【完結】推しの子if ~あかねちゃんと一緒にアクアを救おうルート~ 作:日ノ川
その日俺は、事務所のパソコンを使って、ずっと調べものを行っていた。
手元にあるのはB小町の資料、ただし現在のではなく、初期メンバーと呼ばれる四人組だった頃のB小町のものだ。
先日ツクヨミが発した俺にとっての復讐の第一歩。という助言を聞いてまず思いついたのが、アイが残した携帯電話だった。
四年の歳月をかけてパスワードを見つけ出し中身を確認した携帯内には十数名分の連絡先が残されており、その中に父親がいると考えて接触すべく動き出したのが、復讐の始まりだったからだ。
結局アドレスの中にカミキの名前は無かったのでその推理は外れたわけだが、ツクヨミの言うニノがカミキを殺した動機とはここに記されたアドレスの人物が関係しているのではないだろうか。
と言っても当時のニノとカミキ、そしてアイにも関係している人物とくれば思いつくのは、B小町のメンバーくらい。
それもこの携帯は妊娠以前に使っていたものだったこともあり、入れ替わりや脱退も含めて総数ではかなりの人数になるB小町メンバーの内、載っているのは初期メンバーだけだった。
だからこそ改めて初代B小町についての情報を洗い出そうと考えた。
しかし──
「こうして見ると、やっぱりみんなキャラ作ってんな」
当然と言えば当然の話で、語源が偶像であるように、アイドルとは人間らしい感情全てを覆い隠すもの。
いつも笑顔でネガティブな感情を見せず、綺麗で清楚で純粋で、どんな人間も深く愛し裏切らない。
そんな人の欲望全てを詰め込んだようなラッピングで自分を包み込み、ファンを魅了する。
それがアイドル。
初めから偽り有りきの姿など見ても、彼女たちが当時何を考えていたかなど見抜けるはずもない。
「そりゃそうだよな」
「何がー?」
突然頭上から声が聞こえてきたが、俺は特に慌てたりはせずにチラリと視線を持ち上げ、事務所にやってきた人物を確認した。
「……なんだルビーか。どうした?」
自宅と事務所を繋ぐ扉から入ってきたのはルビーだった。
今日はオフで出かけていたはずだが、変装用の帽子とサングラスも掛けたままな辺り、今帰ってきたばかりのようだ。
「それはこっちの台詞だよ。なんか懐かしい声が聞こえたと思ったら。どうしたのいきなり」
B小町の映像を垂れ流したままだったので、それを聞きつけて事務所にやってきたようだ。
「あれ? 誰も居ないの?」
事務所内を見回して言う。
「ああ。壱護さんが仕事しにくる予定だったから、母さんがみんなに言って人払いしたんだけど、なんか壱護さんの方に別件入ったんだと」
壱護さんが居ればもっと突っ込んだ内容が知れるというのに。
と自然とため息を吐く。
「ふーん。じゃ久しぶりに」
そう言ってルビーは事務所の中に入ってきた。
以前は、仕事が無い時はいつも事務所で時間を潰していたルビーだが、B小町が売れるようになると、事務所に居る時間も減っていった。
単純に仕事が忙しいからだけでなく、事務員の仕事も増えたことで、事務所内が騒がしくなりゆっくり出来ないのがその理由らしい。
俺がカミキやニノのことを未だに調べているのはルビーには内緒にしているので、本当はそのまま上に行ってもらいたかったが仕方ない。
「で? 何調べてるの?」
何の気なしに画面をのぞき込んでくるが、これに関しては見られても問題はない。
「今ちょうど、元祖B小町のアイドルパートの編集やっててな。本家と見比べてたんだよ」
「えっ。じゃあ私も写ってるんだよね? 見たい見たい」
「はいはい」
いかにも仕方なさそうに言いながらも、ルビーから見えないように薄く笑う。
その笑みを隠したまま俺は編集中の画面を操作し、事前に用意していた位置から再生を開始した。
「あ。私たちが、ファンサしてるシーンだ!」
ウキウキと楽しそうに画面を見ていたルビーだったが、その表情は徐々に堅くなり、やがて顔面蒼白となった。
「なにこれ! 私こんな棒読みだった?!」
再生を止めた直後、ルビーの絶叫が事務所内に響き渡った。
「まあこんなもんだろ」
「ウソウソ! だって私みんなに演技教えて貰ったし、カントクさんからもオッケー出たじゃん。それに、会話とかの普通に演技してるところならともかくファンサシーンなんて、私の本業だよ!?」
