【完結】推しの子if ~あかねちゃんと一緒にアクアを救おうルート~ 作:日ノ川
「カミキヒカルがララライに在籍していたのは十歳から十六歳までで、プロダクションを立ち上げたのが二十五歳の時」
これまで調べた情報の中から大事なところをメモに書き移し、そのまま自室の壁に貼っていく。
こうやって情報を整理してピースのように小分けにしてからパズルを組み上げるように人物像を構築していくのが私のやり方だ。
「この九年間の足取りは不明だけど、新野さんと出会ったのもこの辺りなのかな?」
新野さんと実行犯である菅野良介の写真を指しながらクルリと後ろを振り返って聞いた。
「……ああ。そうだな」
用意したクッションに座ったまま、気のない返事をしたアクアくんに私は首を傾げた。
今日私たちはそれぞれが集めた情報を共有するために集まっていた。
この計画は、既に前を向いているルビーちゃんたちに知られる訳にはいかないため、今回は私の自宅に招くことになった。
これは私が集めた資料がかなり膨大な量になったことに加え、お母さんは出張中のお父さんに届け物があって、そのまま向こうに泊まると連絡が入ったため、自宅に私しか居らず、邪魔が入ることなく話し合いが出来るからだ。
夕方から集まり、軽く食事を取ったりしていたこともあって時刻は既に夜。
親が留守の時に恋人であるアクアくんを招いて二人きりという状況は、なんだか悪いことをしているみたいでちょっとドキドキしたけど、その気持ちは隠しておく。
それもあって努めて冷静に、メモに書き写して次々貼っていくうちに、アクアくんの表情が変わってきて、受け答えもなんだかギクシャクしてきた。
その視線が私ではなく、背後に向けられていることに気づくと同時にピンときた。
「……ねえアクアくん」
「ん?」
「もしかして引いてる?」
「……そんなことねーよ?」
じっと顔を見つめる私に、アクアくんはそっと視線を逸らした。
「あ! 目を逸らした! やっぱり引いてるでしょ」
「いや、引いてはないけど」
「けど?」
問いつめ続ける私に、アクアくんは降参とばかりに肩を竦めて、改めて視線を私の後ろに向けた。
「いつもこうやって、役作りしてんの?」
「うん、まぁ……やっぱり変かな?」
「変というか、ドラマとかマンガのストーカーっぽいと言うか」
「ヒドい! というか前にどんなやり方してるかって話したじゃん!」
今ガチでアイの演技をした時、アクアくんからどうやって役作りしているのかと聞かれた時だ。
当時はあまり深く考えていなかったが、今にして思えば、あの時アイを考察したプロファイリングもどきがきっかけでアクアくんは私に興味を持ってくれたのだと思うと何だか感慨深い。
「やり方は聞いたけど、直接見ると圧迫感がヤバい」
「う、うぅ」
シュンと肩を落としそのまま顔を下に向けると、アクアくんは慌てたように立ち上がった。
「あ。いや、悪かった。俺の手伝いをして貰ってるのに」
「ふふっ」
私の肩に手を置いて謝罪するアクアくんに、俯いていた顔を持ち上げ、にっこりと笑い掛けると、アクアくんは騙されたとばかりに顔を歪める。
「自分が普通じゃないってことくらい分かってるし、今更ちょっと引かれたくらいで気にしたりしないよ」
子供の頃は相手の意図や行動を読み解こうとするあまり、距離感が掴めず相手を怒らせたり気味悪がられたりしたこともあって悩んだものだが、今は気にしてないどころか、自分のことが好きになれた。
それもこれも、こんな自分のことを好きだと言ってくれたアクアくんのおかげだ。
「それなら良かった」
そんな私の内心に気付くことなく、ため息と共に肩を落とすアクアくんに、私は張り付けられたメモと写真を見ながら話を戻した。
「でも。彼はどうだったんだろう?」
「俺は、少なくとも最初は普通の子供だったと思う」
