【完結】推しの子if ~あかねちゃんと一緒にアクアを救おうルート~   作:日ノ川

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今回の話では小説第二弾、二人のエチュードにだけ出てきた人物が名前だけですが登場します
話自体は小説版を読んでいなくても分かると思いますが、未読の方はご注意ください


第87話 酒と演技と男と女・前編

「お疲れさまです。最高の出来でした!」

 

 CM撮影が終わり、楽屋に戻って早々、マネージャーの声が掛かる。

 

「本田さん。声大きい」

 

 体育会系プロダクションの新人タレントじゃあるまいし。と苦笑する私に、本田さんは恥ずかしそうに頭を掻いた。

 

「あっ、スミマセン。でも本当ですよ。プロデューサーも流石は片寄さん。最高の仕事だったって誉めてましたよ」

 

「どうだか。あのプロデューサー調子良いから。私、体調もまだ本調子じゃないし」

 

 声の興奮具合からいって世辞では無いことは分かっていたが、下手に復調していると思われて仕事を詰め込まれても面倒だ。

 

 本当は勝負が付くまで仕事を入れるつもりはなかったが、私が復帰したというニュース自体はもう広まっている中で、他の仕事を断り続けていると、鏑木P以外のプロデューサーやディレクターから睨まれてしまう。

 勝負の結果次第ではその鏑木Pとの関係も最悪になるのだから、今後のことを考えると、今はまだ干されるわけにはいかない。

 だからこそ、まだ本調子ではないが、無理を推して仕事を行っているという体でいくつか別の仕事も受けているのだ。

 

「そう、ですね。体調のことは本当に気をつけてください」

 

 会社として、稼ぎ頭の私にバンバン仕事をやらせたいのは山々だが、また体調不良で倒れられたりでもしたら、今度こそマネージャーである自分のクビが飛びかねない。

 

 そういう思いから出た言葉だろう。と私は適当に頷く。

 さっさと話を終わらせて自宅に帰り、調べ物の続きを行いたいのだが、そんな私の意図を汲むこともなくおべっかは続く。

 

「でも、まだ本調子じゃないのに、これだけの演技が出来るんですから。完治したらもう無敵じゃないですか」

 

「またまたー」

 

「いや、本当ですって。特に眼が良いっていうか」

「眼?」

 

 思わず反応してしまい、睨むように視線を向けた私に、本田さんはビクリと体を震わせてから恐る恐る頷いた。

 

「え、ええ。みんな言っていますよ。休業前と比べてスゴく印象的な眼をするようになったって」

 

 印象的な眼。

 ミキさんが所属していた劇団ララライの代表、金田一敏郎からも聞いたフレーズだ。

 先日、私は役作りに必要だからと彼に接触して話を聞いてきた。

 

 もっともその時には既に撮影は終了していたし、姫川愛梨役の私がミキさんの事ばかり聞いたことを怪しんだのか、あまり詳しい話は教えて貰えなかったが、ある程度、当時の雰囲気は感じ取ることができた。

 

 そこで彼が言っていたのが、ミキさんも印象的な眼を持っていた。ということだった。

 

「それで。これはまだ本決まりじゃないんですけど……」

 

 妙に真剣な本田さんの声で思考が中断されて、若干苛立ちを感じたが、私は努めて冷静に続きを促した。

 

「演出家の虹野さんが次の舞台に出て欲しいって言ってるみたいです」

「え?」

 

 思いがけない名前に驚く私に、本田さんは嬉しそうに続ける。

 

「最近会ったんですよね?」

「ええ。この前の撮影の時、スタジオの廊下で偶然。軽く挨拶はしたけど、そんな話はぜんぜん」

 

 虹野修吾は風変わりな演出家として有名である。

 本来であれば、スポンサーや付き合いのある事務所のプッシュなどで、出演させる役者が決まることが多いが、彼は資金集めや劇場の手配まで誰の手も借りず自ら行うことで、脚本や演出のみならず、キャスティングも周囲の影響を受けず自分の手で決めている。

 