悲鳴のような声と共にイヤイヤと首を振る。
「ルビーとしてのファンサならともかく、ここだと高峯として演技した上でだからな。それに、お前に限らずよっぽど上手い役者でもない限り無編集ならこんなもんだよ」
「そうなの? 編集って、お兄ちゃんがやるんだよね?」
「まぁな。俺は元々カントクのところでは編集メインで手伝ってたから、そっちが本職だし」
言った瞬間、ルビーが俺の手を両手で掴み、グイと自分の下に寄せて懇願した。
「お願い、お兄ちゃん! スゴいの作って! 私、番宣全部で演技に期待してて下さいって言っちゃったの!!」
「……お前、どんだけ自信あったんだよ」
片寄ゆらとの勝負期間が事実上無期限になったとはいえ、あまりな出来だと何か言われそうだし、今後のことを考えても、この作品にはヒットして貰わなくてはならないのは間違いないが、演技初挑戦の癖にこの自信はどこからきていたのだろう。
「だってぇ。あかねちゃんもかな先輩も褒めてくれたし」
情けない声を上げるルビーに苦笑する。昔神様のフリをして母さんを騙した時も思ったが、ルビーに演技の才能があるのは間違いない。とはいえ本職と比べるとまだまだ経験が足りないのは確かだ。
「安心しろ。これを良い感じに見せるのが編集の腕の見せ所って奴だ。エフェクトとかBGMだけじゃなく、間延びしているところをカットしたり、上手く出来ているところだけを探して繋げることで違和感もなくなる」
「本当に!? お願いだよ!」
「ああ。だから──」
編集に集中するためにお前は自宅に戻っていろ。と繋げようとしたところで、ルビーの視線が横に移動した。
「あれ? これって元祖B小町のサイトだよね? こんなんだっけ?」
サイトが開いたままになっていた別のモニターを指さす。
「ああ。見覚えないのも無理ねぇよ。これは一番最初の公式サイトだ」
B小町がデビューしたばかりの地下アイドルだった時代に作られた公式サイトだ。
発足して間もなかった当時の苺プロには今以上にお金も無かった為か当時の基準から照らし合わせても粗末な作りのサイトだが、だからこそ、アイドル側も気兼ねなく日記のようなプライベートに近い内容の記事も書き込んでいた。
最初は懐かしさも手伝ってじっくりサイトを見ていたのだが、肝心の記事が、毒にも薬にもならなそうなフワフワとした内容ばかりで辟易しているところにルビーがやってきたのだ。
そんな俺の説明にも、ルビーは納得していないようで首を捻って考え込んでいたが、やがて俺の方を見て言った。
「これとは別にもう一つ無かった?」
「もう一つ? ああ、これ結成当初のサイトだからな。俺たちが生まれた頃にはもうリニューアルしてたはずだからそっちを見たんじゃないか?」
俺たちがアイの子供として転生した直後から、ルビーはSNS上でアンチとやり合っていたのでその頃の公式サイトのことだろう。と思って答えるが首を横に振って否定する。
「いや、そうじゃなくてさ……」
一度言葉を切ったルビーは、口元に手を添えて俺に顔を近づけると耳元で囁くように続けた。
「さりなの時に別のサイト見た気がする」
久しぶりに聞いた名前に思わず目を見開くが、動揺しているのを悟られないよう淡々と答えた。
「……いや。俺が見たのはこれだったぞ」
雨宮吾郎がさりなちゃんから布教された直後、サイトを見に行ったので間違いない。
「えー?」
「あれじゃないか? 当時はガラケーだったから、パソコンで見るのとじゃ印象が違うから」
まだ納得できない様子のルビーに言う。
当時のさりなちゃんは長い入院生活の慰めに両親からネットに繋げる携帯を渡されていたので、B小町のサイトもそこから見ていたはずだ。
当時の携帯はスペックも低く、パソコンのサイトがそのまま表示できずに携帯専用サイトが用意されていることも多かった。
そちらは携帯でも読み込めるよう、最低限の情報だけ乗せた簡易版になるため印象が大きく変わるのも当然だ。
「うん。だから、携帯で見た時に二つサイトがあったの。これとは別にもっとこう、昔小中学生の間で流行ってたんでしょ? 誰でも簡単に出来るブログみたいなの。ああ言う感じのやつ」
さりなちゃんがB小町にハマったのは結成してから一年と経っていない時期だったはず。
その時点ではリニューアルはされていないので、公式サイトはこの一つしかない。