大抵の場合、人の性格や感情は周囲の環境によって大きく変わるものだ。
「うん。才能はあったんだろうけど、少なくともララライに入ったばかりの頃は普通だったはず」
正確に言うのなら彼の家庭環境もまともとは言い難く、劇団で演じることが唯一の救いになっていたのかも知れない。
実際、入団当初の彼はただ演技が好きなだけの子供で、楽しそうに伸び伸びと演じていた。
ララライの膨大な非公開動画の中から探し出したカミキヒカルの動画を、時系列順に見てみた感想がそれだ。
「それが姫川愛梨から性被害を受けたことで歪んだ」
歪み始めたのは、十歳で入団してから一年も経たない内、姫川さんの年齢から逆算すると十一歳の時点では既に被害に遭っていたはず。
その頃から彼の瞳には金田一さんの言うところの嘘を真実だと思わせる強い力が宿っていた。
そしてそれから数年経って、彼の演技はまた少し変化した。
「アイさんとの出会いでも彼は変わった」
姫川愛梨によって追いつめられ、唯一の逃避先だった劇団内でも完全に逃げ場を失っていた。
そんな時にアイと出会い思いが通じあったことで、彼は変わった。
アイを心の支えとしたことで、精神は安定し、それは当時の演技にも現れている。
だがそれは依存と呼ばれる感情に近く、少なくとも私が理想としているような互いを思い合い尊重しあう対等な関係からはほど遠い。
だからこそ、その関係が崩れた時の衝撃もまた大きくなる。
きっと彼の人格形成に最も大きな衝撃を与えたのはアイとの出会いではなく──
「気を使わないではっきり言ってくれ」
「え?」
「カミキが完全に壊れたのは、アイに振られたから。そして……アイがカミキを振ったのは、俺とルビーを妊娠したからだ」
絞り出したような苦しげな声は、自分たちのせいでアイが殺されたとでも言いたげだ。
アクアくんはこういうところがある。
宮崎で私とルビーちゃんが遺体を見つけた時もそうだった。自罰的というか、どう考えてもアクアくんには関係ないことまで、自分のせいだと思いこんでしまう節がある。
「アクアくんこそ、気にし過ぎ。二人は何の関係もないよ」
どちらかと言えば、アイのやり方がまずかった。
私もアイの残したDVDは見せて貰ったから、彼女がカミキヒカルのことを考えて別れを切り出したことは分かっている。
アクアくんの手前口にはしなかったが、アイとカミキヒカルの間には恋愛感情があったのは間違いない。
だからこそ、上原夫妻が無理心中した事実に限界が近かった彼がこれ以上傷つかないようにあえて突き放してしまった。
もちろん当時のアイは悪意などなく、それが最善だと信じたんだろうし、一番近くにいた彼女がそう感じた以上、カミキが壊れる寸前だったことも間違いないだろう。
そのまま放置するつもりもないのは、DVDの最後に一緒に救って上げて欲しい。と言い残していたことからも明らかだ。
アイの犯した過ちは、カミキヒカルにとってのアイの存在の大きさに彼女自身が気づけなかったことではないか。
アイには斎藤夫妻やアクアくんとルビーちゃんのように導いてくれる人や心の支えになってくれる人が他にもいたが、カミキヒカルにはそういう人がアイ自身しかいなかったのを彼女は分かっていなかったのだろう。
当時のアイが今の私たちより年下の精神的に未成熟な子供だったことを考えると、それも仕方ないことではあるが、アクアくんは意図的にそう考えるのを避けているように思えた。
「……でも僕は」
俺ではなく、僕。
アクアくんの一人称が変わることは偶にある。
主に目上の業界人に対して接する時、口調が丁寧語になるのと一緒に一人称も変えている。
別におかしなことでもないので、特に気にしてはいなかったが、今のこれはそれとは違う理由によるものだ。
(これは、アイを救えなかった罪悪感を思い出しての一種の幼児退行?)
