【完結】推しの子if ~あかねちゃんと一緒にアクアを救おうルート~   作:日ノ川

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前回の続き
ちなみにこの時点のアクアはミヤコさんの呼び方がまだ完全に定まっていないので、時と場合によってミヤコさんと母さん両方の呼び方をしています


第93話 家族の在り方・後編

「今日は急にゴメンなさいね。せっかくのオフに迷惑じゃなかった?」

 

「そんなことは。とても楽しみにしていました。あ、これつまらないものですが──」

 

「まあご丁寧に。あ、そこに座って。今用意するから」

 

「あの。私も何かお手伝いを」

 

「いいのいいの。黒川さんはお客様なんだから」

 

 ほほほ。とでも笑い出しそうな上品声でミヤコさんがあかねを穏やかに制止する。

 そんな二人のやりとりを黙って見ていた俺とルビーはほぼ同時に視線を合わせた。

 

「ね、ねぇお兄ちゃん」

 

「ああ」

 

「もしかして、芸能人の食事会ってこんな感じが普通なの?」

 

「……まぁ、メイクを除けば服装自体はそこまで奇抜ではないし。芸能人のホームパーティにお呼ばれしたと考えればギリギリ」

 

 もっともその手のパーティはタワマンに住んでいるような芸能人が、何十人単位で人を集めるような大規模なもので、我が家のような普通の一軒家には不釣り合い。

 

 あかねの格好を見た時も正直止めるべきか思案したのだが、前日からの気合いの入れように加えて、壱護さんから自分たちの挨拶の時もミヤコさんは相当気合いを入れていたと聞いていたので、そのまま連れてきたのだ。

 結果、どちらかが浮くようなこともなくなったので、正解だったようだ。

 

「うーん。まあ、確かに? あ、じゃあ私も──」

 

「とりあえず、料理運ぶぞ。あのままだといつまで経っても始まりそうにない」

 

 未だ挨拶合戦から抜け出す様子のない二人を後目にキッチンの方を指差して告げる。

 

「う、うん」

 

 強い語気で遮られたことに驚きつつ、とりあえず納得してくれたルビーに気づかれないように胸を撫で下ろした。

 俺の方はあの二人に合わせるつもりは無いので、ルビーまであんな気合いを入れられるとただでさえ、男女比の問題で肩身の狭い我が家が、確実にアウェーになってしまう。

 

 

 

 俺とあかね、ミヤコさんとルビーに別れ、四人がテーブルに着いてから始まった食事会は思いの外和やかに始まった。

 そもそも全員顔見知りの上、同業者なのだから当たり前ではあるのだが。

 

 食事が始まってしばらくは、ミヤコさんの作った料理に対してあかねが賞賛する、ある種お約束のやり取りが続いていたが、やがて話題はそれぞれの仕事や芸能関係の話題に移っていく。

 

「あかねちゃんってアイドルには興味ないの?」

 

 そんな中、突如ルビーが放った言葉に、俺たちはもちろん、あかねも目をしばたかせた。

 

「え? あっと。前も言ったけど私、役者以外はダメダメで」

 

 そう言えば宮崎でそんな話をしたと聞いたような気がする。

 宮崎では色々あったから忘れているのか、と言葉を選んでいる様子のあかねに、ルビーは違う違うと大袈裟に手を振って続けた。

 

「それは聞いたけどさ。ドラマではダンスパフォーマンスもスゴかったじゃん。今のあかねちゃんなら大丈夫! B小町はいつでも追加メンバー募集中だよ!」

 

「えーっと、あはは……」

 

 困ったように笑うあかねが何か言う前に、鋭い声が響く。

 

「ルビー、やめなさい。貴方はどうしていつも他の事務所の人をスカウトしようとするのよ?」

 

「みなみちゃんだけじゃん。それも声かける前に止められたし」

 

「その時も言ったでしょ。よその事務所の子はダメ」

 

「むー。お兄ちゃんは? お兄ちゃんもあかねちゃんのアイドル姿見たいでしょ?」

 

 形勢不利と見たのか、ルビーがグイと身を乗り出して俺に同意を求めてきた。

 

「……」

 