 そうして稽古時間もお金も一切の妥協なく投入し、磨き上げられた舞台はいずれも質が高く、国内外問わず絶大な評価を得ている天才──いや鬼才として有名だ。

 

「本当ですよ。事務所に本人からスケジュール確認の連絡入りました。確か、前に出演したことあるんですよね?」

 

「……小学生の時に一回だけね」

 

 その当時から彼の舞台に選ばれること自体が名誉とされていたため、本当に嬉しかったし、これで自分もトップスターになれると随分浮かれたものだが、その気持ちは直ぐに消えてしまった。

 

「でもあれは、多分気まぐれだったんじゃないかな。結局私が売れるまで凄い時間掛かったし」

 

 私が出たのは一度切りだが、気に入られた役者は何度も舞台に呼ばれると聞いている。

 ちょうど今回のドラマで共演した黒川あかねと姫川大輝も私より年下なのに何度か彼の舞台に呼ばれていたはずだ。

 

「いや、そんなことは──」

 

 愛想笑いを浮かべつつも、彼も明確に否定はできないらしい。

 実際、彼の舞台に出た後、演技派として売っていた頃の私の人気はパッとしなかった。

 売れるようになったのは、今の事務所に入って私の現状を認識した社長が演技の前にまずは知名度を上げる方針へと転換させてプロデューサーの指揮の下に顔売りメインで仕事をするようになってからだ。

 そうした社長たちの目論見は当たり、そのおかげもあって、殆ど注目されていなかった私の演技も再評価されるようになった。

 

 結局、どれほど演技が上手くともまずは世間にちゃんと認知してもらえなければ評価されないのだということを痛感させられたのだが、そうなってからも虹野さんから再び声が掛かることは無かった。

 演技力よりも知名度を売りにする私では、彼の眼鏡には叶わなかったのだろうと腐してもいたのだが、それが今になって……

 

「とにかく! これからの仕事は虹野さんも見ているでしょうし、正式なオファーを貰うためにも今まで以上に頑張りましょうね!」

 

「ああ。うん」

 

 分かりやすく発破を掛けてくる本田さんに、今度は私の方が愛想笑いを浮かべることになってしまった。

 

 

   ※

 

 

 仕事が終わった私の足は、自宅ではなく繁華街に向かっていた。

 休業するようになって、いや。あの事件があって以来、意図的に遠ざかっていた一件の店へと向かう。

 

 会員制と書かれた無機質な金属プレートの下に似つかわしくない、まるちゃんバーという気の抜けた店名。

 例の事件があっても休業や閉店することは無かったようで、僅かに胸をなで下ろしつつ、私は重厚な扉に手を掛けて、中に入った。

 

「あら。いらっしゃい」

 

 さほど広くない店内にいるのはマスター一人だけで、他の客の姿はない。

 ギャルソン服をビシッと着こなしたマスターは私の顔を見ると、ほんの一瞬驚いたような顔をしてから柔らかく微笑んだ。

 

「……久しぶり。マスター」

 

 そんなマスターに小さく苦笑してから私はいつも通りの注文を口にした。

 

「まるちゃんスペシャルで」

「はぁい」

 

 慣れた手つきでカクテルを作る姿を見ながら私はふと隣の席に目をやる。

 この店に来た時はいつもここにミキさんが座っていた。

 

「はい」

「ん。ありがと」

 

 早々に出来上がったグラスを手に取る。

 

「つき合う?」

 

 バーのマスターにも色々なタイプがいるが、この店は会員制の高級バーでプライバシーがキッチリ確保されている。

 そういう店だからこそ、普段人前で弱音やグチを吐けない人が周りを気にせずストレス発散しにくるケースが多い。

 

 だからこそ、この店では一人で来た客にはマスターがグチ聞き役になってくれることもあるのだが、私は少し考えてから首を横に振り、代わりにもう一杯別の酒を入れてもらって、隣に置いた。

 

「乾杯」

 

 小声で言って置かれたままのグラスにぶつけ、一気に煽る。

 あの日以来となるお酒に、思わず頬が緩んだ。

 

「ねぇ、ミキさん聞いてよぉ。虹野さんがさ、次の舞台で私を使いたいんだって。笑っちゃうよねぇ」

 