それにしては口調や思考には変化はなく、ただ一人称が変わっているだけなのは奇妙だが、かなちゃんやカントクさん曰く、アクアくんは子供の頃から妙にしっかりしていたそうなので幼児退行しても精神年齢があまり変わらないのかもしれない。
どちらにしてもこの話はこれ以上広げるべきではない。
今回の調査は、あくまでアクアくんが過去との決着をつける為のもの。
そのためにカミキとニノをよく知る必要がある。
今までの調査で分かったのはカミキのことだが、これでは片手落ち。
答えを出すのは、もう一人、ニノのこともしっかり調べてからにするべきだ。
「とりあえず、今調べられるのはここまで。後はニノさんと出会ってからのことを調べないとね」
私が意図して空気を変えたことを察したらしく、アクアくんも併せて話を変えてきた。
「あ、ああ。そう、だな。とはいえカミキの方からはこれ以上調べようがない。壱護さんとミヤコさんか、あとは元B小町のメンバー側から当たってみるか」
確かに、カミキの足取りは十六歳で途絶えている以上、そちらから調べるのは私達では難しい。
だから知っていそうな相手から攻めようというアクアくんの考えは間違ってはいないのだが。
「斉藤さんはともかく、元メンバーの人は話してくれないんじゃないかな? ドラマの脚本作る時も大変だったんでしょ?」
同僚のニノが殺人で逮捕されたことで、元メンバーにもかなり苛烈な取材が行き、当時のことを根ほり葉ほり聞かれた影響だろう。
アクアくんがドラマの脚本を仕上げるため当時のメンバーに接触した時も詳しい話はあまり教えて貰えず、撮影中も見学には来なかった。
そのため、B小町パートは殆ど斉藤さんとミヤコさんから聞いた話を元に脚本が作られたと聞いている。
「それはそうだけど、壱護さんだけじゃ限界がある。メンバー同士だからこそ共有していた秘密もあるはずだ。最悪多少強引にでも聞き出すしかないか」
「ううん。この件は私に任せてもらえないかな?」
「いや。それは──」
きっぱり言い切った私に、アクアくんは戸惑うように眉を寄せる。
以前からうっすら思っていたが、今回のことで私は下手をしたら女優以上にこういう調査に向いていると確信した。
だがそれは、人間関係から調査対象の人となりを推察するもので、全く足取りの分からない相手を調べるのとは訳が違う。
アクアくんもそう思っているのだろう。
でも私にはまだ一つ手札が残っている。
「大丈夫。当てはあるんだ」
言ってからしまった。と思うがもう遅かった。
アクアくんの視線が鋭くなり、私をじっと睨む。
「……当てって?」
「えーっと。大丈夫、ちょっとグレーな方法だけど危ないやり方じゃないから」
「グレーって時点で信じられないんだが」
疑いの眼差しが強くなる中、私は勢いで誤魔化すように続ける。
「いいから。こっちは私がなんとかするから、アクアくんは片寄さんの方に注力して」
アクアくんの眉が怪訝に持ち上がった。
先日、片寄さんの方はもう手を打ってあると言っていたから、どうして私がその名を口にするのか分からないのだろう。
「ララライの団員の人から聞いたんだけど。片寄さんも今になってカミキヒカルのこと聞き回っているみたいなの」
「それはいつ頃?」
「私たちが海に行っていた日に金田一さんと会っていたみたい。でも、金田一さんは私と話をした時、片寄さんのことは一言も言わなかった」
「つまり、金田一さんに口止めをしてたってことか」
「そう。アクアくん、片寄さんの方は手を打ったって言ったけど、彼女が動いていることは知らなかったでしょう? この人に関する問題はきっと私には何もできない。アクアくんじゃない駄目だと思うの。だから……」
そっちに集中して欲しい。と続けようとした私を、アクアくんは苦笑と共に手を上げて制した。
「悪い。余計な心配かけたな。ちゃんと話しておけば良かった。俺が手を打ったのはあの人に対してじゃない。カントクの方だ」
「カントクさん?」
「ああ。編集の段階で内容に手を加える許可を貰った」
映像作品を作る際は、放映時間の何倍もの映像を撮り、そこから取捨選択して一つの作品とするため、場合によってはコンセプトすら変わるくらい内容が変化することもある。
監督が編集を兼任することも多いのはそのためだ。
だがそれと片寄さんとの勝負に何の関係があるのだろう。
「どこを変えるの?」
私の問いかけにアクアくんは、少し間を置いてから答える。
「カミキヒカルの登場シーンだ。アイに振られてから、逆恨みして菅野を唆すシーンを全てカットする」
「でも。そんなことをしたら、彼を断罪することが出来なくなるんじゃ……」
