい姿。

 もっともきちんと整備された海水浴場とそりたった崖によって複雑な海流を生む海では性質が全く違うのは当然だ。

 

 うっかり飲み込まれたらひとたまりもなさそうな海を眺めながら、ちらりと時計に目をやった。

 ここにきてからすでに一時間近く経っているが、未だ待ち人はやってこない。

 

 待ち人と言っても実際に約束をしているわけではないのだが、これ以外に接触方法を知らないのだから仕方ない。

 とはいえ、別になにが何でも今日会わなくてはならないわけじゃない。

 こんなことなら、俺もあかねと一緒にララライの調査に同行すれば良かったかと思った矢先──

 

「お待たせ」

 

 僅かに舌足らずな口調に似合わない、明確な自我と意志の込められた強い声が背中に掛かる。

 子供の皮に大人の精神を無理矢理詰め込んだかのような相反する性質が生み出すギャップは、違和感を超えて気味悪さすら感じる。

 

 かつての俺たちもこうだったんだろう。と思うと妙な気分だ。

 そんなことを考えながら振り返ると、そこにはいつも通り真っ黒いワンピースに身を包んだ少女の姿があった。

 

「ああ。待ってたよ、ツクヨミ」

 

 俺の台詞を聞いて、彼女──ツクヨミの眉が僅かに揺れる。

 俺とこいつがこの展望台で会うのももう何度目か。

 もはやいつものことになりつつあるが、基本的に俺の方から会いたいと望んだことはない。

 ここは元々一人になりたい時に来るお気に入りの場所だったのだが、いつの頃からかこいつが勝手に来るようになっただけだ。

 だが、今日は違う。

 俺は明確に目的を持ってこいつが来るのを待っていた。

 

「ふーん。どういう風の吹き回し? いつもは私が勝手に来るだけとか言う癖に」

 

 不満げな態度を見るに、俺がここに来た理由はわかっていないようだ。

 こいつが何らかの超常的な力を使って俺やルビーの動向を監視しているのは知っているが、何から何まで見抜けるわけではないのか。

 そうなると、俺がここに来た意味もなくなる可能性もあるが……

 そんな風に考えていると、ツクヨミは子供らしからぬ歪んだ笑みを俺に向けた。

 

「いいの? カノジョさんと一緒に調べものしなくて。ああ、でも仕方ないか。実際のところ調査能力に関して言えば君より彼女の方がずっと上。君は余計なことをせずに黙って待っていた方が効率いいもんね」

 

 子供特有の短くぷっくりとした指を得意げに振るいながら語るツクヨミの台詞は、半分当たりで半分外れだ。

 

「あかねの方が調査能力が高いって言うのは事実だが、俺は俺なりに正解を導く方法があると思ってここに来たんだが、当てが外れたかな」

 

「は? どういう意味?」

 

「それだよ。お前は俺とあかねが、調査をしていることを知ってはいても、俺がここに来た理由までは理解できなかった。ようするにあれだろ? デバガメみたいな覗きはできても未来を見たり、俺の心を読んだりする事は出来ないってわけだ」

 

 本題に切り込んだ俺にツクヨミは目を細める。

 

「……ずいぶんな言いぐさだね。撮影も終わり、彼女とも良い感じになって調子に乗っちゃったかな? でも口の効き方には気をつけた方が良い。私を誰だと思っている?」

 

 明らかに苛立っている。

 前から薄々感じていたが、神様みたいな力を持っているからといって精神性まで完璧な訳ではなさそうだ。

 それなら。

 

「知らねぇし、興味もない。俺に分かるのは、お前に出来ることは趣味の悪い覗きと見当はずれの推測だけってことだ。お前ちゃんと小学校の勉強ついていけてるか? 国語の成績悪いだろ?」

 

「いい加減にしなよ。私は月の光と共に正しい運命へと導く存在だ。人の気持ちを慮るのなんて、呼吸と同じだよ」

 

 ますます声に苛立ちが混ざり、それを必死に抑えながらどうにか冷静さを取り繕おうとしている様子を見て、ここだ。と切り込んでいく。

 

「だったらあの二人が何を考えていたかも分かるんだよな?」

 

「当然だよ。彼らは──って。危ない危ない。乗せられるところだった」

 

「チッ」

 