 まだ酔ってはいないが、意図的にテンションを上げて話し出すと、マスターはそっと私の側を離れてグラスを磨き始めた。

 話し相手が不要なら、客の邪魔にならないように黒子に徹する。

 相変わらず良いマスターだ。

 これなら何を言っても大丈夫。

 

「これって、私の演技を認めてくれたってことだよね」

 

 虹野さんの性格上、鏑木Pのように休業していた女優の舞台復帰作という話題性を買ったということはあり得ない。

 

「マネージャーにも言われたんだけどね。眼が変わったんだって。ミキさんもそうだったんだよね」

 

 金田一さんは、その眼を役者として最高の素質だと言っていたが、私はミキさんの眼をあまり覚えていない。

 彼は、いつも穏和な笑みを浮かべて眼を細め、同時に視線も合わせないようにしていた。

 その特徴的だという眼を隠したかったのかも知れない。

 だがそれも、あんなことがあって役者に嫌気が刺して引退したことで目立たないようにしていたと考えれば辻褄は合う。

 

「虹野さんも私のそういう眼が気に入ったのかな」

 

 挨拶した時はいつも通りつかみ所の無い好々爺といった感じだったが、今回のドラマも他に撮影した仕事も放送していない現状で彼が私を選ぶ理由なんて他に思いつかない。

 でもまさか、今になって。

 

「今更、役者として成功なんてしても意味ないのにね」

 

 私が復帰したのは、星野アクアの存在があったから。

 最初は息子である彼がミキさん本人を演じると聞いて、きっとドラマを使って新野冬子(あの女)に復讐するつもりだと思ったから手を貸そうとした。

 

 それが、事件当日一緒に飲んでいたのに、ミキさんを救うことのできなかった私に出来る唯一の償いだと思ったから。

 でも出来上がった脚本は全く逆のもの。

 

 だから私も星野アクアと逆の立場に立って、内容の変更を申し出た。

 勝負の結果が出るのはまだ先だが、正直言って結果自体はあまり関係がない。

 どちらになったとしても、それで私の復讐が終わるわけではないのだから。

 

「大丈夫だよ、ミキさん。例え負けて、そのままドラマが放送されても私が何とかするから」

 

 彼との勝負はドラマをそのまま放送させるかどうかだけで、その後に関しては何も決まっていない。

 

 勝負に勝ち、星野兄妹の出生を明らかにした上で、ミキさんに同情的な内容に変更させることが出来れば一番良い。

 そうすれば、ミキさんは性被害を被った上、逆恨みで殺された完璧な被害者となり、だいぶ時間が経って忘れられつつある、あの女に改めて世間の非難を集めさせて、社会的に抹殺する事が出来るはずだ。

 

「ねぇ、マスター。確か社会的な制裁を受けた人って罪が軽くなるんだよね」

 

「あー、だから例え極悪犯だとしても、裁判前に叩きすぎるのは逆効果だっては聞くね」

 

「うん。そうなったら罪軽くなって早く出て来ちゃうもんねぇ」

 

 事故ではなくキチンと殺意を持って殺したとなれば初犯でも結構罪は重くなるはずだが、少なくとも極刑の可能性は低い。

 社会的制裁を受けていれば尚更だ。

 

 勝負に勝てば自然とそうなるし、負けたとしても放送後、私自身の手でミキさんの名誉を回復するように立ち回ればいい。

 

「でも、そうなったら役者なんて続けられないよねぇ」

 

 ドラマの放送直後に、出演者本人が内容を批判するような真似をすれば、確実に非難を受ける。

 真実の暴露という体をとれば、世間の方はなんとか誤魔化せるだろうが、問題は鏑木Pを初めとしたドラマ制作側の芸能関係者だ。

 

 当然だ、自分が出演した商品の価値を自ら下げる女優なんて誰だって使いたくない。

 私は確実に干されて芸能界引退に追い込まれる。

 

 そして、そうなる可能性は非常に高い。

 だって、この勝負に私が勝てるとは思えないのだから。

 

 星野アクアの言うとおり、私は女優として勝敗に嘘はつけない。

 これが最後の作品になると思えばなおのことだ。

 