現状の世間に知られている情報だけでは、カミキヒカルは単なる殺人の被害者でしかなく、ドラマの内容を加味しても、性被害を受けたことで歪んでしまった人間として同情を集めることはあっても断罪されることはない。
それが加害者となるのはひとえに、自分を救ってくれたアイに振られたからと理不尽に命を奪うような真似をしたからだ。
その部分が消えてしまったら、カミキはただの被害者のまま。それではアクアくんの復讐は完遂出来なくなってしまう。
そんな私の内心を見透かしたアクアくんは柔らかく笑って同意した。
「分かってる。でも、そうすれば少なくとも片寄ゆらは満足する。そもそもあの人と勝負することになったのは、俺たちがカミキを断罪する内容のドラマを作ったからだ。それならそういう内容でなくなれば勝負をする理由自体なくなるだろ?」
元からこの勝負に負けた場合、内容の変更、あるいは放送中止をすることになっていたはずだが、勝負を降りて彼女の望む内容に変えれば少なくとも放送中止にはならない。
後はそのドラマを使ってニノの説得に全力を注ぐ。それがアクアくんの狙いだったのだ。
「勝つために手伝ってくれたみんなには申し訳ないが、そもそも明確な基準がないこの勝負では向こうが有利すぎる」
それは最初から分かっていたことだ。
だが超一流女優である片寄ゆらのプライドが勝負で不正を働くはずがないというのが、基本にあり、私自身彼女と共演して似たような感想を抱いたからこそ疑うことなく勝負に勝つことを目指していた。
自画自賛になってしまうが、私もアイとしての演技も上手く出来たし、アクアくんの担当したパートの出来も素晴らしいものだった。
十分勝機はあるはずなのに。
それが今になってどうして。
私の顔色から言いたいことが分かったらしく、アクアくんは苦笑して続けた。
「今のあの人は本質がどっちかって話だ。片寄ゆらは女優だが、今は復讐者でもある。そして彼女にとっての復讐は俺と同じ。何も出来なかった自分が許せないからこそだと思う」
カミキヒカルが殺された当日、片寄さんはバーで一緒に飲んでいたと聞いている。
自分がもっと長く一緒に居れば殺されずに済んだかも知れない。
その思いが強い後悔となって、彼女は自分を責め続け休業に至った。
そんな現在の彼女の姿はかつて目の前で刺されたアイを助けられなかったことや、犯人に繋がる情報を得ていたのに、復讐を終わらせたいがために気づかない振りをしてしまった自分と同じ。
アクアくんはそう考えたのだ。
「そういう奴が納得するには物語が必要なんだ」
「物語?」
「そう。勝負をふっかけた相手が努力して必死になって勝機を見いだしたが力及ばず負けを認めた結果、報酬として望みを叶えた。そういう物語を与える必要がある」
「だから最初は勝負に乗った振りをしたってこと?」
冷静な判断と言えなくもないが、アクアくんらしくない気もする。
「最初からこうするつもりだったわけじゃない。俺だって本当はあいつを断罪したい。もし今生きていたら殺してやりたい気持ちは変わらない。でも──」
言葉を切ったアクアくんは目を伏せ、それから壁一面に貼っているアイの写真に目を向けた。
アクアくんの自宅にも飾られている、双子と一緒に写った家族写真のコピーだ。
アイドルとしての笑顔とは違う、大切な家族に対して向けている心の底からの笑顔。
「アイは、あいつのことを愛したかったと言っていた。あいつがどうしようもない奴ならともかく、あかねが調べてくれたカミキは周りの歪んだ大人に翻弄され壊された哀れな被害者だった。それなら俺はあいつのことを許してやるべきかも知れない……そう思ったんだ」
アクアくんの微笑みは穏やかなもので、強がりではなく本心から言っているように見えた。
その笑顔を見て、私もようやく理解した。
アクアくんが望んだ過去との決着は、復讐することではなく、許すことなのだと。
「ま。確かに色々調べ回られて変に拗れても困るし、片寄さんには俺から連絡するよ。ニノの方はそれから改めて──」
瞬間、狙いすましたようにアクアくんのスマホが鳴った。
私はなんだか嫌な予感がしたけど、アクアくんの方は、怪訝な顔をしつつも、大して気にした様子もなくスマホを取り出し、そして画面を見て表情が凍り付いた。
ややあってから私に向かって画面を見せてくる。
そこに表示されていた名前を見て、私もまた、アクアくん同様表情が固まった。
片寄ゆら。
タイミングが良すぎる着信相手に私たちは無言のまま顔を見合わせた。
ちなみにカミキの家庭環境について原作ではあまり詳しく語られていませんが、140話で一コマだけ自宅に入らず玄関前でランドセルを置いて座り込んでるシーンがあったので、あまり良い環境では無かったものとしています