「神をペテンに掛けようとするんじゃない。罰当たりだな君は」

 

「役に立たない神を崇める趣味は無いんでな」

 

「フン。でもこれで君の目的がハッキリしたよ。要するに君は、推論や調査じゃ何時まで経っても正解に辿り着けそうにないから、私を使って近道、いやカンニングをしようとしたわけだ。偉そうなこと言っておいて、君の方が国語能力低いんじゃないの?」

 

「ナメんな。俺は作者の気持ちを考えろって問題は得意分野だ」

 

「でも彼らの気持ちは推し量れなかったんだろう?」

 

「……」

 

 痛いところを突かれた。

 思わず言葉を詰まらせる俺に、ツクヨミはニヤリと調子づいた笑みを浮かべた。

 

「まあ、仕方ないことだとは思うけどね。そういう問題は気持ちを想像する相手として正常な思考を持った人間を想定している。対して彼らは──いや」

 

「何だよ」

 

「これ以上は言えない。それは君たちが答えを導き出さなきゃいけないことだ」

 

「答え、ね」

 

 そんなものがあるのだろうか。

 さっきはああ言ったが、現代文のテストと違って人の気持ちなんてものに正解と呼べるものがあるとは──

 

「あるよ。正解はある」

 

 俺の思考を遮ってツクヨミが告げると、彼女に同意するかのように頭上のカラスたちが一斉に鳴き声を上げた。

 さっきまでのコミカルな雰囲気が消え、超然とした神々しさを纏っているかのようだ。

 

「でも、それはもう知ることは出来ない」

 

「そうだね。カミキヒカルはもういない。だから君たちがどんなに調べたところで、本当の意味で正解にたどり着くことはない」

 

「お前なら、それが出来るんだろ?」

 

「できるよ? ただし」

「教える気はない、か」

 

 とんだ無駄足だ。と展望台を離れるべく歩き出そうとした俺を制して、ツクヨミは先ほどまでとはまた違う、どこか優しさを滲ませた微笑みを浮かべた。

 

「うん。でもそうだね。君たちの頑張りに免じて一つだけ手を貸してあげよう。私を使ってズルするんじゃなく、ちゃんと自分たちの手で正解を導き出してみると良い。それができたらまたここに来なよ。そうしたら──」

 

 言葉を切ったツクヨミはそのまま俺を見ながら黙り込む。

 

「ハァ。……そうしたら?」

 

 続きを促すように催促されていると察し、一つ息を吐いてからお望み通りにしてやると、ツクヨミは満足げににんまり笑って続けた。

 

「答え合わせをしてあげる。本来なら絶対に知り得ない、カミキヒカルと新野冬子が何故、あんな事件を起こしたのかをね」

 

「その言葉、忘れるなよ」

 

「もちろん。人と違って神は嘘をつかないのさ」

 

 唇を持ち上げて、にっこり笑う。

 だが、その笑みには無邪気なだけの子供のそれとは違う、得体の知れない不気味さがあった。

 

「……そうか」

 

 だが、中身が何であろうと、今はこいつを信じるしかない。

 

「じゃあ。暗くなる前に帰ろうか。もちろん今日も送っていってくれるんだよね?」

 

 ほら。とこちらに向かって手を差し出して来る。

 送っていくのは前回もやったので別に良いが、その際手を繋ぐのは拒否したはずなのだが。

 今回は一応こちらが頼みごとをする立場なので断られないと踏んだのか、それとも単にからかっているだけなのか。

 スルーしてさっさと歩き出そうとしたが、その途端、頭上を旋回していたカラスが再び一斉に鳴き喚き出した。

 さっきのものとは違うどこか責めるような鳴き声。

 ツクヨミもそれを止めない当たり、手を繋がない限りこのままということなのだろう。

 

「……ハァ」

 

 仕方なく、もう一度これ見よがしなため息を履いてから、差し出された手を掴むと案の定、頭上のカラスたちはピタリと鳴き止んだ。

 

「うんうん。素直なのは良いことだよ」

 

 満足げに頷きながら海風で流された長い髪をもう片方の手で後ろに流す。

 そうして露出した横顔は随分機嫌が良さそうで、年相応とは言わずとも、さっきまでの不気味さすら覚える笑顔よりは幾分が子供らしく見えた。

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