どういうことかと、二人揃って考え込んでいると、不意にルビーが顔を上げた。
「あ!」
「ん? どうした?」
何か思い出したのか。と身を乗り出す俺を前に、ルビーは声を張り上げた。
「私、おかーさんにお風呂掃除頼まれてたんだった」
「は?」
「ゴメンね。じゃ、編集よろしく!」
それだけ言うとルビーは足早に自宅へ戻っていく。
少しの間呆気に取られていたが、直に小さく息を吐いた。
今のルビーにとっては過去の思い出話より、お風呂掃除を忘れて母さんに叱られるかどうかの方が重要なのだろうと思ったら笑えてきた。
「……はは。母さん、頼んだことやっとかないとすげーウルサいもんな」
既に前に進んでいる今のルビーにとっては、さりなちゃんとしての過去すらも懐かしい思い出の一つでしかないらしい。
未だ過去と決着がつけられず立ち止まっている俺と違って……
「さて」
ため息を落としてから意識を切り替え、再び画面に目を向ける。
当時のさりなちゃんにとってB小町が心の支えとなっていた以上、見間違いや記憶違いという線は薄い。
あるとすれば、誰かが勝手に作った非公式ファンクラブのサイトを公式だと勘違いしたくらいだが妙に気になる。
どこかに情報が残っていないかと検索しようとしたところで、スマホに着信が入った。
「ん?」
画面を見て、自然と口元が斜めに持ち上がる。
渡りに船とはこのことだ。
「壱護さん? ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
相手の用件を聞く前に、こちらから問いかけた。
『あー。あのブログか。覚えてるよ』
「ホントか!?」
『おう。初期メンバーの四人が作ったやつでな』
昔を懐かしむ。というよりはゲンナリしたような態度を不思議に思いつつ聞く。
「公式サイトとは別にB小町のブログを運営してたってことか?」
『ちげーよ。アイツらが勝手に作ったんだよ。アカウントもパスワードもアイツらで決めて、メンバーの誰でも好き勝手に更新できるようにしてたもんだから、なに書かれるか分かったんもんじゃねーって、慌てて公式サイト立ち上げて、そっちにブログも移した。もちろん運営で管理できる奴にな』
ネットリテラシーという言葉も無かった時代の話だ。
対して苺プロというか壱護さんは当時は珍しかったライブ配信などもドンドン取り入れるくらいには、先見の明があったのに加えネットにも強かったこともあり、アイドル本人にブログを書かせるなんて、スキャンダルに繋がりかねないと気が気でなかったことだろう。
「あー。だから最初のサイトは如何にも金かかってなさそうだったのか」
急いで移転させなくてはならなかったので、時間をかけられず突貫で作ったような簡素なデザインのサイトに仕上がったのだろう。と思っての発言に、しかし。
『いや。それはあの頃金が無かったからだけど……』
「あ。そう」
微妙に気まずい沈黙が流れるが、それも僅かな間。すぐに気を取り直した壱護さんが誤魔化すような強い口調で告げた。
『とにかく。そのサイト見たいなら確か昔使ってた俺のパソコンのブラウザにブクマしてあるはずだから勝手に見て良いぞ。つっても即行移転させたからマジでなんも無いぞ』
それはそうだろうが、運営の介入が無いからこそ、本音が残っているかもしれない。
「分かってる。ニノと面会する時の取っかかりくらいにはなるだろ」
あえて軽く言うと、壱護さんは思い出したように明るい声になった。
『おっ! そうだそうだ。俺が電話したのはその件だよ』
「その件ってニノの接見禁止のことだよな? もう解除されたのか?」
得心がいった。
それで今日事務所に来なかったのか。
弁護士を見つけて来たのは俺だが、ニノの両親と面識のある壱護さんの方が話がスムーズに進むだろうと伝達役は任せてあった。
『おう。お前の見つけてきた弁護士は相当なやり手らしいな。これで面会も出来るようになる。ってもいつでも会えるわけじゃなくて事前に予約は必要らしいけどな』
良い知らせだろ? と声を弾ませていた壱護さんだったが、俺が何か言うより早く、ただ、と声を落として続けた。
『やっぱり保釈までは無理だったってよ』
「まあ。未だに取り調べで何も喋ってないんなら仕方ない、か」
半ば予想していたが、説得するにはニノが保釈されるのが最善だっただけに残念だ。