 隣に座っているあかねもじっとこちらを見ている。

 ミヤコさんの言うように、普通に考えて事務所の違うタレントが同じグループに所属することなどあり得ない(ごく一部の例外や、期間限定で企画されたグループなどの例外はあるが)し、今ガチの頃と違って、所属事務所の稼ぎ頭になっているあかねの引き抜きなど以ての外だ。

 

 それはあかねも理解しているだろうから、この沈黙は本当にあかねが、B小町に入るどうこうではなく、俺個人があかねのアイドル活動を見たいかどうかを知りたいのだろう。

 

「別に」

 

 それがわかった上で俺は素っ気なく言いながら、意図的に視線を料理に固定させる。

 

「むぅ」

 

 不満げな声はルビーではなく、あかねのものだ。

 

「お兄ちゃんは本当に……」

 

 続くルビーの声も呆れを多分に含んでいることに、正直イラッとしたが撤回するつもりはない。

 あかねは役者以外できないと言うが実際のところ、あの短期間でダンスも覚えて、歌も少なくともルビー以上。

 何より本物のアイドルだったアイと同じ瞳を持っている彼女なら、やり方さえ学べばきっとアイドルとしても大成するだろう。

 

 それは分かっているが。

 

「ふふ」

 

「どうしたのおかーさん?」

 

「アクアが黒川さんにアイドルして欲しくないのはね……」

 

「母さ──」

 

「ハイストーップ!」

「おい、ルビー!」

 

 止めようとするルビーと、躱そうとする俺がわちゃわちゃやっている向かいで母さんは茶目っ気たっぷりに笑って告げる。

 

「恋人がファンに愛振りまくの見たくないからよ」

 

 ズバリ言われた瞬間、顔を顰めてしまった。

 これでは事実だと認めてしまったようなものだ。

 

「あ、ぅ」

 

 当然、あかねがそれを見逃すはずもなく、顔を真っ赤にして俯いてしまう。

 

「……そっか。そういうこともあるんだ」

 

 テーブル越しに、俺の口を抑えようとしてたルビーもまたこちらを見た。

 

「なら、三度目はアイドル以外にしよっかなー」

 

 ルビーが小声で何か呟いた気がしたが、何となくその内容は聞いてはいけないような気がした。

 

 

   ☆

 

 

 アクアくんのお母さん──斉藤ミヤコさんとの邂逅は思いの外、上手くいった。

 いや、上手くいっていた。と言うべきか。

 

「全く、あの二人は。お客様が来ているっていうのに。ごめんなさいね。黒川さん」 

 

 ルビーちゃんがアクアくんを連れて一端席を外した直後、穏やかな微笑みと共にミヤコさんが言う。

 

 事務所に忘れ物があると言っていたが、かなり唐突なタイミングだったあたり、何か理由があってのことだろう。

 戻るまで時間が掛かる可能性も考えて、ここは私の方から話題を振らないと。

 こっそり気合いを入れて、顔を上げた私は……

 

「い、いえ……。大丈夫です」

 

 結局、それだけ言って閉口してしまった。

 芸能人にとって大事なのは、コミュ力だとよく言われている。

 

 日本の芸能界は特に人同士の繋がりが次の仕事に直結することも多く、私も今の事務所にお世話になるようになった当初から、ずいぶん教え込まれた。

 

 そのおかげで昔よりは人と会話出来るようになったのだが、それも性格が前向きになったわけではなく、役者としての仮面を被って大人に合わせて話せるようになっただけであって、本来の私自体の性格は引っ込み思案だった子供の頃から大きく変わっていない。

 

 しかも、相手は最愛の恋人であるアクアくんのお母さん。

 よそ行き用の仮面を被るわけにも行かず、本来の黒川あかねとして接しなくてはならない。

 

 今までまがいなりにもちゃんと合わせられていたのは、ミヤコさんを初めとして、アクアくんとルビーちゃんがホストとして、ゲストである私をもてなしてくれていたからだと思い知らされた。

 

(アクアくんー。は、早く戻ってきてー)

 

 心の中で訴えながら、必死に頭を回転させ話題を捻りだそうとする。

 私たちの共通の話題と言えばやはり仕事の話だが、そればかりだと仕事一辺倒のつまらない女だと思われてしまいかねない。

 となると──

 

「子供の頃の二人ってどんな感じだったんですか?」

 

