【完結】推しの子if ~あかねちゃんと一緒にアクアを救おうルート~   作:日ノ川

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前後編の予定でしたが書いているうちに伸びてしまったので、中編を挟みます


第88話 酒と演技と男と女・中編

「静かで良い店だな」

 

 私の紹介とすることで、会員として認められた姫川大輝が私の隣に座り(いつもミキさんが座っていたのとは逆隣)ながら、店内を見回す。

 

「でしょ? 貴方も芸能人なんだから、こういう落ち着ける店を幾つか探しておくと良いよ」

 

「俺も会員制の店に行くことはあるけど、基本、可愛い女の子がいるところばっかだからなぁ」

 

「ここにいるでしょ? 可愛い女の子」

 

「ははは」

 

「異性好きは遺伝かしらね。姫川くん……ううん。大輝くんの方がいいかな。私、その名字嫌いだから」

 

 小馬鹿にしたような乾いた笑い方にムカついた訳ではないが、意趣返しも兼ねてそんなことを口走ると、彼の目が細くなる。

 敢えて女好きではなく、異性好きと表現したのは、子供だったミキさんに手を出した姫川愛梨を皮肉ってのものだ。

 そんな私にもう一度鼻を鳴らし、大輝くんは視線をマスターに向けて再度こちらを見る。

 その視線の意図に気付き私はカラカラと笑って手を振った。

 

「ああ、大丈夫。ここでの会話が外に漏れることはないよ。ね? マスター」

 

 そういう店でなければ、芸能関係のグチをこぼすことは出来ない。

 芸能人はいつも誰かに見られている。

 どんなに気をつけて記者や一般人からの追い回しを回避したとしても、芸能関係者から噂が回ることも多い。

 現に彼が私がこの店で飲んでいるのを知ったのも、そういう人たちの誰かが情報を漏らしたからだろう。

 ただ、この店で話した内容に関しては、一度も外に漏れたことはないので信頼している。

 

「例え貴方たちがここで人殺しの相談しても誰にも言わないよ」

 

「人殺しって……」

 

 ついさっきまで自分が考えていたことを思い出して、思わずドキリとしてしまう。

 

「会員制を唄う以上、プライバシーの保護はそれくらい重要ってこと。もちろん本人が教えて欲しいって言ってきたら話は別だけどね」

 

「自分で話したことを教えてって。そんなことあるの?」

 

 妙なところが引っ掛かったらしい大輝くんに、マスターは小さく肩を竦めた。

 

「酔ってベロベロになった人が後で何の話したか忘れた時とかね」

 

「あー」

 

 私自身結構お酒には強い方だが、それでも酔っている時の会話を全部覚えているとは言い切れないので、気持ちは分かる。

 

「あっそ。なら俺もぶっちゃけて話そうかな」

 

「そうそう。お互い忙しい身の上なんだから、時間は有効に使おうよ」

 

 大輝くんが納得したところで、マスターは自分の役目は終わりとばかりに、彼の元にお酒を渡してから、一歩後ろに下がった。

 

「じゃ、乾杯」

「ん。かんぱーい」

 

 元からテンションの低い彼と、何の話をしに来たか大体分かっているからこそ、棒読みで適当にグラスを合わせる私。

 こうして盛り上がる要素が欠片もない飲み会が始まった。

 

「ふーん。結構美味いなこの酒」

 

「まるちゃんスペシャル。私のお気に入りのカクテル。ここでしか飲めないから堪能しなさい」

 

「あっそ。……で? アンタ、こないだ金田一さんに会いに来て、カミキヒカルの話聞いたんだって?」

 

 雑談に応じる気はないとばかりに、いきなり本題に入る様子に思わず笑ってしまう。

 

「いきなりぶっこむね」

 

「時間は有効に使うんだろ?」

 

「……じゃ私も端的に。そうだよ。だって、この後撮り直しすることになるんだから、私の知らないミキさんの姿も知っておかないとでしょ。ま、あんまり教えてくれなかったけど」

