【完結】推しの子if ~あかねちゃんと一緒にアクアを救おうルート~   作:日ノ川

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年度末が忙し過ぎてまったく書けなかったので遅れました
鬱憤を晴らすために一気に書いていたら長くなったので前後で分けます


第92話 家族の在り方・前編

 その日は収録やゲスト出演といったアイドルらしい仕事はなく、久しぶりに朝からダンススタジオで全体練習をしていた。

 そういう時、おかーさんは送り迎えだけして、別の仕事に行くのが常なのだが、今日は仕事ではなく私用で出てくるとだけ言い残すと颯爽とスタジオを後にしていった。

 

 珍しいこともあるものだと思っていたが、その理由を私が知ったのは、全体練習が終わり、かな先輩とMEMちょをそれぞれ送り届けた後、自宅に戻る車内で二人きりになってからだった。

 

「えー! おかーさん、そういうことはもっと早く言ってよ!」

 

「だって、あなたのことだからそれを先に言ったら練習に身が入らないでしょ? ただでさえ最近レッスン時間取れないんだから」

 

 大声を出す私から逃れるように首を曲げると同時に、綺麗に整えられた髪がふわりと揺れる。

 明らかにプロの手によるセットといい、流れるようなサラツヤな髪質といい、間違いなく行先は美容院だ。

 それも私が普段行っているようなお店と違うお高いところに違いない。

 

「そんなことないもん。ずるいずるい。私も高い美容院行きたーい! 綺麗になってあかねちゃん迎えたかったー!」

 

「これは大人の身だしなみだから、子供にはまだ早いわよ」

 

 そう。

 おかーさんがばっちり決めているのは、これから私たちの自宅にやってくるあかねちゃんを出迎えるためだった。

 それもただ遊びに来るんじゃなくて、以前お兄ちゃんが約束したあかねちゃんを恋人として正式に紹介するための招待なのだから、出迎える側も相応に身だしなみを整える必要があるということだ。

 問題なのは私がそれを一切聞かされていないこと。

 日曜日恒例の家族みんなで取る食事に合わせて急遽決まったらしいが、本当だろうか。

 どちらにせよ、私に何も知らされていなかったのが気に入らない。

 抗議を兼ねて、自宅に戻る車内で私はずっと膨れ面でを維持していたが、そんな私に困った顔をしつつもおかーさんはなんだか機嫌が良さそうだった。

 

 

   ※

 

 

「あれ? お兄ちゃんは?」

 

 誰も居ない自宅を見回しながら言う。

 

 まだちょっと不満は残っているが、これからあかねちゃんを迎えるのだから、流石にいつまでも不貞腐れている訳にもいかない。

 

「あら。もう黒川さんを迎えに行ったのかしら。あ、でも掃除はしたみたいね」

 

 そんな私の気遣いに気付いているのかいないのか、おかーさんはリビングを確認して満足げに頷いた。

 確かに朝に出た時より、家の中が綺麗になっている。我が家は割とみんな綺麗好きなのでいつもある程度清潔感を保っているが、今日は輪をかけてピカピカだ。

 お兄ちゃんも気合いが入ってるらしい。

 

「これなら私は料理に集中出来そうね。ルビー、悪いけど事務所の方で電話番しててくれる? 今日みんな出払ってるから」

「えー? 私の準備はー!?」

 

「大丈夫よ。来るの夜だから。こっちの準備が終わったら呼ぶから、それからでも十分間に合うわ」

「むー!」

 

 抗議を無視して、早速準備を始めようとするおかーさんに、もう一度不満を露わにしてから、私はわざとらしく足音を立てて事務所に向かった。

 

「まったくもう。おかーさんもお兄ちゃんも、私のことなんて全然考えてないんだから!」

 

 どうせ誰も居ないんだから。と怒りをぶつけるように勢いよく自宅から繋がっている事務所の扉を開いた。

 

「うおっ!」

 

「あれ? 壱護さん?」

 

「お、おう。ルビー、もう帰ってきたのか」

 

 壱護さんが事務所にいるのは別に驚くことじゃない。

 壱護さんの存在は、苺プロのスタッフにはまだ秘密となっているため、事務所に用事がある時は、誰もいない時間に来ることになっているからだ。

 でも今回は様子が違うみたい。

 