 恋人の家で、その家族と行う会話としてはありがちだが、二人の実母であるアイのこともあって、話題にして良いものか悩んでいたが、二人が席を外している今なら聞いてみても良いかもしれない。

 

「あの子たちは昔からあんな感じよ。特にアクアはね。……本当の母親、アイもまだ親としては未熟な子供だったから。その分自分が大人にならないとって思いがあったのかもね。いやまあ、それにしてもオカシいレベルで早熟だったけど」

 

 思いの外あっさりと応じてくれたことに安堵しつつ頷く。

 

「カントクさんも言ってましたね。アクアくんが大人顔負けでペラペラ話すのが、絵面として面白かったから映画に使えると思って声を掛けたって」

 

「芸能界は早熟が多いっていってもあのレベルは見たことないわよ。でも、その時共演してた有馬さんも相当だったらしいわね」

 

「かなちゃんは天才子役でしたからね! まあ、かなちゃんの場合は大人っぽいんじゃなくて、生意気な方での早熟でしたけど。私も……あ」

 

 かなちゃんの話題が出て自然と早口になる私に、ミヤコさんはクスクスと忍び笑いを浮かべる。

 

「す、すみません。私が芸能界に入るきっかけはかな……有馬さんだったもので」

 

「子供の頃からライバルだったんですってね」

 

「私は全然です。本当の天才っていうのはかなちゃんみたいな人だけですから」

 

「そう? 私も東ブレの舞台見たけど、貴方も十分天才よ。私はあなた達二人やアイとルビーとは違ってそうじゃなかったからよく分かるわ」

 

 この歳でこれだけの美貌を誇っているのだから、ミヤコさんも元々タレントだったとしても不思議はない。

 でも、芸能界で名前を聞いた覚えがないのは芽が出なかったか、その前に結婚して事務所に入ったかのどちらかだろう。

 暗くなりそうな雰囲気を吹き飛ばすかのように、ミヤコさんは明るく続けた。

 

「そういえば、アクアも前にそんなこと言ってたわね。自分は早熟なだけだって」

 

「それもカントクさんが否定してました。まだ若いんだから才能あるなしを決めるのは早すぎるって」

 

「それは貴方も同じ、でしょ?」

 

「そう。ですね」

 

 再び会話が途切れる。

 救いを求めて、チラリと入り口に視線を向けるが、アクアくんたちはまだ戻ってくる気配はない。

 

「もうちょっと掛かりそうね。下にお腹を空かせてるバイトくんが居るから」

 

「バイト……あ。斉藤さんですか」

 

 斉藤さんが苺プロに戻って名目上はバイトだが、実際はB小町のプロデューサーとして力を貸していることは聞いている。

 今日事務所に居たことは知らなかったが、なるほど、わざわざ二人で行ったのは一人では料理を運びきれないからだったらしい。

 

「そのことでもお礼言わないとね。貴方があいつのこと見つけてくれたんでしょ?」

 

「いえ、あれは」

 

 ミヤコさんがアクアくんに伝えた趣味趣向や性格の情報が正確だったから出来たことだ。

 そう続けようとした私を前に、それまで穏やかに微笑んでいたミヤコさんの瞳がスッと細くなった。

 

「……黒川さん」

 

「はい?」

 

「貴方とアクア、また何かやってるわね?」

 

「え」

 

 確信を持った声に、私が最初に思ったのは、何故分かったかではなく、ミヤコさんがどこまで知っているかだった。

 

 アクアくんはカミキとニノのことを調べていると家族には話していないはずだ。

 けれど私のお父さんが、身内読みを駆使して私が何をやっているか知っていたように、ミヤコさんも気づいても不思議はない。

 

(もう復讐する気はないけど、やっていることはグレーよりなのは事実だし)

 

「ふふ」

 

 なんと答えるべきか高速で頭を回転させている私の耳に、ミヤコさんの笑い声が届く。

 

「アクアは昔からそうなのよ。一人で抱え込んで、自分が傷ついてでも誰かの為に頑張る。そんなあの子がずっと心配でたまらなかった。でも、今は違うわ。今は貴女が傍に居てくれる。……だから何をやっているかは聞かないわ」

 

 少し寂しそうな様子に、何か言う前にミヤコさんは続ける。

 