 

 過去のこととはいえ、ミキさんと姫川愛梨のことはララライにとっては大スキャンダル。

 関係者ならまだしも、単なる知り合いでしかない私に詳しい話を教えてくれるはずがない。

 

「撮り直しって。撮影はもう終わってるだろ」

 

 白々しい。

 このタイミングでわざわざ会いに来た時点で彼が私たちの勝負のことを知ってるのは明白だ。

 

「星野アクアから聞いてるんでしょ? 私との勝負の話。私が勝ったらミキさんを悪者にした今までの撮影を無かったことにして、改めて撮り直して貰うつもりなの」

 

 勝ち目が薄いのは分かっているので、本当の目的は別のところにあるのだが、とりあえず適当な理由を口にする。

 そんな私の誤魔化しに、彼は目を伏せてゆっくりと首を振った。

 

「心配せずとも、もうそんなことする必要ねーよ」

 

「どういう意味?」

 

「監督から話を聞いてきた。脚本にあったカミキがアイに振られた腹いせに復讐を決意するシーン。撮影自体はしてたらしいけど、結局カットになるんだと」

 

 憎々しげに語り、酒を煽る大輝くんに私は目を丸くして吐き捨てた。

 

「は? なんで?」

 

 

   ☆

 

 

 驚いて目を見開く片寄ゆらの表情に嘘はない。

 あるいは状況不利と察したこいつがアクアに脅しでも掛けたのかと思っていたが、そういうわけでは無さそうだ。

 となると──

 

「なんでって。アンタの気持ちが分かるからじゃねぇの?」

 

「私の?」

 

 分かっていなさそうなので説明してやる。

 

「俺は基本的に楽しいことにしか興味がない。嫌なことは切り離してすぐ忘れる主義なんでな」

 

 これが案外この世界で生きてく上で役に立つ。

 何かと面倒とストレスが多い芸能界で、俺が両親の二の舞になることなく適当にのんびり楽しめているのは、こういう性格のおかげだ。

 

 だからこそ、アクアから母親の性加害という名の不貞行為が両親の心中理由だと聞かされた時も、本当の父親が別にいて、既に殺されていると聞いた後も大して気にしなかった。

 だが、こうした生き方を身につけたそもそもの理由は、俺を置いて両親が心中したショックでメンタルを病みかけた経験があったからこそ。

 

 壊れかけた心を守るための防衛反応のようなものだ。

 オッサンにも言ったが俺自身はこういう自分を気に入っているし問題はない。

 そもそも、ショックの内容はどうあれ、イヤなことを忘れるのは普通の人間でもよくあることだ。

 

「だけど、アクアは違う」

 

 アイツは目の前で母親を殺されてからずっと、怒りを忘れることなく、復讐を成し遂げるためだけに生き続けてきた。

 それなのに、結局復讐する前にカミキが殺されてしまったことで、もう忘れることも乗り越えることも出来ず、ただもがき苦しんでいた。

 今は黒川を初めとした周りの連中のおかげで立ち直っているが、それで苦しんでいた時間が戻るわけじゃない。

 そして、期間こそアクア程でないにしろ、この人もまた同じ苦しみを背負っている。

 

 ドラマを使ってカミキヒカルを断罪することで間接的に復讐を成し遂げようとしたアクアと、そんなカミキの名誉を回復させることで、なにも出来なかった無力な自分を慰めようとしている片寄。

 どちらか一方の願いしか叶えられない状況だからこそ、アクアは自ら引くことを決めたんじゃないだろうか。

 誰かを傷つけるくらいなら自分が貧乏くじを引こうとする。

 

「あいつはガキのくせに全部背負い込んで、自分が我慢すればいいと思っている。俺はそれが気に入らない。だからこうして説得にきた」

 