「掃除中?」

 

 頭に巻いたバンダナにエプロン。極めつけは手に持っているハタキ。というコテコテの清掃員のような格好の壱護さんに私は小首を傾げる。

 

「ああ。まあ……」

 

 決まり悪そうに頷く。

 おかーさんに事務所の掃除でも頼まれたのだろうか。それにしてはあまり綺麗になっているように見えないが……とそこで閃くものがあった。

 

「もしかして。家の掃除してたのって──」

 

 私の指摘に、壱護さんはやれやれ。と言うように頭からバンダナを外しながら頷いた。

 

「ああ、俺だよ。正確には俺とアクアだ。別件であいつと話があったんだが、ミヤコに掃除頼まれてるとか言って無理やり手伝わされてな」

 

「それでお兄ちゃんは?」

 

「知らん。掃除終わったらさっさと出かけてった。んで俺はついでに事務所の掃除でもしようとしてたら、お前らが帰ってきたって訳だ」

 

「ふーん……。ちなみに、今日家で何があるか知ってる?」

 

 もしかして食事会の方にも招かれているのか。と思っての質問に壱護さんは軽く頷いた。

 

「ああ。黒川を飯に招待するってやつだろ?」

 

「ただのご飯じゃなくて、正式に恋人としておかーさんに紹介するの!」

 

 私に知らされていなかったことはともかく、ずっと先延ばしになっていた紹介イベントが実現したこと自体は嬉しい。と声を弾ませる私とは対称的に壱護さんは表情を歪めた。

 

「通りで。アクアの奴、掃除中めちゃくちゃ暗い顔してたもんな」

 

「ええ? なんでー?」

 

「なんでって、男にとって親に恋人紹介するなんて、楽しいもんでもねーからなぁ。しかも自分以外全員女しか居ないとくれば肩身も狭いしな」

 

 おかーさんはもちろん、私だってもう反対する気はないんだから、気にすることないのに。

 もしかしてこれまで先延ばしになっていたのは忙しいからじゃなく、お兄ちゃんが敢えてそうしていたからなんだろうか。

 私にはよく分からないけど男の人はそういうものなのか。

 

「ふーん。壱護さんもおかーさんの時、そうだったの?」

 

「……どうかな。遙か昔過ぎて忘れちまった」

 

 答えるまでの間といい、私から視線を背けた態度といい、絶対に嘘だろうけど、とりあえず追求はしないであげよう。

 というか、それよりもっと大事な確認が残っている。

 

「それで? 男一人じゃ心細いからって、壱護さんも参加するの?」

 

 普通の態度で聞いたつもりだったけど、自分でも分かるくらい声が硬くなってしまった。

 一人だけ内緒にされていて機嫌が悪いのもあったけど、それ以上にお義姉(あかね)ちゃんを家族として迎える第一歩になる大事なイベントに壱護さんを参加させるのは良い気はしなかった。

 

 壱護さんが事務所に戻って私たちをプロデュースすることも、ゆくゆくはおかーさんとの関係だって許してあげようと思ってはいる。

 だけどこんなに早く。私には相談も無しに……

 ここでも除け者にされたのかという思いが滲んでしまった私に、壱護さんは苦笑しながら首を横に振った。

 

「心配しなくても、お前らの邪魔にならないうちに帰るよ」

「え?」

 

「ミヤコはあれで優しい奴だから、俺なんかのことも許してくれたが、その気持ちに甘えるつもりはねぇ。仕事に関してはあいつを助けることにもなるから全力で手を貸すが、私生活……ミヤコの家族はお前とアクアだけだ。ま、将来的には黒川も入ってくるのかもしれねーが、少なくとも俺の出る幕はねーよ」

 

 そう言う壱護さんの横顔は寂しそうだ。

 正直今でもおかーさん一人に全て丸投げして失踪したことを許していない私としては、当たり前とまでは言わなくても、自業自得だと思っているはずなのに、これは流石に少し可哀想に見えた。

 だからだろうか。

 私の脳裏にある記憶が蘇る。

 

「……じゃあ、扉開けといてあげるから、掃除はもう止めて、ここで仕事してなよ」

 

 気づいたら私は、事務所と自宅を繋ぐ扉を指しながらそう言っていた。

 

「あン?」

 