「それに、最近では周りの人にも頼るようになってきてる。私はそれが本当に嬉しいの。あの子が変われたのはきっと貴女のおかげよ。本当に──」

「それは違います」

 

 頭を下げて感謝を伝えようとするミヤコさんの言葉を遮って言う。

 

「え?」

 

「すみません。でもアクアくんが変わったのは私じゃ──いいえ。私だけの力じゃありません」

 

 昔の私なら、自分なんて何の力にもなれていない。なんて言っていたかも知れないけどアクアくんとちゃんと通じ合えた今、そんなことを言うのは逆にアクアくんにも失礼だと分かっている。

 だからといって、私だけの力だとは思わない。

 

「何よりアクアくん本人が変わりたい、前に進みたいって思ったからだと思います。そんな彼にみんなが力を貸してくれるのだって、アクアくん本人が優しくて色んな人を助けていたからです」

 

 命が救われた私はもちろん、アクアくんは色んなところで色んな人を助けている。

 さっきミヤコさんが言っていたように、自分自身が傷つくことも厭わずに。

 本人に行ったら打算込みだって言うだろうけど、それだけのはずがない。

 

「そういう優しいアクアくんを育ててくれたのは他でもないミヤコさんです。貴女のおかげで私は命を救われて、愛しくて大好きな人と出会うことが出来ました。だから、それは私の台詞なんです。本当にありがとうございます」

 

 ずっと復讐に囚われていたアクアくんなら、周囲の環境によってはもっとねじ曲がり、それこそ復讐のためなら誰だって犠牲に出来るような人格に育っていても不思議は無かった。

 でも私が知っているアクアくんは、出会った時からずっと優しかった。

 それはきっと彼女が本当の母親と同じくらい、愛情を注いで育てていたからだ。

 

 とはいえ、彼女がどんな思いで子育てしていたかも知らない小娘がこんなことを言うのは、失礼だったかも知れない。

 でも、これが私の正直な気持ちだ。と胸を張りつつ、ミヤコさんの様子を窺う。

 下を向いたまま、微動だにしないミヤコさんの唇が堅く結ばれる。

 やはり余計なことを言ってしまったかと一瞬思ったが、そうでは無かった。

 

「……」

 

 ポタリ。ポタリとテーブルの上に、滴が落ちた。

 

「っ。ダメね、歳を取ると涙脆くなって……」

 

 何も言えず戸惑う私に、ミヤコさんは手のひらで涙を拭うと顔を上げ、こちらをまっすぐ見る。

 

「ねぇ、黒川さん。……ううん。あかねさんって呼んでも良いかしら?」

「もちろんです」

 

 強く頷く私に、ミヤコさんは微笑んでイタズラっぽい笑顔を見せた。

 

「貴女も私のこと、お義母さんって呼んでくれても良いけど……」

「そ、それは」

 

 気持ち的にはもちろん、はい。と答えたいところだが、アクアくんからハッキリと言われた訳でもないのに、私から言っていいものか。

 何も言えない私にミヤコさんは小さく笑う。

 

「そうね。アクアのことだから、そっちはもう少し先になりそうね」

 

 なんと答えて良いか分からず、顔を真っ赤にして俯く。

 

「あかねさん」

 

 これまでの揶揄うような口調から一転して真面目になった声に引かれて顔を上げると、ミヤコさんは優しく微笑んでいた。

 

「アクアはもちろんだけど、ルビーも、それに私も。うちは少し変わった家族だけど、これからもよろしくお願いね」

 

 姿勢を正し、ゆっくりと頭を下げる。

 

「は、はい! これからも末永くよろしくお願いします」

 

 慌ててしまったせいでトンチンカンな返答をしてしまった。そんな私を見てクスクス笑うミヤコさん。

 

 それ以上は何も言えず、気恥ずかしく、けれど決して嫌ではない優しい沈黙は、アクアくんとルビーちゃんが戻るまで続くことになった。




ちなみにルビーとアクアが途中で席を離れたのはミヤコさんの指示です
前話の時点で壱護さんが事務所にいる事に気付いていたので料理を持って行くように言って、あかねと二人きりで話す時間を確保した形です
今回で挨拶は終わりで次回からようやく最終章の本題に入ります

仕事もひと段落したのでここからはラストスパートということで、投稿ペースも上げる予定ですのでよろしくお願いします
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