「説得って。そのカットした所を脚本通りの内容に戻させるってこと?」

 

「いや。さっきも言ったろ。俺にはアクアの気持ちもそうだが、アンタの気持ちも分からない。だから、勝負を降りて勝ちを譲るってところまでは口出ししない。問題はその後、アンタがしようとしていることだ」

 

「その後?」

 

「アンタ、アクアの父親だけじゃなく母親が誰かってことも知ってるよな?」

 

 このドラマの主役である星野アイこそが二人の母親。

 アクアが、母親のことだけでなく父親であるカミキのことも隠そうとしている理由もそれだ。

 少し勘のいい奴なら、二人の顔立ちやスター性に加え、その時期にアイが休業していたこと。

 そしてドラマ内で当時二人が交流を持っていたことや、母の性被害から救ったことも加味して、アクアとルビーが二人の子供だと確信できてしまうだろう。

 

「……だとしたら?」

 

 アクアが勝負から降りたことで、カミキヒカルは世間によって断罪されることすらなくなった。

 その時点で片寄の目的も達成しているのだから、これ以上何かするわけがない。

 アクアはそんな風に考えているのかも知れないが、それは早計だ。

 

「仮に今後、アクアとは関係ないところで、カミキの名誉を傷つけられても何もせず黙っているって確約できるのか?」

 

 そもそも書面に起こしたわけでもない、単なる口約束。

 破ったところでアクアにはどうすることも出来ない。

 アクアだってそれを理解した上で、片寄の女優としてのプライドを担保にして約束を守らせようとしたのだろうが、それは相手がまともだったらの話だ。

 かつてはともかく今のこいつがまともである保証はない。

 

 本心を探るように、じっと目を見て問いかける。

 そんな俺に片寄はニンマリと楽しげな笑みを向けた。

 

「ふふ。出来るわけないでしょ?」

 

「だろうな」

 

「というか、星野アクアが勝負から降りた時点で、もうノーサイド。私が約束を守る義理もないでしょ?」

 

「詭弁だな」

「なんとでも」

 

 余裕の態度を崩さない片寄の瞳には、出会って間もない頃、東ブレの舞台の上で俺に向かってきた時のアクアと似た、暗くそれでいて人を引きつける輝きに満ちていた。

 これが、アクアや演技中の黒川、そしてカミキヒカルも持っていたという、人を騙し嘘を真実だと思わせる眼なんだらう。

 

「確認に来て正解だった。やっぱり、今のアンタはまともじゃない」

 

 俺の言葉に、片寄はニヤニヤと楽しげな笑みを浮かべて、酒を一口飲む。

 

「それで? そんなまともじゃない私を君はどうやって説得してくれるのかな?」

 

「いいや。もうその必要もなくなった。説得ってのはまともな奴に対してやるもんだ。ここから先は宣戦布告だ。アンタがどんな手段を使おうと、俺がそれを止める。それこそどんな汚い手段を使ってもな」

 

 言外に、こいつがアクアに対してチラつかせた、一流芸能人として培った人脈や伝手といった手札をこちらも使うと宣言する。

 アクアとルビーや黒川にはまだ無理だろうが、俺なら──

 

「確かに大輝くんなら出来ると思うよ。一年休業していた私と違って、貴方の評価は上がり続けている。どっちか選べって言ったらみんな貴方を選ぶでしょうね」

 

 口にしたセリフ自体は敗北宣言のようだが、その声には未だ余裕が感じられた。

 案の定、片寄はその余裕を表情に浮かべたまま続けた。

 

「でもさ、そんなことしちゃったら、キミも取り込まれちゃうんじゃない? 芸能界の闇って奴にさ」

 

 実際、片寄ゆらクラスの女優がなりふり構わず人脈をフル活用して動いた場合、それを止めるにはこちらも相応に無理をしなくてはならない。

 貸し借りがものをいう芸能界において、返せる宛の無い大きな借りを作るのは非常に危険だ。

 それこそ片寄の言うように、俺自身にその気が無くても、いつの間にか芸能界の闇の片棒を担がされているなんてこともあるかも知れない。

 それは理解しているし、覚悟の上だ。

 