「リビングが階段のすぐ上だから、ここ開けておくと声だけは聞こえるんだよ」

 

「いや、それは分かるが……」

 

 壱護さんの顔が歪む。

 ここで声だけ聞いていろ。というのはともすればかなり残酷な仕打ちかもしれないが、もちろんそういう意図で言っている訳ではない。

 

「きっと今日のおかーさん、スゴく喜んでると思うから。声聞くだけでも楽しいかなって」

 

 ふいに頭を過ったのは、最近では殆ど思い出すことのなかった前世の私。天童寺さりなのお母さんのこと。

 入院して以降、病状が悪化し日増しに死に近づいていく娘の現実から目を背け、私の前でも引き攣った仮面のような笑顔しか見せず、楽しそうに笑っているところなんて最期まで見ることはなかった。

 そんなお母さんが、新しく増えた家族に囲まれて楽しそうに笑っているところを見た時、とても辛かった、苦しかった。

 

 でも、それだけじゃなくて。ほんの少しだけ、嬉しかった。

 私のせいでずっと苦しんでいたお母さんが、今は楽しくやっている。

 

 その姿を見れたことが、笑い声を聞けたことが嬉しかった。

 もちろんこれは今の私がおかーさんやおにいちゃんのおかげで幸せになっているからそう思えるだけで、誰にでも当てはまるものじゃないかもしれない。

 でも──

 

「ルビー」

 

 穏やかな声で名前を呼ばれて顔を上げると、壱護さんははにかんだような照れたような、何とも形容しがたい曖昧な表情を浮かべていた。

 喜んでいるのか困っているのか分からず身を堅くしていると、その表情のまま口元を斜めにする。

 

「ありがとな」

「え?」

 

「俺は多少うるせー方が仕事捗るんだ。そう言うことなら上で存分に騒いでてくれや」

 

 明らかな嘘。

 でも、無理しているわけでも無さそうだ。

 きっと正直に言うのが恥ずかしいんだろう。

 お兄ちゃん……せんせもそうだけど、男の人はこういうところがあるって、最近ちょっと分かってきた。

 だから私も気づかない振りをしてあげる。

 

「じゃ、食事会終わったら余り物持ってきてあげるから、それまでに私たちのプロデュース計画立てといてねー」

 

「いや別に飯は持ってこなくても……」

 

「おかーさんの手料理だよ?」

 

「ぬぐっ」

「フフン」

 

 思わず返答を詰まらせる壱護さんの反応が望んだ通りの物だったので、私は胸を張って鼻を鳴らしてから、その代わり。と壱護さんに向かって両手を合わせた。

 

「プロデュースのことで、ちょーっとお願いあるんだけど」

 

「……何だよ。地上波だったらまだ無理だぞ。ドラマの成功で露出が増えるのが最低条件だ」

 

 諦めろ。と手を振る様に実力不足と言われているようでムッとするが気を取り直す。

 まあ、ママだって地上波に出られるようになったのは、監督さんの映画にお兄ちゃんと一緒に出てからだったし仕方ない。

 でも、今回頼みたいのはまた別のことだ。

 

 私一人で決めて良いかは怪しいところだが、お兄ちゃんが編集で忙しくしているうちに勝手に進めちゃえばきっと大丈夫だろう。

 今回除け者にされた恨みも込めて、私は怪しんでいる壱護さんに、とびきりのアイドルスマイルを向けた。

 

 

   ※

 

 

 すっかり話し込んでいる中、ふと気付くと約束の時間が迫っていた。

 いつまで経っても呼び出されないことに疑問を感じた私は、壱護さんに一声かけてから、二階に戻ることにした。

 

(まったく。今日のおかーさんは抜けてるなぁ)

 

 とはいえ壱護さんの存在を隠しておく必要がある以上、呼ばれなかったのは幸いだったのかも知れない。

 そんなことを考えながら階段を上っていると、扉越しに良い香りが漂ってきた。

 どうやら準備は順調に進んでいるみたいだ。

 

「おかーさん。私も何か手伝うー?」

 

 リビングに続く扉を開きながら言うが、そこにおかーさんの姿は無かった。

 キッチンの方を覗いてみるが鍋やプライパンの中で料理がいくつも既に出来上がっていて後は直前に温め直して盛りつけるだけ。という案配だ。

 それにしても。

 