 黒川あかねと共演して実感した。

 あの娘は本物だ。

 それこそミキさんと同じ、役者として最高の資質を持って生まれた天才。

 金田一さんの言葉をすんなり受け入れることが出来たのは、彼女の演技を事前に見ていたからなのだ。

 

 姫川愛梨に扮した私に直談判するシーンでは、演技ではなく素で圧倒されて理解してしまった。

 こんな化け物に勝てるわけがないと。

 

 その劣等感と怯えが、良い具合に性加害のことを糾弾された時の姫川愛梨の心情と重なり、良い芝居が出来た。

 だけど、その芝居を自ら引き出したんじゃなくて、黒川あかねに引き出された時点で、役者としての格付けは決まったようなものだ。

 

 そして星野アクアもまた、初めて監督として撮ったシーンで、総監督やプロデューサー、熟練のスタッフまでも唸らせるようなシーンを作り上げたと聞いている。

 

 そんな天才たちに私みたいな凡人が勝てるはずもない。

 だけど、いや。だからこそ。

 私は役者としての将来も夢も全て捨ててでも復讐を完遂させる。

 

 出所したあの女をこの手で殺す。

 それが私の復讐だ。

 

 そのために私の女優としてのキャリアも、将来も、夢すらも捨てて──

 

「あれ?」

 

 久しぶりに飲んだせいか、まだ一杯目だというのに既にふわふわしかけていた頭に不意の疑問が浮かんだ。

 

(私。どうしてそこまでするんだっけ?)

 

 当然だけど、今までそんなことを考えた事なんて無い。

 もちろん怒りや憎しみを覚える事はあった。

 芸能界という場所は、特に理不尽なことばかり起こる以上、普通よりそういう感情を抱くことは多かったかもしれない。

 それでもその一線を越えることはなかった。

 いいや。そんなこと考えもしなかったはず。

 

(殺されたのが、ミキさんだから?)

 

 関係はあるだろう。

 そもそも身近な人が殺されるなんて経験は滅多にあることではない。

 まして相手はこの嘘だらけの芸能界で私が気を許せた数少ない友人だ。

 

 他の人みたいに利害関係も、マネージャーみたいなご機嫌取りでもなく、素の私を見てくれた大切な人。

 その関係や気持ちに名前は付けていなかったけれど、もしかしたら私は彼に何か特別な感情を持っていたのかもしれない。

 

 そんな人を助けることが出来なかった自分が許せなくて何かしたかった。

 それは分かる。

 でも、だからといって、なんでいきなり殺人なんて……

 

 思いついた時はそれが当然だと思ってたけど、こうして時間が経ってから考えると何か、別の理由が──

 

 更に深く思考を続けようとした私の耳に、澄んだ鈴の音が聞こえてきた。

 

「申し訳ございません。当店は会員制となっておりまして」

 

 再びグラス磨きに戻っていたマスターが素早く反応し、真面目な声で話し掛ける。

 どうやら会員ではない者が間違えて入ってきてしまったらしい。

 

 入り口の目立つところにプレートが掛けられてはいるが、そんなものが見えないほど酔っぱらった者や、字が読めない外国の観光客などが間違って入ってくることはあり得る。

 

 どちらにしても、私もそれなりに名の知られた芸能人、下手に振り返って顔が見られても面倒だ。

 思考を中断し、顔を逸らしながら飲み掛けだったグラスに手を伸ばす。

 

「ああ。そうなんだ。じゃあ会員にしてくれない? 紹介人が必要ならそこの人にやって貰うから」

 

(この声)

「いえ、そういうわけには……」

 

「大丈夫。その人とはつい先日まで夫婦役やってたから」

 

「……それ、関係ないでしょ?」

 

 入ってきた人物の正体が分かり、私はため息と共に振り返って笑い掛けた。

 

「姫川大輝くん」




ちなみにこの話では片寄ゆらは復帰後ずっと黒星開眼している設定です
今回はなるべく間隔を開けず投稿したいので後編も半分以上書き終わっているため次回はいつもよりは早めに投稿できると思います
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