「そうしないとアイツが助けられないんだから仕方ない」

 

「……ずいぶんとまあ献身的なことで。楽しいことしかしないんじゃなかったの?」

 

 きっきの台詞を引用した皮肉に、俺は同じ種類の笑みを返す。

 

「ああ、だからこそだ。今まで俺は一人だったが今の俺にはあいつらが──家族がいる。あいつらが笑ってないと俺が楽しくない。それだけだ」

 

 きっぱりと告げる俺に、片寄はプイと顔を逸らし、深いため息と共に吐き捨てた。

 

「ふん、麗しい兄弟愛ね」

 

 兄弟とは言っても、アクアと俺が最初に出会ったのは東ブレの舞台の時だから去年の秋頃でまだ一年と経っていない。それどころか異母兄弟だと判明したのはもっと後の公演が始まってから。

 ルビーに至ってはこの間の海旅行で初めてまともに会話した。

 そんな短いつき合いしかない相手のために、場合によっては芸能活動を棒に振りかねない真似をしようとしている俺は今のコイツから見たらさぞ滑稽に映るだろう。

 

「突然家族を失った人は、残った家族に執着するって言うけど、例え半分しか血が繋がってなくても同じなんだね」

 

「あ?」

 

 煽るような軽口は明らかにわざと。

 俺を怒らせるのが目的なのは明白なのだから聞き流せば良い。

 頭ではそう理解しているのだが、本気で言っているようにしか見えず、正直ムカつく。

 これがオッサンが言うところの嘘を真実と思わせる眼の効果だろうか。

 

 なるほど。

 こんな場面で、同じ役者である俺すら騙しかける真に迫った演技ができるのは、役者として最高の資質に違いない。

 

 それは俺には無いものだ。

 生前のカミキヒカルと星野アイ、そしてその忘れ形見であるアクアやルビーが持っていて、俺だけがそれを持っていないのは、母親の違いによるものだろうか。

 そんなどうでもいいことを考えていると、頭も冷えてくる。

 

 というかこんな的外れな推理で苛立つ必要はないと思い直せた。

 なにしろ、俺がアクアに力を貸すのは、兄だからというだけではないのだから。

 

「アンタ、今いくつだっけ?」

「……二十五だけど?」

 

 いきなり話を変えたことを訝しみつつ答える。

 

「俺は二十歳だ」

 

「それが?」

 

「今まではあんまり意識してこなかったが、今回の事で俺はずっと周りの大人に助けられてきたことがわかってね」

 

 五歳で両親を無くしてから引き取り手もなく、施設で育った。

 嫌なことには蓋をして、自分のやりたいこと、楽しいことだけをやってきたつもりだが、それが出来たこと自体周りの助けがあってこそ。

 演劇関係に関しては特にそうだ。

 先日、金田一さんと飲んだ時にはっきり分かった。

 金田一さんを始め、ララライの古参役者や虹野さんのような他劇団の演出家や座長、そして今の事務所の人にも助けられてきたからこそ、今の俺があるのだと。

 

「アクアはまだ十七だ」

「それが……どうしたの?」

 

 一瞬言い淀んだのは素なのかそれともこれも演技なのか。

 どちらでも良い。

 

「ようやく守りたい奴らと、助けられる立場を手に入れたってことだよ。大人がガキを守んのは当たり前だろ?」

 

 眼鏡を外し、まっすぐ片寄を見る。

 いや、俺の眼を見せつける。

 アクアたちのような嘘を真実と思わせる眼は持っていないが、そんなものは今の俺には必要ない。

 なぜなら、この言葉には一切の偽りがないのだから。




後編も殆ど書き終わっているので、二、三日中に投稿します
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