なぜなら、仮に面会が叶って俺とニノが直接会えたとしても、面会室での会話は全て、立会人に記録されてしまうからだ。
俺たちの出生という名のアイのスキャンダルを黙っていて貰うために説得に行くのに、それを第三者に聞かせては何の意味もない。
そうなると、やはり一回の面会で全てを解決するのではなく、何度も会いに行って徐々に距離を詰めながら遠回しに説得するか、保釈が叶う程度に取り調べに応じて貰えるように頼むしかない。
どちらにしても、ますます編集に割く時間は減りそうだが、今はニノの説得が最優先だ。
心の中でルビーに詫びを入れつつ、スマホを握る手に力を込める。
「分かった。こっちの準備ができたら、また連絡するから、それから面会の申し込みを頼む」
『ああ』
簡潔に返事をした壱護さんだが、さっきまでと打って変わってその声は低く、歯切れが悪い。
まだ何かあるのかと、黙って続きを待っていると意を決したように真剣に告げた。
『……アクア。あのバカのこと、頼むぞ』
「ああ」
まだ説得材料は見つかってないとは言えず、こちらも真剣な声で返答してから通話を切った。
やれやれ。とため息を落としながら、しばらく古い資料やデータを保管している部屋を探していたが、やがて目当てのパソコンを見つけることが出来た。
※
「やっぱ、こんなもんか」
早速壱護さんのパソコンからブログのアドレスを入手して、自分のパソコンで改めてアクセスしてみたが、内容は壱護さんから聞いていた通りのものだった。
総アクセス数は330人で、記事も七件のみ。その内容も自己紹介とか好きな芸能人がどうとか適当に書いてあるだけの、何の参考にもならないものばかり。
「後は──隠しページとか?」
ふと思いつく。
今では殆ど無いが、昔の個人サイトは何故かそういった妙なギミックがやたらと多かった。
とはいえ、何の知識もない小中学生の子供がそれもごく短期間で出来るとも思えないが、他に思いつくこともない。
いちいちクリックして回るのも面倒だったので取りあえず、全選択してどこかに怪しい場所はないかとスクロールしていたが、一番下まで辿り着いたところで、目を見開いた。
「え?」
サイト内を編集すると自動で更新される日付を見たためだ。
最終更新日は、去年の十二月。
だが、記事の中にそんな最新の記事は無かった。
だとすると、それ以外の何かを更新、あるいは削除したことになる。
急ぎ、編集ページを開いてみるが、その先に進むにはアドレスとパスワードが必要らしい。
「チッ」
パスワードは壱護さんも知らないと言っていた。
となると、当時のメンバーに聞いてみるしかないが、ニノの事件のせいで注目され、迷惑を被ったこともあり、初期メンバーは俺たちと関係を持つことを良しとして居ない。
コンタクトを取ろうとしても簡単には行かないだろう。
とりあえず自分で考えてみるしか無いと思考を始める。
「アドレスはまあ、四人の中の誰かのだろうけど。パスワードの方は……あ」
視線が、自室から持って来ていた携帯に向かう。
持って来たはいいものの、連絡先の名前はすっかり記憶していたので、電源も入れずにいたが、この中には初期メンバーのアドレスも残っていたはずだ。
そしてもう一つ。
息を呑みながら携帯を手に取り電源を入れると、慣れた手つきでロックを解除する。
「全員で使うなら、こういうのは、サブアドレスを使うよな」
携帯に残された三人の初期メンバーの内、俺はその中から迷わず一人を選び、二つ登録されているメールアドレスの内サブアドレスの方を入力した。
そのまま、パスワードの入力に移る。
『45510』
ついさっき携帯のロックを外した時に入力したものと同じパスワード。
四年もの間毎日毎日毎日入力し続けてようやく見つけた俺にとって重要な数字。
もしかすると、ツクヨミが言っていたのは、携帯に残された連絡先ではなく、このパスワードそのものだったのではないか。
根拠はないが、何故かそんな気がした。
「フー」
入力を終えると同時に、ゆっくりと息を吐き気持ちを落ち着かせてから、ログインボタンをクリックする。
果たして。
ログインが完了し、編集画面に切り替わった。
原作ではニノがアイの残した記事と共に、ブログそのものも削除していましたが、この話では削除されていません