「気合い入れすぎじゃないかな?」

 

 壱護さんのことは知らないはずだから、あかねちゃんを入れて四人分。いつもは三人なので、一人増えただけだが、それにしては種類も量もずいぶん多く感じる。

 

 内容もなんというか、私自身あんまり料理をする方じゃないので名前は分からないが、家庭料理というよりお店とかで出てきそうな横文字っぽいお洒落なものばかりだ。

 

 おかーさんは元からそういう料理をよく作っているが、それにしたってこれだけの量がテーブルに並んだら圧巻だろう。

 

「あかねちゃん引いちゃうんじゃないかな」

 

 演技している時やかな先輩と接している時は別だが、普段のあかねちゃんは大人しく遠慮しがちなタイプなので、ただでさえ恋人の親に紹介という緊張しやすい場面で、相手がこんなにノリノリだと気後れしそうだ。

 

「まあ、今から言って並べる量を減らして後は冷蔵庫に入れておけばいいかな」

 

 壱護さんに持っていくのも楽になりそうだし、と自分を納得させて一人頷いていると、おかーさんの自室のドアが開く音が聞こえた。

 ちょうど良い。

 早速伝えようとキッチンを出たところで、リビングに戻ってくるおかーさんと対面した瞬間──

 

「気合い入れすぎ!」

 

 思わず叫んでいた。

 

「そんなことないわよ。普段通りでしょ?」

 

 トボケている訳でもなく、ごく当たり前の様子で言うが、どう見ても普段とは違う。

 このメイクと服装は、何か大きな賞を取った後のホテルとかで開催される祝賀会の参加者レベルだ。

 

(あかねちゃん引いちゃうよ)

 

 そう思いつつも、ハッキリ言うのははばかられた。

 おかーさんは昔から華やかな芸能界で過ごしている上、私たちがずっと一線を引いていたせいで、いわゆる普通の母親としての経験は少ない。

 だからこそ、加減が分からず、こんなことになってしまったのかもしれない。

 でも、それであかねちゃんに引かれちゃって、ギクシャクしてしまったら元も子もない。

 

「おかーさん!」

「ん?」

 

 覚悟を決め、ちゃんと指摘しようとしたその時、自宅側のチャイムが鳴った。

 

「あら。黒川さんかしら?」

 

「っ! わ、私が出迎えるから、おかーさんはここで待ってて!」

 

 それだけ言うと私は、インターホンで対応せず、直接出迎えるため、そのままリビングを飛び出して行く。

 もちろん、おかーさんには内緒であかねちゃんにちょっと待っててもらうためだ。

 

(あかねちゃんは、まだ準備できてないとか言えば大丈夫だろうけど、おかーさんの方はどうしよ。……こうなったら壱護さんに頼もうかな)

 

 内緒にしておくつもりだったけど、私より冷静な第三者に言って貰った方が利くかも知れない。

 階段を下りると同時に、開いたままになっている事務所に繋がる扉を見ながら一瞬考えるが、とりあえずはあかねちゃんを留める方が先決だと、そのまま玄関に向かう。

 

「あかねちゃん! ゴメン。まだ用意が……」

 

 考える間を与えないように玄関を開けると同時に言い放つが、私の言葉は最後まで言い切ることなく、目の前のあかねちゃんに釘付けになった。

 髪型は普段の綺麗なストレートではなく、ゆったりとした大人っぽいウェーブかがった髪を纏めあげ、服装は黒を基調としたシックなワンピース。

 なによりもおかーさんとどっこいなくらいキッチリ完璧に施されたメイク。

 

「こ、これ芸能界で流行ってるの?! 私も乗った方が良い?!」

「え? え?」

 

 身を退け反らせて叫ぶ言葉に、あかねちゃんはメイクによって強調された印象的な大きな瞳を何度もしばたかせた。

 

「いきなり何言ってんだお前」

 

 そんなあかねちゃんの後ろから、こちらはいつも通りの服装のお兄ちゃんが顔を覗かせ、呆れたようにため息を吐いた。




ちなみにルビーは驚愕していますが、ミヤコさんもあかねも完全に場違いではなく、芸能人のホームパーティと考えた場合普通にありそう。くらいの格好をしています
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